*** 243 再び技術惑星イルシャムにて ***
俺が両親にすべてを明かすことについて悩んでいると、ベライムスさんが言った。
「畏まりました。
それではすべて私どもにお任せくださいませ。
段階を踏んで、サトルさまが会いに行かれても、ご両親さまがあまり驚かれないようにセッティングいたします」
「べ、ベライムスさん。
さ、参考までに教えてほしいんですけど、具体的にどんな段階を踏むんですか?」
「まずは、ご両親様に1週間ほどサトルさまが別の世界で生きているという明晰夢を見続けて頂きます」
「明晰夢?」
「はい、その明晰夢を毎晩見て頂きまして、それをお2人が話題にされましたら、折りを見てわたくしがヒト族に『変身』して直接ご挨拶に出向きます。
そうしてご説明の上、ガイアでのサトルさまのご活躍を記録した映画を見て頂こうと思います」
「あの神界報道部が作った映画ですか?」
「あれでもよろしいのですが、あの映画が銀河史上空前の大ヒット作となったために、サトルさまの軌跡を10回ほどに分けた詳細版シリーズドラマがございます。
そちらの方がよろしいかと」
「そ、そんなのもあったんですか……
そ、それ、出来れば俺の爆撒死シーンはボカシを入れていただけませんでしょうか。
そうしないと、母さんが気絶しちゃうかも……」
「畏まりました。
それで、ご両親が充分にお心の準備を為されてから、サトルさまにはご登場頂くということでよろしゅうございますでしょうか」
「は、はい。よろしくお願い致します……
あ、その作戦が始まったら、しばらくは地球にいる必要がありますよね。
ですからもう少し経って、エルダさまたちが落ち着いたら開始ということでお願いしたいのですが」
「畏まりました」
「それから大変恐縮なんですが、もしよろしければ、俺の両親の家や職場のセキュリティ強化もお願い出来ませんでしょうか」
「それでしたら、サトルさまがガイアに移られた段階で既に保護態勢に入っておりました。
最近では大量のナノマシンを使用しての常時警戒態勢を取っております。
なにか問題が見つかれば、我々悪魔族のSPが0.2ナノ秒で転移してお守りする態勢でございます。
また、『命の加護』につきましても、既にエルダリーナさまが授けられています。
もしご希望でしたら、サトルさまが地球に行かれた後に授け直してくださいませ」
「エルダさまは、随分と俺の両親を大切にしていて下さったんですね」
「はは、『義理の両親になるのだからの』と笑顔で仰られておられましたぞ。
『将来の私の子の祖父母にも当たるしの』とも」
「ははは、後でお礼を言っておきます」
そしたら、「お礼なんて水臭いことは言わないで♡ その代わり今晩は5回……」とか言われちゃったし……
そのころ惑星イルシャムでは……
惑星大統領の執務室で、商取引担当補佐官が大統領に書面を渡していた。
大統領閣下は、補佐官の震える手を見、蒼白な顔を見上げたあと、ご自身で書面に目を通された。
「これは…… 神界からのサトル神さまの人物照会書か……
ん? 『完全保障』だと……
そ、それも、最高顧問会議メンバー50名と、あのゼウサーナさまの御連名でだと!」
「さ、最後の御署名と御紋章もご覧くださいませ……」
「こっ、こここ、これはぁっ!
さっ、最高神さま御自らの御署名と御紋章だとおっ!」
大統領閣下の手がぷるぷるし始めた。
「『完全保障』ということは、サトル神さまの御言葉は、最高神さまの御ことばと同じだということでございます……」
「な、なんということだ……」
「そ、それから資源の預け入れ限度額についてなのですが……」
「い、『インフィニット』…… む、無制限ということかっ!
な、ななな、なんということだぁっ!」
「そ、それで、サトル神さまの顧客重要度格付けはいかが致しましょうか?」
「クインティプルS(SSSSSSSSのこと)にせよ……」
「はっ、ははぁぁぁっ!」
そのとき秘書官AIからの通信が入った。
「大統領閣下。
科学技術担当補佐官さまが、閣下との御面談を求められています。
ご用件はサトル神さまからの御注文に関することで、重要な件だそうでございます」
「すっ、すぐに通せっ!」
数分後……
「な、なんだと!
このままではサトル神さまのご用命に応えられんというのか!」
「は、はい。
現在の惑星地球の技術水準2.8に加えて0.2ポイントでは、どうしても神界の定めた『洗脳防止』基準を満たせないのでございます。
また、やはりレベル3.0のコンピューターでは、サトル神さまのご要望にはお応え出来ません」
「他の技術的な問題はどうなのだ!」
「その点につきましては開発は終わりました。
仕様書も設計図もプロトタイプもすぐにお引き渡し可能でございます」
「そ、そうか……
問題なのは『洗脳防止』措置とコンピューターの能力だけなのだな」
「はい、『洗脳防止』措置もコンピューターの能力の問題なのですが、最低でも技術レベル8.0以上のプチAIコンピューターが必要になりますので」
「なんとかならんのか?」
「唯一の方策としては、機材にプチAIを搭載致しまして、洗脳類似行為が行われた際には、プチAIもろとも装置を自壊させてしまう機能なのですが……
それならば技術レベル8.0のプチAI技術でも神界の基準を満たせる可能性がございます。
なにしろ中身を見ようとすれば自壊しますので、高度技術の持ち込みには該当しないかもしれません。
ですが、それでは装置が使用不能になってしまうのです。
それ以外の方法でしたら、サトル神さまご自身が直接神界にルール逸脱のご許可を求められるとか……」
「そ、それならば、サトル神さまに御判断を仰げばいいのだな」
「はい、それで装置や設計図とともに、わたくしがガイアまで出張しようかと思うのですが……」
「ま、まて! わ、私も行く。
サトル神さまのご機嫌を損ねるわけにはいかん!」
「畏まりました。
早速、恒星間通信でアダムさまにご訪問のご予約をお願いしてみます」
「うむ、最速でガイアまでどれぐらいかかるか?」
「2日ほどでございますね」
「それではこれから5日間の予定を全てキャンセルしなさい」
「畏まりました」
(サトルさま、ただいま惑星イルシャムの大統領府より連絡がございまして、大統領閣下よりご注文の品の仕様について御相談があるので、2日後以降で御都合のいい日時を教えていただけないかとのことです)
「大統領が直接来るんかよ。
まあ別に2日後で構わんが……
ところでなんで2日後なんだ?
なあアダム、惑星イルシャムからここガイアまでって、普通のヒト族ならどれぐらいかかるんだ?」
(おおよそ2日でございますね)
「なんでそんなにかかるんだ?」
(高速恒星間宇宙船を用意して、それに搭乗してまず太陽などの重力源から遠く離れた場所に移動しなければなりません。
これは通常10光時ほど離れた場所になります。
それからガイアの太陽から10光時離れた空間まで超空間航法で移動し、そこからまたガイアに移動しなければならないからです)
「あの凄まじい銀河技術でも、重力場の影響のないワープは出来ないのか?」
(もちろん開発可能ですが、恒星間戦争やテロ抑止のために神界より厳重に禁止されている技術になります)
「神界の転移部門は利用出来ないのか?」
(一般のヒューマノイドでは、よほどの緊急事態でもない限り神界の転移能力の利用は認められておりません。
サトルさまがご利用出来ていたのは、神であるか神界の公務であるかのどちらかだったという理由によります)
「それじゃあさ、イルシャムに逆に俺がそちらへ行くからいつが都合がいいか聞いてくれ。
惑星大統領に4日もムダに使わせるのは、いくらなんでも忍びないからな」
(畏まりました。
それでは少々お待ち下さいませ)
(サトルさま、今以降いつでも構わないそうでございます)
「わかった。それじゃあ今から行くと伝えてくれ」
(はい)
3分後、俺は神界転移部門の手でイルシャムの神界転移ポートに転移し、そこからは自力で転移して大統領府の正門前に立っていた。
大統領とその随員たちが慌てて走って来ている。
ちょっと早く来すぎたか……
「こ、これはこれはサトル神さま!
わざわざの起し、ま、誠に恐縮でございます!」
「あ、いや別に。
お願い事をしているのはわたくしですからね。
これからも必要なときにはわたくしが参りますので」
「お、畏れ入りますっ!」
俺たちは巨大な応接室に落ち着いた。
テーブルの上にはスクリーンと小さな箱があり、その傍らには薄いヘッドセットが置いてある。
若い女性がヘッドセットを装着した。
科学技術担当補佐官だと自己紹介した男が説明を始める。
「こちらがご要望の高性能脳波検出器になります。
早速実演をお見せさせて頂いてよろしゅうございますでしょうか?」
「ええ、是非お願いします」
「それでは……
命令:聴覚野を表示せよ」
スクリーンには脳の3面図が表示され、その中の一点が点灯した。
横には脳の部位の位置情報である数字と、その部位が何を司っているかが表示されている。
今は『聴覚野』と表示されていた。
また、スクリーンの別の部分では、さまざまな大きさでカラフルな光が点滅している。
「この光の点滅は、脳のその部位でどのような活動が為されているかを示しています。
それでは、実際に聴覚野が行っている活動の内容をスクリーンに表示してみましょう。
命令:活動内容具体表示」
スクリーンに、『命令:活動内容具体表示』と出た。
「これは彼女の聴覚野が直近得た聴覚情報の表示です」
スクリーンには、
『これは彼女の聴覚野が直近得た聴覚情報の表示です』
と出ている。
ああそうか、今しがた耳にした言葉か。
「それでは次は思考野に焦点を当ててみましょう。
命令:焦点思考野、内容表示」
スクリーンに、『サトル神さまってやっぱりステキだわ♡ 後で握手してもらえないかな……』と出た。
俺はにっこり微笑んで彼女に手を伸ばした。
被検体の女性は真っ赤になりながら俺の手を握る。
「お、おほん。し、失礼致しました。
現在は思考野に焦点を当てていますが、もちろん脳全体の活動を見ることも出来ます。
命令:焦点脳全体」
画面の脳の3次元表示内一杯に無数の光点が広がった。
「脳の全体表示では、このように無数の活動が表示されるために、具体的な内容表示は出来ません。
ただ、この部位をご覧ください。
ここは脳の運動野なのですが、彼女は現在静止しておりますので、運動野の活動が不活発なのです」
「いや素晴らしい機材ですねえ。
さすがは銀河技術、そして貴星の技術ですね。
因みにどのような技術を用いられているかお聞きしてもよろしいですか?
特に脳内をスキャンする方法とか」
「お、お褒めに与り恐縮でございます。
現在銀河宇宙で利用されております同種の機材では、ダークマターを使用した粒子線を用いているのですが、それはレベル35の技術になりますので使用出来ません」
(ダークマターを使いこなしてるのかよ……)
「ですので、この機材ではいわゆる電子銃の強度を弱めたものを使用しております」
「電子銃ですか……
それは生体に危険はないんでしょうか?」
「実験の結果、100年間の連続使用で脳細胞1個が破壊される可能性があることがわかっています。
ですがまあ、自然界では宇宙線や自然の放射線で、日に数個ほどの脳細胞が破壊されておりますので、特に気にされる必要も無いかと……
そうして、一旦有意な情報が得られますと、機材が自動的にその部位を記憶登録し、次回からの走査も容易になります」
「うーん、ますます素晴らしい……」
「さらに、このヘッドセットには、サトル神さまのご希望の後3つの機能も搭載されております」
「おお!」
「ですがサトル神さま、たいへん申し上げにくいのですが……
実はこの『脳波検出器』については問題が無いのですが、『脳とコンピューターの間で直接意思の疎通が出来る装置』、並びに『コンピューターを介在して、脳同士で意思の疎通や映像などのやり取りが出来る装置』と『コンピューターから個人の脳に五感の全てを送信可能な装置』には2つほど問題がございまして……」
技術担当評議委員さんが額の汗を拭った。
大統領の顔も緊張している。
それにしても、なんでこの程度の商談で、大統領閣下ともあろう人がこんなに緊張してるんだ?