*** 5 ラノベにハマった天使って…… ***
アダムに礼を言ってスクリーンを閉じたあと、俺はまた食事を注文することにした。
「サトルは何を食べるの?」
「そうだな、ピザが食べたいな。付け合わせのポテトやナゲットも」
俺はアダムのスクリーンに出て来たメニューを見ながら注文をした。
ああ、3年ぶりのピザだ。
親切な看護師さんが、看護師休息室でこっそり食べさせてくれたとき以来か……
しばらくすると、また小さい悪魔がピザを持って現れた。
ご丁寧にドアの向こうには配達用の3輪バイクが見える。
「お待たせしましたぁ~。ピザの配達でぇす。
お代はシスティさまの口座から頂戴しておりますでぇす」
テーブルの上に熱々のピザが並んだ。コーラもある。
俺は歓喜の表情を浮かべてそれを頂いたんだ……
「ああ…… 旨いな……」
「うふふ、サトルって本当に美味しそうに食べるのね」
「実際に旨いからな。システィは食べないのか?」
「わたしたち天使は、この世界に満ち溢れる神素を摂取して生きているの。
でも食物を食べることも出来るけど」
「じゃあ一緒に食べないか? 俺一人で食べるのもなんだし」
「うん。サトルがとっても美味しそうに食べてるんで、わたしも食べたくなっちゃった。
うわぁ、これ本当に美味しいわ。
お姉さまの世界っていろいろ豊かよねぇ……」
俺たちは食事を堪能したあと、また戦略会議(雑談)を始めた。
ローテーブルの上にはポテチとコーラが置いてある。
俺には久しぶりのポテチだったが、初めて食べたシスティもその旨さに驚いていたよ。
「ラノベは面白かったか?」
「うん、とっても。
サトルが勧めてくれた分は読んじゃったんだけど、他のも面白かったわ」
「もう読んじゃったのか……」
「うふ。だってわたし初級とはいえ天使だもの。
読力も理解力もけっこうあるのよ。
でも…… 不思議なことがあるの」
「どんなことだ?」
「だってラノベに出て来る獣人さんとかエルフさんとかドワーフさんって、わたしの世界にいる私が創った種族にそっくりなんですもの」
「なんだと……」
「だから可愛いあの子たちが活躍する話がとっても楽しかったわ♪
でも、わたしの世界の獣人さんの方が、より動物に近いかしら。
知性はかなり高いけど、体は動物6、ヒト4ぐらいよ」
「じゃあこの世界には、凶暴な魔物とか魔族もいるのか?」
「ううん、そういうのはあんまりいないわ……
ドラゴンとかフェンリルとか強い生き物はいるけど、あの子たちは優しいいい子よ。
それ以外のマナの濃いところにいる普通の動物は、マナが濃過ぎて少し凶暴になっちゃってるぐらいかな」
(マナが濃過ぎるところにいると、動物は凶暴になるのか……)
「それから凶悪な魔族もいないわ。
最も凶暴な生き物はむしろヒト族ね。この世界における魔族と言ってもいいぐらい。魔法は使えないけど」
「その他はそっくりなのか……」
(それってひょっとして……)
「それからサトルが勧めてくれたお話は、心が温まるものばっかりだったんだけど……
登場する種族に馴染みも親しみもあったから。
でも他のお話はちょっとキツかったかな。
戦争の話だったり魔物を虐殺するお話だったり。
特に、自分や一族の身を守るためじゃあなくって、単に自分のレベルを上げるために魔物を殺しまくる話は好きになれなかったわ……」
「そうだな。俺も好きになれなかったよ。
だがまあ、あっちの世界では必要な話なのかもしらんぞ」
「それはわたしもなんとなくわかった。
お姉さまの世界のヒト族も、けっこう闘争本能が強かったのね。
でもその本能を発散するために、娯楽を代償行動にするようになったんでしょ。
スポーツとかゲームとかラノベとか」
「システィってかなり頭がいいんだな……」
「うふふ。賢過ぎる女の子はキライ?」
「い、いやそんなことは無いが……」
「前から不思議に思ってたのよ。
お姉さまの世界のスポーツって、ウインタースポーツや一部の球技や採点種目以外はほとんど戦争や戦闘の疑似体験だものね。
レスリングとかフェンシングとかアーチェリーとか……
陸上競技なんかほとんど戦争の練習だもの」
「ああ、それにも気がついてたか……」
「そうね。短距離走は急いで撤退したり突撃したりの練習だし、長距離走は戦場に於ける体力養成だし、マラソンなんか元が戦場の伝令だものね。
棒高跳びは城壁を乗り越えるためのものだし、走り幅跳びやハードル走も戦場の障害物を避けながら移動する練習だし。
やり投げやハンマー投げなんか、もう古代の戦争そのものズバリよねえ」
「よく気づいたな。
戦争することが闘争本能を発散させるなら、その戦争の練習をさせることで本能衝動を解消させられることに誰かが気がついたんだろう。
さすがはオリンピック発祥の地である古代ギリシャだ。
しかもオリンピック期間中は自動的に停戦してたっていうし」
「球技なんかもそうなのかしら?」
「ああ、集団戦の練習だろう。ラグビーとかな」
「それで実際にスポーツする以外にも疑似スポーツ的な娯楽が開発されたのね」
「そうだ。まずはプロ格闘技の観戦とかだろう。
建国直後のアメリカでまず大流行したのはボクシングだそうだからな。
贔屓の選手に感情移入して、自分の闘争本能も発散させるんだ。
それからゲームやラノベに至ったわけだ。
だからラノベの残虐行為も必要悪なんだろう」
「それでリアルの戦争や暴力行為が減ってヒトが死ななくなったんだから、充分役に立っているっていうことなのねえ」
「ああ」
「ねえ、わたしゲームもやってみたいわ。
だってラノベの中にたくさん出て来るんですもの」
「はは、天使がゲームにハマるのも面白いかもな。
それじゃああのゲームを買ってみるか……」
俺はRPG大発展のきっかけになったあのゲームを買ってもらった。
まずはⅠから順番にプレイしてもらうとしよう。
それからは、俺はこの世界のお勉強、システィは○ラクエで娯楽のお勉強を続けたワケだ。
しばらく経つと白い空間がやや暗くなった。
「なあ、これって……」
「うん。わたしたち天使には睡眠の必要は無いんだけど、サトルには必要でしょ。
だからこれから夜にしてみるの」
「そうか。気を使わせて悪いな」
俺たちはまた一緒に風呂に入った。
風呂から出ると、いつのまにかシスティが俺の寝室を用意してくれている。
なんとも豪華な部屋だし、大きなベッドだよなあ。
そして、驚いたことにシスティが俺と一緒にベッドに入って来たんだ。
「うふふ。だってラノベの主人公達って、みんな女の子と一緒に寝るのを喜んでたんですもの。サトルも喜んでくれるかと思って……」
はい。たいへん喜んでます。ありがとうございます。
「でもすっごい心拍数なんだけど、だいじょうぶ?」
はは、ぜんぶわかっちまうんだな。さすがは初級とは言え天使か……
30分ほども経ってようやく落ち着くと、俺は寝入り始めた。
ああ、復活させて貰えて本当によかったよ。
陰鬱な病棟なんか比べ物にならないぐらいの最高のベッドだ。
隣にはいい香りのする美少女もいるし……
その後、暖かい手が頬に触れたかと思うと、システィがベッドから離れて行く気配がした。
きっとまたRPGの続きを始めるんだろうな。
俺は充実した気分で朝まで最高の睡眠を楽しんだんだ……
その後の数日間、俺たちはシスティの天使域で勉強を続けた。
食事は全部【株式会社エルダーシスター】が届けてくれている。
俺は牛丼やカツ丼、天丼なんかを堪能した。
配送員の小悪魔に、「いつもすまないな」って言ったんだけどさ。
首をぶるぶる振りながら、
「め、滅相もございません!
システィフィーナさまの天使域に来られるのは私共にとっての最高の栄誉であります! そ、それに面倒くさいなんて思ったら、思っただけで社長にどんなメに遭わされるか……」
って言ってたよ。
(そうか、お姉さまコワイのか……
まあ、競争馬に包丁と醤油を見せて、言う通りに走らないとお刺身にしちゃうぞ、って言ったひとだからな……)
俺たちの勉強は進んだ。
俺はサポートシステム(アダム)に頼んで実物大のガイア世界の映像も見せてもらった。まるで映画みたいだったよ。
どうもこの世界って、青銅器時代後期から中世初期のヨーロッパっていうカンジだな。
ようやく原始的な農業が軌道に乗り始めたようだし、街も住民の服装もみんな質素だし。
ただ戦闘行為だけはヤタラに多かったわ。
まるで戦闘民族の国々だな。
まだどの国も、農業なんかに頼るより、物資が欲しければ略奪すればいいっていう考え方のようだ。
それも銅槍や弓や革鎧みたいな原始的な武装での歩兵戦闘ばっかりだわ。
一部の連中は騎馬隊も作ってるけど、どうやら王族や貴族の移動用で、本格的な騎馬戦闘はまだ行われていないようだった。
少数ながら鉄器もあったけど、みんな王族や上級貴族が身につけてるだけだなあ。
それにしても奴隷の多い世界だわ。
もう王族貴族と奴隷たちばっかしで、中間の平民階級はまだほとんど育っていないようだった。
まあ、西部の小国家群では商業が盛んになって、ようやく市民階級が勃興してきたようだけど。
奴隷たちは主に戦争で負けた国の住民だった。
みんな過酷な労働と足りない食事でガリガリボロボロだ。
これじゃあこの世界の罪業ポイントが高いのは当然だよなあ。
戦争の矢面に立つのも当然奴隷兵なんだけど、こんな原始的な戦争行為だと、苛烈で残虐な戦闘行為を行う国ほど大きくなっているようだった。
まあ、相手の奴隷兵を殺せばその分戦力差が広がって、より有利になれるしな。
ついでに相手の兵糧も農地もぶん取れるから、より国力もつくし。
そうやって兵士の数が増えるほど、その国はますます強く大きくなれるわけだ。
それで農業がろくに機能してないもんだから、兵を動かすのに必要な食料を調達するために侵略と略奪を繰り返すという悪循環に陥っているようだ。
(それにしても……
なんでこの世界ではここまでヒト族が凶暴なんだろうか?
地球も中世とか相当に酷かったけど、ここまでじゃあなかったはずだ……)
ヒト族の国の中で特に目を引いたのは大陸東部、山脈の向こう側の南部地域に広がる中規模の国だ。
どうやらこの国の王は優秀らしい。
軍をいくつかの師団に分けて戦闘をしているんだよ。
その師団にも、大隊、中隊、小隊があって、指揮官からの命令通りに動いていた。
騎馬兵も多く、その大部分は貴族の騎乗用ではなく伝令兵が使っているようだ。
どうも本格的な近代的分業戦闘体制の効用に気づいた最初の国らしい。
おかげで次々に周囲の国々を併呑してこの大きさの国になったようだった。
また、その街にも活気があった。
どうやら商業の価値にも気がついているようだな。
物資流通用の街道も整備されてたし。
やはり奴隷も多かったが、平民階級もいたし、奴隷も含めてみんな少しは血色のいい顔色をしているようだ。
ただまあ、相変わらず周辺諸国に対する戦闘行為はヒドかったけど……