*** 181 ガイア国見学会 ***
俺は一行をまず『9時街』に連れて行った。
何と言ってもガイア国最初の街だからな。
最初は街の外のギャラリースタンドから、街の全景を見て貰うとするか。
会頭さんも王子も長いこと街を見ていたよ。
なんかずっとため息ついてたけど。
それから北門をくぐって街に入ったんだけどさ。
はは、本来の姿に戻ったフェンリルたちがいっぱいいるわ。
『おひるねばしょ』のフェンリルが8頭に増えてるのか。
その周りで寝ている幼児たちはさらに増えてるし。
もう冬も深まって寒いだろうになぁ。
ん? なんか暖ったかい風が……
あ、火の精霊がいる……
そこに風の精霊が風当てて、温風ヒーターになっとる!
あー、ここにも猫人族の保母さんたちが大勢寝てるわ。
まあ、こたつ持ち出してないだけマシか……
「な、ななな、なんですか! あの巨大な狼はっ!」
「あれはフェンリル族たちだ。
ああやって子供たちに囲まれて寝るのが大好きなんだよ」
「で、伝説の霊獣フェンリル……」
「はは、このフェミーナもフェンリル族なんだぜ。
今は『変身』のスキルでワ―フェンリルになってるけど」
あー、将軍さん冷や汗ダラダラ……
「て、手合わせなどお願いせずに、ま、マジでヨカッタ……」
それから俺たちは歩いて中央棟に向かったんだ。
あー、精霊の子たちが集まって来ちゃったよ。
「「「「「 わーい♪ サトル神さまだぁ♪ 」」」」」
こらこら、そんなに俺に集らないでくれってばさ。
精霊団子になっちゃって前見えないじゃないか……
精霊っ子たちに頼み込んでようやく離れてもらったけど、今度は頭上できゃーきゃー言いながら雲みたいに飛んでるんだわ。
へへ、俺って人気者?
そしたらみんな俺に気づいたみたいでさ。
また何百人もの住民が走り寄って来て、俺を囲んで五体投地して、切れ切れにお礼の言葉を言いながら号泣してるんだわ。
悪魔っ子たちやアダムブラザーたちが大勢来てくれて、交通整理してくれたんでなんとか抜け出せたんだけど……
「な、なぜあの者たちはあれほど泣いていたのでしょうか?」
「大怪我や病気を治してやったからだろうな。
それにしてもあそこまで感謝しなくてもいいものをなぁ……」
「け、怪我や病気まで治せるのですか!」
「『治癒(神級)』っていうスキルなんだ。
死んでさえいなければ、病気も怪我も全て治るぞ」
「そ、そう言えば先ほど気絶していたわたくしを介抱してくださったのも、そのすきるなのでありましょうか」
「そうだけど」
「うーむ。いつもは年のせいで寒くなると痛むヒザが、まったく痛まんのです。
これはもしや……」
「たぶんさっきの『治癒』で治っちゃったんだな」
「あ、ありがとうございまする……
あのひれ伏して号泣していた方々の気持ちが分かり申した……」
「はは、そんなに大層なもんじゃないぞ」
俺たちは屋台街に着いた。
「こ、ここは……」
「ただの屋台街だよ」
「串焼きやパンだけでなく、いろいろなものを売っているようですが……」
「それじゃあ珍しそうなのをいくつか食べてみるかい?
あ、綿菓子なんか珍しいだろう」
「わ、『わたがし』ですか?」
俺たちは綿菓子屋の前の列に並んだんだけどさ。
前に並んでたオーガ族が、俺を見てびっくりして順番を譲ってくれたんだ。
「お前、俺に割り込みさせるつもりか?
割り込みは絶対ダメって言ったの俺だぞ」
「そ、そんな……
行列でサトル神さまの前に立ってたりするのを族長に見られでもしたら、メガトンパンチで殴られますってば……」
「もしもそんなことで殴られたら俺に言ってこいよ。
俺がオーガ・キングを殴り返してやるから」
「あはは、サトル神さまに殴られたら、如何におやっさんでも死んじまいますってば。
あ、そうか。もう一回死んでるか……」
そうしたやり取りを聞いていた住民たちが、全員俺に気づいてびっくりして順番を譲ってくれたんだ。
仕方ないんで、俺はため息をつきながらもみんなにお礼を言って綿菓子を6つ注文したよ。
会頭さんや王子たちは綿菓子を不思議そうに見てたわ。
「まあ単なるお菓子だ。試してみてくれ」
「…… 甘い ……」
「な、なんだこの食べ物は……
甘くてすぐに口の中で溶けていく」
「こ、これはまさか砂糖……」
「お、よくわかったな。さすがは会頭。
そうだ、これは純粋な砂糖を使った菓子なんだ」
「こ、このように貴重なもの……
それをこのように大勢が美味しそうに食べている……
これはいったいおいくらぐらいするものなのでしょうか……」
「この街では全部タダだ。
食べ物も衣類も鍋釜も屋台も全部タダだぞ」
「そ、それではこの屋台の店主などは如何にして暮らして行くというので……
あっ! そうか!」
「はは、そうなんだ。
なにもかもタダならみんなが暮らして行けるだろ」
「そ、それでは働かずに楽をしようとする者も……」
「いやそこなんだけどさ。
最初少しはそういう奴もいたんだけど、すぐにみんな働きたがるようになるんだ。
どうやら働くことも喜びのうちらしいな。
特に農場で働くのは人気があって、もう少しでこの国も自給自足が出来るようになるかもしれないんだぜ」
「た、足りない食料はどうされているのですか?」
「俺の前世の世界や、他の食料の余っている世界から買ってるんだ」
「そ、その購入費用はどうされているのでしょうか……」
「それはまあ、俺が稼いでいるんだけど……
どうやって稼いでいるかは、またの機会にお見せするわ」
「は、はい……」
中央棟に着いた俺たちは、まず全員で展望台に上がることにした。
「俺は会頭さんを連れてエレベーターで上がるからさ。
みんなは階段を試してみてくれないか?」
「サトル神さま。
この階段の入り口には、何故『初心者用』とか『上級者用』とか書かれているのでありましょうか……」
「はは、どれで上がってみたい?」
「そうですな。
やはり兵士たる者、最も困難な道を選ばせていただきましょう」
俺は会頭さんと一緒にエレベーターに乗ったんだ。
会頭さん、子供みたいにはしゃいでたよ。
俺のことちらちら見てたけど、自分の家にも欲しいのかな?
それから会頭さんは展望台で長いこと景色を見てたよ。
街の様子も遠くの景色も。
だけどさ。
30分位経ったのに、誰も上級者用階段から出て来ないんだわ。
あ、王子が固く目を瞑って四つん這いになって出て来た……
将軍も護衛さんもおんなじ格好……
あ、将軍さんが平らな床を撫でて目を開けた。
ああっ! 泣き出したっ!
うーん、よっぽど怖かったのね……
「おめでとうございますっ!
今月初めての上級者用階段制覇ですっ!」
あー、係の悪魔っ子にそう言われて、記念のメダル貰ってまた泣いとるわ……
ようやく落ち着いた王子たちと一緒に、次は幼稚園を見学してみんなで癒された。
会頭さんの手がわきわきしてたけど、きっとあの子たちをモフりたかったんだろう。
その気持ちはよくわかる。
だからといって、フェミーナのしっぽを物欲しそうに見るなよ。
これは俺のもんだ。
それから俺たちは中央棟のレストランに行って、ベルミアスープとハンバーガーの昼食を取ったんだ。
みんな夢中で3回もお代わりしてたぞ。
オレンジジュースも3杯ずつ飲んでたし、デザートのショートケーキも2個ずつ喰ってたし……
メシが終わると会頭が居ずまいを正した。
「サトル神さま。お願いがございます。
どうかこの街の孤児院を見学させてはいただけませんでしょうか……」
「会頭さん。実はこの街には孤児院は無いんだ」
「な、なんと…… そ、それでは孤児たちは……」
「それ、俺も最初に聞いて驚いたんだけどさ。
この街に移住して来た22の種族は、全てもともと孤児院を持ってなかったんだ。
彼らの感覚では、子供は全て種族の子っていうことなんだと」
「ということは……」
「例えば両親が死んだとするわな。
そうすると、残された子は自動的に『種族の子』もしくは『族長の子』っていう扱いになるんだよ。
これは例えば男親が死んで母親だけになって困窮した場合でも同じだ」
「なんと……」
「だから通常、族長には数十人から数百人の子がいるんだよ。
それが出来ないような甲斐性無しは族長失格なんだと。
それから人口が9万人もいて村も300あった『岩山のゴブリン族』なんかでは、孤児は最初村長の子になるんだ。
もちろんその場合には族長からの手厚い支援も与えられるそうなんだけどな。
だから最初俺が孤児院について聞いたとき、不思議そうな顔をされちゃったんだ。
つまりまあ、やつらには『孤児』っていう概念が無かったんだ。
もちろん『嫡子』と『養子』っていう区別の概念も無いんだけど」
「す、素晴らしい……」
「でもそういった村長の子や族長の子になった子たちってさ。
普通の子よりも種族全体に対する配慮って言うか愛情が濃くなるそうなんだ。
だから多くの族長がそうした『種族の子』『族長の子』出身になるんだと。
つまり『種族の子』っていうのは尊敬や期待の対象になるそうなんだわ。
9万人もの人数を束ねていて、過去300年で最高の指導者って慕われている岩山のゴブリン・キングも、もともとは『種族の子』だったそうだからな。
そもそも次の族長は今の族長の第1子、っていう世襲制の概念もほとんど無いんだ。
次の族長は、種族全体を幸福にする能力が最も高い奴が自然に選ばれるから」
「それではみなさんもさぞかし『いーかいてい』が高いのでしょうな……」
「5.0以上の奴らもごろごろいるぞ」
「そうでしたか……
だからこそこの街は、貨幣が無くとも勤労意欲はあるのですか……」
「まあそういうことだ」
「だからなのですな。
サトル神さまは、この街では多種族融合社会を実現されていても、ヒト族だけは隔離して暮らしをさせているのは」
「そうだ。この街にいる種族たちとヒト族とではE階梯が違い過ぎるんだ。
だからまだこの街にヒト族を連れて来る自信が持てないんだよ」
「同じヒト族として恥ずかしい限りでありますのう……」