*** 94 族長たちへの説明 ***
さて、それじゃあ俺は、対ヒト族戦争の準備でもしようか。
「アダム、まずは映像カメラや超小型マイクを内蔵したいろいろな形の魔道具を作ろうと思うんで、設計をお願い出来るか」
(あまり小さくすると稼働時間が短くなりますが)
「そうだな、直径1センチぐらいでどれぐらい動けるんだ?」
(約1週間ほどでございますね)
「それじゃあ光学迷彩魔道具付きの、全長10センチのトカゲ型魔道具ならどうだ?」
(それならば50日は動けるでしょう)
「それじゃあそっちにするか。ああいや各種作ろう。設計を頼む」
(はい)
「それが出来たら、洞窟ドワーフ領の東のギャランザ王国の王宮や貴族たちの邸に転移させて配備してくれ。
それからギャランザ王国を実質支配しているビクトワール大王国の王宮や貴族たちの邸にも。
そうして、侵攻部隊の指揮官になる貴族の名前と本拠地を突きとめて欲しいんだ」
(はい)
「それからさ。たとえばドワーフやヒト族そっくりの人形を作って、それを遠隔操作で動かすことって出来るかな?」
(まずは似通った姿の人形を造ることからになりますが、これは土の精霊さまたちにお願いすればよろしいでしょう。
次に関節の可動部ですが、上から服を着せるでしょうからこれはボールジョイントで充分でございましょうね。
後は鎧や武器ですが、これも写真や実物を参考にしてベギラルムさまや土の精霊さまたちが作って下さることと思います)
「後はその人形をどう動かすかっていうことか……」
(あの……
『銀聖勲章』のスキルの中に、『人形フェチ♡』というスキルがあるのですが……)
「なんだよそのアヤシイ名前のスキルは!」
(もともとは、まともに異性を相手に出来ない方や、本物の人形フェチの方のために、『人形ハーレム』を作っていちゃこらするためのスキルのようなのですが……
同時に100体までの人形を意のままに動かせるようになるそうです。
もっとも多少の習熟が必要なようですが……)
「仕方ないな。そのスキル取って練習するか……
それからさ。録音していた音声を編集してスピーカーから流す魔道具も欲しいんだ。
これも設計しておいてくれ」
(はい)
「それが出来たらドワールスに言ってドワーフ兵の訓練時の剣戟音や叫び声も録音しようか。
それを編集して、2対2ぐらいから100対100までの人数の戦闘シーンの音声を作るのはお前に頼めるか?」
(お任せくださいませ)
「それじゃあさっそく魔道具を作り始めるか。
それが終わったら、砦に派遣した旧洞窟ドワーフの支配層が逃げないように城壁造りだな。
まったく忙しくなって来たぜ」
(ですがサトルさま。なにか楽しそうでございますよ)
「はは、ようやくヒト族にひと泡吹かせてやれそうだからなあ。
あ、そうだ。捕虜収容所も作らんといかんわ。
そうそう、それから旧洞窟ドワーフの支配層たちなんだが、働きぶりを査定しておいてくれないか?
数が多くて済まないが」
(いいえ、それほどの負担ではありませんし、わたくしもなにか高揚して来ておりますので……)
「ははは、それじゃあいっちょ頑張るか。
ヒト族軍7万対俺とお前だけの戦いだ!」
(はい!)
それから俺は洞窟ドワーフ族の砦に飛んで、3つの砦のすぐ後ろに簡単な城壁を造り、旧支配層の逃亡を防止した。
小さな門も作ってやって、ヒト族軍の姿が見えたら門を開けてやるから、そのときは逃げてもかまわんと言ってやったらなんかみんなほっとしてたよ。
夕方になって9時街に大族長たちを迎えに行ったんだけど、やっぱりみんな疲れた顔してたな。
驚くことばっかり見てるとこんなに疲れるもんなんだ……
でもみんな目だけは生き生きとしてたぞ。
この街で暮らせたら、部族の安全も豊かな生活も手に入るからな。
「ところで使徒殿、本当に我ら全員をこの街に移住させて頂けるものなのでございましょうか」
「もちろん」
「それで、その見返りに我々は何をすればよろしいのでしょうか……」
「そうだな。ちょうど族長たちも大勢いるから一度説明しておくか……」
俺たちは空いていたシアタールームに場所を移した。
洞窟ドワーフ族の臨時族長であるドワールスにも来て貰っている。
フェンリーは別室で寝込んでるみたいだけどな。
どうやらガラスの床を見たショックでしっぽの毛が膨らんだままになっちゃって、元に戻るまで人前に出られんそうだ。はは。
「それじゃあ聞いてくれ。
フェンリル族とゴブリン族の族長にはもう話をしてあるんだが、俺とシスティが何故こんな街を造ってみんなに移住して貰ってるのか真の目的を説明をしたい」
はは、みんな目が真剣になったよ。
「実はこの世界は今神さまたちから『試練』を与えられている最中なんだ」
「試練……」
「そう、『試練』だ。
みんなこの世界の知的生命体が、すべてシスティが創造したものだということは知っているだろう。
その生命たちが平和で豊かに暮らせる生命に進化できるかどうかといった試練だ。
まずは、『幸福ポイント』というものがある。
これは各自が生きていることに幸せを感じたり、システィに感謝したりしたときに増える数値なんだ。まあ、この世界の住民の幸福度を示す数値だな。
一方で罪業ポイントという数値がある。
これは端的に言って、誰かが誰かを殺したときに増える数値だ。
あまりにも不幸な暮らしをしていて、創造主を恨んだときにも多少は増えるんだが、まあ殺されるっていうのは究極の不幸だからな。
住民の不幸度を表す数値と言っていいだろう。
試練の合格条件は、まずはこの幸福ポイントが罪業ポイントを1億ポイント以上上回ることなんだよ。
それ以外にも、最低5億の人口が必要だとか、E階梯というものが平均2.0以上必要だとかいろいろあるんだが。
ところがこの世界はある神の怠慢によって、事故が放置されてしまっていたんだ」
「事故……」
「そう、『事故』だ。
この世界にはマナを循環させる装置が組み込まれている。
大気や土に含まれるマナは、植物や強い生き物の糧になっているんだが、主に土壌や海底に浸み込んだマナを回収して、再び世界に循環させるための大規模な装置だ。
この大平原中央の地下深くには、新たに膨大な量のマナを送り出す装置があって、そうしてそこから出たマナは、巨大なトンネルを通って北部大山脈の山頂付近から世界に放出されていたんだ。
だが、大昔、このマナトンネルが事故で塞がってしまった。
おかげで行き場を失ったマナが、地面を突き破ってこの大平原中央部に巨大な噴気孔を作ってしまっていたんだ。
実はこれは、事故に気づいていても放置していた或る神の怠慢だったんだがな。
そしてマナは空気よりは少しだけ重いせいで、この世界の地表付近のマナ濃度を異様に濃くしてしまっていたんだ。
みんなも知っての通り、濃過ぎるマナのある場所には植物すら生えない。
生きていけるのはマナを主食にしているフェンリルやベヒーモスみたいな強い生き物だけだ。
ヒト族は本来弱い生き物だから、そんなマナの濃いところでは生きていけないために、この中央大平原にはヒト族がいなかったんだ。
だが、これもみんな知っての通り、濃過ぎるマナは生き物を凶暴化もさせるんだ。
大陸東部も西部も、地表付近は相当にマナが濃い。
だからヒト族はあれほど好戦的になって戦争ばかりしていたんだな」
「なるほどの。以前はわしらもたまに滾る闘争心を持て余して武道大会など開いておったが、最近心が穏やかになってきたのはマナが薄れて来たことも影響しておったのか。
すべてこの街の豊かな生活のおかげとも思っていたが……」
「俺たちは神にこの事故の存在を指摘したんだ。
事故の存在を知りながら放置していた神は罰せられた。
そうしてすぐに神界から神さまたちが派遣されて来て、マナ噴気孔を本来の位置、つまりは高山の山頂付近に戻してくれたんだよ。
そうして風の精霊たちの活躍でこの中央大平原のマナは急速に薄れていったんだ。
だが、体内に蓄積されたマナはすぐには薄れないために、今もヒト族は凶暴で好戦的なままなんだ。
そうしてこの中央大平原にも侵出して来ようとしている」
「だから使徒さまはこのような街を作られて、我々をヒト族の手から守ってくださろうとされているのですな……」
「もちろん。
だがそれだけじゃあないんだ。
みんなには幸せを感じてもらって、この世界の幸福ポイントを増やしてもらわなければならない。だからこんな街を用意したんだ。
それからヒト族にこれ以上殺戮や暴虐を許しておくわけにはいかない。
罪業ポイントが増えてしまうからな。
つまり、俺たちがみんなに欲している『見返り』はただ一つ、『殺されずに幸せに生きてくれ』ということなんだ」
「我らは、これほどまでに幸せに暮らす見返りになにをすればいいのかお尋ねしましたが、幸せに暮らすこと自体が見返りだと仰られるのですか……」
「その通りだ」
「ところで使徒殿。
もしお差支え無ければ教えて頂きたいのですが……
その『試練』と言うものを乗り越えるのに失敗するとどうなるのでしょうか」
「約500年後がその試練の期限なんだが。
もしも、それまでに人口が増えず、幸福ポイントが罪業ポイントを1億ポイント以上上回っていなければ、俺たちは全員『消滅』させられてしまうんだ……」
「「「「「 消滅……」」」」」
「そうだ、神の認定する世界にふさわしくないということで、消されてしまうんだよ」
「な、なんと横暴な……」
「俺も最初はそう思ったんだがな。
この世界みたいな世界は全部で8800万近くもあるそうなんだ。
その全てが『試練』に合格した後も平和に進化を続けて、実に豊かな世界に育っていっているそうなんだが。
だがもしこの世界がこのまま進化して行ったとして、ヒト族なら他の世界も侵略していくことだろう。
それを未然に防止するための『試練』だそうだ」
「確かにヒト族が他の世界に行く方法を得たら、間違いなく富を求めて侵略に走るでしょうな……」
「間違いないだろう。
つまり8800万世界の幸福を守るための『試練』なんだよ」
「「「「「…………」」」」」
「それじゃあ今のこの世界の状況を見てみよう。ステータス・オープン」
世界名: ガイア(タイプRS-7)
管理者: システィフィーナ(中級天使)
表面積: 約5億平方キロ(内、海洋面積約3億平方キロ)
レベル: 2
知的生命体人口: 約1,200万
幸福ポイント合計: 18,230,192
罪業ポイント合計: 52,622,501,313
「幸福ポイントが1800万しかないのに、罪業ポイントは526億もあるのか……」
「こ、この数字を500年で逆転させるのは容易なことではないぞ……」
「まあ、最近はみんなのおかげでだいぶ幸福ポイントが増えて来てるけどな。
1年半前に俺がこの世界に呼ばれたときはもっと酷かったんだぞ」
「なるほどよくわかりました。
我々の為すべきことは、まず『殺されない』こと、次に『幸せを感じてシスティフィーナさまに感謝する』ことなのですな……」