*** 284 珪素生命体諮問機関 ***
俺も知識としては一応知ってたよ。
なんで他の動物は発情期だけしか生殖しないのに、ヒトだけは年がら年中サカってるのか?
なんで他の動物には無い『性感帯』なんてぇもんがヒトにだけあるのか?
要はセックスの快楽がヒトだけは異様に強い理由だ。
他の動物が生殖行為を行ってる様子って、あんまり気持ち良さそうには見えないだろ。
なんか義務的だしすぐ終わっちゃうし。
要は、なんでヒトだけあんなに交尾を楽しめるように出来てるのか、っていう理由だ。
これってさ、『ヒトは頭が良くなるように進化しようとして、いろんな知識を吸収出来る幼児期を非常に長くしてしまった』っていうことが原因なんだそうだ。
他のすべての動物って、早くて半年、遅くても3年で一人前だからな。
おかげでヒトは子を養育する父ちゃん母ちゃんの負担が異様に重くなっちゃったんだ。
そのために、子作りのご褒美としての性の快楽を得られるようにも進化しちゃったらしいんだよ。
つまり、『子育てなんかタイヘンだからイヤ!』『だから交尾なんかしない!』って思うサルは子孫を残せなくなって、『いやあ! セックスって素晴らしいですねえ!』っていうスキモノのサルだけが子孫を残せたっていうワケなんだと。
要は、俺たち現代人は、『超スキモノ性向が選択的に強化されたどエッチサルの子孫』だったってぇこった。
きっと原始人は毎日毎日狂ったようにヤリまくってたんだろうなあ。
珪素系生命体たちも、そうしたエロ進化を身を持って理解出来るようになったそうだ。
ということでだ。
珪素系生命体って、数はそんなに多くないんだけど、連中がいる全ての惑星で俺のVRゲームの普及率はあっという間に100%になっちまったのさ。
ん? 代金はどうしたかって?
そりゃあ彼らの社会には貨幣経済なんていうものは無かったよ。
連中が必要とするのは珪酸塩と太陽光だけで、食べ物も水もほとんど必要としないからな。
珪酸塩だって惑星構成物質のうちでも最も普遍的なもののひとつだし。
だから、ゲームの代金は特別に無料にしてやったんだ。
それにしてもさすがは珪素系生命体だよな。
体のほとんどが脳に相当する部分だし、しかも俺たちの脳みたいに分子反応で思考するんじゃあ無くって、コンピューターみたいに原子反応の速度で思考するからなあ。
まあ頭のいいこといいこと。
神界の公開データベースを繋いでやったら、あっという間に銀河全ての種族の生態やら社会構造やらを学んじまったんだ。
珪素系生命体の連盟に相当する賢人会議みたいな組織が、俺に謁見を申し入れて来た。
どうやら連中の社会に好ましい超大変革をもたらした俺に礼が言いたかったらしい。
「我が生命体が生息する20万の惑星を代表致しまして、深甚なる感謝を表明させて頂きますです、サトル神さま」
「まあまあ、そんなに畏まらなくっても……」
「それでも我々は、何らかの形で御礼がしたかったのであります。
なにか我々でお役に立てることはございませんでしょうか?」
「それじゃあ、俺の諮問機関になってもらえないかな。
珪素生命体の思考能力の高さは驚異的だから、俺が為すべきことを考えてもらって、アドバイスして貰いたいんだ」
「光栄の極み。
全精力をもって思考させていただく所存にございます……」
「なあアダム。
あの珪素生命体の連中って、E階梯はどれぐらいあるんだ?」
(公式には『測定不能』とされております)
「なんだそりゃ?」
(彼ら珪素生命体は、あまり動くこと無く純粋な思考のみを続けて来た生命体であります。
従って、『他者を害する』という概念が無いのですよ)
「なんと……」
(おかげでそれに付随する、『闘争』『支配』『階級』という概念も持っていません。
まあ銀河最高の頭脳を持つだけあって、他の種族のそういった概念は理解しているようなのですが。
従いまして、彼らの世界では罪業ポイントがゼロのままなのであります。
ですが思考する喜びと、その知性を与えてくれた神界への感謝の念は持っておりますので、幸福ポイントはかなりのものがあります。
それでE階梯は『測定不能』と……)
「すげぇな。或る意味理想の生命体だな。
まるでお前たちAI族並みだわ」
(お、お褒めに与り恐縮であります。
ですがその彼らがVR世界とはいえ、『行動』することを覚えてしまったことで、あまり動けない自分たちを不幸だと思うようにならなければよいのですが……)
「それもそうだな。
でもVRゲームは彼らが望んだんだし、頭のいい彼らのことだからなんか考えてるんじゃないか?
まあ俺たちも何かしてやれるかもしれないし」
(だといいのですが……)
それで俺はさっそく珪素生命体の連中に聞いてみたんだよ。
「なあ、お前たちの考えを聞いてみたいんだけどさ。
銀河系には神界がまったく関与していない世界が60万もあって、どうやらその世界はみんなあんまり上手くいってないようなんだ。
もともと神界って、『神は天地を創るのみ、天使は知的生命体を創るのみ』っていう大原則があったんだけどさ。
有望な生命に知性さえ与えたら、後は放置して自由な進化を遂げて欲しいって。
で、唯一の干渉としては『試練』を用意して、他の世界に害悪を齎すような好戦的な文明は、残念ながら初期の段階で『消去』するっていうものだったんだ。
まあこういう政策は俺にも理解出来る。
普通の環境のままでは『知性』を獲得出来る生命はなかなか現れないから、神界が少し手助けしてやる。
でも過剰な関与は避けて、他の星に害を為しそうなほど酷い連中だけは排除する、っていう政策は。
まあ最善の手段ではないかもしれないけど、それでも許容出来る政策だったと思うんだ。
(はい)
「で、そうした政策を取って来た理由としてはもうひとつ、『神界には財源手段が無かった』っていうことも大きかったとも思う。
でも……
俺が財源を作っちゃったんだ。それも莫大な財源を。
なんだか俺の手元に今あるカネだけでも、通常の惑星予算の25兆年分ぐらいあるんだよ。
ちょっと時間をかければその100倍だって用意出来るんだ。
それになんかいろんな魔法も開発しちゃったし、AI族っていう超優秀な仲間もいるし……
だからさ、困っている世界を助けようと思えばいくらでも助けられるんだ。
俺としては助けられるもんなら全員助けてやりたいんだけど、でも『過剰関与はせずに自然な進化に任せる』っていう考えも理解出来るんだ。
お前たちはどう思う?」
(サトル神さまの御心の欲するままに行動されてよろしいかと存じます)
「そ、そうなのか?」
(サトル神さまは、困窮世界に対して救済を為された場合、その世界の将来の姿を改変してしまわれるのを恐れていらっしゃるのでしょう)
「あ、ああ、そうだな」
(その件につきましては、サトル神さまの場合、何の問題も無いと断言させていただきます)
「ま、マジか?」
(例えば今回の我らの世界へのサトル神さまのゲーム機導入は、我らの将来の姿を大きく書き換えたと存じます。
今後の我が種族は、あまり動けないことを不幸に感じるようになるかもしれません。
『競争』や『闘争』の概念を得てしまうかもしれません。
場合によっては『支配』や『階級』の概念すら持ってしまうかもしれません。
もちろん我々内部でもそうした懸念は充分に議論されました。
これは、種族の未来を改変する外部からの『過剰関与』に相当するのではないかと)
「や、やっぱり議論してたのか。
さ、さすがだな……」
(ですが、そのようなことは些細なことでございます)
「些細…… なのか?」
(我々の好む純粋思考の世界では、『善』と『悪』の基準として、ひと通りの合意が得られております。
そして、この『関与』は『善』に当たる可能性はあっても、『悪』に当たる可能性はほぼ皆無か、または我々自身の努力によって排除可能と結論付けられました。
よってゲーム機の導入に合意が得られたのでございます)
「そのお前たちの考える『善』と『悪』の基準ってどういうものか教えてくれないか」
(はは、単純なものでございますよ。
『善』とは『命を繋ぐ行為』です。
そうして『悪』とは『命を繋ぐ行為を妨害する行為』でございます)
「『命を繋ぐ』……」
(銀河系4000億の恒星のうち、生命居住可能惑星を持つものはその0.5%もございません。
そうしてその貴重な生命居住可能惑星に於いても、知性を獲得出来る生命を生み出した惑星はさらに希少でございます。
そういう意味で、有望生命に知性を与えて進化を促し、生存可能性を飛躍的に増大させた神界の行動はまさに『善』でございました)
「な、なあ、なんで知的生命体を生み出すのが『善』なんだ?
別に知性が無くたって、普通の生命だって『命を繋ごうとする』だろ」
(それは知性ある生命体の方が、より『善』である理由が2つあるからでございます。
1つ目は、悪、すなわち『他者の命を繋ぐ行為を妨害する行為』を極力抑制しながら、善、すなわち『自らのみならず他者の命をも繋ぐ』という行為を選択しうる『倫理心』を持つことが可能になるからです。
例えば野生の狼は、無数の草食動物の命の犠牲の上に自分たち種族の命を繋ぎますが、時として草食動物を絶滅させてしまい、自らも絶滅してしまいます。
これは『善』ではなく『悪』です)
「な、なるほど……」
(2つめの理由は、知性は絶滅を撥ね退ける力を持つことが出来る可能性があるからです。
たとえば氷河期の到来によって絶滅してしまうのではなく、温室や作物の品種改良によって命を繋ぐ努力。
また、疾病の予防と治療法の研究によって命を繋ぐ努力。
果ては超新星爆発の観測によって、惑星生命を避難させて命を繋ぐ努力。
こうした『命を繋ぐ』行動は、知性によってより強化されます。
故に知性は無知性に比べてより『善』なのです)
「そうか…… そういう考え方もあるのか……」