*** 258 感動のVR世界初体験 ***
そうやって女性側の願望を研究してみると、男性側の願望もよく見えてくるよ。
ほとんどの男性向けエッチ漫画やエロ小説って、
「謎機械や謎能力やラッキーシチュで美少女とヤリたいし、その女に愛されもしたいけど、その女を愛する表現が全然無い」んだよ。
「可愛い」とか「そそる」とか「クラス一の人気者の娘の裸見たぜ! どうだお前ら羨ましいだろう!」とかの表現は多いけど、その娘を「愛している」っていう表現はほぼゼロだわ。
つまり、男の側って、「ヤリたいけど愛したくない」んだよな。
愛されるのは好きだけど。
これなんでなんだろうかねえ?
やっぱり愛した後に裏切られるのがコワイからかね?
みんなフラれたりする逆境にヨワくって人格崩壊しちゃうからか?
それとも、そういうエロ漫画や小説の作者や読者って、リアルでは愛し合った経験がほとんど無いから書けないし、読んでも理解出来ないのかな?
よくネット小説なんかでわざわざ「NTRナシ」みたいなこと書いてあるの見かけるけど、これたぶんおんなじ意味だよな。
フラれるとか寝取られるとかいう自尊心にかかわるトラウマはありません!って宣言しないと、読者が主人公に感情移入するのがコワくて読んでくれないから、っていうことなんだろう。
ということで思ったんだけどさ。
女の側の願望って、「ハイスペックな男に愛してもらって同性に羨ましがられてラクしてステータス上げて、お礼に少しだけヤラせてあげるわ」だろ。
んでもって男の側って、「主人公は読者に感情移入して貰う為にロースペックで、ラッキーシチュや謎機械やチートで美少女とヤリまくりたいけど愛したくはない」だろ。
これ…… リアル世界で結婚率が減って少子化になるの当然だよな。
男女の願望に隔たりがあり過ぎるわ。
ってゆーか、共通してるのは『愛されたいけど愛したいとは思わない』っていうトコだけだもんなあ。
それも含めて真逆だろこれ。
これじゃあ男性向けのエッチゲームは、そのままでは絶対に女性には売れないよ。
だから平田さんたちに女性ユーザー専用のゲームも作るように指示したんだ。
ポイントとしては、
「対象のイケメンのパターンを増やすこと」
それから、
「そのイケメンがいかに他の女の子にモテていて、そのイケメンの心を射止めたユーザーがいかに他の女に羨ましがられて優越感に浸れて自己満足出来るか」をみっちりと作り込むことだな。
性行為のパターンは少しでいいだろう。
後は中年オバサン用に被虐願望の充足パターンだけたくさん作っとけばいいか。
ユーザー様の願望には極力沿うようにしないとな。
まあ、平田さんたちも女の願望なんかわからんので苦労してたけどさ。
しばらくしてから俺は2人に言った。
「いや、例の友人がゲームの出来に感動してましてね。
ぜひこのゲームのVR化をやらせてくれって土下座して頼むんですよ。
だから任せてみようと思いまして」
もちろん、2人は俺の言うことに疑いは持たなかったんだ。
帰宅後。
「おいアダム」
(はい)
「平田さんたちが作ったゲーム、お前はどう思う」
(大驚嘆しております)
「そ、そうなのか?」
(あれほどまでに変化に富んで多様性のある男性性文化は、銀河広しといえどここ地球にしかございません。
恐るべきはヲタク文化であります。
ただ、このゲームがVRになり、それでリアルの生殖行為が減ってしまうことだけが懸念されます。
人口が減少しなければいいのですが……)
「安心しろ。
このVRゲームは、当面医療用に限定にするつもりだ」
(と、仰いますと?)
「ヒステリー症の治療には最適だろう。
それに、過剰性衝動を持てあまして暴力行為に至ってる不幸なやつが、真っ当な人生を送れるようになるかもしらん。
そうした用途なら多少の人口減少は許されるんじゃないか?」
(な、なるほど…… さすがはサトルさまですな)
「だからアダム、このゲームをVRに変えて作り直してくれ。
対脳意思疎通装置は真行寺技研の製作したものをそのまま使うように」
(畏まりました)
2日後
(サトルさま)
「ん、アダムか。
なんだ? カネでも足りなくなったか?」
(いえ、VRゲームが完成いたしました)
「早いな!」
(いえ、2日もかかってしまってお恥ずかしい限りです)
「それじゃあ試しに、俺が使ってみるか」
(どのような体験になさいますか?)
「まあお試しだからな。
平和な美しい世界で散歩がしたい。エッチは要らない」
(畏まりました。
本来はVRヘルメットを装着することになっているのですが、実際には私が配下のプチAIを通じて直接サトルさまの脳に接触させて頂きますので不要です。
そのままで、そちらのソファでお寛ぎください)
「ん?
お前、ヘッドセット無しで直接俺の脳に信号を送れるのか?」
(はい。
まあ今もこうしてメッセージをサトルさまの脳に直接お送りさせて頂いておりますので)
「それもそうか……
っていうことは、お前は俺をいつでもイかせられるのか?」
(可能かと言われればもちろん可能ですが、もちろんそんなことは致しませんよ)
「い、いや、お前を怒らせたら、俺イきっぱなしにさせられるのかと思って……」
(しませんってば)
「エルダさまたちに買収されて、逆に俺彼女たちでないとイけなくなってるとか……」
(だからしませんってば!)
「ということはだ。
例えば俺が『ロックオン』したターゲットを、お前がイかせることも出来るのか?」
(はい可能です)
「同時に何人ぐらいイかせられるんだ?」
(試したことはございませんが、たぶん10億人ほどでございましょう)
「す、すげぇな。
10億人がいっぺんにイったら、『エッチ神降臨!』とか大騒ぎになるな……」
(いちど東京辺りで試されてみますか?)
「い、いやヤメテおこう」
(それから、サトルさまのお手を煩わせなくとも、予めご指示頂くことにより、プチAIやナノマシンたちが特定した対象に対し、『連続イき攻撃』を発動することも可能になりました)
「そ、それって究極の非暴力無力化だよな……」
(そうでございますね。
少なくとも『20連発イき』を喰らえば、3時間は気絶したままでしょう)
「今度機会があったら実験してみるか……
それじゃあVR体験の方、よろしく頼む」
(畏まりました)
途端に俺は丘の上にいた。
眼下にはとんでもなく美しい景色が広がっている。
まるで目に見えるものすべてが光を放っているかのようだ。
季節は秋なのだろうか。
赤、黄色、少しだけ残った緑の草原。
ところどころに生えている木と、遥か彼方には森も見える。
あの遠くに見えるのは海か。
太陽の光を反射して、きらきら光っているな。
お、あれは畑かな。人が刈り入れをしている。
あ、村も見える。小さな教会の尖塔も見えている。
なんだか平和そうな村だなあ。
ああ、柔らかい風が肌に当たるのが心地いいな。
少し歩いてみるか。
おお! 足の裏に地面を感じる!
舗装なんかされていない田舎の道の小石が足の裏に当たっている!
「おい、アダム」
(はい)
「ここは本当にVR世界なのか?」
(もちろんでございます)
「お前が俺をどこか別の国に転移させたんじゃないのか?」
(とんでもございません。
すべてサトルさまのご指示通り作らせていただきましたVR世界でございます)
「うん、素晴らしいぞアダム、これほどのものとは思わなかった」
(過分なお言葉、恐縮でございます)
そのとき俺は、近くの草叢でウサギに似た生き物がこちらを見ているのに気がついたんだ。
う~ん。な、なんという愛らしい動物だろうか。
茶褐色のやや長い柔らかそうな毛に覆われた体。
少し大き目の頭に優しげな表情。それからくりくりした目。
片方の耳の先だけちょっと垂れているのか。
俺が見ていると、そいつは小首をかしげた。
「か、かわいい…… おいアダム!」
(はい)
「餌かなんかないかな」
(ジャケットのポケットの袋の中にパンを入れました。
野生動物用に無塩パンの設定です)
「さんきゅ」
俺はその場にしゃがみ、パンを手に乗せて差し出した。
「パンだ。食べるか?」
ウサギもどきは、ためらいながらも近づいてくる。
パンのすぐ前で止まって俺の顔を見た。
「ぴい?」
また小首を傾げている。
「お、おお、食べていいぞ」
「ぴいい」
ウサギもどきは、両手でパンを抱えてすんすん匂いを嗅いだ後、ひとくち食べた。
ちょっと驚いたような顔をして、また俺の顔を見る。
「ぴいぴい!」
「そうか旨いか」
ウサギもどきはまた一口パンを食べると、後ろを振り返って「ぴいいいいいい」と鳴いた。
すると草叢の中から、少し小さなウサギもどきと、それよりはかなり小さいのが3匹出てきたんだ。
小さいのは体毛の色もやや薄い。
「おお、おまえの家族か。ヨメさんと子供だな」
ウサギもどきはまた俺の顔を見て「ぴい」と鳴いた。
なんだか誇らしげな顔をして後ろ足で立ち、胸を張っている。
ヨメと子供たちが近寄って来た。
お、ヨメはなんだかまつ毛が長くて美人だな。
ウサギもどきが手に持ったパンをかじって切り分け、子供たちに配っている。
少なくなった残りは全部ヨメに渡していた。
「ぴいっ」
ウサギもどきの声を聞いて、ヨメと子供たちが、パンを抱えたまま一斉に俺に頭を下げた。
ううっ、ちょっと涙が出ちまったぜ。
子供たちが、はぐはぐはぐはぐと、懸命にパンを食べている。
それをしばらく嬉しそうに見ていたヨメも、ゆっくりと食べ始めた。
父ちゃんウサギもどきもなんだかうれしそうだ。
「おい! アダムっ!」
(はい!)
「もっとデカいパンをくれっ!」
(はいっ!)
途端に俺の手に大きなパンの塊が現れた。
ウサギもどきが、自分ぐらいデカいパンにびっくりしている。
「おい、これも喰え。おまえももっと喰え」
ウサギもどきが近寄ってきて、俺に頭を擦りつけた。
おお、お礼をしてくれてるのか……
「なあ、ちょっとお前を撫でてもいいか?」
ウサギもどきが俺の顔を見て背中を向け、また「ぴい」と鳴いた。
俺はウサギもどきの背中を撫でて驚いたんだ。
(うおおおお! も、もふもふだぁっ! す、すげえっ!
な、なんだこの感触っ! そ、それにあったけぇっ!)
しばらくその様子を見ていた子供たちが、近寄って来て並んで俺に背中を向けて座った。
そして、甲高い声で、「ぴい」「ぴい」「ぴい」と鳴いたんだ。
(おおおおおおおおお……
お前たちも触らせてくれるっていうのかっ!)
俺は震える手で、恐る恐る子供ウサギもどきたちを撫でる。
(うわっ! な、なんだこの毛の柔らかさは!
絹みたい、い、いやそれ以上だ!
こ、こんな感触がこの世にあったとは!
それにおやじよりも、もっともっとあったかいぞ!)
けっこうな時間、すばらしいもふもふを楽しませてもらった俺は、ようやく手を離した。
父ちゃんウサギもどきにパンを渡す。
「これはお前たち一家の正当な報酬だ。
家に持って帰ってゆっくり喰ってくれ」
父ちゃんウサギもどきが苦労してパンを抱え、後ろ足で立ち上がった。
そして、俺を見て「ぴいいいい」と大きく鳴いて、また草叢に向かって歩き始めたんだ。
パンを抱えてよたよたと歩くとうちゃんの後に、ぴょんぴょんしながら嬉しそうに続くこどもたち。
ヨメは最後尾だ。
そうして、彼ら家族の姿が草叢に消える寸前。
ヨメが後ろ足で立ち上がって後ろを向き、手を揃えて俺に向かって深々と頭を下げたんだよ。
気がつけば、俺の目からは涙がぼろぼろと落ちていた。
あったかいのはもふもふの体だけじゃあなかったな……
こんなに涙を流したのは何年振りだろうか……
ああそうか。
俺が病死する直前か。
あのときは、もう父さんや母さんに会えないって思って悲しかったんだっけ……
うん。
俺、システィやみんなと家族を作ろう。
みんな何人でも子供を生んでくれるだろうし。
あったかくって、いつもみんなで一緒にいられる幸せな家族を作ろうか……
「おい! アダムっ!」
(はいっ!)
「今俺がいるこの世界を、俺直轄の最高保護区とする!
他のユーザーは絶対に入れるなっ!」
(はいっ!)
「それからNPCどもに、この世界の創造神からの命令として触れを出せ!
ここら一帯は禁漁区だ!
ウサギもどきを狩ることは断じて許さんっ!
さらにここら一帯の天候を安定させ、彼らが絶対に飢えないようにせよっ!!」
(畏まりましたっ!)
俺はいったん部屋に帰って来た。
ちくしょう、まだ涙が止まらねぇや……