*** 177 『すきる』を持っていた王子 ***
「さて、俺も殿下に聞いてみたいことがたくさんあるんだが、殿下も俺に聞きたいことがあるんだろ?
それじゃあまずはお互いに質疑応答タイムといこうか」
「うむ。それではまず私から問わせてもらおう。
そもそも我が軍は洞窟ドワーフ族の領土目指して侵攻していたのだ。
決してガイア国を直接攻撃していたわけではない。
なのになぜ我が将兵は貴国に捕虜にされているのであろうか」
「はは、当然の質問だな。
それは、端的に言って、システィフィーナ神と俺の方針の所以だ。
殿下も知っての通り、この中央大平原の濃過ぎたマナも相当に薄れて来ている。
まあ、これもこの世界の住民たちのために俺たちがやったことなんだが……」
「どういうことなのだ?」
「平原の中央に開いていたマナの大噴気孔を、北部山脈の高山の山頂付近に移動させたんだ。
そうして平原の噴気孔を塞いだんで、マナが薄れて来ているんだ」
「……(そこまで凄まじい土木工事が出来るのか)……」
「そのせいで、ヒト族も中央大平原に侵出可能になったために、大平原に住む22の知的種族、400万人がヒト族軍に土地と資産を奪われ、虐殺され、あるいは奴隷にされる危険が高まってしまったのだよ。
それで俺たちは、大平原の知的生命体をヒト族の侵略から守ることにした。
その頃ちょうど、洞窟ドワーフ族がヒト族に滅ぼされようとしていたんで、彼らが俺たちに庇護を求めて来たんだ。
それでその要請に応じた上で、ヒト族侵略軍を全員捕獲したというわけだ。
まあ、『新聞』で挑発したら、追加で18万もの軍を派遣して来てくれたんで、合計23万人もの大戦果になったっていうことだ。
まあギャランダ王国軍と合わせれば27万ほどだな」
「うむ、やはりそうだったか。
それではさらに問いたい。
我が軍の将兵の死傷者はいかほどいたのであろうか」
「少数の怪我人はいたが、死者はいない。
怪我人も、すぐに全員の治療を終えて、今は全員健康体だ」
「ということは、27万の将兵が全員死なずに捕虜になっているということか……
なぜ彼らを殺さなかったのだ?
捕虜になどすれば、その食料や監視などで莫大な金銭や人的負担がかかろうものに……」
「それもシスティフィーナ神の思し召しだ。
俺は元々システィの『使徒』だったんだ。まあ今でもそうだけど。
俺とシスティの最終目標は、『この世界の住民全てが、誰も誰かを殺さず、奪わず、支配せず、そうして誰もが幸福を感じて神に感謝する』、そういう世界を創ることなんだ。
もちろんそれにはヒト族も含まれる。
そうした世界を創るために、例え侵略軍といえどもヒト族の将兵を殺戮したりしたら本末転倒だろ。
だから誰も殺さなかったというだけのことだ」
「数万、数十万もの兵を殺さずに捕獲するのは、全員殺すよりも遥かに難易度が高いはずだが……
貴殿らにはその力があったということか……」
「まあそうだな。
『技術』があればそれはそれほど難しいことではない」
「その技術によって、27万もの将兵を管理監視し、全員を養うだけの食料も用意出来たというのか……」
「そうだ。
更に、大陸西部の旧サンダス王国を中心に、現時点で侵攻して来た貴族・王族軍将兵の捕虜を50万人、移民希望者を80万人ほど受け入れている」
「それほどまでの財力をお持ちだというのか」
「現時点でも中央大平原の種族400万に加え、これから捕獲する予定のヒト族軍と受け入れる移民、最大で2000万人が100年暮らせるだけの資源が用意されつつある。
もちろん、衣服や住居や食糧とその生産体制も含めてだ。
最終目標は、この世界の人口を10億にして、永遠に豊かに暮らせる体制を創り上げることだがな」
「それほどまでの財貨を用意出来るというのか……
それは神から賜った財貨なのか?」
「いや、神界は我々に財貨などは全く与えてはくれない。
ただ、俺に『初期能力』を与えてくれた。
俺はその『初期能力』を伸ばし、その能力を使って『技術』を開発し、そうしてその技術を使って『財貨』を得たんだ」
「ふう、普通ならば到底信じがたいことではあるが……
だが実際に100万を超える命を養っている上にこの城を見ては、信じるほかはないのだろうな。
それでもうひとつ疑問が出て来た」
「なんなりと」
「貴殿の『技術』をもってすれば、我が国にいる軍勢の残り、将兵50万をそのままそっくり捕獲することも可能であろう。
なぜそれをしないのだ?」
「理由は2つある。
まあ、ビクトワール王国全軍の捕獲は容易だ。
やろうと思えば、たぶん3日もあれば可能だろう。
だが、それは『捕虜の捕獲』ではない。
どう贔屓目に見ても『誘拐』、もしくは『拉致』だからな。
そのようなことは、盗賊団が村を襲って村人を奴隷として拉致する行為と変わらないだろ?
システィフィーナ神を戴く俺たちとしては、そうした犯罪行為をしたくはないのだよ。
まあ、あまりにも目に余る侵略行為を始めたらその限りではないが」
「なるほど……
それでもうひとつの理由とは?」
「もし仮にだ。
俺が貴国の軍50万人全員を捕獲して、この地の収容所に転移させたとしよう。
そうしたら何が起こると思う?」
「うん? ……そ、そうか!」
(この男は、『能力』や『技術』だけでなく、『知力』もまた人外のものを持っているのだな。それに加えて深謀遠慮も……
加えておそらく大いなる倫理心までも持っておるということか……
国の爺様が聞いたらさぞかし会いたがることであろうの……)
「もしもそうなれば、我が国がかつて侵略して属領とした各国が、すべて独立戦争を起こすだろうな。
それでまた無辜の民の血が流されると言うことか……」
「それだけではなく、そうした国々は軍のいなくなった貴国を占有すべく動き出すだろう。
加えて、大陸東部の全ての盗賊団と奴隷商が貴国を目指して殺到するだろうな」
「それでも、そうした国々の軍勢や盗賊団、奴隷商を貴殿がすべて捕獲することも可能だと思うが……」
「まあ不可能では無い。
だが、それには膨大な人的資源が必要になる。
その人的資源や準備が十分でないうちに行動を起こせば、そうした混乱によって発生する死者の数は膨大なものになってしまうだろう。
俺は、幸福な国造りをするに当たって、そうした犠牲すらゼロにしたいと考えている」
「そうか……」
「さらにだ。
例えば大陸東部の全ての地域から、王族、貴族、軍、盗賊団、奴隷商などを全て捕獲したとしよう。
その後はどうなると思う?」
「っ! な、なるほど……」
(この王子殿下、なるほど知力もけっこうなもんを持ってるな……)
「そうだ。農民の中から、新たな王族貴族になろうとして周囲に攻め込む集団が出て来ることだろう。
また、村人全員が盗賊団に変わって隣村を襲うかもしれん。
俺にはどうも、現時点で非力な農民ですら信用することが出来んのだよ」
「ヒトの業とはそれほどまでに深いのだな……」
「それでもまあ、最終的にはこの大陸の全ての支配層を捕獲して、さらにすべての国をガイア国に併合するつもりだ。
そうだな、目標は5年以内。
早ければ3年以内に実現させるつもりだ。
残念だが貴国もその例外ではない」
「何故だろうな。
そう聞いても全く残念に思わないのは……」
はは、護衛の兵たちがみんな王子の顔を見たわ。
あ、副官の将軍が微笑んでるぞ……
「それにしてもだ。
確かに貴殿にはそうした政策を実現する力がおありだろう。
だが貴殿の死後はどうする?
いくら貴殿の子孫でも、その能力や技術をすべて遺伝させることは不可能であろうに。
ヘタをすれば、また群雄割拠の戦国時代に戻ってしまうぞ」
「俺も当初それを心配していたんだ。
平和な統一国家を造るのはまあ容易だが、それを存続させられる体制を造り上げるのは至難の技だろうからな。
たった1人の無能な子孫のせいで、全てが無に帰してしまうかもしらん」
「はは、この世の王族貴族は、優秀な祖先の尊い血は完全に子孫に受け継がれるものと思い込んでるがな。
実際には親の容姿や能力の1割が受け継がれればいい方だろう。
故に3代も続けば、その血は無きに等しいものとなろう」
「ほう、殿下は王族であるにも関わらず、それを理解されていたか」
「我が母方の一族には貴殿と同様黒目黒髪の者が多い。
遥かなる祖先が持っていた身体的特徴のひとつと思われる。
だが、その特徴ですら、親から子に受け継がれる確率は相当に低いのだ。
我が一族では、私と祖父がその特徴を受け継いだが、同世代に2人も黒目黒髪がいるのは相当に珍しいことのようだ」
「その黒目黒髪の者は、ひょっとしてなにか特殊な能力を持っているのか?」
「はは、さすがだな。
そうだ、我が一族に黒目黒髪の者が現れたとき、その者はなにか特殊な能力を持っている。
我々はそれを『神の恩恵』とも呼んでいるが、遥かな祖先からの言い伝えでは、その能力を『すきる』とも呼ぶそうだ」
「おおおおおおっ!
間違い無い! 殿下は俺の前任の『使徒』の子孫だな!」
「先ほども仰られたが、その『使徒』とは何なのだ?」
「それでは詳しく説明しようじゃないか。
システィは当時このガイアと言う世界の担当初級天使だったんだ。
まあ今では初級神に昇格しているんだが。
そして、その担当天使は、自分の担当する世界に知的生命体を創造することが役割なんだが、一旦生み出した生命には過剰な関与が出来ないんだ」
「やはりシスティフィーナさまが創造天使さまだったのか……」
「だが、この世界のヒト族のあまりの残虐非道さを悲しんだシスティは、ヒト族をなんとか矯正するために、他の世界から『使徒』を召喚したんだ。
神や天使ならぬ『使徒』には管理下世界への関与が許されるからな」
「ということは、貴殿も他の世界から召喚されたのか……」
「そうだ」
「それは無理矢理連れて来られたのか?」
「いや違う。
俺は前にいた世界、地球と言うんだが、そこで生まれ育ったものの、16歳のときに病気で死んでしまっていたんだよ」
「そうだったのか……」
「それでシスティが、俺に健康な肉体を与えた上で、このガイアに使徒として転生させてくれたんだ。
ヒト族どもを叩き直してまともな世界にするために。
でもこの使徒召喚の試みは俺で3回目なんだ。
1回目は、やはり俺が前世にいた国から召喚したんだけど、その国に住む民族の特徴が『黒目黒髪』なんだよ」
「その1人目の使徒が我が祖先だったということなのか……
それでその『使徒』はどうなったのだ?」
「『身体能力強化』というスキルを授けてもらってこの地に降り、そこでそのスキルを駆使して小国の王になることが出来たんだ」
「それも我が一族の伝承どおりだな。だが……」
「そう、そいつは部下に殺されてしまい、そのあと一族は散りじりになった」
「それも伝承通りだ」
「そうした『スキル』を使うためには、『マナ操作権限』というものが要る。
第1の使徒も、システィからそのマナ操作権限を授かっていた。
そうしてその『スキル』を使う資質は、習熟すれば己の能力とすることが出来るんだ。
それで、その資質が子孫に遺伝したのだろうな」
「そうか、この資質は元々はシスティフィーナさまに授けられたものだったのか……」
「あんたのスキルは『危機察知』だろう。
それから多分、『シックスセンス』も持っている。
数多くあるスキルの中でもけっこう便利なものだな」
「我が祖父は、力を込めて物や人物を見ると、その物や人物の価値が見えるそうだ」
「おお、それは『鑑定』というスキルだ!
そうか、その能力を駆使して大陸随一の大商会を作り上げたのか……」