*** 209 ガイアTV報道番組 ***
「な、ななな、なんだと……」
「さ、サロモン商会はガイア国の手先だったということなのか!」
「そ、それにしても、それだけの岩塩や金鉱石を盗掘されたというのに……
全て掘り尽くされるまで現場は気づかなかったというのか!」
「す、すぐにサロモン商会の全ての支店を占拠せよっ!
岩塩だけでも取り返すのだっ!」
(なあアダム、今までサロモンの支店に攻めて来た神聖騎士団は何人ぐらいいたんだ?)
(およそ1200カ所で4万人ほどになりますが、すべて捕獲は終了致しております)
(これからもっと増えそうだけど大丈夫か?)
(全ての支店には、わたくしのブラザーを6000人配備してありますし、特に大きな街では神界防衛軍部隊も常時監視してくれています。
何の問題もございません)
(さすがだな)
(お褒めに与り恐縮でございます……)
どうやら大聖国の枢機卿たちは、事態の重要性に鑑み、1週間ごとに連絡会議を開催することにしたようだ。
「サロモン商会の支店の接取は何件終わったのだ?」
「そ、それが1件も……」
「なんだと!
全ての支店に神聖騎士団を向かわせるよう命じておったはずだ!」
「そ、それが……
派遣した神聖騎士たちがひとりも帰って来ないのです……」
「な、なんと……」
「すでに2000カ所の支店に、合計5万もの神聖騎士を向かわせたのですが…… 全員行方不明になっておりまして……」
「なんということだ……」
「こ、これは我が大聖国に対する明白な戦争行為ですぞ!」
(最初に戦争行為を仕掛けたのは我が国だがな……)
筆頭枢機卿だけがそう呟いた。
だが、そのことに気づいている者はほとんどいないようだ。
「た、たたた、大変でございますっ!」
「今度はなんだというのだ……」
「まだ大変なことがあるというのか……」
「我が大聖国内の教会支部にあるシスティフィーナさまの石像が……」
「石像がどうかしたのか」
「す、すべて醜いオーク族の像にすり替えられておりますっ!」
「な、なんだと……」
「大神殿は…… 中央大神殿の像は無事かっ!」
枢機卿猊下一行は駈け出した。
そうして中央大神殿の祈りの間に着いた一行が見たものは……
本来そこにあったはずのシスティフィーナさまの高さ8メートルに達する巨大神像は、その姿がオーク族のものになっていたのである。
それもぶくぶくに太った実に醜い姿である。
サトルが地球から大量のラノベを取り寄せ、その中でもR18指定『くっころ』系の本の中から、最高に醜いオーク族の挿絵を模して、精魂込めて造り上げたモノだったのだ……
その姿は毒々しい黒っぽい緑色をしている。
そうして腹は風船のように膨らみ、前を向いた鼻は顔面の3分の1を覆い、目は狂気に赤く染まっていた。
さらにその下半身には、見るも憚られる巨大なモノが、堂々と屹立しているではないか。
ああ、口から垂れた涎まで忠実に表現されているぞ……
サトルがシスティを宥めるのに、実に3時間もかかった会心の作であった……
「な、なんだこれは……」
「なにをどうしたらこのようなことが起こりうるのだ……」
「す、全ての教会のシスティフィーナさまの石像が、このような姿に……」
「わ、我が大聖国の教会の像だけではないのか?」
「報告が来ているのが我が国だけであって、周辺各国でも同様の事態が起きていると思われます……」
「な、なんということだ……」
「ええい! 全ての教会を封鎖せよ!
信者たちにこのような象を見せてはならんっ!!!」
「た、大変でございますっ!」
「まだ何か起こったのか……」
「何事か!」
「ち、中央大神殿前広場に、巨大なガラスの板が出現致しました!」
そのとき祈りの間がまた眩い光に包まれた。
そうして、今回光が収まった後に残されていたモノは……
「な、なんだこれは……」
「が、ガラスの板ではないか……」
「それもこのように巨大なもの……」
そのとき、突然そのガラスの板に映像が映ったかと思うと、音声も流れ始めたのである。
「ちゃんちゃかちゃんちゃかちゃんちゃんちゃ~ん♪
みなさま、これより30分ほど後からガイア大陸ニュースをお送りさせて頂きます。
みなさまお誘い合わせの上、このスクリーンをご覧くださいませ♪
尚、このスクリーンはガイア大陸西部の全ての国の王都、街、村のすべて、計5万カ所に設置されております」
そのガラスの板は数分おきにメッセージを繰り返していた。
メッセージの間に流されているのは、ガイア国の大人気ユニットによる歌と踊りである。
そんなものは誰も見たことが無かったので、スクリーンの前の観衆は続々と増え続けていた。
枢機卿たちはあまりのことにその場に立ち尽くしている。
30分後、ニュース番組が始まった。
美しい少女アナウンサーが登場してニュースを読み上げる。
「視聴者のみなさま、これよりガイア大陸放送をお送りさせて頂きます。
まず最初のニュースですが、昨夜大陸西部の大聖国神殿や教会6000カ所に於きまして、システィフィーナさまの神像がすべてオーク族の姿に変身致しました。
まずは映像をご覧ください」
画面には各地の教会の内部が次々に映し出された。
どの教会の像も、皆醜いオークの姿に成り変わっている。
そうして……
あろうことか、大聖国首都の大神殿の祈りの間の巨大オーク像まで映し出されたのだ。
御丁寧にも、仰け反った13人の枢機卿猊下たちの後ろ姿まで映っているではないか。
何人かの枢機卿が慌てて後ろを振り返っている。
「ご覧のように大聖国のシスティフィーナさまの像が、全てオークの姿になってしまったのです。
解説のベギラルムさん。
これはどうしたことなのでしょうか?」
「そうですな。
これはシスティフィーナさまによる、大聖国教会への『神罰』と思われます」
「『神罰』ですか……」
「ええ、大聖国教会は、システィフィーナさまの教えを広めると言いつつも、長年に渡って偽りの教えを民衆に吹き込むという罪悪を重ねて来ました。
特に酷かった点は3つあります。
1つ目の罪悪は、亜人・獣人の排斥です。
亜人も獣人もヒト族も、すべて等しくシスティフィーナさまが創造してくださった存在なのですが、大聖国では教会がヒト族至上主義を唱えて亜人と獣人を排斥し、殺戮するようになってしまったのです」
「おなじシスティフィーナさまが作って下さった存在なのに、なぜ教会のヒト族はそのようなことを言い出したのでしょうか?」
「それはですな。
今から800年前、第4代の教皇が、オーク族の娘を襲って手籠めにしようとしたことが発端だったのです。
ですがその娘が反撃し、教皇の顔面は中央部が陥没骨折してしまったのですよ」
画面では、オーク族の美しい娘が渾身の右ストレートを教皇の顔面に叩き込む姿が映し出された。
腰の入った実に見事なフォームである。
「こうして教皇は、顔面の中央が窪んだ実に醜い顔になってしまったのです。
まあ自業自得ですが」
画面には当時の教皇猊下の顔が映し出された。
鼻はまっ平らになって前を向き、顔面の中央だけが深く窪んだ最高に珍妙な顔である。
「この教皇は、その後亜人・獣人排斥政策を打ち出しました。
つまり、大聖国教会の亜人・獣人差別は、システィフィーナさまの教えではなく、単にフラレ男の逆恨みから始まったのです」
大神殿の祈りの間は驚愕の沈黙に満ちていたが、大神殿前広場やその他大陸西部全域に設置されたスクリーンの魔道具の前では、大観衆から失笑が漏れていた……
「2つ目の罪悪は、教会による岩塩の独占です。
言うまでも無く、塩はすべての命にとって必要不可欠なものです。
それ故にシスティフィーナさまが我らのためにご用意くださったものなのです。
ですが大聖国の教会はその塩を独占致しました。
『この塩はシスティフィーナさまからの賜り物なのだから、システィフィーナさまを讃える我が教会が管理するのが当然である』と称して。
そうして、1キロ当たり大銀貨1枚(≒1万円)という法外な高値で売り捌き、その利益を聖職者たちの贅沢な暮らしに供したのです」
「酷いお話ですねぇ」
「はい。
システィフィーナさまの権威を利用して、システィフィーナさまのお考えに真っ向から背くことをしていたのですからね。
それでとうとうシスティフィーナさまは、信仰心篤いサロモン商会に、この大陸で岩塩を安く売り出されるようお命じになられました」
「それでサロモン商会は、1キロ銀貨3枚などという安値で塩を売り出したのですね」
「はい、全てはシスティフィーナさまの慈悲の御心によるものです。
ですが視聴者のみなさま、今はあまり大量の塩をお買い求めにならないようにお勧めさせて頂きます。
ああいや、システィフィーナさまがご用意くださった岩塩は、全部で600億トンもございますので量は充分です」
(そ、それ全部我が国の岩塩鉱山から出たものだろうに……)
枢機卿たちの声にならない声は、誰にも届いていない。
「今までは支店を開設する費用もあって、サロモン商会は塩1キロを大銅貨3枚(≒3000円)で売って来ました。
ですが、3カ月後からは、サロモン商会は塩1キロを銅貨1枚(≒100円)での販売に切り替えます。
これは実質的に支店を維持するコストと塩を移送するコストだけで、商会の儲けは一切ございません。
ですから、今は3カ月分だけ塩を買って、残りは3カ月後に買いましょう」
大陸西部全域5万カ所のスクリーンの前では、大歓声が沸き起こった。
だが僅かな人々は項垂れている。
多分、サロモン商会の在庫が無くなった後に高く転売して儲けようと、大量の塩を買って溜めこんでいたのだろう。