*** 51 フェンリルと酒盛り会…… ***
悪魔っ子たちの魔力(MP)レベルが上がって来た。
この世界に来たときには平均で15ほどだったのが、もう25にもなったそうだ。
まあ、あれだけ毎日魔法マクロ使って仕事してるからな。
だけど、総合体力(HP)はあんまり上がってなかったんだ。
そりゃまあ、戦闘訓練とかはしてなかったからさ。
そこで俺は、最近地球から届き始めた品の中からウィスキーの樽と、あといくらかの品を用意して『フェンリル街』を訪れたんだ。
「なあボス。ちょっと頼みたいことがあるんだが……」
「なんだ」
「あのさ、悪魔っ子たちの体力を上げてやるために、訓練の相手用に強いヤツを何人か貸して欲しいんだよ。
ほら、お前たちってむちゃくちゃ強いからさ。
強いヤツを攻撃するとHPや特に攻撃力が上がりやすいんだ。
まあ、たまにはしっぽとかで薙ぎ払って防御力も上げてやって欲しいんだけど」
「断る! 我々は誇り高き戦士である!
子供の遊びにつきあっているヒマは無いっ!」
「まあそう言わないでさ。
今日はウィスキーっていうの持って来たんだけど、ちょっと飲んでみないか?」
俺はマナ建材で作った大きな皿を取り出し、そこにウィスキーをなみなみと注いだ。
「キサマ、我を買収するつもりか!」
「まあまあ、そんなこと言わないでさ。
これは単なる贈り物だから。飲んだから働けとか言わないから……」
「ふん! なんだこの匂いは。これはヒト族の飲む酒か。
300年ほど前に追い払ったヒト族の持っていた酒を飲んだことがあったが、苦くてそう旨いものでもなかったぞ」
「そう言わずに。これは地球産の旨い酒だから」
ウィスキーの匂いを嗅ぎつけたのか、周囲にはいつのまにか大勢のフェンリル達が集まっていた。
フェンリーくんが皿に鼻を近づけてふんふんと匂いを嗅いでいる。
あ、ひとくちぺろんと舐めた。ごくんと喉が動いた……
「がああああああああーーーーっ!」
あー、口から火ぃ吹いてるよ。文字通り本物の火。
あーあ、トイメンにいたデカいやつがちょっとコゲて呆然としとるわ。
可哀想にヒゲがチリチリになっとる……
そんなにいっぺんに飲むから……
まあ、まだこの世界には蒸留酒って無いみたいだからな。
あるのは麦から作ったエールだけみたいだ。
それもアルコール度数も低くてちょっと苦いヤツ。
でも……
ちょっとフラついたフェンリーくんは、それでもまた皿に舌を伸ばした。
今度は少しだけ舐めて、満足そうに口に入れている。
「ふ、ふん。ま、まあまあだな……」
そういう割にはさっきから舌が止まらないみたいですよフェンリーくん。
俺はあと10枚ほど大きな皿を転移させて、集まっていたデカい連中にもウィスキーをふるまった。
あははは。みんな夢中で舐めてるよ。
ときどきやっぱり火ぃ吹いてるけど……
それにしてもさ。
フェンリルって、図体デカい割に酒には強く無いのな。
みんな何回か舐めたらもうフラフラになって上機嫌になってやんの。
「うぃ~っ! にゃはははは。なんだこれ~、お空が回ってるぅ~」
「うひょひょひょひょ~♪ な、なんかしあわせ~♪」
「おおーっ! な、なんか俺、自分の後頭部が見えるわー♪」
キミそれアブナイひとみたいだからヤメなさいってば。
そのころになると、騒ぎを聞きつけた群れの全員が集まって来ていた。
俺は長老連中やメスたちの前にも大量の皿を置いて、ウィスキーを振舞っていったんだよ。ああ、妊娠中のメスや子供たちにはオレンジジュースな。
一部にはコーラも出したんだけど、勢いよく飲んだ子がひっくり返ってたわ。
いくらなんでも500頭にウィスキーひと樽じゃあ足りないかな、って思ってたくさん用意してたんだけど……
あー、ひと樽で全員へべれけだわ。
あ、若いのが後ろ足で立って踊り出した……
器用に前足でバランス取ってるのが盆踊りみたいで笑える。
あはは、みんなも踊り出したぞ。
おお、あれ若いメスたちだよな。
5頭ぐらいで並んでみんなにおしり向けてふりふり踊ってるわ。
これきっと、やつらにとってはちょっとエッチぃ踊りなんだろうなあ。
あはは、若いオスがおしりの匂いくんくん嗅いで、後ろ足で蹴られてるわ。
フェンリーくんは……
あー、大の字になってハラ上に向けてガーガー寝てる。
気持ちよさそうだなあ……
翌日俺はまた『フェンリル街』に行ったんだけど……
な、なんか街が静かなんだよな。
集会場には誰もいないし、みんな自分の家に引っ込んじゃってるんだ。
あ、しかもみんな頭を家の中に入れておしり外に向けてる……
通りの両側に並んだフェンリルの家からおしりが並んで見えてる絵って……
シュールだわ……
お、なんか女の子が1頭出て来た。
ぴゅーってトイレに行って、またすぐ帰って来て家に顔突っ込んじゃった……
「なあ、大丈夫か?」
俺はその娘のしっぽの上辺りをぽんぽん叩きながら聞いてみたんだ。
おお、しっぽの先の毛がまっ白で、カッコいいな……
そしたらその娘、びくんって盛大に硬直しちゃったんだよ。
「どうしたんだい? 具合でも悪いのか?」
「……かしくって…… ……らんない……」
「ん? なんだって?」
そしたら小さな小さな声で言うんだよ。
「昨日うぃすきー飲んでおかしくなっちゃって、それであんなことしちゃったんで、恥ずかしくってお外に出られないの……」
「ああ、それなら大丈夫だよ。みんなも恥ずかしくって出られないみたいだから」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだよ。ちょっと外を見てごらん」
その娘は涙目のまま、少しだけ顔を出して通りを覗いた。
そこには各家々からハミ出しているおしりが並んでいるという、実にシュールな光景が広がっている。
それにしてもこの娘、鼻筋細っそいな。
きっとフェンリルの中では相当に美人さんなんだろう。
「な。みんな酔っ払っちゃったのが恥ずかしくって、家に頭突っ込んでるんだよ」
「わ、私だけじゃなかったんだ……」
「ああ、そうみたいだね。
まあ、俺の前世の世界では、酒を飲んだときの恥はお互いさまだから、みんなあんまり気にしないようにしてるそうだぞ」
「う、うん。どうもありがとう。なんかほっとしたわ。
あ、あの。わたしフェミーナって言うの。
あなたは、システィフィーナさまの使徒さまなんでしょ」
「ああ、使徒さまとか言わなくていいよ。サトルって呼んでくれ」
「じ、じゃあサトルさん。昨日はあのうぃすきーっていう飲み物をどうもありがとう。
恥ずかしかったけど、美味しかったです。あ、おれんじじゅーすも……」
「はは、喜んでもらえてなによりだ。今度また持ってくるよ」
「うふふ、そのときは飲みすぎないように気をつけるわ」
「じゃあ俺はフェンリーに用があるから、そろそろ……
あー、でもこの分だとやつも使い物になってないかな。また明日来るか……」
「ねえ、サトルさん。ボスに用って、どんなご用なの?」
「ん? 悪魔っ子たちの戦闘訓練教官として、誰か派遣して欲しいっていうお願いだったんだけど……」
「じゃあそれわたしがやってあげる」
「えっ……」
「ふふ、わたし、こう見えてもけっこう強いのよ。
若い女の子たちのリーダーで、訓練役も務めてるんだから」
「な、なあ。ちょっとキミを『鑑定』してみてもいいかい?」
「ええどうぞ」
おお、この娘、総合Lvが1823もあるじゃないか……
ボスほどじゃあないけど、それでもものすごく強いわ。
これなら……
「どお? 合格かしら?」
「合格も何も…… 神さまの加護が無かったら、俺なんかまったく歯が立たないよ」
「ふふ、でもあなたが『隠蔽』を解いたら、みんなが立っていられないぐらいに強いって聞いたわ。
それにあのものすごい魔法の力……
あんな城壁が飛んできたら、いくらわたしたちでもぺちゃんこになっちゃうわよ。
神さまの加護も実力で勝ち取ったものだって聞いたし」
「本当に訓練教官をお願いしていいのかい?」
「ええ。実はそろそろ若い女の子のリーダーは後輩に譲って、お婿さん探しをしなさいって曾おじいちゃんに言われてて、ヒマになりそうなのよ。
だから運動がてら毎朝2時間ぐらいお相手させていただくわ」
「ありがとう。
そしたらお礼に、7日ごとにまたウィスキーとオレンジジュースを持ってくるよ」
「うふふ。そんなにうぃすきー飲んだらみんなおかしくなっちゃうから、1カ月に1回でいいわよ。あ、でもおれんじじゅーすはたくさん頂けるとうれしいな。
子供たちがすっごく喜んでたから」
「もちろん。それじゃあオレンジジュースは、3日に1回届けさせるよ。
子供たちの健康にもいいだろう」
「どうもありがとう。それじゃあ明日の朝から始めましょうか」