*** 89 洞窟ドワーフ族移住開始と旧支配者層の末路 ***
数日後。
「サトルさま」
「おおドワールス、どうなった?」
「それが……
最初は洞窟ドワーフ族の約6割、3000名ほどが移住を希望したのです。
年寄り連中や、長老の親族や戦士長、大隊長などは皆洞窟に残ると言っておったのですよ」
「まあ、そういうやつも多いだろうな。年寄りは変化を嫌うから」
「ですが、砦に詰めていた兵士たちが皆、家族と共に移住を希望したのです。
あの砦ではヒト族の侵攻を防げないことがよくわかっておったのでしょう」
「はは、そうだろう。
俺が造った城壁ですら、時間さえかければ外側に石でも積んで乗り越えられるからな」
「そうしたらですね、ようやく連中も気づいたのですよ。
このままでは砦を守る兵士どころか、洞窟の入り口を守る兵士すらいないと。
しかも料理を作ってくれる者さえいないのですからな。
しばらくは皆、野菜などをそのまま齧っておりましたわ」
「はは」
「しばらくは誰が砦に行くか、誰が料理を作るかで醜い争いをしておりましたが、結局夜中に数人ずつわたしのところに来まして、とうとうほぼ全員、5000人が移住を希望することになったのです。
数が多くなって申し訳もございません」
「別にかまわんぞ」
「あ、ありがとうございます……
それで皆に頭を下げられて、移住が完了するまでの間だけ『臨時族長』を引き受けることになりました。
これもお詫びしたいと思いまして」
「それもかまわん。
まあお前なら自分の息子を次期族長にしようなどとは思わないだろうからな」
「はは、残念ながらわたくしには娘しかおりませんで……
ですがサトルさま、この娘たちが幸いにも親に似ず器量良しでございまして。
もしよろしければお傍に置いてやって、将来はサトルさまの側室にでも……」
「お、おおお、お前もかっ!」
「は?」
「い、いやこっちの話だ……」
「それにしても、これほどまでのご恩にどうやって報いさせていただいたらいいものやら……」
「そうか、それならお前に2つほど頼みがある」
「な、なんなりとお申し付けくださいませ」
「ひとつ目は、他のドワーフ族を紹介してくれ。
そいつらにも移住を勧めたいと思う」
「それでは、わたしの知り合いがおります『ドワスター街』をご紹介させて頂きたいと思います。
この街に住む一族は、ドワーフ族最大の勢力でございまして、全部で4万人もおるのですよ。
そこの族長はドワタルニクスという名のハイ・ドワーフでございまして、その人望、統率力などは素晴らしいものを持っているということなのです。
この一族も、ヒト族の侵攻を考え、現在総出で防備を固めているそうです」
「ほほう。それは是非紹介してくれ」
「ただ……」
「ただ、なんだ?」
「この族長は少々変わり者だそうでして、『技術』にしか興味を示さないようなのです。
他種族からの使者が訪れても、『貴君の種族が持つ技術を見せてはもらえまいか』と言って、すぐに技術論議をしたがるのだそうですが、優れた技術を持たない種族に対しては全く興味を示さないとのことなのです。
ま、まあサトルさまにはあの街を造られた素晴らしい技術がございますので、心配は要らないと思いますが……」
(なんかラノベのドワーフの設定にそっくりだなあ……)
「ですから訪れる際には、なにか技術の証となるものをお持ちになられた方が……」
「わかった。たっぷりとその『証』を持って行くことにしよう」
「はは、それは楽しみですな」
「それでは2つ目の頼みと言うか指示だ」
「ははっ!」
「最初に移住を希望した3000人は、予定通り5日後に集団転移させる。
だが、後からこそこそとお前に会いに来た奴らは信用出来ない。
自分たちでメシすら作れないような阿呆どもだからな。
そのうちにまた世襲制の族長制度や奴隷制に近い身分制度を作り出すだろう」
「はい、間違いなくそうなるでしょうね……」
「そこで、そいつらはまず砦の城壁増強工事をさせる。
そこで真っ当なドワーフになれるかどうかの試練を与えよう。
もちろん料理も自分たちでやらせろ。
そこで真面目に働いた者は『9時街』に住まわせてやる。
だが、そこでも『生まれ』を盾にふんぞり返っていた奴は、俺が造る『再教育用農村』に隔離することにした。
その際にはE階梯も参考にするつもりだ」
「ですがサトルさま。
あの連中ではとてもまともな城壁は造れないかと……」
「それでいい。
俺の造った第3砦の城壁は、第1陣到着後に撤去しよう」
「て、撤去ですか。そ、そのようなことが出来るのですか?」
「ん? すぐ出来るぞ。
その気になれば、今ここからでも……」
「はぁ…… あなたさまのお力は、いつまで経っても底が見えませんな」
「まあ毎日進化してるからな。
この世界に来たのは1年半前だが、そのころは何も出来なかったんだ。
あの頃はこんなことが出来るようになるとは思いもしなかったぞ」
「はぁ……」
(たったの1年半でここまで進化したのか……
このお方が本当にすごいのはその進化の速度なのだろうな……)
「それからヒト族が攻めて来た際には、俺に砦を使わせてくれ」
「もちろんでございます……」
5日後から洞窟ドワーフ族の移住が始まった。
その数日後には、大平原東側に住む多くの種族の族長たちが、大勢の幹部を引き連れて『9時街』の見学にやって来た。
もう、ゴブリンもオークもオーガも、族長自ら率いる『見学ご案内チーム』を作って、みんなを案内してくれたんだよ。
ああ、東の兎人族は西の兎人族と会って、嬉しそうに握手してたな。
牛人族も馬人族も猿人族も狐人族も犬人族も猫人族も蛇人族もだ。
もちろん洗熊人族もいたんだぜ。
そうしてみんなでわいわい言いながら、街中を歩いているんだ。
でも住民たちもそんな光景には慣れてるもんだから、みんな手を振ったりして歓迎してたわ。
特に見学者たちが驚いたのは、豪華で豊富な食料と、辺りを飛び回っているたくさんの精霊たちの姿だったようだ。
うん。精霊たちの果たした役割は大きいなあ。
もっと何かで報いてやりたいんだけど、こいつらもう充分楽しそうにしてるからな。
ケーキはいつでも食べ放題だし……
洞窟ドワーフ族支配層の砦への移動が始まった。
「サトルさま。
長老一族の中核、約50名程は主洞窟から出られませんでした。
どうやら族長とおなじ『恐怖症』を抱えておるようです」
「そうか。遺伝したのか、それとも今まで出たことが無かったから怖かったのか」
「自分たちを箱か何かに入れて連れて行けと喚き散らしていましたが、誰も相手にしなかったので諦めたようですね」
「そうか、それじゃあそいつらに、毎日少しずつでもいいから外に出て耐性を持てるよう努力しろと伝えろ」
「はい」
「砦に向かった連中はどうした?」
「皆第1砦に行きたがり、最も遠い第3砦には行きたがらなかったのですが、抽選で割り振りまして、工事を始めさせたところでございます。
ですが…… やはり長老一族の血が濃い者ほど働かずに命令ばかりして疎まれているようでございますね」
「まだわかっていないようだな。
一応やつらに言っておいてくれるか。
ここでの働きぶりで、移住できる場所が変わって来るぞって」
「はい、畏まりました。
ただ、特に第3砦の連中はびくびくするばかりで仕事になっていませんな。
中には夜中にこっそりと第2砦に逃げ出す者も出始めました」
「ほんとにしょーもない奴らだなあ」
「も、申しわけもございません」
「それじゃあ、俺が砦の後ろに壁を作ろう。逃げられないようにな。
それで、ヒト族が30分以内の距離まで近づいたらその壁は撤去してやるからそのときは逃げていいと伝えておけ」
「戦わずに逃げてよろしいのですか?」
「俺もそろそろヒト族と一戦交えてみようと思ってな。
ヒト族がどのぐらいアフォ~か試してみるつもりだ
そのときには、連中はかえって邪魔になるから逃げさせるつもりだ」
「そ、それはそれは……
そのときは是非ご加勢させてくださいませ。
もっともフェンリルさまやオーガ殿たちやベヒーモス族のみなさまに比べれば、わたくしどもなぞなにほどの力にもなりませぬが」
「いや、この戦いは俺ひとりで戦う。まあ、アダムには手伝ってもらうが」
(お任せくださいませ……)
「そ、そんな……
ヒト族の軍勢は、少なくとも5万、多ければ7万と予想されております。
いくらなんでもサトルさまお一人では……」
「ん? 別にどうってことないぞ。全員掴まえて捕虜にするだけだからな」
「あ、あの。殺さずに捕虜にするのはさらに難易度が上がるのですが……」
「い、いやまあ大丈夫だから……
ああ、多少は手伝ってもらうとするか。
そうだな、ドワーフ兵を400名ほど用意しておいてくれ。
だが戦う必要は無い。砦に守備隊がいるっていうことを見せてやるだけだから、ヒト族が攻めて来たら、全員転移の魔道具で撤退だ。
だからそれまでに転移の練習をさせておいてくれ。
ああそうだ。ついでに長距離走の練習もだ。
毎日最低5キロは走るようにしろ」
「それでは第3砦時代の部下を400名招集しておきましょうぞ。
なにやら策がおありのようで、実に楽しみなことでございます」
「ははは、まあ後で全部見せてやるから。
それじゃあ俺はこれから少し準備をするからさ。
お前はこれからアダムに転移してもらって、その『ドワスター街』に行ってくれ。
そうして明日の朝、俺が出向いたときにそのハイ・ドワーフと会えるように面会の約束を取り付けておいてくれるかな」
「畏まりました……」