*** 204 『納品書』と『請求書』 ***
その日の夕刻、またもや支店前の広場にハデな馬車が止まった。
「お、おい、サロモン商会っ!
あ、ありがたく思え!
ギルイラ商会がお前たちの岩塩をすべて買ってやる!」
「はて、すべてでございますか。
そのような数量未確定のご注文はお受け致しかねますが」
「な、なんだとっ!」
「そうですね。それではまずは100トンで如何でしょうか」
「ひ、100トン……
ええい、か、構わんっ! 100トン買ってやるっ!」
「お取引誠にありがとうございます。
それでは代金は銀貨30万枚(≒3億円)になります」
「半年後に払ってやるから早く岩塩100トンを用意しろっ!」
「あいにくと我がサロモン商会ではツケ払いでの取引を行っておりません。
現金でのお支払いをお願い致します」
「なっ!
こ、このような高額取引では半年後の支払いは当然であろう!
まったく辺境の商会は商売の常識も知らんのかっ!」
「いえいえ、単に第2種免許しか持たない零細商会の方では、信用が全く足りないということでございますよ。
それこそ商売の常識でしょうに……」
「な、なんだとぉっ!」
「さあさあ、零細業者は零細業者らしく、一般の方と同様に現金でお買い求めになられたらいかがですか?」
「ぐっ、ぎぎぎぎぎぎぎ…… こ、後悔するなよっ!」
「あなた捨てゼリフがおんなじですよ。
もう少し工夫しないと知性が疑われますな……
もうすでに充分疑ってはいますけど」
1時間後。
「はあはあ、こ、ここに大金貨300枚(≒3億円)ある!
は、早くワシの店に岩塩100トンを届けろっ!」
「お届けの場合は岩塩1キロにつき銀貨7枚になりますので、これでは足りません。
大金貨700枚を持ってまたお越しください」
「な、ななな、なんだと!
そ、それでは大聖国の卸値と同じではないかっ!」
「はい」
「そ、そんな莫迦な……」
「従業員や臨時雇いを総動員して運ばれた方がお得だと思いますが……」
「ま、待っていろっ!」
それから、1日かけてギルイラ商会は店の倉庫に岩塩100トンを運び込んで行ったのだが……
「ざ、ザムワール中級司祭さまっ!」
「またお前かギルイラ……」
「そ、それが……
サロモン商会から、大金貨を300枚も払って岩塩100トンを手に入れたのですが、奴らめはまだ塩の安売りを続けておるのですぞ!」
「お前は真に阿呆よな。
奴らの在庫量も調べずに買い占めを図ったのか?」
「うっ……」
「早く調べろ。
場合によってはワシが資金提供してやってもよいぞ」
「おおっ! それでは早速!」
2日後……
「ざ、ザムワールさま……」
「またお前か…… 今度はなんだ?」
「港の管理官にカネを掴ませて調べたのですが、サロモン商会の船はここ3カ月ほど1隻も入港しておりません」
「ということは陸路で運んだか……
支店内の倉庫は調べたのか?」
「そ、それが……
カネを渡して夜中に倉庫に忍び込ませたならず者たちが、ひとりも帰って来ないのです」
「カネだけ持ち逃げされたか。この阿呆め」
「そ、それで昨夜は従業員に言い含めて倉庫に侵入させたのですが、こやつらも1人も帰って来ないのです……」
「サロモン商会はなんと言っている」
「『そのような方々はお見えにならなかった』と……」
「ふーむ、街の衛兵に通報しようにも元々不法侵入であるからの……」
「ど、どうすればよろしいのでしょうか……
奴らめは、今日も大量の岩塩を安売りしておるのです。
塩ギルドに借金までして100トンも買ったのに……
こ、このままでは我が商会は破産してしまいますですぅ」
「仕方あるまい。わしも参加するか……」
翌日。
「お、おいサロモン商会!
こちらはザムワール中級司祭閣下からの書状である!
この支店に置いてある岩塩をすべて教会に運び込めっ!
代金は半年後の支払いだ!
お前たちも、よもや中級司祭閣下の信用に文句は付けられまい!
ははは、ざまをみろ!」
(おっ、ひっ掛ったか!
それじゃあアダム、打ち合わせ通りに……)
(畏まりました)
「『支店にある全ての岩塩』でございますか……
それも支払いは半年後で。
数量の上限指定はございますか?」
「いいから全部よこせっ!」
「とはいいましても、ご覧の通り皆さまが大勢並んでいらっしゃいます。
本日の営業を終了した後に、支店在庫の全てを教会に運び込むということでよろしゅうございますか?」
「なんだと! キサマ中級司祭閣下のご命令が聞けないのか!
今すぐ全部だ!」
「おいおい、二流商会会頭のザイランさんよ。
あんたここに並んでる俺たち全員を敵に回すつもりかい?」
「俺もう30分も並んでるんだけどな。
それであんたに割り込まれて塩が無くなっちまったら、俺アタマに来て、なにしでかすかわかんねぇぞ」
「そうそう。今晩ザイラン商会で火事が起きるかもしれないよなぁ」
「ううっ……
わ、わしの温情で特別に許してやる!
よ、よいか! 店じまいした後は全ての在庫を教会に運ぶのだぞ!
もちろん頑丈な箱に詰めてだ!」
「それではご返品の有無はいかがでしょうか。
ご返品が無いのならば岩塩はキロ当たり銀貨3枚でございますが、返品の可能性が有る場合には銀貨10枚になります」
「そ、そんなもの返品無しに決まっておろうが!」
「それではただいま契約書をご用意いたしますので、中級司祭閣下のご職階名とサインを頂戴した上で、こちらにお持ち下さるようお願い致します」
「な、なんだと……」
「あなた様が本当に閣下の代理でお見えになられたかどうかはわかりませんからね。
それともやはり二流商会ではその辺りの確認もしたことが無いのですか?
だからいつまで経っても二流のままなのですよ」
「い、言わせておけば!
待ってろ! すぐに閣下のサインを頂いて来るっ!」
「使いっぱしりぐらいはちゃんとやってくださいね♪」
「ぐ、ぐぎぃぃぃぃぃ~っ!」
「なあなあサロモン商会さんよ。
というこたぁ塩の安売りは今日で終わりなのかい?」
「ご安心くださいませ。
中級司祭閣下からのお求めは、『本日支店に残った全ての岩塩』でございました。
明日の朝一番で本店より新たな岩塩が届きますので、明日からの販売もこのまま続けさせて頂きますよ」
「そいつぁよかった。みんな喜ぶぜ」
「これからもサロモン商会をどうぞ御贔屓に……」
翌朝、王城前広場に面した大聖国教会前。
この教会は、さすがにこのズワスデン王国に6カ所ある教会のうちの中央教会だけあって、一等地にそれなりの規模を誇っている。
敷地の広さは50メートル四方あり、その中央には縦横25メートル、高さ15メートルほどのそこそこ立派な建物が建っていた。
その周囲には芝生や遊歩道が有りベンチも並んでいるが、姿が見られるのは聖職者のみであって一般市民の姿は無い。
もちろんそんなところに座るとすぐにシスターがやって来て、法外なお布施を強要するからである。
ズワスデン王国塩ギルド支部長、ギルイラ商会の会頭イルジ・ギルイラは早朝から教会を訪れようとしていた。
当然のことながら、サロモン商会が契約通り全ての岩塩を届けたかどうかを確認するためである。
(ぐふふふふ、これでもはやサロモン商会の奴らめも塩を売ることは出来まい。
さっそく今日から通常通りのキロ当たり大銀貨1枚で商売を始めるとするか……
そうだ、我が国の地方都市の塩商店にもキロ当たり銀貨6枚で卸してやるとしよう。
中級司祭閣下の御威光があれば、連中も文句は言うまい。
まったくサロモンの奴らめ、いい気味だわい)
だが……
王城前広場に着いたギルイラの目に飛び込んで来たものは……
教会の敷地内に鎮座する巨大な箱であった。
それも元は教会の建物があったはずの場所に、縦横高さともに30メートルはあろうかという巨大な箱、いやもはや建物というべきモノが鎮座していたのである。
高さだけ見れば、向かいの王城よりも遥かに高い。
「こ、これは……」
その箱に近寄ってよく見れば、正面には直径5メートルはあろうかという巨大なガラスが嵌め込まれていた。
そうしてその中に見えたモノは、間違うことなき岩塩の粒だったのである。
その箱の前には、呆然とした司祭とシスターたちが座り込んでいた。
「ち、中級司祭閣下……
こ、これはいったいどうしたことでしょうか……」
「き、キサマ、ギルイラ!
お前だ! お前のせいでこんなことになったのだっ!」
「お、落ち着いてくださいませ閣下……
そ、それにしてもこの建物の中は…… まさか全部塩?」
「こっ、この書類を見よっ!
夜中に突然教会から放り出されたと思ったら、このような書類までわしの目の前に置いてあったのだ!」
「は、拝見致します……」
【納品書】
大聖国教会ズワスデン王国支部、ザムワール中級司祭閣下より御注文の『昨夜当支店にありました全ての岩塩』合計8万トン、確かにお届けさせて頂きました。
また、御指示通りに頑丈な箱に入れ、上部には蓋もした状態でございます。
宜しくご査収くださいませ。
サロモン商会ズワスデン王国王都支店
【御請求書】
お届けに上がりました岩塩8万トンの代金、大金貨240万枚(≒2兆4000億円)を、6カ月後までに現金でお支払いくださいませ。
尚、この納品書と御請求書、及び契約書の写しは、大聖国大神殿教皇庁の『筆頭枢機卿猊下』、『塩採掘・販売担当枢機卿猊下』、並びに『東部地区大聖国教会統括担当枢機卿猊下』の下にも本日お届けさせて頂いております。
サロモン商会ズワスデン王国王都支店