*** 252 『対脳意思疎通装置』プロトタイプ完成 ***
最高顧問会議議長の上級神さまが口を開いた。
「わしらはの……
ガイアを訪れて以来、眠れぬ日々を過ごしておるのじゃ。
ガイア以外にも膨大な数のあの可愛らしい子供たちがおることじゃろう。
その子供たちが、いまも飢えや暴力に苦しんでおるかと思うと、胸をえぐられるかのような苦しみを覚えるのじゃ。
併せて、神界にばかりいて現実世界を見ていなかったことも慙愧の念に堪えん。
サトルよ! 頼む!
ああした無数の世界の無垢な子供たちを救うてやってくれ!
そのためなら、我ら全員如何なる協力も惜しまぬ!
暴虐世界に行って戦って死ねと言われれば、喜んで死んでやる!
じゃが……
ここにいる誰も、そなたほどの力も資金も深謀遠慮も持っておらん。
じゃからそなたに託すしかないのじゃ。
もう一度言う。
頼む……」
神さまたち全員が深く頭を下げた……
俺はあまりの事態に固まっている。
ゼウサーナさまがにこやかに口を開いた。
「それではサトル初級神から提案のございました件につきまして、決を取りたいと思います。
ご賛成の方は、恐縮ですが挙手をお願い致します」
ナチスドイツの閲兵式もびっくりの勢いで50本の手が挙がった……
『使徒派遣』が始まった。
銀河世界から装備が届くたびに、AIと悪魔っ子たちと精霊たちと無数のアバターたちが、『神界転移部門』が設置してくれた超長距離転移装置を潜って試練世界に転移して行く。
現地では既に神界防衛軍1個小隊がスタンバイしてくれているはずだ。
ナノマシンや大量の食糧や生活物資も途切れることなく送り込まれている。
そうして派遣されたAIからは、日々どころかリアルタイムで報告が入り、問題が有れば200人の古参AIとアダムが対応策を協議している。
俺ももうたっぷりとマナ建材を用意してやったし、もう当面俺の出る幕は無いかな。
今日は奥さんたちとたっぷりとコミュニケーションを楽しんで、明日からは地球で頑張ってみよう。
おっとそろそろセンター試験だったか……
それで俺、母さんに相談してみたんだよ。
「さすがに全科目満点だと問題ありそうだから、少しは間違えた方がいいかな?」
「別に気にすること無いわ。
全科目満点でいいんじゃない?」
「で、でも、満点を取ったやつがいると、翌年からその科目の試験問題難易度が上がって受験生が苦労する、っていう都市伝説があるし……」
「そんなの、合格ラインも下がるんだから何の問題も無いわ」
「そ、そうか……」
それでまあ、俺は無事『瑞宝学園大学理工学部』に合格出来たんだ。
入試成績ダントツトップだったっていうことで、特別奨学生にもなって4年間の学費免除になったよ。
なんかそれで母さんが黒い顔してにんまりしてたけど……
あ、あの……
そ、そんなことしなくっても、ほんの10兆円ほど生活費渡しましょうか?
現金で渡すとこの家が埋まっちゃうから振り込みになりますけど……
合格発表からしばらくして、勇悟叔父さんが『新型脳波検出器』のプロトタイプを完成させた。
もちろんプロトタイプなんで、山ほどのコードで繋がったでっかいトランクみたいな箱が3つもあるんだけど。
イルシャムの製品は10センチ角ぐらいの箱なんだけどな……
ま、まあ、小型化はいつでも出来るだろうし、今は完成を喜ぼう。
そうして或る日、父さんは俺を連れて研究室に行ったんだ。
真行寺技研のひとたちが、『新型脳波検出器』を持って一緒に研究室に運んでくれてたよ。
「みんな、紹介しよう。
これがわたしの息子の悟だ。
長いことアメリカで病気治療を受け、その後も療養生活をしていたが、完治したので日本に戻って来たんだ。
先日の試験で、我が大学の理工学部にも合格していて、4月からは新入生となる。
みんなよろしく頼む。
悟、みんなにご挨拶なさい」
「真行寺悟です。
今年20歳になりますが、4月からは新入生です。
これからこの研究室にもお邪魔させて頂くと思いますが、よろしくお願いします」
そしたらさ、准教授さん以下講師さんや助手さんや大学院の院生さんたちが、声を揃えて頭を下げて「よろしくお願いします!」って言うんだわ。
びっくりしちゃうよな。
俺は知らなかったんだけど、大学の研究室の教授って驚くほどの権力があるそうなんだ。
なにしろ准教授さん以下の人事権を一手に握ってるそうだから。
しかも父さんは学会でもけっこう有名らしいし。
その息子が来たっていうことで、みんな俺を相当に丁寧に扱ってくれたんだ。
でも……
「そうそう、みんな。
この悟は闘病と療養の間に、脳科学と電子工学に興味を持ったそうでな。
新しい脳波検出器のアイデアを出してくれたんだ。
それを真行寺技研が製品化してくれたんで、今日はそれをみんなで試してみてくれ」
みんなおざなりに拍手してくれたよ。
まあ、息子贔屓の教授の世迷いごとぐらいに思ったのか。
でも、真行寺技研の技師さんが脳波検出器の実演を始めると、みんなあんぐりと口を開けたんだ。
まあ脳波検出の精度については、今までの脳波計を世界地図レベルとすれば、この新型の精度は町内地図レベルの詳細さだからなあ……
もっとも銀河レベルのそれは、室内間取り図レベルを通り越して顕微鏡レベルだけど。
もちろんマシンの筐体にはべたべたと封印シールが貼ってあって、『特許出願中につき開封厳禁』って書いてあったよ。
それでどうやらみんなの認識が、『息子贔屓の教授』から『息子に業績を譲ろうとしてる教授』に変わったらしいんだ。
それでみんなが俺にそれとなく脳科学について質問して来るんだよ。
でも俺、最新の脳科学の論文は全部アタマに入れてるだろ。
だからみんなまた口をあんぐり開けてったんだ。
父さんはそんな様子をにやにや眺めてたけど。
そうそう、笑っちゃったんだけどさ。
何人かの院生が、『思考野』の具体表示を試しちゃったんだ。
女性がマシンを操作して、男性が被験者だったときだったんだけど、スクリーンに『ああ○○ちゃん、今日も可愛いなぁ♡』って出ちゃったんだわ。
男女逆のケースでは、『○○さんってほんっとイケメンだわ♡』とか……
おかげで新型脳波検出器の愛称が『告白マシーン』になっちゃってたわ。
あははは。
そのうちにどうやらみんな俺の入試成績を知ったらしい。
授業料免除の特待生って分かると、院生のひとりが入試課の友人に俺の入試の成績を聞いたらしいんだ。
それでどうやら俺は、『息子贔屓の教授の息子』から『ひょっとしたら天才青年?』に格上げになったみたいだな……
脳科学者やその卵たちが新型脳波検出器に夢中になったんで、俺は次の段階に移ることにした。
そう、脳に言語信号を送り込む装置、つまり『対脳意思疎通装置』だ。
仕様書と設計図を父さんと母さんと勇悟叔父さんに見せたら、またみんな怖い顔になってたよ。
まあ、既にヘッドセットの中には電子銃が内蔵されてるからな。
後はほとんどコンピューター内のソフトの領域なんで、開発は簡単だろう。
イルシャムの技術者さんたちもいるし。
それでまあ、今度の試作品はすぐに出来上がったんだ。
もちろん俺や父さんを使ったテストは上手く行った。
勇悟叔父さんも恐る恐る試して、その結果にびっくりしてたよ。
なにしろ離れた場所に居る2人が、マシン経由で無言のまま意思の疎通が出来るんだから。
叔父さんなんか、この装置の応用範囲の広さに気づいて顔面蒼白になってたし。
でも父さんが真剣な顔で言ったんだ。
「悟、この装置は極めて画期的だ。
また銀河技術の産物だけあって、信頼性も完璧だろう。
だがな、まだこの地球は銀河世界のことを知らない。
もちろんお前が神のひとりであることも知らない。
そうした状況下では、この『脳に信号を送り込む装置』は、『脳を傷つけてしまうかもしれない装置』でもあるんだ。
だからこのままでは人体実験が出来ないのだ」
「まあ当然だろうね」
「そこで明日、斎藤先生のご自宅に伺おうと思う。
お前も来なさい」
「了解」
斎藤先生。
それは脳科学研究室の前教授、斎藤次郎教授のことだった。
4年前に大事故に遭い、命は取りとめたものの、いわゆる植物状態になっている。
当時准教授だった父さんは、恩師と俺をほぼ同時期に失って随分と辛い思いをしていたらしい。
斎藤前教授はあらゆる基準で脳死状態とされたが、遺言が残されていた。
それには、「脳科学研究のためであれば、脳死判定の後、いかなる実験の対象とされて棄損されてもかまわない」と書かれていたそうだ。
その遺言もあり、また夫人が強く願ったために、その体は今も生命維持装置の下で生きておられるということだった。
俺たちは斎藤家の応接間に通された。
初老の女性が出てきたが、さぞかし昔は綺麗なひとだったんだなと思わせる容姿だったな。
「真行寺さん、いらっしゃい。
お久しぶりね。お元気でしたか?
それで…… こちらの若いお方は?」
「こちらは私の長男の悟です。
長い間アメリカで病気治療を受けていましたが、このほど帰国して我が瑞宝学園大学に入学することになりました」
「まあまあ、ご病気で入院されていたあの子がこんなにご立派な青年になられて……
ああ、聡明そうな目が小百合さんにそっくりだわ……」
父さんが用件を切り出した。
まずは簡単に新型脳波検出器の機能を説明している。
「……ということでですね、この悟が療養中にアイデアを思いつき、私がそれを補足し、真行寺技研がその装置の開発を試みました。
その装置が先日完成したんですが……
このままでは臨床実験が出来ないのです」
説明を聞いて夫人が晴れ晴れと微笑んだ。
「まあ、あのひともとっても喜ぶわ。
なにしろ愛弟子の真行寺さんとその息子さんが作られたものですもの。
それに、新型脳波計の開発とそれを使った脳研究はあのひとのライフワークでしたし。
いくらでも斎藤の体を使ってあげてちょうだい。
というかこれで使わなかったら、私が天国であのひとに怒られちゃうわ」
夫人の表情は晴れやかだった。
「そうそう。もちろん今の斎藤の体は法律上は死体ですけど、それでもその実験には大学の理事会の承認が必要なんでしょ」
「はい」
「それじゃあ少し待ってて頂けるかしら」
そう言った夫人はバッグからスマホを取り出し、器用な手つきで操作している。
「権ちゃん? 美月です。ええ、元気よ、どうもありがとう」
(ごんちゃん?)
「それでね。今日お電話させて頂いたのは、権ちゃんにお願いがあって……
きっと権ちゃんも興味を持つと思うわ。
うふふ、どうもありがとう。
それじゃあこういうことは早い方がいいからすぐ来て下さるかしら。
あらどうもありがとう。それじゃあお待ちしてるわね」
それからしばらくの間、俺は夫人に質問責めにあった。
俺が全快して日本に戻って来たこと、この春に瑞宝大学に合格したこと、これから父さんの研究室に通って研究の手伝いをしようと思っていることなどを伝えると、夫人は安心したようだ。
「真行寺さん。立派な後継者が出来て楽しみですわね。
それに、真行寺さんの後継者だと言うことは、斎藤の後継者でもありますもの。
悟さん、なにか問題があったらすぐにわたしに相談に来て下さいね」
夫人はそう言うと、またにこやかに微笑んだんだ。