*** 53 ベヒーモス族族長ベヒラン ***
また或る日、俺はフェンリル街にフェンリーを訪ねたんだ。
「なあフェンリー、フェンリルたちって大平原のマナが薄れたせいで腹が減って困ってたよな」
「うむ、確かにそれでテリトリーを移そうかと巡回を強化していたが……」
「ということはさ、他にもマナを主食にしていた種族が困ってるんじゃないかって思うんだよ。だからそういう連中にも固体マナのブロックを配りたいんだけど、どんな種族がどの辺りに住んでるか教えてくれないかな」
「ふむ。我ら以外にマナを主食にしている強い種族と言えば、ベヒーモス族とミノタウロス族とトロール族、それからドラゴン族か……
そのうちドラゴン族との面識はほとんど無いのだ。
やつらは北の山岳地帯に住んでおるからの。
だがそれ以外の種族であれば、年に一度の長距離パトロールの際に何度か会ったことがある。紹介ぐらいならしてやれるぞ」
「それはありがたい。頼めるか?」
俺は大平原の広域地図を取り出してフェンリーに見せた。
フェンリーが爪の先で示した場所を中心にアダムに群れを探してもらう。
ふむ、どうやらみんな大平原に住んでいたのが西部大森林に移動し始めているようだな。きっと食料を求めてのことなんだろう。
俺はシスティに頼んでコントロールルームに待機してもらった。
もちろん俺たちの様子もすべてモニターしてもらっている。
そうしてフェンリーと俺は、フェンリーの部下10頭ほどを引き連れて、まずはベヒーモス族の居る辺りに転移したんだ。
おお、いるいる。これがベヒーモスかぁ……
大きいやつの体長は10メートルほど。体高も4メートルはあるだろう。
その見た目は一見恐竜だ。それもトリケラトプスみたいな4足歩行恐竜だな。
その全身は大きな鱗というか甲殻に覆われている。特に背中の甲殻がデカいな。
長さは3メートル、幅も1メートルはあるだろう。
頭部から胴体にかけては、首を守るためにかスカートのように骨が張り出していた。
そしてその顔つきは……
まあ犀と象と恐竜を足したような姿だったわ。但し、目は優しそうだけど。
そして最も特徴的だったのはその角だった。
鼻の上辺りからは先端が鋭く尖った太い角が突き出している。長さは1メートル近いかな。
さらにその頭部からは巨大な角が左右に突き出しているんだ。
なんかヘラジカの角みたいなぶっとくて巨大な角が……
「そちらの若い方。
我はフェンリル族の族長でフェンリーと申す。
ベヒーモス族の族長殿にお話があって参った。御取次願えんだろうか」
「はいっ! ただいま族長を呼んでまいります!
少々お待ちいただけませんでしょうか!」
へー、礼儀正しい連中だな……
そいつが走り込んで行った森の中から、まもなく一際デカいのが現れた。
急ぎ足でのしのしと近づいて来る。
「おお、これはこれはフェンリル殿。お久しぶりですな。
わたしはベヒーモス族の族長、ベヒランと申します」
「ご丁寧なご挨拶痛み入る。
我はフェンリル族の族長、フェンリーと申す。
こちらは我らが創造主システィフィーナさまの使徒で、サトルと申す者だ」
「ベヒラン族長、初めまして。
今紹介されたようにシスティフィーナ天使の使徒をしているサトルという。
よろしく」
「おおおお、かのシスティフィーナさまの…… それはそれは……
こちらこそよろしくお願い致し申す」
「ところで今日は、お詫びとご提案に来た次第だ」
「はて? お詫びとは……」
「実は我々は、神に頼んで中央大平原のマナ噴気孔を塞いでもらったんだ。
それでベヒーモス族のみんなも腹を空かせているのではないかと思ってな」
「そうでしたか……
いかにも我々はこの大平原のマナが薄れたために、いささか腹を減らすことになり申した。
そこでこうして大森林の端に移住して、草木を食するようになっておったのですわ。
まあ、木というものはあまり旨いものでもないですが、多少の栄養はありますし腹も膨れますからな」
ベヒラン族長が後ろの群れを振り返った。
よく見れば300頭ほどのベヒーモス達が森に入って木を食べていた。
ベヒラン族長が「ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉー」っと大きな声を出すと、全てのベヒーモスが木を食べるのを中断してこちらを向く。
「こらあ! 何度言ったらわかるのだ!
隣り合った木は食べてはならんとあれほど言ったろうに!
木を食べるときは、5メートル以内に接近して生えている木のうち、大きい方だけを食べるのだ!
そうしなければあっという間に森が無くなってしまうだろうに!
みんな横着してないで、もっと森の奥に入って密生している木を食べなさい!」
驚いたよ。
この族長、『間伐』を指示してるのか……
「いや突然大声を出して失礼致し申した。
まだ皆木を食べ慣れていないせいか、マナーがなっておりませんでの。
いやお恥ずかしい。
それにしても、なぜ使徒殿は神に依頼してまでマナ噴気孔を塞いだりしたのですかな?」
それで俺は、この見た目と違って紳士的な族長に全てを説明したんだ。
「ふうむ。そうでしたか……
もともとはマナの噴気孔は高山の山頂付近にあったということでしたか。
しかもこの大平原のど真ん中に噴気孔があったせいで、あれほど広大な地域が誰も住めない場所になっていたのですな。
それでは使徒殿が神に修理を依頼したのも仕方の無いことでございましょう。
確かに、我々のようにマナを主食にしておりました種族は多少暮らしにくくはなりましょうが、幸いにも大森林という巨大な食糧庫もございます。
それに他の種族の方々の居住可能地域が広がるのは喜ばしいこと。
使徒殿にお詫び頂くことはございませぬ」
いやすごいよこのベヒーモス族。
その知性といい倫理心といい、ヒト族たちにその爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだぜ。
「ですが使徒殿。
この大平原のマナが濃過ぎたせいで、あの残虐なヒト族どもが近寄って来られなかったのもまた事実。
このようにマナが薄れ始めた今、大平原の比較的弱き種族がヒト族の脅威に晒されることでございましょう。
それは如何して防がれるおつもりでございましょうか……
お、おおっ! わ、わかり申した!
我らがベヒーモス族にヒト族と戦えということでございますな!
ここに大平原の守護者フェンリル殿たちもおられるのがなによりの証拠!
畏まりました! 我らがベヒーモス族が滅びようとも、この大平原を侵すヒト族は1人残らず排除してご覧にいれましょうぞ!」
「い、いや違うんだよベヒラン族長……
す、少し話を聞いてもらえないだろうか……」
それで俺、必死になって族長に説明したんだよ。
俺が大平原の種族を守るために街を作ったこととか、城壁を作ってその中にみんなに移住して貰おうとしていることとか。
それから同じようにマナを主食にしていたフェンリル族には純粋マナを提供してそれを食べて貰っていることとか……
「いや、早とちりしてお恥ずかしいことでございます。
実は我が種族の間でも長年に渡って議論されて来たことなのですよ」
「議論?」
「そうなのです。それは、『なぜシスティフィーナさまは我々のような種族をお創りになられたのか?』という議論なのです。
我々はこの様に鈍重で大きな体をしておりまして、生きて行くのに大量のマナを必要と致します。
またフェンリル殿たちのように俊敏ではございませんので、大平原全体の守護もままなりません。
そこで我々の間では、いつかヒト族が侵攻して来た際に、盾となって大平原の種族を守ることこそが我らの役目なのではないか、という考えが主流になっていたのでございます。
ですからついにその時が来たのかと興奮してしまいまして。
いやお恥ずかしい……
大したもんだよこの連中……
そこまで哲学的なことまで考えていたのか……
(なあシスティ。ここに来て、こいつらにどうしてシスティがベヒーモス族を創ったのか説明してやってあげてくれないかな)
(ふふ、わかったわ)
「なあベヒラン族長。
それじゃあ今からシスティフィーナ天使に来て貰おうか」
「な、ななな、なんですとぉ!」
「今システィに聞いてみたんだけど、来てくれるってさ」
そのときまた族長が大きな声で『ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~!』って鳴いたんだよ。
そうしたら300頭近いベヒーモス達が地響きを立てて走り寄って来たんだ。
そうしてその場で全員が地面に腹をつけて畏まったんだよ。
その場に強烈な光が現れた。
そうしてすぐにシスティが顕現したんだ。
「「「「「 !!!!!!!! 」」」」」
ベヒーモスたちの声にならない驚きが充満している。
「こんにちはベヒーモス族の皆さん。
わたくしが天使システィフィーナです」
「あ、ああああああああ、わ、我らが創造主システィフィーナさま……」
あー、ベヒラン族長、泣いてるわ。
「お話は聞かせて頂きました。
わたくしが何故あなたたちを創造したのかということですね。
わたくしは、あなた方に戦って欲しいとか、盾になって貰いたいなどと考えたことは一度もありませんよ。
わたくしがあなた方を知性ある種として創造し直したのは、単にあなた方が素晴らしい存在であり、ずっと幸せに生きて貰いたかったからなのです」
「「「「「………………」」」」」
「わたくしが8000年ほど前にこの地に降り立ったとき、偶然大ケガをしていたベヒーモスの赤ちゃんを助けました。
そのままでは30分もしないうちに死んでしまうほどの大ケガでした。
そしてその子のケガを治して助けてあげたところ、その子の両親が目から涙をぼろぼろ零しながらわたくしにお礼の気持ちを伝えようとしたのです。
その子の両親だけでなく、その一族全体も泣きながらわたくしに感謝してくれました。
そしてその子もわたくしに実に懐いてくれたのです。
そこでわたくしはその一族に知性を与えました。
その優しさと感謝の気持ちをいつまでも忘れずに持っていて欲しかったからです。
見たところ、みなさんはその一族の末裔ですね。
あのころの優しい気持ちを持ち続けてくれていることを嬉しく思いますよ」
ベヒーモス達がみんな泣き始めた。
辺りには『ぶもぉ』『ぶもぉ』という大きな声が充満している。
「お、畏れながらシスティフィーナさま……
そ、その助けて頂いた子の名前はご存じでいらっしゃいますでしょうか……」
「ええ、覚えていますとも。
ベヒリエントという名前の男の子でしたよ。
その後はすくすくと成長して族長にまでなっていましたね」
「お、おおおおおお…… ち、知性あるベヒーモスの始祖ベヒリエントさま……
システィフィーナさまがベヒリエントさまの命を助けて下さっていたとは!」
その場の全てのベヒーモスがさらに姿勢を低くしている。
「うふふ、みんなあの子のことを覚えているのですね。
本当に喜ばしいことです。
ですがこの度は済みませんでした。
わたくしと使徒サトルがこの地のマナを薄れさせてしまったために、みなさんに迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい」
「し、システィフィーナさま…… ど、どうかそのようなお詫びなどと……」
「それでみなさん、こちらのサトルが皆さんの食料になる純粋マナの塊を用意しています。
これからは、それを食することで幸せなまま繁栄して行ってください。
また、他にもお困りのことがあればこちらのサトルに言って頂ければお力になれるでしょう。
それに、もしよろしければ、わたくしたちの造った『街』に来て下されば嬉しいです。
みなさんが快適に住める環境も用意させて頂きたいと思います」
「し、システィフィーナさま…… も、もったいないお言葉を……」
「それではみなさん。またお会い致しましょう」
システィは微笑みながら消えて行った。
辺りには呆然としたベヒーモスたちが佇んでいる……