*** 225 類人猿の攻撃性 ***
また或る日、俺はエルダさまに聞いてみたんだ。
「それにしても、どうしてヒト族はどの世界でもそんなに凶暴なんでしょうかね?
それに、亜人族や獣人族に比べてE階梯も低いのはなんでなんですか?」
「ふむ、それはやはり類人猿から進化した知的生命体には『発情期』が無いからであろうの。
いや、というよりは、毎日が発情期か……」
「は、発情期ですか……」
「うむ、発情期が無い生物は常に性欲を抱えて生きておる。
これが例えば兎のように弱い生物であれば、子が死ぬ可能性も高いので、出産数を増やすために発情期にかかわらず生殖をするのだがな。
だが、有る程度強く、また樹上に逃げることも出来る類人猿であるにも関わらず、発情期が無いのは生物としてはやや異常なことなのだ。
そのために、ヒト族は常に性欲を抱えてその性衝動を持て余しておる。
しかも、ヒト族のメスよりもオスの方がより深刻だ。
メスは出産時に生命の危機が高いため、加えて育児の負担が大きいために、本能的にさほど生殖には積極的にはなれんのだ。
だから、ヒト族のオスは余計に性衝動を持て余すことになる。
それが攻撃衝動に転嫁されて、異様に攻撃的な生物になってしまっているのであろう」
「な、なるほど……」
「ついでに言えば、ヒト族という種族は、本来いるはずのない種族だったのだよ」
「えっ……」
「類人猿とは、もともとは樹上生活種族だ。
森を住処として、果実などを糧として生きていた生物だな。
故に森の盛衰とともに種族としての繁栄と衰退を繰り返しておった。
星の歴史には必ず氷期と間氷期とが交互に現れるが、間氷期には森と共に栄え、氷期には森と共に衰退する種族だったのだよ。
実際に地球では、100万年ほど前の大氷期に類人猿は絶滅しかけておったからの。
だが、数億年前、あるひとりの若い初級天使が類人猿に着目したのだ。
その初級天使に与えられた試練世界でも、氷期の訪れとともに類人猿が絶滅の危機に瀕していたそうだ。
通常であれば、その初級天使も厚い体毛を持った別の哺乳類に知性を与えるところであっただろう。
だが彼は敢えて絶滅寸前の類人猿に知性を与えたのだ。
どうやら彼は、類人猿の未来に大いなる可能性を見出していたらしいの」
「どのような可能性だったのでしょうか……」
「それはまず、類人猿の生物進化上の特性だ。
猿は森の恵みである木の実や果実を主食としていた。
おかげで、既に目が両方とも前を向いていて立体視が出来るようになっていた上に、色彩を判別する機能も持っておった。
さらには木の上で暮らすために必須の、物を掴むことの出来る手と指も持っていたのだ。
更には森の中で群れを作る習性を持っていたために、或る程度の言語能力を持っていたことも大きかったの。
草原の草食獣も群れを作ることが多いが、草原は見晴らしがいいためにただリーダーの後に付いて行けばいいだけなのに比べて、森の中ではリーダーの指示は声に出されることが多かったからでもある。
その猿たちが、氷期の訪れとともに消滅寸前の森林から草原に降りざるをえなかったとき、そうして草原に適応した肉食獣の危険に晒され、やはり草原に適応した逃げ足の速い草食獣を獲物にすることも出来ずに滅びようとしていたとき。
その初級天使は敢えてその類人猿たちに知性を与えて生き延びさせたのだ。
さらには二足歩行能力と更なるコミュニケーション能力も与えた。
ついでに天使族や神族と似たような外見になるような進化上の選択肢も与えたそうだの。
そうして、その初級天使も或る程度予想していたそうなのだが、やはり生み出された類人猿系知的生命体は、かなり闘争本能が強かったそうだ」
「肉食獣系知的生命体も闘争本能が強いんじゃないですか?」
「あれは闘争本能と言うより生存本能だ。
多くの肉食獣は飢えているときしか狩りをしないからの。
しかも喰い溜めが出来るために、狩りをするのはせいぜい月に2回ほどだしな」
「なるほど……」
「だが類人猿は元々群れの中での序列を重視する種族だった。
そして群れの中での序列を上げる方法は、唯一群れの中での闘争のみだったのだよ。
つまり、類人猿の闘争とは、そもそも外敵ではなく、同族である群れの内部に対してのみ行われるものだったのだ。
これがヒト族が同族に対して異常な攻撃性を持っている所以だ」
「なるほど……
つまりは王になりたい、王になったら王国をより強く大きくしたいというのは、類人猿由来の本能に基づくものだったということなのですね……」
「その通りだ。
それは現代地球でもあまり変わっておらん。
ヒトは成人後は会社などの組織に属して、その中で地位を上げたがる。
そしてその会社のトップも、業績が少しでも上がると、すぐに新卒者の採用人数を増やして群れを大きくしようとするだろう。
あれも類人猿特有の闘争形態だな。
そうそう、もうひとつ現代人に残されたサル特有の行動形態があったわ。
お前は知らんだろうが、現代地球の会社組織に於いては、ヒラ社員が課長、部長、役員と出世するにつれて、その椅子や机が大きくなっていくのだよ」
「えっ、そ、それって……」
「そうだ。サルの群れでの序列は強さによって決まる。
そうして通常、強さとは体の大きさによって決まるのだ」
「げげげげげげげげ……」
「だが現代地球の会社では、体が大きな者が昇進するわけではないし、ましてや昇進すると体が大きくなるわけではない。
故に、せめて椅子や机を大きくして体を大きく見せかけようとしておるのだ。
なんともいじましい努力だの」
「うわわわわわわわ……」
「ということで、ヒト族は例え現代地球人ほどまでに進化していても、その本能行動はあまり抑制出来ていえるとは言えんのう」
「それにしても……
そういうふうに超攻撃的な種族になることを或る程度わかっていながら、その初級天使はよく類人猿なんかに知性を与えましたね」
「はは、それを元ヒト族だったお前が言うか。
うむ、だがその初級天使によれば、類人猿の攻撃性と性欲の強さに未来を見出したということだったそうだ」
「未来…… ですか……」
「そうだ、未来だ。
もしも類人猿由来のヒト族が、高いE階梯を獲得して同族内の闘争から抜け出したとき、そうしてその激しい性欲由来の衝動が技術や社会の進化に向いたとき。
銀河の知的生命体の発展の先陣を切るのは、ヒト族になるであろうという確信を持っていたそうだ。
現実に、銀河8800万世界の内、最先端の技術文明を持っているのは多くがヒト族の惑星であるからの」
「つまり……
類人猿由来の知的生命体は、その性欲の強さと同族への攻撃性から、高いE階梯を獲得する可能性は極めて低いものの、もしも高い階梯に昇ることが出来れば、素晴らしい可能性を持っているということだったのですね」
「その通りだ」
「ふう、それにしてもその初級天使は凄まじいまでの慧眼を持っていたんですねぇ」
「それもその通りだ。
そして、幸いにしてその初級天使の担当していた試練世界のヒト族は、試練を乗り越えることが出来たのだ。
そうして今では銀河最先端の技術文明を持つに至っておる」
「それではその初級天使さんもさぞかし出世したことでしょうね。
なにしろ新たな知的生命体種族を生み出して、その可能性を証明出来たのですから」
「ふふふ、もちろん大出世したとも。
しかもそのお方さまが見出した手法は今でも引き継がれておる。
わたしやシスティがヒト族を創造した方法も、彼の手法を踏襲したものだからの。
いわばあのお方さまは、ヒト族の父と言っても過言ではあるまい」
「ふう、聞けば聞くほど凄いお方様ですねぇ。
一度お会いしてお話を聞かせて頂きたいものです」
「ははは、もう何度も話はしておるだろうに」
「えっ……」
「まだわからんか。
そのお方は新たにヒト族型知的生命体を生み出した、その功績をもって上級神にまで至り、更には神界最高神政務庁のトップのひとりにまでなっておられるのだ」
「そ、それって、ま、まさか……」
「そうだ。
あのゼウサーナさまこそがヒト族の父と呼ばれるお方さまだ」
「げげげげげげげ……」
「ゼウサーナさまもさぞかしお喜びだっただろう。
なにしろお前は銀河史上初のヒト族出身の神なのだからの。
まあ言ってみれば、お前の存在と業績自体が、あのお方様のご慧眼を証明した形にもなっているわけだ」
「だから加護も下さったのか……」
「ははは、あのお方様はいくらお前が可愛いヒト族だからといっても、そのような贔屓をされる方ではないが、お前があのとき『神界銀聖勲章』に値する働きをしたことは余程に嬉しかったらしいの。
しかもお前はかの上級神さまの加護を生かしてさらなる功績を打ち立て、遂には『神界金星勲章』までも頂いて神に至ったのだからの。
ゼウサーナさまもさぞかし鼻が高かろうて」
「そうだったんですねえ……
ああ、そういえば、俺みたいに普通の動物出身の神って大勢いらっしゃるんですか?」
「うむ、あまり多くはないがそれなりにいるぞ。
そうだの、銀河の神のうち9割はわたしやシスティのような天使族出身だが、1割ほどは各種亜人や獣人種族の出身だの。
まあ、ヒト族出身の神はお前ひとりだけだが」
「ヒト族って、生来困難な生き物だったんですねえ……」