*** 22 俺が内蔵ぶちまけているの見て、胃の中身ぶちまけて気絶しちゃったローゼさま…… ***
翌日。
ローゼさまは俺の訓練を視察することになった。
まあ、俺はローゼさまを気にせず、普段通りの訓練をすればいいだけのことだからお気楽だが。
まずは10キロを10分ほどで走るジョギングで体を暖めると、100メートルダッシュ100本だ。100本と言っても、1本2秒ほどだからすぐに終わる。
それから1200キロのバーベルを使ってベンチプレスを8本。
その他筋トレも20種類ほど。
ローゼさまは、「ヒト族がこれほどまでの能力を持つようになっているとは……」とか言って目を丸くしてたぞ。
そうして、ストレッチが終わると、俺とベギラルムはいつものように対峙したんだ。
「今日こそはお前の【闇魔法:物理衝撃波(極大)】に耐えてみたいもんだな!」
「はい……」
「さあ、いつでもいいぞ!」
「そ、それでは御免仕りますっ!」
直径5メートルもある巨大な暗黒球が出現した。
その中心にはカミナリのような光が激しく渦を巻いているのも見える。
ベギラルムの号泣しながらの気合いとともに、それは俺に襲いかかって来た。
そうして、いつものように物理衝撃波が触れた途端に俺のHPはゼロになり、残りのエネルギーで俺の体は爆撒したんだ。
そう…… 血肉を撒き散らして内臓もぶちまけて……
10秒後に俺が『システィの加護』で復活し、その後1分ほどかけて気絶からも回復すると、ローゼさまが倒れていた。
そうして、システィや光の大精霊が必死で『治癒魔法』をかけていてあげてたんだ。
あー…… ローゼさま……
俺が内蔵ぶちまけているの見て、胃の中身ぶちまけちゃって気絶してるよ……
上級天使も吐いたりするんだな……
あーあ、さっき食べたケーキが爆撒しとるわ……
あれ? 白いトーガと地面が濡れてる……
水の大精霊がクリーンの魔法をかけてる……
あ! ローゼさま! お、おもらしまでしちゃったんか!
そのときシスティが俺を見て、天使力で話しかけて来たんだ。
『み、見なかったことにしてあげてっ!』
俺は何事もなかったかのように、何も見なかったかのように、そのままいつも通りに20回ほど爆撒死した。
ようやく体を起こしたローゼさまが、呆けたように俺をぼんやり見てるのが途中で目に入ったけど。
その後、俺は300回ばかりベギラルムを魔法攻撃して、魔力枯渇で50回気絶した。最後にシスティにマナを大量に補給してもらって復活すると、俺はいつものベッドではなく応接間のソファに座っていたんだ。
「あ、あの…… サトルさん、ご気分はいかかですか?」
ローゼさまに聞かれたんで、俺は微笑みながら答えた。
「はい。いつものことですのでもう慣れました。
ローゼさまこそご気分は大丈夫ですか?
先ほどは、お見苦しいモノをお見せして本当にすみませんでした」
「わ、わたくしこそ、し、醜態をお見せしてすみませんでした……
も、もう大丈夫ですが……
あの…… サトルさんは、い、いつもあのような訓練をされているのですか?」
「ええ、あの訓練を始めてそろそろ10カ月ぐらいになりますか……
ですから5000回ぐらい死んでることになりますかね。はは……」
「ご、5000回……
あ、あのあの…… どうしてサトルさんは、あそこまで恐ろしい訓練を続けられていらっしゃるのでしょうか……」
(なんかローゼさま、俺に対する言葉遣いが丁寧になってるぞ……)
「チート技を見つけてしまったからなんです」
「チート技?」
「ええ、一撃で即死するほどの強烈な攻撃を受けて死ぬと、そのときに『防御』や『HP』が飛躍的にレベルアップするようなんです。
それも格上の相手からの強大な攻撃であればあるほど。
不思議ですよね。本来は死んだら意味が無いのに。
やっぱり、これ『システム・バグ』ですかね?」
「さ、さあ、わたくしはまだ死んだことがありませんし、神界でもそのような現象は確認されていないと思いますが……」
「やっぱり確認されてませんでしたか……
でもまあ、偶然のことだったんですけど気づけてよかったですよ。
なにしろシスティの加護のおかげで、この天使域内ではわたしは死んでも10秒で復活出来ますから」
「で、でも、どうしてあそこまで恐ろしい訓練を……」
「HPのレベルを上げると、総合レベルも上がりますよね。
そうすると、どうもMPも上がりやすくなるようなんです。
いや失礼、本来は『天使力ポイント』ですからAPなんでしょうけど、こっちの方がなじみがあるんでこの世界ではMPって呼んでるんです。
それで、この強靭なベギラルムを天使力で攻撃させてもらって、『攻撃力』と『総合天使力』を上げさせてもらってます。
この天使力も、体内のマナを使い切って気絶するとよく上がるんですよ。
だからこれも毎日50回ぐらい気絶するまでやってます。
そうですね。もう合計で1万5000回ぐらい気絶してますかね。はは。
これも知られていない現象なんですか?」
「その現象については多少は知られていますけど……
でも誰もそんなことはしていないでしょう」
「なんで誰もしないんですかね?」
「そもそもわたくしたち天使には十分な天使力が備わっていますし、使徒でもそこまで強い天使力を行使するようなことは滅多にありません。
もし必要な場合は『世界管理用ポイント』を使って使徒に天使並みの天使力を授けるんですけど……
サトルさんは、どうしてシスティフィーナさんにお願いして天使力を授けてもらわなかったんですか?」
あー、システィが恥ずかしそうに俯いちゃったよ。
「出来なかったんですよ」
「なぜですか?」
「システィはこの世界を救おうとして、すでにあらゆる努力を注ぎ込んでいました。そのために、もう『世界管理用ポイント』が残り少なくなっていたからです」
「だからあなたが努力によって、その天使力を上げようとしていたということなのですか……」
「はい」
「それにしても、いくらなんでもあそこまでの努力をしなくても……」
「それは塞がっているマナ通路を直すためです。
我々は今、新たな天使力行使の方法を研究開発しています。
まあ我々は『魔法』って呼んでますが。
その魔法の開発の目途は立ちました。
後は私が強大な『魔法』を使うのに十分な天使力を持つことが必要だったからです」
「でっ、でも……
それでも、天使力ならいざ知らず、なんであそこまでしてHPや防御力、攻撃力まで上げなければならないんでしょうか……」
「はは、誰も殺さないためですよ」
「誰も殺さない……」
「ええ、数10万人規模のヒト族軍を誰も殺さずに制圧するには、彼らを遥かに凌駕する力が必要だと考えたからです。
それに彼らを殺したりしたら、この世界の罪業ポイントがその分増えて、試練の達成がその分遠のいちゃいますからね。
この世界の罪業ポイントは既に52億もあって、試練クリアのためにはもうそんなに余裕が無い状態ですから。
それに、システィの使徒である私としても、殺人は行いたくありませんでした」
「だ、誰も殺さずにですか……
誰も殺さないために、自分は5000回も死んでるんですか……
そ、それで、サトルさんの総合レベルは今いくつになっているのでしょうか……」
「先月ちょうどLv100になりましたけど…… まだまだですよねぇ」
「ひ、100…… そ、それって、あらゆる地上界の歴史を通じても、ヒト族では圧倒的に最強なのでは…… た、確か今までの最強は72だったはず……」
「でもまだまだ強い生き物はたくさんいますよね。
ドラゴンとかフェンリルとか」
「か、彼らを殺さずに制するためにも、圧倒的な力が必要だというのですね……」
「ええ、そう考えました」
ローゼさまは、呆然とした顔でいやいやをするように頭を振っていたよ……
その日の夕食は焼肉パーティーの予定だったんだがなあ。
ユッケとかタルタルステーキとかの生肉系やモツもたくさん用意してあったんだけど……
ローゼさまに配慮して急遽変更になったんだ。
どんな料理か聞いてローゼさまが涙目になってたから……
「そ、それって、わたくしに対する復讐やイジメじゃないですよね」って縋るような目で言われたから……
1週間ほど経って、ようやくローゼさまも平常運転に戻れたようだ。
相変わらずぱくぱくデザート食べてるし、ときおり精霊たちと一緒になってケーキ囲んで、背中の翼をぱたぱた動かしてたけど……
そういえば、初めてあんぱんを食べたときには、翼がぶわって広がってスゴかったな。
アレいつもは畳んでるんだなあ。
広げると差し渡し2メートル近くあるんだもん。
アンパンを食べてる間中、ばっさんばっさん動いてたぞ……
体も少し浮いてたし……
俺が見てるのに気づいた途端、慌てて畳んでソファに降りてたけどさ。
ああ、それからローゼさまはラノベにもハマってたよ。
毎日何時間もPCに向かってたし。
でも……
ラノベ読みながら、翼が垂れ下がってたり、ぷるぷるしてたり、広がったり縮んだり、ぱたぱたしたり、ばっさんばっさん動いてたりするんだよ。
天使って面白いよな。
それから俺たちはローゼさまのヒアリングを受けたりもした。
俺が詳しく聞かれたのは、やはり、「どうしてあれが自然ではなく瑕疵だったのかに気づいたか」、「何故その瑕疵が放置されていたのは怠慢によるものでは無く、隠蔽だと考えたか」、それから「なぜそう思った時点で神界に対して設備の改修を申請しなかったのか」などという点だったかな。
そうして十分な調査が終わると、ローゼマリーナさまは、報告の為に神界に戻ることになったんだ。