*** 20 マナ噴気孔を修理する方法…… ***
「ということでだ。
たぶん、いや間違いなく、大昔にはこの世界のマナ大噴気孔は、高山の山頂にあったはずなんだ。地球がそうだったように。
そうですよねエルダさま」
「そうだ。地球ではマナ噴出口は、すべて高山の山頂付近にある。
活火山の火口や死火山の火口に多く、ヒト族にはわからないように巧妙に隠蔽されているがな……」
「ありがとうございますエルダさま。
しかもかなりの場所に分散してあるので噴気は穏やかであることに加え、不可視なために地球のヒト族はマナの噴気に気づいていないんでしょうね。
それじゃあアダム。山岳地帯の調査結果を見せてくれるか」
「かしこまりました、サトルさま」
途端にその場に大きなスクリーンが現れた。
そこには100を超える大きな山の断面図が記されている。
そして……
それらすべての高山には、その山頂付近からほぼ垂直に巨大な縦穴が開いていたんだ。
「これが本来のマナ噴気孔だ。
なあ、アダム。その穴はどんな具合だったか?」
「はい。
まずは穴の出口部分は細かく分散されており、巧妙に隠蔽されておりました。
そうして頂上直下から始まる直径50メートル程の縦穴の内側は、すべて機械や高熱で掘ったかのように滑らかになっておりました。
縦穴は、途中で短く折れ曲がって踊り場を作っておりましたが、おそらく風化した内壁が剥離して落下したとしても、縦穴を傷めないための配慮と思われます。
そうして、縦穴は海抜より下5キロほどの部分では、南方向に斜め下に伸びる直径1キロ程の巨大なトンネルに繋がっておりました。
すべてはサトルさまのご推察の通りに……」
「やはりそうだったか……
それで現在の大噴気孔に潜って調査した結果は?」
「はい。サトルさまの予想通り、20キロほど潜ったところで探査装置が巨大なトンネルに行き当たりました。トンネルの直径はやはり1キロほどで、山脈下部のトンネルに酷似しております。内側表面はこれも磨いたように滑らかでした。
ただ、その大トンネルから山脈方向に1000キロほど行ったところでは、まるで巨人によって引きちぎられたかのようにトンネルが崩壊して塞がっておりましたのです」
「そのトンネルの方向は山脈に向かって伸びていたんだろ?」
「はい。大山脈下部のトンネルの方向と完全に一致しております」
俺は大きく息をついてソファの背もたれに背を預けた。
「ということでだ。
マナ通気トンネルは、もともと大山脈の山頂付近の噴気孔に繋がっていたんだ。
そうして、8000メートル級の山々の山頂付近から噴出したマナは、偏西風に乗ってすぐに世界に拡散していたんだろう。
地熱によって暖められていたから、上空への上昇も出来ただろうし。
それに、あの緯度なら高空にはジェットストリームも流れているだろうから、拡散はさらに効率的だったろうな」
「「「「「「…………」」」」」」
「現在の大噴気孔は、トンネルが塞がってしまった結果、マナの圧力が岩盤を破壊して作ったものだ。
おそらく遥かな過去には、あの場所で凄まじい大爆発があったに違いない……」
「使徒殿。
何故マナ流出用のトンネルが地中深くで塞がってしまっていたのでありましょうか?」
ベギラルムが真剣な顔で聞いて来た。
「それは、プレートテクトニクスだよ」
「プレートテクトニクス……」
「星の内部のマグマが熱対流を起こす際に、表面を覆う地殻を動かしてしまう現象のことだ。
俺の前世日本では地震の原因として知られているし、ベギラルムもハワイ島が年に2センチほどの速度で日本に近づいて来ているという話は聞いたことがあるだろう」
「はい……」
「これもアダムに調べてもらった結果、この世界最大のこの大陸も、南から北へ年に2センチほどの速度で動いている。
数千年から数10万年前は、もう少し速度が速かったようだがな。
太古の昔には、それがもともとあった小さな大陸とぶつかり、その圧力が大地を持ち上げて今の北部大山脈をつくったものと思われる。
まあ、地球でインド亜大陸が北上してユーラシア大陸と衝突し、ヒマラヤの大山脈を作ったのと同じようなものだろう」
「その大陸の移動が、地下深くのマナの通り道を引きちぎって塞いでいてしまったのですね……」
「それで間違いないだろう。
おかげでこの世界の中央大陸の中央部には、閉じ込められたマナの圧力で弱い部分の地盤が破壊され、マナの爆裂火口が出来てしまったんだ。
そうしてそのせいで、現在周囲には無人地帯が広がってしまっているんだよ」
突然エルダリーナさまが立ち上がって拍手を始めた。
「いや見事な推論だサトルよ! 素晴らしい!
お前は訓練内容を見る限り完全に脳筋かと思っていたが、頭脳派でもあったのだな!」
「お、お褒めに与り、き、恐縮です……」
「ところで、何故お前がそういう推論を思いつくに至ったか聞いてもよいかの?」
「は、はい。不自然な点がいくつもあったからです……」
「不自然……とな?」
「はい。まずはこの世界のヒト族の異様なまでの凶暴さです。
いくら平均E階梯1前後の人類といえども、あそこまで凶暴になるのは不自然だと思ってました。
そこにシスティが、『大噴気孔の近くのマナ濃度が高いところにいる獣は凶暴になっている』と言ったものですから」
「なるほど……」
「それに、アダムにこの世界の標高別のマナ濃度も調べてもらったんですが、明らかに地表付近の濃度が高すぎます。
大陸東部や西部でも、地表付近のマナ濃度は、標高5,000メートル付近のそれの50倍以上もありました。
おそらく地球ではその差は倍も無いんじゃないでしょうか」
「その通りだ。およそ1.3倍ほどだ」
「やっぱり……
ですからこの世界のヒト族の異様な凶暴性は、マナ噴気孔が地表にあるせいではないかと考えたわけです。
それからもうひとつ不自然だったのは、大噴気孔の穴の形です」
「穴の形……」
「はい。神が用意した試験場の設備にしては、あまりにも雑です。
あれではまるで火山の噴火爆発によって自然に出来た爆裂火口です。
それに、あんな形のままでは、風化によって剥れ落ちた岩石がトンネルそのものを痛めてしまうでしょう。
理想を言えば、山脈山頂部の穴の内側のように、表面はツルツルにしておくべきでしょうね。
それに……」
「それに?」
「やっぱりエントツの吹き出し口は、地面近いところじゃあなくって、高いところにあるべきですよねぇ」
そう言って微笑む俺を見て、エルダさまは大笑いした。
「わははははははー! 本当にお前をシスティに推薦して正解だったわ!
全ては、この世界を引き続き試練に使う際に、欠陥を見落とした神の責任だったというわけか!
それほどの酷い瑕疵を放置する『怠慢』を犯せば、酷い世界になるのも当然よの。
それで天才使徒よ。
お前はこれからどうするつもりかの?」
エルダさまが面白そうに微笑んでるよ。
「もちろん元通り、マナ噴き出し口は8000メートル級高山の山頂付近に戻します。
そうしてあの大噴気孔はなるべく早く塞ぐべきです。
そうすれば、大陸中央部はヒト族のような比較的弱い生き物でも住める地域になるでしょう。
それになにより、地表付近のマナ濃度が下がって、ヒト族の凶暴さが薄れるかもしれません」
「でっ、でもサトル…… か、神さまから与えられた初期世界を、そんなに改変してもいいのかしら……」
「実はこれもアダムに確認してもらったんだがな。
システィの試験内容の中に、『与えられた世界管理用ポイントを使用して、自然環境を大幅に改善してはならない』っていう項目はどこにも無いんだ。
『創造した知的生命体に過剰に介入してはならない』っていうルールはあるけどな」
「えっ……」
「だから俺たちがいくら自然環境を変えたとしても、それは俺たちの試験範囲の中なんだよ」
「そ、そうだったのね……
でっ、でも、そんな大工事、わたしたちに出来るの?」
「方法は3つある。
ひとつ目は、正攻法として、土の精霊たちに地中深くのトンネルの塞がっている部分を掘ったり、岩変形の魔法で元通り開通させてもらうものだ。
もちろん俺も手伝うがな」
「でっ、でも……」
「もちろん地下20キロみたいな恐ろしい場所では、俺も彼らも危険だ。
だから少しずつ深く潜って安全を確かめながらでなければならない。
たぶん高濃度のマナの無い山脈側から掘り進むんだろうが、酸素があるかどうかもわからないし、多分地熱で相当な高温状態になっているものと思われるんだ。
だから安全策を何重にも巡らせたうえで、高度な魔法技術も必要になると思う。
この工事には10年単位の時間がかかるだろう」
「任せてくれろ! 地面の中のことならオラたちが専門だ!」
ああ、土の大精霊がやる気になってるよ……
やっぱりこいつらいいヤツだよなあ……
俺は微笑みながらノームに言ったんだ。
「もうひとつの方法は、今の大噴気孔の中、地表から1000メートルほどのところから、横穴を掘ることだ。
そうしてその横穴を山脈の縦穴から延びているトンネルに繋げるんだよ」
「おお!」
「だが、これも大工事だぞ。
最低でも直径500メートルのトンネルを、数千キロも掘り進むんだからな」
「任せてくんろ!
最近オラたちも人数が増えたし、何年かかろうがやり遂げてみせるだ!」
「おいおい、子供たちに重労働させる気かよ。
児童労働は俺の前世では厳しく禁じられていたんだぞ」
「オラたちは精霊だす……
そして精霊は、システィフィーナさまのために働くために創って頂いた存在だど。
もしも働かない精霊なんかがいたら、その精霊は消滅しちまうだ。
だから子供たちも無理しない範囲で働いてくれるだよ」
ああ、他の大精霊たちも大きく頷いているよ。
こいつら本当に本当にいいやつだよな……
精霊たちと知り合えてほんとよかったよ……
俺はみんなの顔を見渡した。
「そしてもうひとつ方法がある。
それは、大噴気孔の中に転移魔法陣を配置して、マナをいったんシスティの天使域に増設する『マナルーム』に転移させて持ってくることだ。
そうして、そこから再度、大山脈の山頂付近に設置した魔法陣に転移させればいいだろう。
この場合、転移に必要なエネルギーは、マナそのものから得られるから問題は無いだろうが、問題なのはアダムの負担だ。
なにしろ膨大な量のマナを転移させ続けることになるんだから。
どう思う、アダム」
(サトルさま。確かにその作業は負担です。
たとえ噴出しているマナの50%を転移させ続けるだけでも、わたくしの処理能力の40%ほどを使用することになります)
「そうか…… いくらお前でもたいへんだよな……」
そこでアダムの声が突然明るいものに変わった。
(ですがお忘れですかサトルさま。
サトルさまはわたくしの伴侶であるイブを再起動してくださいました。
つまり、今のわたくしたちの処理能力は合わせて倍になっているのですよ。
イブのバックアップがあれば、40%や80%程度の負担はどうということはありません)
「だ、大丈夫なのか?」
(はい。
わたくしどもも、システィフィーナさまのために、そしてこの世界のために働くために創られた存在でございます。
どうか思い切り働かせてくださいませ……)
はは…… システィがぽろぽろ涙を零しているよ。
俺たちは本当にいい仲間を持って幸せだよな……
そのときまたエルダさまが立ち上がって言ったんだ。
「本当に見事なものよのう。
限られた条件の下での観察内容から、本質的な問題点を探り出し、しかも既に実行可能な解決策すら用意していたとは……
その上、お前のあの凄まじいまでの努力は、マナトンネルの修理という解決を目指したものでもあったのか……」
「は、はい。まあいくつかある目的のひとつでした」
「うむ。元わたしの世界の住人として、お前のことを誇りに思うぞ。
システィもさぞや惚れ直したことであろう」
システィが「ぼんっ!」と音をたてて真っ赤に炸裂した。
でも上目遣いに俺を見て微笑んでくれたよ。
えへへ。
「だが、サトルよ。解決策はもうひとつあるぞ」
エルダお姉さまが微笑んでいる。
「そ、その解決策は俺も考えました。ですがいささか危険では……」
「ふふ、上手く行くかはまだわからんが、やりようはあるものだ。
それはわたしに任せておけ。
お前たちだけを働かせずに、少しはわたしも動くとするか……
そうさな。2~3カ月ほど時間を貰おうかの。
それまではマナ噴気孔修理のための研究を続けるがよい……」