*** 185 ヒト族への慈悲と俺の真意 ***
ヒトってやっぱり驚き過ぎると疲れるみたいだ。
ガイア国の経済力の源泉を見せてやったら、みんななんか蒼ざめちゃってたし。
それで『治癒』もかけてやったんだけど、やっぱり精神的な疲れって取れなかったんだ。
だからみんなにリフレッシュして貰おうと思って、次は『世界樹の森公園』に向かうことにしたんだよ。
あ、蜜蜂たちが集まって来た。
はは、周囲に整然と並んで飛んでダンスしてるわ。
あー、これ『歓喜』と『大歓迎』のダンスだな。
(ようこそお越しくださいましたサトル神さま……)
「お、この地の新大女王か。
ちょっと待ってくれ、今念話のスキルをパーティーチャットに切り替えるから。
さあみんな。
この蜜蜂王国の大女王様とお話が出来るぞ」
「な、なんと……」
(改めましてみなさま、ようこそ我が蜜蜂王国へ。
わたくしはサトル神さまの忠実な僕であり、この辺りの蜜蜂王国の統治を任されております大女王でございます)
「こ、これはこれはご丁寧にどうも。
わしはサロモン商会会頭のサロモン・ビリンゲスですじゃ」
「わたくしは、ビクトワール王国第8王子、イシス・ビクトワールと申します」
(しかと承りました。
これ皆の者、この方々はサトル神さまのお客さまです。
ヒト族だからといって、攻撃してはなりませぬよ)
はは、蜜蜂たちが『御意』のダンス踊り始めたぞ。
「なあ大女王、別にヒト族が来ても戦わなくってもいいぞ。
もしも万が一戦って貰いたいときには俺が頼むから、そのときだけにしてくれ」
(御意にございます……)
「そうそう、ところでここの蜜蜂たちはどのぐらいまで増えたんだい?」
(今は50万匹ほどですが、来年の春頃までには80万匹ほどになりましょう)
「おお、随分増えたなあ」
(すべてはサトル神さまのおかげ……
先日アダムブラザーさまのお力をお借りして、かつての森の大女王陛下に使いの者を出しましたが、大女王陛下も涙を流してお喜び下さったそうでございます)
「それはよかった。大女王は元気だったかい?」
(それはもう。
やはり世界樹の実の効果は素晴らしいものがありましょう)
「それじゃあまた届けさせるから、みんなにも喰わせてやってくれ」
(本当にありがとうございます……
それであの…… 是非申し上げておきたいことが……)
(なんだい?)
(我らの寿命はもともと極めて短いものでございました。
加えて、個の意識をあまり持っておりません。
その我らにとっての最大の喜びとは、生まれた子たちが飢えもせずに無事育ち、群れの蜜蜂の数が増えていくことだったのでございます。
その我らは、あなたさまより信じられぬほどの大繁栄を賜りました。
この上は、あなたさまのためなら喜んで命を捧げる蜜蜂軍50万が控えていることを、どうかご承知頂きたくお願い申し上げます……)
「いや、そんな賜るとか捧げるとか気にしないでくれ。
お前たちの繁栄の喜びは、俺の喜びでもあるんだ。
だから、もし俺に恩を返したいと思ったら、これからも幸せに繁栄してくれればそれでいい。
今日は出迎えありがとうな」
(も、もったいない御言葉を……
またお会いさせて頂ける機会を心よりお待ち申し上げております……)
「さ、サトル神さまは、蜜蜂をも従えていらっしゃったのですな」
「お、恐ろしい……
万が一あのように大きな蜂50万の大軍団に襲われたとしたら、10万の大軍でも蹴散らされるかもしれません……」
「いや、従えてるんじゃないぞ。
それに軍事力としても見ていないし。
彼らは植物の花の受粉という大事な仕事をしてくれてるんだ。
それが無いと実が育たないから。
その代わりに、果実や世界樹の実を食べて貰ってるんだ。
システィの倉庫にしまっておけば、果実も腐らないからな。
だから彼らも1年中いくらでも食べるものが手に入るようになって喜んでるんだよ。
な、お互いにいーい関係だろ」
「はあ…… なんともはや……
さすがとしか言いようがございませんなぁ」
「それじゃあ世界樹のところに行こうか。
世界樹とも話が出来るぞ」
「そ、それも『すきる』でございますかな?」
「そうだ。
動物や植物と念話の出来るスキルなんだ。
お、そろそろ世界樹が見えてきたぞ。
おーい、世界樹。元気にしてたかぁ」
(こ、これはこれはサトル神さま!
ご無沙汰しておりまして、申しわけもございませぬ!」
「わははは、お前動けないんだからご無沙汰してたのは俺の方だろうに!」
(ははは、そうでございましたな)
「こちらは俺の客人だ。
お前の姿を見せてやりたくって連れて来たんだよ」
(それはそれは……
それではお近づきの印にこちらをどうぞ)
そしたらさ。
世界樹の枝がうにょーって延びて来たんだわ。
先っぽに実を6つつけて……
こいつ動けないって言いながらけっこう器用だよな。
「ありがとうな。
それにしてもまたたくさん実をつけてるなぁ」
(あの『ご神威の水』さえあれば、いくらでも実をつけられますとも!)
「そうそう、お前の周りに50個ほど実を埋めてみたけど、子供たちは無事芽を出したかな?」
(おかげさまをもちまして、可愛らしい芽が出て来ております。
皆やはり『ご神威の水』のおかげで大分成長が早いようで、嬉しくて堪りませぬ)
「それはよかった……
でも、子供たちにあんまり無理させるなよ。
木の成長なんかゆっくりでいいんだからな」
(御意にございますです……)
「どうだいみんな、この世界樹森林公園。
果樹も花畑もたっぷりあるんだぜ」
「こ、公園ということは、サトル神さまがお造りになられたのでしょうか……」
「まあ土の精霊たちや植物の精霊たちと一緒にな。
敷地の直径が50キロもあるんで、さすがに1人では無理だったんだ」
「50キロ…… でございますか……
ここは国民たちにも開放されているのですかな?」
「今は学校や仕事の時間帯だからほとんど誰もいないんだけど。
でも早朝とか夕方にはかなり賑わっているんだぜ。
まあ、みんな以前は大森林の中で暮らしてたから、森が懐かしいんだろうな」
俺たちはまた出城のリビングに戻った。
軽食を取った後は、まったりと会話の時間だ。
と思ったんだが、サロモン会頭が超真剣な顔で話しかけて来たんだよ。
「サトル神さま。
今回はさまざまな偉業の数々を見学させて頂きまして、誠にありがとうございました。
まずは深く御礼申し上げます」
ああ、殿下も将軍も護衛さんたちも深々と頭下げてるよ。
「失礼ながら最初は半信半疑でございました。
あなたさまのことも、貴国の将来も……
ですが今や確信に変わっております。
あなたさまは必ずや、この大陸の支配層を廃して統一国家を打ち立てられることでございましょう。
この上はわたくしサロモン、万難を排して頂戴いたしました御指示通りに動きましょうぞ。
願わくば、この命の尽きる前に、平和な統一国家を見ることが出来ますように」
「ありがとう。頼んだぞ」
「も、もったいないお言葉……
ただ…… 誠にご無礼ながら、このサロモンめにひとつだけご質問をお許しいただけませんでしょうか……」
「なんでも聞いてくれ」
「は、はい……
サトル神さまは、この大平原に22種族400万人が実に幸せに暮らす国をお造りになられましたが、それは彼らをヒト族の魔の手から守ろうという思し召しでございましたな」
「そうだけど」
「それでは何故にヒト族にもお慈悲をおかけ下さるのでございましょうか。
ま、まあ、それも神の愛と言ってしまえばそれまでなのですが……
それでも孤児やスラムの人間をお助け下さるのみならず、たいへんなご努力によってヒト族の国々まで平和をもたらそうとされています。
この粗暴で救いようの無いヒト族にも、何故にそのようなお慈悲を頂戴出来るものなのかと……」
「はは、さすがだな。
それじゃあ詳しく説明しようか。
実はそれは、神界から与えられた『試練』を乗り越えるための手段なんだよ」
「『試練』でございますか……」
それで俺、みっちりと説明してやったんだ。
『試練』のこと、罪業ポイントと幸福ポイントの現状と『試練』を乗り超えるのに必要な条件のこと、その他にも、全体のE階梯を引き上げや人口増加が必要になること、そうして最後に、500年後までに『試練』を克服出来ない場合には、このガイアの全ての知的生命体が、『消滅』させられてしまうことを説明したんだ。
サロモンも王子も護衛たちも、凄まじく真剣な表情で聞いてくれてたよ。
「そうでございましたか……
なるほどよく分かり申した。
ヒト族のうち、『いーかいてい』が低すぎる者は隔離して、もはや殺戮をさせなくなるようにした上で子孫も残せぬようにする。
見込みのある者については『いーかいてい』を伸ばしてやろうとする試みなのでございますな」
「そうだ、俺の前世の世界では、『子孫を残す自由』というのも尊重されてはいたんだが……
それでも、複数殺人犯なんかは生涯収容所に隔離されることも多かったんだ。
だから、戦場や正当防衛以外での殺人回数が複数ある者については、『重罪犯用個人収容所』に隔離して、これ以上犯罪を犯せないようにするとともに、子孫も残させず、子の教育もさせないようにさせるつもりなんだ。
それから、俺が特に子供を重視して保護するのは、年齢が低いうちの方が『E階梯』の伸びしろが大きいからなんだ」
「なるほど、サトル神さまの思し召しがよく分かり申した」
「そのために、サロモンには当面の間支店拡充候補地の買収に尽力して欲しいんだが、土地の買収が進み始めたらすぐに建物も設置出来るように、アダムと相談して店舗の設計も進めておいてくれ。
昨日も言った通り、設計さえ出来れば後は全て俺が作るから。
それで、これをサロモンと王子に、あと念のため将軍にも渡しておこうか」
「このネックレスは?」
「これは、『連絡の魔道具』と言ってな。
このネックレスを身につけて俺やアダムを呼ぶと、いつでも連絡が取れるというものなんだ。
また、その際にはみんなの位置もわかるし、その場から『転移』させることも出来る。
だから、設計なんかの連絡用以外にも、緊急時にも使ってくれ」
「な、なんという便利な道具でしょうか……」
「もしも軍事行動の際に、指揮官全てがこれを身につけていたとしたら……
戦が変わりますな……」