*** 317 惑星ミクスチャー 1/2 ***
「本当に大丈夫なんでしょうか……」
1メートル30センチほどの体格の二足歩行ウサギ型ヒューマノイドが心配そうに言った。
「もちろん大丈夫です、議長閣下。
ケイさま達による遠隔調査も衛星測量も充分に行われていますし」
「はあ、しかしアイルーンさま。
我々はあなた方AIさまのような物質文明をほとんど持ち合わせておりませんし、計画の概要も理解することすら出来んのです。
膨大な量の食糧援助には心の底から感謝しておりますが……」
わたしのヒト型ヒューマノイドのアバターはにっこりと微笑んだ。
「今回の計画は、その援助以上の食料を、みなさまご自身で生産出来るようにするためのものなのです。
この惑星の危機度は、CCクラスとそれほどまでに酷くはないのですが、なんといっても銀河宇宙の奇跡とも言える状況が素晴らしいのです。
それにより『銀河救済機関』から特別保護惑星の指定を受けたのですからね」
「はあ、そんなもんなんですか……
わたくしどもには、単に過酷な環境の星としか思えないんですが……」
わたしは周囲を見渡した。
500メートルほど後方には花崗岩の岩壁がそそり立ち、遥か彼方の高山に続いている。
眼下に見えるのは広さ10万平方キロもの大平原である。
平原の海抜は平均約2000メートル。
北側から南側にかけて緩やかな下り勾配となっている。
しかし、草木があるのはその東側の20%程でしかない。
それ以外の地は岩石混じりの剥き出しの土地が広がり、西側は完全な砂漠地帯になっている。
その平原は全周を高度8000メートル級の山々に囲まれた壮大な盆地になっていた。
そう。
この場所は、5億年前の超巨大火山の大噴火によって出来た爆裂火口に土砂が堆積して出来た平原だ。
元は高度1万2000メートルはあったと推定される大火山が、噴火と共に大爆発を起こして吹き飛んだカルデラ地形になっている。
南には湖も見える。カルデラ湖というやつだ。
周囲を大山脈に囲まれているために、この盆地にはほとんど雨が降らない。
西から来た湿気を含んだ偏西風は、そのほとんどの水分を西の山脈のさらに西側に雨として降らせてしまう。
山脈を越えて来た僅かな水分も、東の山脈に当たったところですぐに凍りつき、固い氷になってしまうのだ。
夏になって溶けた氷が地下水となり、大平原の東側を湿らせるが、とても大平原全体を潤すまでには至らない。
よって、大平原の80%近くは草木も生えない砂漠地帯となっているわけだ。
この地のヒューマノイドたちは、夏の間のわずかな地下水とカルデラ湖の水を使って農業を営んでいる。
だが、それだけの水ではろくな人数を養えるものではない。
この地の人口は、10万人に満たないのだ。
それではなぜ住民たちはカルデラの外に出て行かないのか?
カルデラの外には高温多雨の大密林が広がっている。
そうしてその大密林を支配しているのは恐竜たちなのだ。
それも進化に進化を重ねた獰猛極まりない肉食恐竜と、強力な鎧のような防御機構を持つ草食大恐竜の宝庫なのである。
約8000万年前。
恐竜たちに脅かされて滅びる運命にあった哺乳類たちの祖先の一部が、命からがらこのカルデラ内に逃げ込んできた。
当時は南の山脈が低く、今よりは超えて来るのが容易だったらしい。
また、そのときにはカルデラ湖から流れ出る小さな川も通っていたらしく、やはり絶滅の途上にあった海棲哺乳類も、多数このカルデラ内の湖に逃げ込んで来たらしいのだ。
紛れ込んで来た肉食恐竜もいただろうが、外の密林に比べれば寒冷な気候に変温動物は淘汰されていったものと考えられている。
その後、プレートテクトニクスにより南側の山脈が隆起し、今では外の密林地帯とは完全に隔絶してしまっている。
密林地帯には当然翼竜もいるが、彼らも変温動物だけあって、気温の低い高所を飛ぶのは苦手らしい。
外の密林地帯の爬虫類たちは、その攻撃能力と防御能力を進化させ続けたが、知性を獲得するには至らなかった。
だが、このカルデラ内に逃げ込んだ哺乳類の祖先たちは……
「アイルーンさま。そろそろお時間です」
「あ、ああ、すまない。
それではそろそろ軌道上の輸送船に転移するとしますか」
部下のミニAIに促され、わたしは議長閣下とともに『空間転移装置』を潜った。
一瞬で超巨大輸送船の内部に造られた、広さ3平方キロほどの大空間に転移する。
そこには人工太陽の光が燦々と降り注ぎ、見渡す限りの豊かな草原と湖、そしてその湖畔には12万人収容可能な大住居群があった。
今も住居群の広場では、あちこちで炊事の煙が上がり、住民たちがドローンの作る豪華な食事を楽しみながら談笑している。
お腹がいっぱいになった子供たちは、草原で元気に遊んでいた。
今も、馬族とカモシカ族、インパラ族にウサギ族と犬族と猿族の子供たちがかけっこをしているところだった。
その上空には鳥族の子が飛びながら応援をしている。
そう……
8000万年前にあのカルデラに逃げ込んで来た哺乳類・鳥類種族たちの子孫は、全種族が知性を獲得していたのだ。
なんという奇跡。なんという幸運。
300種を超える哺乳類種・鳥類種のすべてがヒューマノイドとして知性を獲得しただけでなく、こうして諍いも無く共に助け合って暮らしているとは……
夏の間に地下洞窟から地下水を汲み上げるのは力の強いゴリラ族の仕事。
それを溜め池に運ぶのは、馬族やロバ族、ラクダ族の仕事。
そうして畑を耕すのは牛族の仕事。
畑で作物を作るのは手先の器用な猿族の仕事。
湖では海棲哺乳類から進化した海豚族と人魚族が魚を養殖していた。
それを手伝っているのは猫族だ。
鳥族は共同体内の連絡や郵便担当だそうだ。
収穫祭のときには歌も歌うらしい。
さらに小柄なウサギ族は作物の根元に水を撒き、モグラ族は畑の雑草を抜いている。
抜いた雑草は、馬族や牛族などの子供たちのおやつになるそうで、もぐらのおじさんはいつも偶蹄目一族の子供たちに大人気だそうだ。
作物の刈り入れは主に犬族の仕事だが、全種族が参加したがるらしい。
収穫こそは全員の喜びだからだということだ。
そう……
この惑星のこのカルデラ内こそは、銀河中でも他に類を見ない、自然発生した多種族知的生命体の同時平行進化世界だったのである。
(ああ、見る度にため息の出るほどの素晴らしい光景だ……)
子供たちのかけっこを見ながらわたしは嘆息した。
しかもこの国の平和なこと。
もちろん諍いもあるし時には暴力もあるそうだ。
だが、それはどんなに平和なヒューマノイド世界でもあることだろう。
この国の住民たちは、わずかな資源を元に誰からの援助も受けず、銀河一平和と言っても過言では無い多種族共同体を造り上げていたのである。
なんと素晴らしいことだろうか。
だが長年に渡り過酷な環境がこの奇跡の共同体を蝕んでいた。
クジラ族は500年ほど前に絶滅したそうだ。
今も種族の人口が100人を割り込み、絶滅の危機に晒されている種族が30種もいる。
それ以外にも出生率の低下が続き、現在では共同体の総人口は緩やかな減少を続けていた。
「彼らを放置して絶滅させることは絶対に許されない。
だが、過剰な援助によって、この奇跡の共同体社会に悪影響を及ぼすこともまた許されない」
ああ、アダムさまの御言葉がまだ耳に残っている。
そうしてケイさまたちと『銀河救済機関』中央AI本部による慎重な調査と作戦会議の結果、上級AIのわたしが作戦実行部隊長としてこの星に派遣されて来たというわけだ。
傍らを見れば、やはり子供たちのかけっこを見ていた共同体評議会議長閣下が微笑んでいる。
早くこの光景を銀河中の知的生命体に見せてやりたいものだ……
翌朝。
各地に点在する共同体の娯楽室では、朝食後に全ての共同体メンバーが集まっていた。
「それではみなさん。
ただいまより『銀河救済機関』による大陸改造計画を開始致します。
再度の説明になりますが、この計画は皆さまが暮らしておられる平原に雨を降らせるためのものであります」
「父ちゃん、雨ってなあに?」
小さいウサギ族の子供の声が聞こえた。
「父ちゃんも見たことは無いんだ。
なんでもひいじいさんが一度見たことがあるそうなんだが……
空からお水が降ってくるんだとさ」
「へー、それじゃあ畑にお水を撒くのが楽になるんだね」
「さあ、AIさまのお話をよく聞くんだよ。
そうしてこれから起きることは、お前がお前の子供たちに伝えていかなきゃなんないことなんだ」
「うん! ボク、よく聞く!」
わたしは微笑みながら目尻の涙をぬぐった。
ああ、この計画は絶対に成功させねば……
「我々はまず、大陸西側の大密林にいる恐竜たちを避難させます。
最初は山脈より西側に、幅10キロ長さ500キロに渡って、輸送機部隊が音響爆弾を投下します。
この音響爆弾は、落下と同時に超低周波から超高周波まで、あらゆる域帯の大音響を発して恐竜たちを驚かせ、逃げさせるものです。
その後は爆弾の投下幅を広げ、最終的には幅500キロ長さ1500キロの範囲に渡って、恐竜たちを追い払います。
その後の作戦計画実施で恐竜たちを死なさないようにするためですね。
スクリーンに輸送機が映し出された。
縦一列に並んだ巨大な輸送爆撃機が、その機体から無数の爆弾を撒きながら延々と続いて飛行している。
3個軍団、のべ3万5千機もの超大型輸送機が投入された大作戦である。
もしも投下しているのが音響爆弾では無く通常爆弾であれば、一帯は生命の全く存在しない死のエリアになっていたことだろう。
共同体の面々は、声も無くその映像に見入っていた。
「さあみなさん。この爆撃はこれから3日3晩続きます。
ずっと見ていても退屈でしょうから、あちらにお食事を用意させていただきました。
どうぞお楽しみくださいませ」
「ねえねえ、アイルーンのおじちゃん!
あのバナナっていう食べ物はある?」
「みかんは! みかんはあるの!?」
「もちろんあるとも。あっちに用意してあるよ」
「「わぁ~い!」」
猿族の子と猫族の子が仲良く手を繋いで走って行った。
その後ろ姿を見ながら、わたしはまたそっと涙をぬぐう。
スクリーンの前にはかなりの数の大人たちが残っていた。
彼ら共同体の歴史が変わるシーンを見逃すまいとがんばっているようだ。
「これは……
莫大な資源と財産を使って頂いているようですね……」
傍らの議長閣下が話しかけて来た。
「ええ、銀河の平均的な先進惑星の惑星予算、約6カ月分の費用が投入されています。
でもご心配無く。
すべてはあのサトル神さまの思し召しでございますので」
「で、ですが……」
「ご安心ください。
サトル神さまは、その強大なご神力や膨大な数のご配下もさることながら、そのご資産も銀河宇宙一でございます。
今回の作戦の費用も総資産の1000億分の1にも満たないほどですよ」
「はあ。想像も出来ないほどのお方様なのですねえ。
それにしても、我々はいったいどのようにしてこのご恩をお返しすればいいものやら……」
「ふふ。このまま平和に暮らしてください。
そうして出来れば人口を増やしていってください。
それこそがサトル神さまが望まれていることなのでございます」
「は、はい。
それはもちろんわたくしどもも望むところではありますが……
でも本当にそれだけでよろしいのでしょうか……」
「そうですね。
それではもしよろしければ、10人ほどの観光客を受け入れて頂けませんでしょうか」
「たったの10人でよろしいのですか?」
「はい。
彼らは皆わたくしの今の姿のようなアバターになるはずです。
その10人の体を通じて銀河ネットワークに感覚接続して、この惑星のバーチャル観光旅行番組を作りたいのですよ。
きっと視聴者数は優に100兆人を超えることになるでしょうね」
「はあ。なんだか凄過ぎてよくわかりません」
「ふふ。それぐらいこの惑星は価値があるのですよ。
哺乳類型ヒューマノイドは、皆さんの平和で協調性に溢れた多種族融合社会を見て涙を流し、爬虫類型ヒューマノイドは祖先たちの殺戮と破壊の姿を見て、自らの進化と平和の幸運に涙を流すのです。
装甲遊覧車に乗っての密林ツアーも大人気になるでしょうね。
もちろんそのツアーの広告収入の一部はみなさまに還元されますので」