*** 229 その後の王族たち ***
少々の問答の後に、女性陣は先に湯あみを、男性陣は食事を取ることになった。
宰相は、男性たちを城の厨房の隣にある使用人用のダイニングに案内する。
「王族や貴族用のダイニングはここからかなりの距離がございまして。
料理を運ぶ者がおりませんので、こちらで失礼致します」
「こ、これは……
素晴らしい料理が並んでおるな……」
「予め申し上げておきますが、こちらの料理は全てガイア国のご好意により用意して頂いたものでございます」
「な、なんだと……」
「憎っくき敵国の施しなど受けられるかっ!」
「それでは残念ながら食事はございません」
「な、なに……
王城の料理はどうした!」
「皆さまの近衛の方々や随員の方がみな食べてしまわれました」
「あう……」
「さ、酒は…… 酒は無いのか?」
「ございません」
「な、なぜだ! 王城ともあれば大量の酒の備蓄が有ったはずだ!」
「やはりみなさまの近衛の方々が、お国に戻られる前に蔵を壊して略奪してすべて飲まれてしまいました」
「「「………………」」」
それからの数日間は、皆まともな食事を取り、湯あみをし、1年ぶりに柔らかいベッドで寝て静養に努めた。
中には王城内や王都の貴族街を飽きずに歩きまわる者もいた。
だが……
そうした探索の結果、王都に残されたのは、本当に自分たちだけだということを思い知らされたのである。
それはすなわち、ビクトワール大王国が事実上滅んだも同然と言う事実を突きつけられることにもなった。
「それではみなさま、みなさまの今後についてガイダンスを行わせて頂きます。
まずはこちらをどうぞ」
ダイニングルームにあった巨大なガラス板に、若い男の姿が映った。
「ビクトワール国王陛下、並びに属国群の王侯貴族のみなさま、初めまして。
わたくしは、ガイア国代表代行補佐のアダムブラザーと申します」
「な、なんだと……」
「あの憎っくきガイア国の者だというのか!」
「それでは皆さまの今後についてご説明させて頂きます。
皆さまには事実上2つの選択肢しかございません。
ひとつ目の選択肢は、このままガイア国に降伏して虜囚となることです」
「ふ、ふざけるな! 誰がガイア国なんぞに!」
「ご質問やご意見は後でまとめて頂戴するとして、ご説明を続けさせて頂きますね。
ガイア国に於いて虜囚となられる際には簡易裁判が行われます。
具体的には皆さまの今までの殺人数に応じて刑罰が決まるのです。
そして、殺人数4ケタ以上の方々は、1人用収容所にて終身刑となります。
どうやらこの場に居らっしゃる方々は、皆さま殺人数5ケタから6ケタもお持ちのようですから、全員が終身刑となるでしょう」
「わ、わしは殺人なぞ犯しておらん!」
「わ、わらわも王妃としてひとなど殺してはおりませぬ!」
「いえ、みなさまは過酷な重税で農民を飢餓死に追いやって来ました。
また、侵略戦争を命じて奴隷兵や近隣諸国の住民を死に追いやりました。
それらは全て殺人数にカウントされるのです。
それから王妃さま。
あなたは美容のためにと言って、南国の果実を手に入れるために、王国兵に南方への侵略をお命じになられましたね。
あの戦争で奴隷兵が8000人、南国の住民が4万人も死んだのはご存じ無かったのですか?」
「そ、そんな……」
「つまりあなたさまは、少なくとも4万8000人を殺した殺人者なのです。
ご自覚すら無い最悪の殺人者でございますね」
「な、なにかの間違いで……」
「間違っていたのはあなた様の心得です。
ということで皆さまは、ガイア国に降伏なされても、終身刑としてひとりで死ぬまでの虜囚の生活が待っています。
ですがご安心ください。
食料も水も充分にございます。
それから畑も肥料も作物の種もご用意させていただいております。
ただ、食料はすべて食材のみでございます、
調理はすべてみなさまご自身で行ってくださいませ」
「そ、そんな…… それではあの領事館での生活と変わらんではないか!」
「そうよそうよ!
料理なんていう下賤の者のする仕事を、私のような高貴な姫にさせるつもりなの!」
「まだご理解が進んでいないようですので、念のためにご説明させて頂きます。
皆さまは犯罪者として虜囚の身となるのです。
ですからその地位は、下賤の者以下なのです。
ただし、ご安心ください。
収容所にはこれと同じスクリーンがございます。
そうして、そのスクリーンに問い掛けて頂ければ、懇切丁寧に農作業や料理の仕方を説明させて頂きますので」
「「「………………」」」
「さて、それでは皆さまの2つ目の選択肢をご説明させて頂きます。
それは、言うまでも無く、ここビクトワール王国や皆さまの母国に留まられることでございます。
ただし、その場合にはガイア国からの食糧の供給はございません。
すべて皆さまの手で畑を耕して食料を自給して下さいませ」
「我らに農民になれと言うのか!」
「いえ、別に職業選択は自由ですが……
ですが農民以外では食べることが出来ませんよ。
まあ森で暮らして木の実や草の実で暮らすことは可能ですが……」
「そ、そんな……
農作業なんかどうやったらいいのかわからないわ……」
「それもご安心ください。
みなさまのお国にも、これと同じようなスクリーンをご用意させて頂きました。
それにお問い合わせ頂ければ、農作業のやり方もご説明させて頂きます」
「そ、それでもしも不作にでもなったらどうするのだ!
我々が飢えてしまうではないか!」
「はい、飢えた挙句に飢え死にすることになるでしょう。
皆さまが重税を課して死なせて来た数万数十万の農民と同じく……」
「「「「「………………」」」」」
「わ、わしは、国に帰るぞ!
国に帰れば、必ずや忠義のものどもがわしを待っているはずだ!」
「どうぞ御随意に……
ですが予め申し上げておきますが、どの国の王都も王城も今は無人です。
ここと同じような状況でございます」
「ええい! し、信用出来ん!
そ、そうだ、ば、馬車を用意しろ!」
「残念ながら、ご期待に沿うことは出来ません」
「な、なぜだ! 馬車ぐらい出せ!
く、国に帰ったらカネは払う!
そ、そうだ、馬車と馬で大金貨10枚をつかわそう!
だから……」
「あの…… あなたは、ボラストル王国の国王陛下ですよね」
「そ、そうだ! 250年の伝統を誇るボラストル王国の国王であるっ!」
「ボラストル王国では、近衛兵の方々や国王直轄兵の方々がガイア国に移民為される際に、王城内の略奪が行われました。
そのために、金銀財宝はおろか、食料も酒もすべて無くなっています。
もっとも……
ガイア国には通貨が無いため、大量の金貨を持っていても使うことが出来ないのです。
皆さまがっかりされていました」
「な、なんだと……」
「ですが、皆さまが一度はお国に戻りたいというお気持ちはわかります。
僭越ながらガイア国の好意により、お国までの街道のうち、30キロおきに1カ所ずつほど宿泊施設を設けさせて頂いております。
そこには水や食料も置いておきましたので、どうかご利用くださいませ……」
「「「「「………………」」」」」
翌日。
「宰相や…… お前はどうするつもりなのじゃ……」
「はい陛下。
陛下をこうして無事にお迎えすることが出来ましたので、この上はわたくしもお役目を返上させて頂きとうございます」
「そうか……」
「そして、この忠実なる下男と共に、ガイア国に亡命させて貰うことになるでしょう」
「そなたの今までの忠義、実に大義に思う……
元気で暮らせ……」
「あの…… 陛下もご一緒にガイア国に行かれませんか?」
「わしか…… わしも、もう長くはない……
死ぬときぐらいは、このビクトワールの地で死にたいと思う」
「そうでございますか……
それでは陛下、今生のお別れでございます。
どうか末永くご健勝で……」
「うむ、そなたもな……」