*** 86 洞窟ドワーフ族第3砦 ***
翌朝。
「おはよう交易長さん。朝メシは済んだかな?」
「あ、ああ、サトルさん。実に旨いメシだったよ。ありがとう」
「それじゃあ第3砦に行くとするか。
その前に、塩壺をたくさん置いていくから、岩塩が無くなったらこれを使ってくれ。
ただし、ひとりにつき1つはタダであげてやってくれな」
「い、いいのか?」
「もちろん。あんたら食料をたくさん必要としてるんだろ?」
「あ、ああ、助かる……」
「それじゃあ行くか、準備はいいか?」
「あ、ああ」
俺たちはすぐに第3砦に転移した。
おー、砦だわ。まあまあ大きいわ。
でもこれ、谷の真ん中にあるけど、谷を全部埋め切ってないな……
これじゃあ大群が押し寄せてきたらすぐに抜かれちゃうぞ。
そうか、今工事して塞ごうとしてるのか……
「ほ、本当に第3砦だ……」
「なあ、早く兄貴を呼んだ方がいいんじゃないか?」
「あ、ああ。
な、なあそこのキミ、俺は戦士頭の弟で交易長をしている者なんだけど、戦士頭はどこにいるかな?」
「はっ! 今お呼びして参りますっ!」
お、あいつがこの砦の司令官の戦士頭か……
ほう、上半身裸で岩を運んでるじゃないか。
司令官も汗を流して壁を作っているのか……
「お、お前、どうしたんだ。今は塩の交易中だったろうに……」
「兄貴! 女子供を避難させられる場所がみつかったんだ!」
「なんだと! 全員をか!」
「そうだ。
それに、安全で食べ物もあって家まであるんだ」
「そうか! ところでそちらさんは?」
「初めまして、 俺はシスティフィーナさまの『使徒』しているサトルという者なんだ。
今は訳あって、ゴブリンの姿をさせてもらっているんだが」
「システィフィーナさまの『使徒』だと!」
「兄貴、それ本当なんだ。
昨日平原の塩の交易所にシスティフィーナさまが降臨してくださったんだ。
それで、ヒト族から逃れるために、このサトルさんが大平原の真ん中に作った街に移住したらどうかって仰ってくださったんだよ……」
「…………」
「その街にはもうゴブリン族もオーク族もオーガ族やフェンリル族まで移住してるそうなんだ。他にも馬人族も牛人族も兎人族も猫人族も犬人族もいるらしいし。
みんな西の大森林にヒト族が入り込んで来たんで避難して来たそうなんだよ。
俺、昨日実際にゴブリン・キングやオーク・キングやオーガ・キングから話を聞いたから間違いないんだ」
「に、俄かには信じがたい話だが……
も、もし本当ならこれほどありがたい話もないな……」
「だから兄貴、これからその街を見学に行こう!
このサトルさんが連れて行ってくれるそうだ。
サトルさんの力で一瞬で行けるから今日中には帰って来られるよ」
「な、なんだと……」
「現に俺も平原の塩交易所からここまで一瞬で連れて来てもらったんだ」
「だ、だが俺は城壁造りの監督をしなければならんのだ。
族長や将軍ですら、砦さえあればヒト族の侵攻を防げると思っているからな。
一度も視察に来たこともないくせに……」
「確かにあんたの言う通りだ、砦の防備は固そうだが、周囲にスペースがあり過ぎる。
これでは1万人以上の大群で来られたら、抜けられるのに1時間はかかるまい。
それにしても、視察にすら来ないとは……
族長も将軍も無能なのか?」
「い、いやあまあ異様に頑固なだけかもしらんが。
始祖ドワーフの血を受け継ぐ長老一族は、システィフィーナさまの教えを守って、洞窟から一歩も外に出てはならんそうなんだ……」
「それで部下には砦に行って、ヒト族を寄せ付けるなって命令してるわけだな」
「そうだ」
「それじゃあ戦士頭、あの城壁工事は今俺が終わらせよう。
あ、危ないから部下たちを全員城壁から離してくれるかな。
みんな疲れてるみたいだから、ちょうどいい休息だろう」
「な、なんだと……」
「兄貴、サトルさんが言ったとおりにしてみてくれないか。
このひと、昨日俺たちの目の前で300人が入れる小屋を一瞬で作ってくれたんだ」
「お、おう……
よし! 全員休息だ! 点呼確認の上、全員こちらに集まれ!」
ほほう、みんなきびきびと動いてるじゃないか。
この戦士頭は統率力もありそうだな。
まあ率先して岩を運んでいるような指揮官なんだから当然か……
「戦士頭殿! 戦士400名、全員揃っております!」
俺はその場にまず大きなテーブルを並べた。
その上に大量の食べ物と水の入った容器を乗せる。
「よかったらこれ食べてくれないか。俺はその間に城壁を作るから」
「な、なんだこの大量の喰い物は! いったいどこから出て来たんだ!」
俺は交易長に説明を任せて、城壁建設現場に歩いて行った。
ふむ、なかなかしっかりした土台が作ってあるじゃないか。
この上にマナ建材で壁を作っても大丈夫そうだな。
俺はその場に建材を転移させ、幅250メートル、厚さ20メートル、高さ30メートルほどの城壁を造った。
谷の両側に繋げた後、谷そのものも少し削って垂直の絶壁になるようにしてある。
最後に城壁の隅に『解体の魔道具』を埋め込み、2分ほどで工事を終えて砦の近くに戻ると、そこにいた全員があんぐりと口を開けてたよ。
「こんなもんでいいかな?」
「あ…… ああ…… 十分だ…… あ、ありがとう」
「これであんたも安心して街の視察に行けるだろう。
それじゃあ行こうか」
「お、おい、副長。お、俺はしばらく出かけるから後を頼んだぞ。
今日はもう全員休息でよろしい」
「は、はい。行ってらっしゃいませ……」
俺たちはすぐに『9時街』の北にあるギャラリースタンドの上に転移した。
「こっ、こここ、これは……」
はは、さすがに2人とも驚いてるか。
まあこんなにデカい街見たこと無いだろうからなあ。
あ、交易長が泣いとる……
2人は30分近くも無言で街を眺めていた。
それからようやく動き出すと、北門の前まで歩いて行ったんだ。
ここでも2人は門に浮き彫りにされたシスティの姿を長いこと眺めていたよ。
「開門してくれ」
巨大な城門が音も無く開いていく。
はは、道の両側にはフェンリル達が並んで座っていてくれるのか。
やっぱり番犬みたいだよな。
このフェンリル達って、歳をとってパトロールや戦士を引退した連中なんだそうだ。
まあおじいちゃんおばあちゃんだな。俺には見わけがつかないけど。
お、子供たちがフェンリルの周りにいっぱいいるじゃないか……
それもたくさんの種族の子たちが。
あはは、あの子フェンリルの上で寝ちゃってるよ……
その子を起さないようにそっとフェンリルがお辞儀してくれたわ。
あー、あそこでは犬人族の小さな子がフェンリルにお腹舐められとるわ。
もう子供はキュンキュン言いながら恍惚の表情だなあ……
俺たちはそんな幸せそうな光景を眺めながら、中央棟に向かってゆっくりと歩いて行ったんだ。
大通りを歩いてる俺たちに、道行く連中のほとんどが頭を下げてくれるんで、ドワーフたちは驚いてたよ。
俺たちは中央棟の『見学者受付』のデスクに行った。
「あっ! サトルさま!
お客さまですね。どちらのコースにいたしましょうか」
「なあ、戦士頭さん。3時間ぐらいなら大丈夫か?」
「あ、ああ……」
「それではミドルコースですね。
ご案内は悪魔族とゴブリン族のどちらがよろしいでしょうか?」
「2人で案内してあげてくれるかな」
「かしこまりました! それではお客さま、こちらへどうぞ」
「そうだ、見学が終わったら俺に連絡をくれないか」
「はいっ!」
「戦士頭さん、交易長さん。
俺はちょっと調べ物があるから3時間後にまた会おう。
なあに、街の案内だったらこの子たちの方が俺なんかよりずっと慣れてるからな」
「あ、ああ…… ありがとう……」
それで俺はシスティの天使域に戻っていくつか調べ物をしたんだ。
それにしてもアダムって、昔の映像記録をいっぱい保存してあるよなあ。
そう言えばフェンリーの子供のころの映像まであったし。
俺はついでに、小型の昆虫に似せたカメラの魔道具を作って、アダムに言ってドワーフの本拠地の洞窟に送り込んだんだ。
ほう、巨大なドーム状の部分にほとんどのドワーフが集まってるのか……
そうして、ドームの周囲からは放射状のトンネルがたくさん伸びて多くの部屋に繋がってるんだな。
あ、これ族長かな。
ドームの隅のちょっと高いところにやっぱり穴がくり抜いてあって、そこにデーハーな服着て座ってるわ。それにしてもデカい座布団だな。
周りにいるのはこれもエラそーなドワーフたちか……
親族だろうか……
俺は、それからも洞窟のある岩山の山頂付近を平らにするなどいくらかの準備をして、戦士頭と交易長を迎えに行ったんだ。
視察を終えたドワーフ兄弟は、なんだかぐったりしてたよ。
どうやら驚き過ぎて疲れたらしい。
「街はどうだった?」
「あ、ああ。素晴らしすぎてよくわからん。
見たことも無いものも多かったし……」
「なあ、本当にここに俺たちを住まわせてくれるのか……」
「もちろん。なんだったら今日からでもいいぞ。
あの転移の力は何人でも運べるからな」
「い、いやその前にもう一度族長を説得してみる……」
「そうか、それじゃあ俺も一緒に行こう。
アダム。土の大精霊を呼んでくれるか。
あと土の精霊を30人ほど。
「サトルさま。お待たせしましただ。
おお、こちらはドワーフ族の方々ですな」
「だ、大精霊さまだ……」
「なあ、ノーム。これからドワーフ族の族長を説教しに行くんだが、お前も一緒に来てくれ。
そうだな、俺が言うまでここにいて、俺が合図したら俺の肩に座ってくれるかな。
精霊たちはその後ろにいてくれ」
「光栄だすなぁ……」
「アダム。システィに連絡して、ドワーフの本拠に乗り込むから待機しててくれって伝えといてくれるか」
(畏まりました)
「それじゃあ戦士頭さん。
これからそのアフォ~な族長をぶっとばしに行こうぜ」
「うむ。ドワーフ族の命運がかかってると思うと緊張するの」
「まあ、俺に任せておけって」




