*** 192 大武闘大会第1試合 ***
翌日……
丸一晩かけて清掃が為された闘技場に、各国の貴顕が集合した。
というよりたぶん強制的に集められた。
あ、闘技場に入った途端に泣き出したご令嬢がいるな。
可哀想に、また昨日の第1王子のトラウマが蘇って来たのか……
それにしても、何故か皆昨日とは異なった服装をしている。
これも何故か、茶色の服を着ている奴は1人もいない。
さらに何故か、もともとこげ茶色の髪の毛の奴は、皆大きな帽子かカツラを被っていた。
そして全員が周囲の匂いを嗅ぎ、恐る恐る着席したようだ。
これだけの貴顕が揃って、みんなでくんかくんかしている姿はそれなりに笑えた。
「それでは皆さまお待たせいたしました!
これよりビクトワール大王国主催、大闘技大会を開催いたします!
第1試合はビクトワール大王国対ガイア国の試合であります!
それでは選手入場!」
まずは開催国ビクトワール大王国の選手団が入場した。
先頭はなんと女性兵士だった。
その後にはいずれも身長2メートル近い筋骨隆々の大男たちが続いている。
そのガイア国選手団は、何故か全員フード付きのコートを羽織って顔も見えない状態だった。
「それでは第1試合第1回戦を始めます!
ビクトワール大王国、先鋒ミランダ選手!
ガイア国、フェミーナ選手の試合でございますっ!」
(おいおいアダム、相手の選手も女性かよ)
(彼女は暗部最強の暗殺者のようですね。
どうやら『速度上昇』のスキル持ちで、速度特化の近接戦を得意としております)
(ふーん、『素早さ』のLvは?)
(Lv45でございます)
(まあ一応ヒト族最速っていうことか……
それでもフェミーナの『素早さ』はLv2000超えだからなあ。
安心して見ていられるわ)
試合場では選手同士の睨みあいが始まっていた。
「ふん。なんだいそのマントは。
そんなもんで武器を隠しても、ヒト族最速って言われるアタイには通用しないよ」
「おい、その臭い口を閉じろ。
お前一昨日の夜にんにく喰ったろ」
「なっ…… その生意気な口、切り刻んでやるよ!」
「それでは両者とも、勝負はどちらかが死ぬか降参するまでです!
準備はよろしいですか?
それでは始めっ!」
(おおーっ! ミランダとかいう奴もけっこう動くじゃないか。
これ一般人が見たら消えたようにも見えるぞ。
お、速度を生かして両手に持ったナイフで相手を切り刻む戦法か!
対するフェミーナはと……
あー、ほとんど動いてないか。
微かに揺れるように動きながらミリ単位のところで相手のナイフをかわしてるんか。
さすがにフェミーナだわ)
「はぁはぁはぁはぁ……
ふん、びびっちまって攻撃も出来ないのかい!」
「ヒト族最速がどれほどのものか見てみたかったんだが……
お前のナイフ、蝿が止まってたぞ」
「な、なんだとぉっ!」
(あ、フェミーナがここでナイフを取り出したか。
片手にナイフ、もう一方の手には……
なんだあれは? 三本の棒?
あ、あれ油性のサインペンだ! 3色もある!
あ、あいつまさか……)
(そのまさかのようでございますね……)
(あー、あんなことしてるんかよ。相手も可哀想に……)
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……
お、お前の攻撃はかするだけで全然効かないよっ!」
「ああ、そろそろ仕上げだ」
「「「「「 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~っ! 」」」」」
(あー、やっちまったぜ…… 男性の観客から大歓声だわ……
敵さんも可哀想に……
軽鎧の革も服も全部切り刻まれてまっぱになっとる……)
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!」
(ああー、さらに周りを駈け回って、体中にラク書きしとる……
フェミーナの動きが速過ぎて、観客には目視出来ないだろうな。
あ、おっぱいに顔書いた! 猫の顔だ!
乳首が猫の鼻になっとるっ!
ああっ! ヒゲも書いとるっ!
くぁ~っ! ハラにシワ書いた!
まるでババアの垂れ腹みたいだ!
ぬぅおおおお!
ケツにでっかい目ぇ描いた! まつ毛の長い可愛い目だ!
あー、片一方だけ目を閉じて…… ケツ目がウインクしとるわー。
ケツの形がアヒル口みたいに笑ってるように見えるわー)
(な、なんという恐ろしい攻撃でしょう……)
(うん、最高に嬉しい攻撃でもあるが)
(今のご発言は記録されておりますが……)
(消去を希望させて下さい……
さもないとエルダさまとローゼさまが、神ならぬお姿に……)
(畏まりました)
(特にローゼさまなんか、猫顔描いても猫には見えんだろうな……
描くならスイカがよさそうだな……)
(はい……)
(あー、可哀想に相手はもう戦意喪失してるわ。
ナイフ持った手で股間と胸隠してどうやって戦うんだ?
おーい、フェミーナ。
そろそろ終わらせるから、俺が合図したら変身しろよー)
(はい、サトルさま♡)
俺は『隠蔽(神級)』を纏ってマイクの魔道具を持った。
「レディース&ジェントルメン!
こちらはガイア国解説放送でございます!
観客の皆さまに、わたくしガイア国代表代行のサトルが、ガイア国選手のご紹介と解説をお送り申し上げます♪」
周囲が盛大にザワついた。
みんな発言元を探しているが、『隠蔽(神級)』を見破れる奴がいるはずもない。
「実はガイア国には元々ヒト族はおりません!
いるのはビクトワール大王国を中心にした捕虜だけです。
まあ最近は大陸西部で各ヒト族国家軍の捕虜が50万人、移民希望者が80万人ほど増えておりますが。
そうなんです。
実はこのフェミーナ選手もヒト族ではないんです!
それではフェミーナ選手の真の姿をお見せしましょうっ!」
途端にフェミーナの体が光った。
もちろん他の男どもにフェミーナの裸を見せないために、アダムに頼んだ特殊エフェクトだ。
そして、光が収まってそこに現れたのは……
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~ん!」
「みなさまごらんください!
体長5メートルを超える巨大狼!
そう、伝説の霊獣、フェンリル族の姿を!」
「「「「「 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ! 」」」」」
「「「「「 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ! 」」」」」
あー、もう観客席も大混乱だわ。
あ、フェミーナが口開けた。
いつ見てもすっげぇ牙だよなぁ。
それにフェンリル族って顎の可動範囲広いからな。
ほとんど180度開くし。
はは、口が80センチぐらいに開いてるよ。
なんかヒトの頭なんかひと齧りだなー
あー、対戦相手が泡吹いて倒れたわ……
なにも脚をおっ広げたまま倒れなくってもいいのになー。
「おーい、審判や。
相手は気絶してんぞー。
降参して無いからってまだ戦わせるんかー。
それじゃあフェンリルに喰い殺されちゃうぞー。
それともビクトワール王国から、ガイア国の選手が殺されるまで絶対に試合を止めるなって言われてんのかー」
「し、勝者ガイア国フェミーナ選手っ!」
あー、大観衆がしーんとしちゃってるわー。
それからしばらくの休息タイムがあったんだけどさ。
その間に兵士たちが必死で俺のこと探してるんだ。
まあ、見つかるワケないけどな。
「おーい、主催国ビクトワール大王国さんよー。
俺のこと捕まえようとして探してんのかー。
俺はここにいるぞー。
それにしてもまだ2回戦を始めないんかよ。
それ集まってくださった各国の来賓に失礼じゃないのかー」
あー、貴賓席の宰相が審判になんか言ってるわ。
「そ、それでは第2試合を始めます。
まずはビクトワール大王国、グランダ選手の入場です!」
ほほー、今度は重戦士か。
なかなかのガタイとツラ構えじゃないか。
装備は全身鎧に両手剣か。
はは、兜にツノつけてるよ。
たった30センチばかりの貧弱なツノだがな。
「対するはガイア国次峰、オーガ・キング選手です!」
オーガ・キングがフードを降ろしてコートも脱いだ。
はは、いつものレスラースタイルか。
相変わらずすんげぇ筋肉だわ。
「それではみなさーん。
今回は最初からガイア国選手の本来の姿をお見せしましょう♪
そ-なんです。
オーガ・キング選手はその名の通りオーガなんです♪」
オーガ・キングの体が光った。
そうしてそこに現れたのは……
もちろんいつもの黒光りするキングの巨体だ。
だがその体格はいつもより相当に大きい。
俺の魔法によって、身長5メートルほどに拡大してある。
ま、まあ、ビジュアルは大事だからな……
さてと、解説放送を続けてやるか……
「おおっとぉ! これも大きいっ!
オーガ・キング選手、その身長5メートル、体重2トンの巨体を露わにしたぁっ!
おー、凄まじい筋肉量だぁ!
腕なんか相手選手の胴体よりも遥かに太いぞぉ!」
はは、観客席の連中がこの時点で逃げ出し始めたか。
でも逃がしてなんかやらないよー。
もーとっくに出口は絶対フィールドで覆ってあるよん♪
オーガ・キングのツノは1メートルに近い。
そしてその手には、いつのまにか長さ3メートル近い金棒が握られている。
トゲトゲがいっぱいついた凶悪な金棒だ。
あー、相手の脚がぷるぷる震えてるよ。
それでも重心を下げて…… いや違うな。
あれは及び腰ってぇやつだな。
オーガ・キングが金棒をぶんぶん振り始めた。
最初は目に見えていた金棒が、余りの速さに徐々に見えなくなってくる。
そしてそのまま金棒を石の地面に叩きつけると、凄まじい音と共に深さ50センチほどの穴が開いた。
その穴からは放射状に無数のヒビも広がっている。
相手選手は……
可哀想に、涙とハナミズで顔がぐしゃぐしゃだわ。
お、でもどうやら覚悟を決めたか。
そうだよな、ここで降参しても後で死刑が待ってるからな。
それぐらいなら僅かな可能性に賭けてみるんだろう。
「き、きょぇぇぇぇぇぇぇ~っ!」
おー、キングに切り掛って行ったよ。
あ、キングが無造作に金棒を振り降ろした……
「ぐしゃっ」
ただの一撃で相手選手は無残にも叩き潰された。
金棒の下に、原型を留めていない金属の塊と血と肉が広がっている。
もちろん金棒が触れる瞬間に、鎧の中身はアダムが転移させてるけどな。
同時に豚の肉やら骨やら脳ミソやらを転移させて鎧の中に詰める高等技だ。
まあ誰も人肉かどうかなんて調べないだろうし。
はは、アダムの奴、ご丁寧に眼球までコロコロ転がしてるわ。
会場中が静寂に包まれていた。
余りの光景に誰も身動きも出来ないらしい。
「おーい、審判さんよぉー。
まだ試合続けさせるんかー。
そいつもう戦えないと思うんだけどなー。
それとも代わりにお前が戦うとでも言うんかー」
「しっ、勝者ガイア国オーガ・キングっ!」
はは、金棒振って血糊を落した後、キングがつまんなそうな顔して選手席に戻って行ったわ。
まあ、もっと闘いたかったんだろうけど、キミが満足できる相手はヒト族にはいないからね……