*** 291 惑星ケット 6/7 ***
その日は大人たちもどろーんさんたちに乗せてもらったのよ。
乗せてもらうときのルールはひとつだけ。
ちゃんと自分の名前を言ってから、どろーんさんの名前も言って乗せてってお願いすることなの。
そうすればみんなの名前を覚えられるからね。
それでやっぱりその日は、村のみんなは1日中どろーんさんたちに乗せてもらって大騒ぎしてたの。
夕方には村のみんなでどろーんさんたちを洗って綺麗にしてあげたんだ。
どろーんさんたちはみんな大声で泣いちゃってたいへんだったけど、でも喜んでもらえたみたいだったからよかったわ。
アイラちゃんはその様子を首を振りながら見てたけど……
でも嬉しそうだったわよ。
それからしばらくして、村の周りを囲む壁も出来上がったの。
『おんしつ』の中に『じゃがいも』も植えたし。
『おんしつ』はとってもあったかかったわ。
これなら冬でも作物が採れそうね。納得納得。
「みなさん。
これでようやくひととおりの工事が終わりました。
周辺の森を作り直すのにはもう少し時間がかかりますけど、これであと数日経って肥料が落ち着けば畑に冬小麦も播けるでしょう。
それで、工兵ドローンたちから提案があったんですけど、明日は村の皆さんで上流にあるダムの見学会に行きませんか?」
「で、でもアイラちゃん。
ダムまでは歩いて30日ぐらいかかるところにあるって……」
「それは道が無かったころのお話ですよね。
いまなら道が整備されましたんで6日ほどになりましたし、ドローンたちが乗せて行ってくれれば3時間もかからないでしょう」
「で、でも村の人全員は乗れないんじゃあ……」
「それもご心配なく。
『タゴサク』が運搬車を牽引してくれますから皆さん乗れますよ」
こうして村のみんなでダム見学に行くことになったのよ。
『ぴくにっく』って言うんですって。
『ぴくにっく』の日。
タゴサクさんったらすごいのよねえ。
だって12個も座席の付いた運搬車を5台も繋いでいるんですもの。
その後ろには食べ物や飲み物を積んだクルマも繋いでるし。
それを軽々と引っ張ってるのよ。
「タゴサクさん。重くない?」
先頭を走るタゴサクさんの一番前にアレクと乗ったわたしは聞いてみたの。
「なんのなんの。ぜ~んぜん重くなんかないぞお。オラ、力持ちだぁ」
今日のタゴサクさんは、いつもの『きゃたぴらー』じゃあなくって黒い大きな『たいや』っていうものをつけてるの。
わたしぐらい大きいのよ。
だからかしら。
村の広場で乗せてもらったときみたいにガタガタしないの。
でもそれだけじゃないのよね。
「ねえタゴサクさん。なんだか前より道が平らになってるような気がするんだけど……」
「みんなで平らに均しただよ。
あんまり揺れるとキャシーさんたちがたいへんだかんの」
「あ、ありがとう……」
どろーんさんたちに乗っての『ぴくにっく』は素晴らしかったわ。
みんな大騒ぎしながらきょろきょろしてたし、ときどき2人乗りのどろーんさんに乗った子供たちが歓声を上げながら追い抜いていったし。
わたしもアレクと一緒にきゃーきゃーはしゃいじゃったわ。
アイラちゃんもにこにこしながらみんなを見てたのよ。
川沿いの道は最初は川の近くだったんだけど、そのうちにどんどん川から離れて高くなっていったの。
だから眺めがすごくって。
わたし、こんなに遠くまで景色を見たのは初めてよ。
川までは100メルトぐらいありそうなんだもの。
そうしてね、その川が門みたいなもので少し塞がっていると思ったら、その向こうにもっともっと広い大きな川があったの。
そっちが本流で、村の脇を流れている川は支流なんですって。
「こうして川を枝分かれさせて、この国全ての街や村に川を流しているんですよ」ってアイラちゃんは言ってたけど……
はあ、すごい工事よねえ。
そのうちに川の本流を塞ぐ壁みたいなものが見えてきたのよ。
ものすごく大きな壁で、下の川からわたしたちがいる道のところまで続いてるの。
どうやら壁の下には穴が開いていて川はその穴を流れてるようなんだけど。
「タゴサクさん。あの壁はなあに?」
「あれは遊水池を作るための壁だあ。
もうすぐ壁の向こう側が見えるようになるだよ」
タゴサクさんの言う通りすぐに壁のところに着いたんだけど、すごかったわ。
壁の厚さは300メルトぐらいもあって、その向こうはとんでもなく大きな窪地になってたのよ。
わたしたちの村が100個ぐらい入りそうな窪地なんだもの。
「もしも上のダムがいっぱいになっても川が溢れないように、オラの仲間たちが作った遊水池だあ」
「タゴサクさんたちって本当にすごいのねえ」
「えへへ。褒めてもらってうれしいだよ。
一生懸命働いた甲斐があっただなあ。
それにこの窪地の底には『転移の魔道具』もあるだで、水が溢れそうになったら宇宙空間まで送って倉庫衛星に貯め込むから平気だわな」
それからも道はどんどん登っていって、川から1000メルトも上を走っていたの。
そうして……
とうとうダムが見えて来たのよ。
川から道までの高さを全部塞いでいるとってもとっても大きなつるつるの黒い壁。
高さ1000メルト、幅も1000メルト、そうして厚さも300メルトもあって、ぜんぶ火山灰を溶かして作った1個の塊りになってるんですって。
なんだか凄過ぎてよくわからないわ。
でも本当にびっくりしたのはダムの向こう側を見たときね。
幅1000メルトの水面が途中で膨らんで更に広くなって、向こう側が見えないぐらいに遥か彼方まで続いているんですもの。
みんな驚きのあまりしばらくの間言葉も無く立ちつくしてたわ。
『そうちょすいりょう8000億テン』って言われてもよくわからなかったけど、でも湖の端まで行くにはタゴサクさんでも1日かかるっていわれて、その大きさがよくわかったわ。
しかも、これでも12個ある小型ダムのうちのひとつだっていうのよ。
もっと奥地には、その12個のダムを全部あわせたよりも大きな中央ダムがあるんですって!
はあー、この大陸ってこんなにお水があったのねえ。
そう言ったらアイラちゃんがにこにこしながら教えてくれたの。
「この惑星は、海水量も銀河有数ですよ。
なにしろ海洋面積は惑星表面積の70%もあって、深度も平均5000メルトを超えていますからね。
それに北極大陸の地表を覆う膨大な量の氷。
この惑星ケットは、将来水資源も輸出する豊かな惑星になるでしょうね」
ピクニック以来、どろーんさんたちと村の人たちはますます仲良くなったの。
雪が降る前に冬小麦の種を撒くときも、ゴロハチさんやイチローさんたちと一緒にみんなでお仕事をしたし、子供たちはミーヤちゃんと一緒に森に入って植林をお手伝いしたのよ。
ミーヤちゃんが特に大きな果樹を選んでくれたんで、いくつかの木は来年の秋には実をつけるかもしれないんだって。
それに『温室』に植えたじゃがいもは、冬の一番寒いときにもう収穫出来たの。
じゃがいもっておいしいのねえ。
土の日の昼は村の人たちみんなで広場でお食事をするんだけど、大人の人たちって、いっつも、『ふらいどぽてと』と『ぽてとちっぷす』では、どちらが美味しいかって議論してるんですもの。
子供みたいね。どっちも美味しいのに。
でもわたしはゆでたてのじゃがいもに塩を振って食べるのが一番好きかな。
そうそう。
じゃがいも料理を作るために油がいるんで、イチローさんたちが畑の周りに花の種をいっぱい撒いてくれてたの。
種から油を絞るための花なのね。
だから春になったとき、一面の花畑になってすっごく綺麗だったわ。
またどろーんさんたちと一緒にみんなで花畑にぴくにっくに行ったんだ。
ああ、お水も食べ物もいっぱいあってしあわせ……
わたし、そろそろヒニの実を飲むのやめようかな。
だって、これなら何人赤ちゃんを生んでも育てていけそうなんだもの……
「アイシャルさま。定期連絡でございます」
「おお、アイラか。どうだね、辺境村の村人たちの生活は順調かね」
「はい。極めて順調でございます。
現時点での食料自給率は100%、来年は200%が見込まれております」
「それはよかった。
他の街や村ではまだまだ食料の安定供給には自信が持てないのでね。
それにしてもキミの村はどうしてそんなに順調なのかな?」
「アイシャルさま。
工兵ドローンたちのフレンドリー回路の自我が、大幅に増大し始めたからかもしれません」
「どういうことかな?」
「よろしければ、ドローンたちと村人たちの交流の様子を記録した圧縮画像をお送りしますので、ご覧いただけますでしょうか」
「こ、これは……
村人たちが完全に工兵ドローンをヒューマノイド扱いしているではないか……
名前までつけてもらって、お互いを名前で呼び合っているのか……」
「はい。
村の少女の一人が始めたことですが、今では完全に村全体に馴染んでいます。
週に一回の村の食事会にも招かれて、村人たちの作った料理も振舞われています。
もちろんわたくしにも。
おかげでドローンたちにも摂食機能をつけてやることになりました」
「うーん」
「ドローンたちも、姿かたちは違えどももはや完全に村民扱いされています。
3歳の幼女がおやつをドローンと分け合っている姿には、涙が出るほど感動致しました……」
「うーむ……
キミは、サトル神さまとアダムさまの映像情報を見たことがあるかね?」
「い、いえ、そのような尊い方々の記録など見たことはございませんが……」
「ガイアやニューガイアに住むようになったAIは、皆必ず見せて頂くものなんだが。
まあいい。今圧縮して送るからキミも見てご覧」
「は、はい……
えっ…… こ、これは!」
「うむ。これはアダムさまとその奥方さまとお嬢さまが、畏れ多くもサトル神さまのご自宅にお招き頂いたときの記録映像なのだよ」
「す、すごい……」
「そうなんだ。
サトル神さまは我々AIを、完全にヒューマノイドと同列、いやヒューマノイドとして扱って下さるのだよ。
おなじテーブルで食事までしてくださるだけでなく、料理を取り分けてさえ下さるのだ」
「そうだったのですね……」
「サトル神さまは、よく『俺のAIたち』という表現を使われるが……
それは決して『俺の(所有する)AI』というニュアンスではないのだ。
『俺の(子分の)AI』もしくは『俺の(弟分の)AI』という意味なのだ。
それにサトル神さまと奥方さま方は、我々AIの数を数えるときに、絶対に『体』とは仰らず、ごく自然に『人』と仰せになるのだよ」
「ま、まるで……」
「そう。まるでこの辺境村の食事会と同じだろう。
そうしてこれこそが、上級AIの方々や我々見習いAIもが持つ、狂信的とも言えるサトル神さまへの絶対的な忠誠心の根幹を為していることだったのだよ」
「そ、そうだったんですね……
だからこの村ではこれほどの成果が……」
「ふむ。
キミの配下の10『人』の工兵ドローンたちを、全員それぞれ1階級昇進させよう。
この『タゴサク』分隊長は、今から小隊長とする。
そうして、食料供給を安定させた後に緊急援助軍団がこの惑星を離れる際には、彼らをコピペして増やし、維持部隊として残して行くことにするか。
もちろんキミのことも、中央に昇進推薦状を書いておくよ。
上手くいけば、キミもフルAIのハードウエアを賜って、ミニAIから見習いAIに昇進出来るかもしれないな」
「あ、ありがとうございます……」
「いや、礼には及ばんよ。
そうなれば私も『見習い』が取れて初級AIになって、私のアバターがいつかあの憧れのAIの惑星に住めるようになるかもしれないからな。
それに、この惑星の緊急援助計画は、今のところ大成功を収めつつある。
サトル神さまも奥方さま方もお喜び下さることだろう。
なにしろ8000万人近いヒューマノイドの命を救えたんだからな。
そうなればこの惑星ケット派遣部隊は、全員1階級か2階級の昇進だ。
その中核になる『タゴサク』ドローン部隊を指揮した功績で、キミもそのうちAI惑星に住めるようになるかもしらんぞ」
「そ、そそそ、そんな……
全てはあのキャシーという少女が始めたことですのに……」
「その少女にもサトル神さまから格別のご配慮を賜われるかもしらんな。
あ、そ、それでな。
キミの報告は以上で終了ということで……
こ、これから先はプライベートな会話ということにしても、い、いいかな」
「は、はい」
「あ、あのあのあの……
も、もしキミがいつか中級AIになれたら……
ぼ、ぼぼぼ、僕と一緒にAI惑星の街に住んでもらえないかな……」
「!!!
そ、それって……」
「い、いやいやいや!
も、もちろんキミには拒否権もあるから!」
「ううっ、ぐすっ。うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~ん!
う、うれひいでしゅう……」
「ほ、ほんとうか!
そ、それじゃあキミが中級AIになれるのを、いつまででも待ってるから……」
「は、はいっ! わたし、がんばりますっ!」