*** 222 捕虜の尋問(その2) ***
「それではあなたの名前と年齢、所属と階級を述べてください」
「ああ、名前はサリダス、年齢はたぶん42歳、所属は第28師団で、階級は師団長だ」
「神聖騎士団に所属する前は何をしていたのですか?」
「西の方で盗賊団を率いていた。
サリダス盗賊団といえば、構成員が500人を超えるちょっとしたもんだったぜ」
「それでどうして神聖騎士団に所属することになったのですか?」
「勧誘されたんだ。
盗賊団丸ごと神聖騎士団に入らないかってな。
騎士団も、いっぺんに500人以上も兵士を確保出来るんで都合が良かったんだろう」
「盗賊団の首領ともなれば相当に羽振りも良かったでしょうに、何故神聖騎士団の所属になったのですか?」
「そりゃあお前ぇ、『神聖騎士団に入るのと、3000人の軍に包囲されて皆殺しにされるのとどっちがいい?』って言われりゃあなぁ。
それに騎士団に入ぇった方が何かと都合が良かったからよ」
「どんな点で都合が良かったんですか?」
「まずは、部下に挑戦されて殺される心配ぇが無くなることだな」
「それはどういうことなのでしょうか?」
「あのな、盗賊団の首領ともなれば、その盗賊団で一番強くなきゃなんねぇのよ。
もし弱ければ、すぐに副首領だの部隊長だのに挑戦されて殺されちまうからな。
まあ俺もそうやって前の首領をぶち殺して首領になったんだが。
だが、騎士団ってぇところには、『上官反抗罪』ってぇもんがあんのよ。
どうやら団の規律を守るためってぇ理由で、上官を殺したり逆らったりしたら、憲兵隊に掴まって死刑になっちまうんだ。それも惨たらしい方法でな。
ってぇことで俺の命も安泰になったってぇわけだ。
それからもうひとつ都合が良かったのは、貴族軍や王族軍を気にしなくて良くなったことだな。
なんせ、俺たちのバックにはあの大聖国がいるんだからよ。
やってるこたぁ村やら街やらに踏み込んで、力を示して略奪をしてるわけだから盗賊団時代と変わんねぇが、後で貴族軍だのに襲われなくなるってぇのは最高だぜ。
やっぱでけぇ組織に属するってぇのはいいなぁ……」
「そうですか……
やはり盗賊団時代とやってることは違いませんか……」
「おうよ。まあ若けぇ奴らん中にゃあ、『システィフィーナさまのための任務である!』って張り切ってるやつもいるけどよ。
まあ、実際やってることにゃあなんの違げぇも無ぇなぁ……」
「違いは無いということは自覚していたのですね……」
「ところでよ、俺みたいな有能な師団長を、いつまでもこうやって拘束しておくのはムダなんじゃねぇか?
俺の師団は優秀だぜぇ。
見せしめのための街の焼き払いや強制徴税、奴隷の確保や売り飛ばしも、何でも出来る連中が揃ってるからな。
だから、お前ぇの国でも役に立つからよ。
早いとこ任官と任務を頼むわ。
略奪分の取り分は前は4割だったが、最初は3割でいいからよ」
「ふう。
ガイア国には税が無いってご存知ありませんか?」
「わははは、そんなことあるはずねぇだろうに!
もしそれがほんとだったら王や貴族はいったいどうやっていいメみるのよ」
「ガイア国には王も貴族もいないんですよ。
ついでに軍隊も無いんです」
「な、なんだと……
そ、そんなバカな……
だ、だってよ。あれほどデカくて強そうな兵たちがいたじゃねぇか!」
「彼らは普段は普通に暮らす国民です。
栗林の世話をしたり畑で作物を作ったり食堂で料理を作ったりしています。
リゾートホテルの管理人もいましたか」
「な、なんだと……」
「というわけでですね。
あなた方の得意とされる『技能と経験』は、ガイア国では全く必要とされていないものなのですよ。
ですからこのまま大人しく1人用収容所で死ぬまで暮らしてください」
「ば、ばかな……
そんなことで国が成り立つはずが無い……
もし成り立ってもすぐに攻め込まれて滅ぶだろうに……」
「ですけど、その国に圧倒されて一度も戦わないままに全面降伏したのはあなた方ですからねぇ」
「ぐ、ぐぅっ……」
「つまりまあ、あなたの常識ではガイア国と言う国は理解出来ないということなのでしょう。
そして、それは同時にあなたはガイア国には不要ということでもありますね」
「旧神聖国東部方面軍最高司令官閣下、初めまして、わたくしはアダムブラザーと申します。
閣下のヒアリングを担当させて頂くことになりました」
「ここはどこだ……」
「ここはガイア国内にある捕虜収容所です」
「兵は、部下たちはどこに行った?」
「同様に別の収容所に収容されています」
「そうか…… 我らは敗れたのだな……
まさかたった3000の兵力があれほど強大なものだったとはの。
ところでなぜわしは生きておるのだ。
公開処刑でもするつもりか?」
「いいえ、このままずっとこの収容所で暮らして頂く予定であります」
「将兵たちもか?」
「ええ、その罪によって待遇は異なりますが、基本的にはここと同じような収容所での暮らしになります」
「はは、なぜ将を殺さないのだ?
そしてなぜ兵を奴隷にしないのだ?
敗軍の将兵の末路など、死か奴隷しかあるまいに」
「それはあなた方の発想です。
ガイア国の考えとはまるで異なります」
「全員を生かしたまま奴隷にもしないというのか……
それにしても、食料や生活資材などの壮大なムダになろうに」
「ご安心ください。
我が国の代表代行のサトル神さまは、あなたがた35万人が今後寿命を迎えるまでに充分な食料や資材をすでに用意しています。
今回の戦争を始めたのは、その用意が整ったからなのですよ」
「その食料や資材は、実際には誰が用意したというのだ?
ガイア国の奴隷たちか?」
「いえ、ガイア国には奴隷はいません。
本当にいないんですよ。
そうですね。誰が働いてそれらの食料や資材を用意したかといえば……
現時点で9割はサトル神さまご自身が働いた結果ですね」
「なんだと……」
「ええ、サトル神さまは、最初にご自分で金を採掘されました。
それも大金貨500億枚に匹敵する量の金です。
その一部を他の世界に売って食料や資材を調達し、まずは400万人の人口を擁するガイア国を建国されました。
おかげでガイア国のスタートは順調で、現在ではその食料自給率は70%に近づいています。
今後5年以内に100%を超えるでしょう。
そうしてさらに同額以上の金を採掘されて、捕虜やヒト族の移民も受け入れる体制が整ったために、この大陸の統一に乗り出されたのです」
「亜人、獣人400万人に加えて、この大陸のヒト族2000万人を養って行けるに足る資金を、すべてひとりで稼いだというのか……」
「はい」
「はは、まるで神のような力だの」
「はい、実際に神におなりあそばしました。
ところで閣下。
ぜひお聞かせ願いたいのですが、閣下も建国をご計画為されていらっしゃいましたが、その建国の理念をお聞かせください」
「理念だと?」
「ええ、なぜ国を作ろうと為されたのか。
そうしてどのような国にされるおつもりだったかという理念でございます」
「そんなもの……
俺は俺の下に35万もの将兵を集めることに成功した。
さすれば俺を頂点とする国を作るのは簡単であろうに」
「将兵を大勢集められたことで国を作るのが容易になったから、国を作ろうと思われたのですか?」
「他に何が有る?」
「ふう。
それではその国はどのような国にされるおつもりだったのでしょうか」
「俺という王がいて、それを守る軍がいる。
国と言うのはそういうものだろうに」
「単に周囲の国と同じ国を作ろうと思われただけなのですか?
なにかその国に特別な思い入れは無かったのですか?」
「ああ、ひとつだけあったな。
歴史に残る大きな国を作りたかった。
そうだな、まずは大陸西部を統一して大帝国を作り、次に中部大平原を制圧した後に大陸東部の国家を全て滅ぼし、最終的にこの大陸にひとつの巨大国家を作りたかったぞ」
「なぜそのような大きな国を作りたかったのですか?」
「なぜだと?
いいか、男と生まれ、それも力有る男として生まれたら、まずは軍や盗賊団に入って頭角を現そうとするだろう。
そうしてその中で充分に地位を上げられたら、その後は国の建国を目指すのだ。
そして首尾よく国を建国出来たなら、その後はその国を大きくして行き、最終的には大陸の統一を目指すのであろうに。
それこそが力有る男として生まれた者の本能であろうが」
「あなたはそれが出来る力有る男だったというのですか……」
「そうだ。
俺は神聖騎士団担当枢機卿の38番目の庶子として生まれた。
兄弟姉妹の多くは神官を目指したが、俺は最初から神聖騎士団に加入したのだ。
そして、『上官反抗罪』とそれを取り締まる憲兵隊という制度を作り、さらにはそれを利用して各地の盗賊団を取り込んでいくことで、ほとんど費用も掛けずに神聖騎士団の人員を何倍にもしたのだ。
その功をもって東部方面軍最高司令官となったわけだ」
「そうしてあなたの次の野望は、大聖国大神殿に反旗を翻して自分の国を建国することだったのですね……」
「その通りだ。
大神殿が自滅してくれたおかげでその時期が早まったと喜んでおったのだがの。
大陸西部統一を目指す前に、その資金稼ぎのためにガイア国に侵攻しようとしたばっかりに……
こんなことなら、ガイア国を後回しにして先に西部統一を企図するべきであったわ」
「その過程で何万何百万もの人々が犠牲になってもですか?」
「そのようなことは俺の知ったことではない」
「ふう。もしもそうされていても、ガイア国軍に各個撃破されて滅んでいたと思われますけど」
「そうだったかもしらん。
ガイア国が出来たときに、我が野望は詰んでいたということなのであろうのう」
「ところであなたがもし大陸西部を統一した大帝国を打ち立てられていたとして、その国の理念はどうされるおつもりだったのですか?」
「理念だと?
そのようなものは我が野望には必要無い」
「ということは、大帝国が出来てしまえば、その国はどのような国でも構わないということなのですね」
「まあそういうことだ。
だがそうだな、貴族という存在は害しか齎さんので、各地を統括する代官を置く形の帝国の形態にするつもりではあった」
「あなたの死後は?
継承争いや内乱を防ぐための工夫は?」
「莫迦げた懸念であるな。
俺が死んだ後のことなど俺が心配する必要がどこにある」
「ということは……
あなたには、自身が帝王になること以外には何のビジョンも無かったのですねえ……
いやヒト族の支配層の発想がよくわかりました。
ありがとうございます」