*** 42 城壁実験とフェンリル族との出会い ***
翌日俺は大砂漠地帯の始まる岩稜地帯に降り立った。
目の前には海のように見渡す限り砂の平原が続いている。
「さてと。それでは実験を始めるとするか。
おいアダム、この大砂漠を囲むように壁を建設してみようと思うんだが、建設予定地に白線を引いたように俺に見せることって出来るか?」
(それでは『加護のネックレス』によって、『管理システムとの感覚リンク』のスキルを取得されてはいかがでしょうか)
「おお、これすげえな。俺の視界にまっ白な白線が見えるようになったぞ。
便利だなあこれ。
それじゃあさっそく魔法マクロを作ってみるか。
魔法マクロ定義、マクロ名【整地1】
『壁建設予定地の白線に沿って、白線の外側を幅50メートル、長さ100メートル、深さ20メートルに渡って液状化し、表面を平滑にせよ。
進行方向に沿って3度までの傾斜は許容するが、それ以上の傾斜部分は削るか周囲の岩石を使用して3度以内の傾斜を保つようにせよ。
進行方向に対して垂直な線は、水平を保て』
以上、魔法マクロ定義終了」
はは、あっという間に幅50メートルの平らな面が伸びていったぜ。
まるで高速道路みたいだわ。
それじゃあ次だな。
「魔法マクロ定義、マクロ名【整地100】
前回整地した部分を起点として、魔法マクロ【整地1】を100回繰り返せ。
ただし、前回整地面との接続部分に1度以上の傾斜がある場合は、整地部分を削るか周囲の岩石を使用して土台を増築し、1度以内の傾斜を保つようにせよ。
以上魔法マクロ定義終了」
おーすげえすげえ。5分もかからずに岩の道が10キロも延びて行ったぜ。
はは、ここには川も無いし、凹凸もほとんど無いからラクチンだな。
使用した体内マナは…… うん。5%ほどか。
10回ほどマクロ使ったらマナ・ポーション(上級)を飲もう。
それにしても、このマクロ240回繰り返すだけで全周2400キロの範囲の土台が出来上がるのか。魔法マクロって本当に便利だよなあ。
俺は【整地1000】の魔法マクロも作り、これを1回行使するごとにマナ・ポーションを飲むことにした。
数秒で体内マナが復活すると、また【整地1000】を繰り返して行使する。
これを23回続けたところで俺はその場を離れたんだ。
はは、もうひとつ魔法マクロの優れた点だな。
1回発動させれば、後は術者がいなくても勝手に魔法マクロの行使が進んで行くからラクチンだ。マナは発動時点で前払いしてあるし。
明日には土台もほとんど完成していることだろう。
翌日。
土台はあと100キロ少々を残してほとんど完成していた。
俺は【整地100】と数回の【整地1】を繰り返して、総延長2400キロに及ぶ土台の輪を完成させたんだ。
うん、やっぱり何も起きないわ。
単に俺が人工物で土地を囲っただけだと、そこが『準天使域』だとは見なされないんだな。まあそりゃそうだろうが。
よし、じゃあ次の実験に行く前に……
「なあ、アダム。この土台で、進行方向に対して左右の線が1度以上水平から傾いている場所ってあるかな」
(いえ、ございません。この辺りは大陸を形成する岩塊が露出している部分なので、沈降などはほとんど起きなかったと思われます。
最大の傾斜でも0.3度ほどでございますね)
「よし、それなら大丈夫そうだな。
それじゃあマクロ定義、魔法マクロ名【壁(小)作成1】
『目の前の土台の中央部に、最寄りの砂漠の砂を使用して、土台に沿って幅1メートル、高さ3メートル、長さ100メートルの壁を形作れ。
壁形成後は、その形を変えないまま液状化した後に固化せよ。底面は充分に土台と融合させよ。また、その際に、壁が垂直に立つよう留意すること。
以上、魔法マクロ定義終了」
はは、砂漠から砂がざーっと飛んで来て、あっという間に壁になったわ。
土台よりも体積が少ない分だけ早いんだな。
それじゃあいきなり作るか。
「それじゃあマクロ定義、魔法マクロ名【壁(小)作成1000】
『前回作成した壁(小)を起点として、魔法マクロ名【壁(小)作成1】を1000回行使せよ。ただし、壁と壁の繋ぎ目は双方を1メートルほど液状化した後に融合させてから固化せよ。必要とあらば砂漠の砂を追加で使用すること』
以上、魔法マクロ定義終了」
はは、土台に比べて小さな壁がみるみる出来上がったぜ。
おお、体内マナの消費量も2%無いのか。
さすがは加護のネックレスと勲章の威力だわ。
そうして俺は、【壁(小)作成1000】を23回繰り返した後、マナ・ポーションを飲んでその場を離れたんだ。
翌日残された部分に壁(小)を作り上げると、壁の内側、大砂漠全体がほんの少しだけ淡く白く輝いた。ということはこれって……
「なあアダム。この壁の内側から外側に岩かなんか転移させて、お前のシステム負担をチェックしてみてくれないか?」
(かしこまりましたサトルさま。
ほう、およそ5%ほどですが、負担が軽くなっております。ということは……)
「そうだな。領域を囲む建造物がある一定の体積を超えたときに、その内側全体が『準天使域』として認定されるわけじゃあないみたいだな。
その体積に応じて徐々に『準天使域』の度合いが大きくなって行くようだ。
これはいいニュースだな」
(はい。サトルさまの労力はかかるものの、一度の作業でわたくしどもの負担が永久に減ることになりますので、その分他の作業が捗ることと思われます)
「さあ、それじゃあ壁をもう少し大きくしてみるか。
今度は壁(中)で、幅を10メートル、高さを20メートルにしてみよう……」
俺は既に完成している壁(小)のすぐ外側に、壁(小)と融合させながら壁(中)を建設する魔法マクロを造り、これも約2300キロ分発動させると、塩作りや堤防建設の視察に戻ったんだ。
そして翌日、壁(中)を完成させると、今度は領域の内側はやや強く光った。
「どうだアダム。お前のシステム負担は」
(はい、壁が無いときに比べて70%の効率アップです。
これで砂漠の砂の撤去は相当に楽になりました)
「そうか、それはよかった。
そうしたら、砂漠の砂を掃除していた連中を森の腐葉土の収集に回せるな」
(はい。砂漠はもうわたくしどもにお任せくださいませ……)
或る日の夜中のこと。
(サトルさま。緊急報告です!)
「どうしたアダム! なにがあった!」
(拠点より2時方向の『2時街』の小屋が、何者かによって破壊されました!)
「なんだと! 周囲の生命反応はいくつある!」
(52体でございます。ただ、大きさが様々でヒト族ではないのではないかと……)
「映像は…… ああ、今は夜だったか……
それでは俺が直接出向く。
念のためベギラルムとシスティに連絡して、コントロールルームに待機させておいてくれ」
(はっ!)
俺は『ゼウサーナさまの加護のネックレス』と『神界銀聖勲章』を装着した。
これで俺のレベルの全てが1万倍に跳ね上がる。
同時に念のため自分の体に『隠蔽(神級)』の魔法をかけた。
「それでは『転移』を頼む」
(どうかお気をつけくださいサトルさま)
直後に俺は『2時街』予定地の中心に転移した。
まずは『光球(特大)』を10個ほど出現させて高空に浮かせると、辺りは昼間のように明るくなった。
俺もある程度夜目は利くが、相手はどうも夜の暗さも苦にしないようだからな。
おお、なんか見事に小屋が壊されてるわ。
小さいなりにけっこう頑丈に造ってあったはずだが……
(さ、サトル! 気をつけて! 何かが東の方角から近づいて来てるわ!)
(おお、システィか。何体ぐらいいるんだ?)
(たぶん50体ぐらいね。
中にはすごく大きなのもいるわ。体長は8メートルほど)
(サンキュ)
8メートルか…… デケえな……
お、なんかスゲぇ魔力反応が近づいて来るぞ。
うーん。殺意というよりはこれは『威圧』だな。
俺を追い払う気か……
そのとき俺の視界にそいつらが入って来たんだ。
うん。デカいわ。特に先頭のやつ。
これ、どうみても体型は犬、いや狼だな。だがいくらなんでもデカ過ぎるわ。
頭から尾の先まで8メートルは優に超えてんぞ。
っていうか4つ足で立ってても、頭の高さが3メートルはあるわ。
ということは……
こいつが伝説の霊獣『フェンリル』か……
先頭の化け物の後ろにも体長4メートルから5メートル級のやつらが20頭ほどいる。
その後ろには1メートルほどのやつも何頭かいて、その周囲を3メートル級がガードしてるのか……
なるほど、ボスが先頭で、群れを率いているわけだな。
俺はフェンリルの群れと対峙した。
はは、ものすごい圧迫感だ。
今の俺の気配も相当なものだろうが、『隠蔽』のおかげでやつらには届いていないだろうからな……
俺はボスフェンリルを『鑑定』してみた。
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名前 フェンリー
種族 フェンリル族
年齢 1502歳
総合レベル:2560
幸福ポイント:3520
罪業ポイント:112
称号:フェンリル族のボス
各種レベル
E階梯 地球基準5.0
IQ 地球基準130
体力系
総合体力(HP) Lv3801
内訳
防御 Lv2980
攻撃 Lv4023
俊敏 Lv4230
器用 Lv2760
魔法系
総合魔力(MP) Lv2810
内訳
マナ保有力 Lv1930
マナ操作力 Lv3547
マナ放出力 Lv2328
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すげぇなこいつ。
総合レベル2560かよ。マジ化け物だな。
俺に『加護のネックレス』や『勲章』が無かったら、象とアリ、いやティラノサウルスとミジンコぐらいの戦力差だわ。
お、幸福ポイントが3520もあるのか。きっと優秀なボスなんだろう。
罪業ポイントの112は、侵入して来たヒト族あたりと戦ったのかな?
E階梯も5.0かよ…… この世界のヒト族どもより遥かに上か。
いっそのこと、この世界をフェンリルの国にした方がいいんじゃね?
IQまで130もあるのか……
あれ? ボスが煩そうに首を振った。
あ、『鑑定』が弾かれた。
すげえな。ここまでレベルが高いと『鑑定』を弾けるのか……
「我らを見ても気絶しなかったのは褒めてやる。
だがヒト族がこのような場所で何をしておる。疾く去れ」
「なぜ俺たちの小屋を壊したんだ?」
「ほほう、会話まで出来おるか。なかなかに肝が据わっておるようだが。
だがそれでも彼我の力の差がわからんほど愚かでもあるまい。
今すぐ去らねばこの場で喰い殺す……」
おお、ボスが口を開けたぜ。
す、すげぇ…… あの牙なんか30センチぐらいあんぞ。
尻尾も回転させ始めてる。
あれ確か、自分の匂いを発散させて相手を威嚇する犬や狼の習性だよな……
も、ものすごい威圧感だ…… 本気だわこいつ。
俺を113番目の罪業ポイントにする気か……