*** 190 大武闘大会前夜 ***
得意満面の第1王子がまた無茶を言い出した。
「そうそう、宰相よ。
大武闘大会への特別参加許可をあの蛮族共に出しておけ!
栄光ある我が国の主催する大会への参加許可であれば、奴らめも涙を流して喜ぶであろう!
そうしてその後で不敬罪の通知を突きつけてやるのだ!
わはははは。奴らの泣き顔が目に浮かぶわ!」
「はい。(ふむ。嫌がらせの知恵だけは一人前に回るか……)」
数日後。
大武闘会への特別参加招待状と、不敬罪による領事館の明け渡し要求書を携えた宰相閣下は、自ら領事館に赴いた。
ロココ調の応接間に案内された宰相は、領事に対してまずは招待状を手渡す。
「これはこれは……
ご招待まことにありがとうございます。
是非参加させて頂きたく思います」
「お待ちください……
それとは別にこのような書状もあるのです」
その書状を受け取った領事は複雑な表情を浮かべた。
その顔は、宰相の目には、してやったりという表情を必死で抑えながら神妙な顔を取り繕っているようにも見えたのである。
「確かに受け取らせて頂きました。
この件に関しましては、本国に相談させて頂いた後にご返答させて頂きます」
「承知致しました……」
翌日。
宰相の執務机の上にガイア国からの1通の書状が届いた。
その書状には、驚くべきことに領事館を明け渡して退去する旨書かれていたのである。
さらにはあのエレベーターを誰もが動かせるようにもしてあるとまで書いてあった。
(領事殿…… 本当にこれでよろしいのですかな……)
その知らせを受けた第1王子殿下は、大喜びで手勢を引き連れて領事館に向かった。
もちろん城内に残されているお宝を一切合財頂くのが目的である。
だが……
あの美しい装飾の施された部屋は、全ての彫刻や絵画が取り去られていた。
モールディングの金銀までもが無くなっていたのだ。
シャンデリアも廊下の鏡も彫刻も無く、すべて白い壁と天井のみになっている。
それでもビクトワール城の謁見の間よりも遥かに立派に見える部屋だったのだが……
第1王子は慌てて倉庫に向かったが、そこも空っぽだった。
酒も食料も厨房の薪すらも無くなっていた。
そういえば城門内にあった巨大なドラゴンとベヒーモスの石像すら無くなっているではないか。
「ええい! 奴らが財宝を持ち出さぬよう、街道を封鎖しておけとあれほど命じておいたのに、何をしておったのかぁっ!
あの巨大な石像すら持って帰られたと言うのかっ!」
「お、畏れながら殿下……
財宝はおろか、ここ数日誰ひとりとしてこの城を出た者はおりませぬ」
「な、なんだと! な、なにかの間違いだろう!」
「2000名の兵でこの城の周囲を取り囲んでおりました。
間違いございませぬ」
城に残されていた備品らしきものは、唯一最上階の展望室のガラスの窓だけだった。
第1王子はガラスを叩き割って破片を持ち出そうとしたが、王子の剣が折れただけだ。
その後、配下の兵士たちに斧で破壊させようとしたが、ガラスには傷すらつかなかったのである。
それから1カ月後……
「な、なんだと!
ガイア国の奴らが武闘大会に参加するためにやって来ただと!」
「如何致しましょうか」
「そ、そんなもの、当然追い返せ!」
「よろしいのでございますか?
彼らは我が国の招待を受け、参加を表明しておりました。
その後不参加通知は送られて来ておりません。
それを追い返したりしたら……
それではまるで、王子殿下が彼らを恐れて追い返したようだと噂が立つでしょう」
「ま、待てっ! 追い返すなっ!
よ、よし! 奴らのことは俺様に任せろ!
陛下に奏上して暗部を動かすことにする……
そ、それから奴らの1回戦の対戦相手は我が国にしろ!
大陸最強のメンバーが蛮族兵を皆殺しにする姿を、各国の王族に見せつけてやるのだ!」
「はぁ……」
(この王子の頭の中には、自分の都合のいいことしか思い浮かばないのだろうの……)
この国の武闘大会は、国ごとの対抗戦である。
各国5名のチームが対戦相手と1名ずつ5戦して、勝利数が多い方が勝ちとなる。
勝敗の決定は降参か相手が死亡したときのみである。
また、最初の3人がすべて敗北したとしても試合は終わらない。
あくまでも1人ずつ5組が対戦することになっている。
つまり最悪の場合、チームの5名が全員死亡することも有り得るのであった。
主催国ビクトワール大王国を含む参加12カ国の代表選手たちには、国ごとに専用の宿舎があてがわれていた。
かの旧領事館の城には数多くの部屋があるはずだが、何故か王都内に用意された宿舎である。
ガイア国からの参加選手5名の他、世話係2名がその宿舎に案内された。
すぐにその場にサトルが転移して来て、防音完備の絶対フィールドを張る。
「みんなご苦労さん。
アダム、なにか異常はあったかな?」
「はいサトルさま。
この宿舎には暗部の者が20名ほど潜んでおります。
また数多くの毒や薬品も用意されておりますね。
それから現在調理場で調理中の食事ですが、しびれ薬やひまし油に似た下剤などがふんだんに盛り込まれてもいるようでございます」
「暗部の者たちが持っている武器は?」
「やはりしびれ薬などを塗った矢や吹き矢ばかりですな」
「そうか、俺たちを弱らせておいて闘技場で衆目の下に殺す気か」
「どうやら新たに同盟に入った国や気に入らない国があると、こうした手を使っているようです。
全員、『いつもの通りに』という指示を受けていました」
「ったく、ヒト族って奴らはロクなもんじゃねぇなぁ。
まあ、落し前は俺がつけてやるから安心しろ。
それじゃあ、料理が配膳されたらその中の薬物も含めてこの屋敷の中の全ての薬物を転移させて保存しておいてくれ。
代わりに水でも入れておくのを忘れずにな。
それから暗部の者も1人ずつ行方不明になっていってもらおうか」
「畏まりました」
「そうそう、みんなこの国のマズそうな料理は喰わんでいいぞ。
喰うフリして転移させ、国から届けられるものだけ飲み食いしろ。
酒は武闘大会が終わってからだが、終わったら好きなだけ飲ませてやるからな」
控えめな歓声が上がった。
「それじゃあ俺は明日は観客席にいるからな。
みんなの大活躍を楽しみにしているぞ。
アダム、後は頼んだ」
「お任せくださいませサトルさま」
翌朝。
「おはようアダム。昨夜はどうだった?」
「おはようございますサトルさま。
暗部の人間は都合50名捕獲して隔離致しました」
「随分来たなおい!」
「ええ、隠し部屋や天井裏に入った人間が次々に行方不明になったせいか、慌てて大増員して来た模様です」
「薬物は?」
「それも御指示通りにすべて種類別に押収しております」
「そうか、よくやった。それで選手たちは?」
「皆元気いっぱいでございます。
朝からアドレナリンを出しまくってやる気満々でございますよ」
「はは、それは楽しみだな。
それじゃあ俺は貴賓席の隅で見てるわ」
「畏まりました。
ただ、いくら絶対フィールドがあるとはいえ、お気を付け下さいまし」
「ああ」
大武闘大会開始30分ほど前になると、参加10カ国の王族やら上級貴族やらが続々と闘技場に集まって来た。
まあ国王とその後継者や上級貴族は貴賓席で、その他貴族は全員一般席だ。
俺は密かに不可視の絶対フィールドで闘技場全体を覆った。
周囲では国王たちが小声で話し始めたんで、すべて風魔法で声を拾ったよ。
(それにしても凄まじい城ですな)
(ええ、こんなに大きな城は見たことも聞いたこともありませんな)
(これは本当にビクトワール王国が造ったものなのですかな?)
(第1王子殿下はそう言っていましたがね。
どうやら造ったのはあのガイア国らしいのですよ。
ガイア国が領事館として造ったものを、王城より高い建物を造った不敬罪ということで取り上げたそうですわ)
(あのガイア国がよく黙っていましたな)
(それが黙って明け渡した上に、この武闘大会にも参加しているそうですわ)
(なんと!)
(ということは、ガイア国の選手を試合で皆殺しにするつもりなのでしょうな)
(そう簡単にいきますかな?)
(なに、前夜から食事にしびれ薬や下剤を仕込み、また暗部の者に吹き矢でさらにしびれ薬を打ち込ませるのですよ)
(ううっ、我が国が初めてこの大会に参加したときも、それで選手たちが弱らされて皆殺されてしまったのですわ……)
(新参の国や気に入らない国があると、1回戦で必ずビクトワール大王国の選手と戦うハメになりますからな)
(やはり今回も第1試合はビクトワール大王国対ガイア国の試合ですか……)
(やれやれ、ガイア国の選手たちは皆殺しですか……)
(まあ、前回大会で最後まで残った強者は、強制的にビクトワール軍に勧誘されますからなぁ。
ビクトワール国チームが強いのも当たり前ですわ)
(たまには連中が負ける姿も見てみたいものですな)
(しっ、お声が大きいですぞ)
(こ、これは失礼……)
(おお、そろそろ始まりますか)
(開会の挨拶は第1王子殿下のようですな……
国王陛下は最近めっきりお元気が無くなったという噂は本当でしたか……)