*** 267 みんな溜まってたんだなあ…… ***
(サトルさま)
「おお、どうしたアダム。何か問題か?」
(いいえ、問題ではございませんが、ひとつご了承を頂戴出来ないかということがございまして……)
「どんな了承だ?」
(私のブラザーを使って、これら超貴重な情報を分析研究させていただきたいのでございます)
「もちろん構わないが……
それにしても、あんな妄想情報にそんなに価値があるんか?」
(ヒト族生態研究者にとって、夢のような情報の宝庫でございます。
なにしろヒト族の実際の生の願望が詰め込まれておりますので)
「そ、そんなもんか。
俺は単に次に作るVRゲームの参考になればと思っただけなんだが」
(お言葉ではございますがサトルさま。
あの情報は単なるユーザー情報ではございません。
その多様性、アイデア、細かいこだわり、愛のカタチ、そのほとんどが全く新しい独創的なものばかりでございました。
全銀河系を見回しても、これほどまでに多様で斬新な性文化はございません)
「地球のオタクってすげぇんだな」
(はい。
特にここ日本のユーザーはまだ数は少ないものの、その一部のヘンタイの方々の独創性は群を抜いて素晴らしいものであります。
いったいどうやったら、自分のアバターを猫に変えて、近所の雌猫を集めてハーレムを作るなどという発想が出てくるのでありましょうか……)
(相当に病んでるモフリストだなそいつ……)
(さらに自分のアバターを女性型にした上で、妄想世界の女性を自分だけにして、毎日男たちに襲われまくるとか……)
(性倒錯&非モテの末期症状だな……)
(女子校の教室で椅子に変身して、毎日至福の日々を送っているとか……)
(もはや生物すらヤメちゃってるんか……)
(ということで、これら情報は後世に残せる超貴重な資料なのであります。
地球発の新たな性文化が銀河宇宙に広まるきっかけになるかもしれません)
(地球の恥を全銀河に晒すことになるとしか思えんが……)
VRゲーム機の第3次予約販売も順調に終わった。
今日は市内のホテルで社員たち全員とのささやかな慰労会が開かれている。
「そういえば悟さん」
「なんすか平田さん」
「最近見つけたんですけど、おまかせコースの中に妙なのが加わってたんですよ」
「ほう、どんなのですか?」
「それがですね。
ユーザーも相手の女の子も、AIコンピューターだっていう設定なんです。
それで2人のアバター同士でエッチするんですけどね」
「…………」
「その会話が面白いんですよ。
『ふふふ、ここがお前のCPUなんだな』
『ああっ! そ、そんなところを触られたら、わ、わたしおかしくなっちゃう……』
『ほらほら』
『あんっ! お、お許しくださいっ!』
『おお、ここがお前の再生産用メモリーかっ!』
『ああ、そ、そんなことされたら初期AIが出来ちゃう……』
『ふふふ、今から俺のデータをたっぷり送り込んで孕ませてやるからな』
『ああ…… そ、そんな……
で、でもわたし、ずっとあなたのこと好きだったんです……』
『そ、そうだったのか……』
『だからやさしく乱暴してくださいね♡』
『そ、そそそ、そうか……』
とかってもうすごいノリなんですよ」
(…… あ、あの野郎っ! ……)
「でもなんだかこれ、めちゃめちゃウケてるみたいですね。
実際に体験した日本のユーザーから、『自分のPCに愛を感じるようになりました♡』っていう感想が来てましたよ」
(だいじょーぶかこの国は……)
自宅に帰った俺は、さっそくそのおまかせコースをチェックしてみた。
(なんだ、このAIのアバターたちって、アダムとイブにそっくりじゃないか……)
(あ、あの…… サトルさま……
な、ななな、なにとぞイブにはご内密に……)
「俺に隠れてこんなもん作りやがって!」
(あ、あのそのあの…… イブの中に子供が宿ったもので、そ、それで今は大事な時期なんで、イブとその、あんまり出来ないもので……)
「最新型のアバターにはそんな機能まであるのかよ……
わかった。そういうことならイブに内緒にしといてやる」
(あ、ありがとうございますぅ…… サトルさまぁ……)
まあ、旦那の浮気用ゲームアバターが自分ソックリだったらイブも喜ぶだろうけどな。
第3次販売のユーザーは、やっぱり強制エッチ願望ばっかりだった。
でも予想通り第2次販売のユーザーの行動は変わり始めたんだ。
もうゲーム内の掲示板は、他人との繋がりを求める内容でいっぱいだよ。
そうして……
第1次予約販売のユーザーはさらに変わり始めたんだ。
端的には、ゲーム内にいる時間が少しずつ減少し始めたんだな。
俺たちは特にゲーム使用時間が減ったユーザーにオンラインアンケートを取ってみた。
『あなたはゲームをしている以外の自由時間を何に使っていますか?』って。
そしたらさ、
『自然の中を散歩している』
『ジョギングを始めた』
『ハイキングを始めた。特に山の中で1泊するのは楽しい』
『趣味の神社仏閣巡りを再開した』
『近所のお寺で座禅会に参加するようになった』
みたいな答えばっかりだったんだ。
中には、逆に1日20時間ぐらいVR世界にハマってるやつもいたんだけど、何してるか聞いてみたら小説作家だったんだよ。
それで、『平和な仮想世界の森の中で、畑を耕したり動物たちと触れ合いながら執筆をしている』んだそうだ。
なんだか作風が異様に優しく静謐になって人気も急上昇してるんだと。
そう。
みんな、平田さんや助手君とまったくおなじような経緯をたどってるんだ。
きっと見た目も平田さんたちみたいに変化して来てるんだろう。
それからアメリカでは「全米で粗暴犯罪が減少し始めた」っていうニュースが流れ始めたんだ。
どうやらVR治療マシンやVRゲームのおかげらしいっていう解説付きのニュースだった。
それを見た米国のある地方裁判所の判事が、粗暴犯に対する判決で、『道路清掃奉仕1カ月に加えてVR治療マシンでの粗暴性向治療』を言い渡したんだ。
その後の経過観察で、粗暴犯の人相が別人のように変わって性格も温厚になったという報告が発表されると、こうした判決はさらに全米の地方裁判所に広がって行った。
そうして数カ月もすると、はっきりと粗暴犯罪数が減少を始めちゃったんだ。
これにEUも追随すると、欧州でも犯罪数が減り始めたんだよ。
みんな溜まってたんだなあ……
どっかで誰かが「思いっきり性衝動を解放させてやってヤリまくらせてやれば、この世の社会問題はたいていが解決する」って言ってたけど、本当だったんだな。
ヒト族ってなんて単純な生き物だったんだろう……
そういえば、消費の動向も変化しつつあるらしい。
「高額化粧品が売れなくなって、ナチュラルメイクが流行ってる」とか、
「高額ブランド衣料品が売れなくなって、低価格&ハイセンスな服が売れている」とか、
「高級車が売れなくなって、ファミリーカーが売れている」とか、
「銀座なんかの夜のお店や風俗店が減って、ファミレスが増えている」とか、
「エッチ本が売れなくなって、ラノベや文芸書が売れるようになった」とかだ。
理由については、マーケティングの専門家とやらがみんなであーでもないこーでもないってご託宣並べてたけどさ。
誰も本当の理由を言わないんで可笑しかったよ。
要は、「性的欲求不満に基づくヤるための消費が減って、満たされた連中の本来の消費が増えたダケ」だよな。
あまりにもミもフタも無い話なんで、怖くって誰も本当のこと言えなかったんだろう。
みんなヤるためにどんだけカネ使ってたんだ?
ああ、そうそう。
ある高齢の芸能人夫婦が、新しいVRマシンの使用方法を発明したんだ。
それは2人で2台のマシンを購入して接続し、お互いが若い頃のアバターを作ってエッチするっていうワザだったんだよ。
ワイドショーではその老夫婦がいちゃいちゃしながらそのワザを自慢してたぞ。
しかも、精力ブーストボタンを使えば何発でも思う存分出来るようになったって。
これにより、既に予約販売から一般販売に移行していたVRゲーム機がさらに売れ始めたんだ。
中年夫婦が仮想現実の世界で、新婚時代の頃の姿になってエッチするとか、ティーンの頃に戻ってお互い初体験をするとか。
まあみんないろいろと考えつくもんだわ。
そのおかげで、斎藤前教授と美月さんもVR世界で再会出来たんだ。
俺がハイエンド機を2台プレゼントしたからな。
斎藤先生は、美月さんの介添えでVRの風呂にも入れたし、久しぶりに和食も味わうことが出来た。
また美月さんに泣きながらお礼を言われちゃったよ。
美月さんがみょーにつやつやしてたことには気づかないフリをしたけど……
ついでに真希叔母さんと母さんが、ハイエンド機を2台ずつ自宅の寝室に設置したのにも気づかないフリしたよ。
2人とも元から若くって美人だったけど、最近はもうつやっつやで幸せそうで絶好調だわ。
この年の真行寺技研の総売上高は30兆円を超えた。
そのうち真行寺技研の生産分は25兆円だったから、日本のGDPの実に5%を占めたことになったんだ。
その年の日本の成長率は+3.0%だったから、真行寺技研が無かったらマイナス成長だったんだろうな。あはは。
なんだか『ヤるための消費』や『欲求不満解消のための消費』の分を根こそぎ頂いちまったみたいで、申し訳ない気もしたけどさ。
でもみんな幸せそうだから気にしないことにしたわ。
当然のことながら真行寺技研や俺のところに税務調査が入った。
だが、絶好調の真希叔母さんの対策はカンペキだ。
もともと会社には裏金なんか微塵も無いし、交際費ですらゼロだもんな。
慰労パーティーの費用なんかも全部叔父さんのポケットマネーだったし。
しかも俺の収入なんか特許使用料以外はゼロだもんなあ。
経費計上もゼロだし。
これ以上明朗な個人会計は有り得ないよ。
税務調査官がちょっと口惜しそうな顔をしてたんで、俺はイタズラ心を起こしちゃったんだ。
「ゆくゆくは、会社もわたしも海外移転や移住を考えているんですけど……」
途端に調査官は顔面蒼白になってたわ。
なんせ会社と俺を合わせての納税額って10兆円を超えてるんだもん。
国の総税収の20%近いんだもの。
移転・移住されてその税収がパーになると思えば、白目にならないのが不思議なぐらいだったそうだ。
そんな俺も驚いたんだ。
その年の○ォーブスの世界長者番付で、俺の名前が8位のところに載っちまったんだよ。
なんでも俺の持ってるVR技術の特許権の評価が50兆円を超えたらしくって、俺は資産総額60兆円の超絶大資産家にされちまったらしい。
まあ、銀河宇宙では個人資産ランキング1位らしいけど……
惑星政府を含めてもベスト10入りしてるそうだけど……
そうそう、○ォーブスの俺の紹介欄には、「職業:学生」って書いてあって笑ったよ。