*** 173 さまざまな移民希望者たち ***
それからもガイア国には大量のヒトが集まって来たよ。
移民希望者を脅かす貴族軍や盗賊たちが、翼を広げて光輝く天使たちに捕えられて移民希望者に礼を言われる姿を、大陸全土の10万カ所近い『スクリーンの魔道具』で流したら、さらに移民の流れは加速したんだ。
それで移民希望者はもちろん、全員が捕縛されているとは思ってない軍や盗賊団もさらにさらに集まって来たんだよ。
おかげでさ、移民も軍・盗賊も、それぞれだいたい月に10万人以上も収容するようになったんだ。
アダムによれば、これからも増える一方の予想なんだってさ。
それで西部城壁沿いの国では、貴族軍の9割が行方不明になって、農民は全員いなくなっちゃった地域も出たそうなんだ。
まあ、今まで威張りくさってた貴族や村長とその一族だけは、呆然として立ち尽くしてたそうだけどな。
ははは……
それからもいろんな奴らが出城を訪れたんだ。
そうそう、中には領地の軍がほとんど全員行方不明になった上に、農民まで全員いなくなっちゃった男爵一家まで移民応募窓口に来てたぞ。
まあ、それだけ今まで酷い徴税を行ってきたっていうことなんだろうけどな。
でもこのままだと、畑耕す奴が誰もいないんだから、王への税も納められないワケだ。
だから良くて貴族席剥奪、最悪処刑だってことに気がついて、男爵サマ自らガイア国に亡命しようとして来たワケなんだわ。
でも……
西の出城の窓口で、
「何故貴族用の窓口が無いのだっ!」とか、
「ええい! ワシは男爵家当主である! 平民はどけ!」
とか言って移民受付を待つ列に割り込もうとしたんだよ。
でもっていくら説得しても聞き入れなかったもんだから、アダムブラザーがその一家を『犯罪者用収容所(8人用)』に転移させちゃったんだ。
罪業ポイントも酷かったからな。
その男爵、収容所では、「ワシは貴族でエラいのだ!」ってずっとブツブツ呟いてるそうだし、そのヨメや娘も「なんで侍女がいないのよ! 私を誰だと思ってるの! キーッ!」とか喚き散らしてるそうだ。
まあ、支配階級はヒト族もドワーフもあんまり変わらんっていうことかぁ……
それから、変わった奴らも随分来ていたよ。
或る日俺が出城の様子を映像で見ていたら、なんか変な奴らがアダムブラザーに喰い下がってるんだわ。
どうやら責任者に会わせてくれって言って、テコでも動かないらしい。
だから俺、ヒマ潰しにそいつらと別室で会って話を聞いてみたんだわ。
「こ、これはこれは、あなた様がガイア国の移民受付の責任者様であらせられますか……」
(へへ、随分と若そうな奴が出て来たなぁ。
これは上手く騙せれば相当にオイシイかもな……)
「そうだ、俺が移民政策の責任者だが」
「おお! その若さでそのような大役を任されていらっしゃるとは!
素晴らしいお力ですな!」
「ところで俺に何の用なんだ?」
「あっ、はい!
我らはもともとはイザリア王国のある貴族さまの下で騎士爵の地位を賜り、その貴族さまの領地の徴税人をしていた者でございます。
それでこのような大規模な移民を受け入れていらっしゃるガイア国に於かれましても、徴税人は必要かと愚考致しまして馳せ参じた次第でございます!」
(こいつら……
ガイア国には税が無いってあれほど説明してるの聞いて無かったのか?
それに全員E階梯は0.3以下、罪業ポイントは合計で3000以上もあるんか……)
「ほう、それでわざわざ来てくれたのか……
それで今の貴族領での仕事はもうしなくてもいいのかい?」
「はい、その男爵様は全ての男爵軍を率いてサンダス王国に進攻致しましたが、軍勢もろとも行方不明になられてしまったのであります。
その他にもイザリア王国の貴族領では同様な事態が相次いでおりまして、この度、国王陛下から一時的にイザリア王国全土を国王直轄地にするとの触れが出されましたものですから……」
「なるほど」
「と言うことになれば、徴税も王家の徴税人が行うことになるでしょうが、加えてほとんどの農民や農業奴隷が逃散してしまっておりまして。
このままでは肝心の税もほとんど徴収不能でありましょうな。
そこで我々の公明正大にして遺漏の無い徴税能力を、是非貴領のお役に立てて頂きたいとまかり越しましたのです、はい」
(ああそうか……
こいつらには『税の無い世界』っていうものがどうにも信じられないのかもしれないなぁ……)
「ふーん。それじゃあお前たちは農村管理のプロなんだな」
「はいっ!」
「それじゃあさ、試しに農村をひとつ1年間任せてみるから、そこの収穫次第でお前たちの今後の役職を決めようか」
「ははぁっ! ありがたき幸せ!」
(へへ、やっぱりこいつ、チョロい若造だわ……)
「ところでそのイザリア王国の貴族領では、税率はどうなっていたんだ?」
「は、はい。
公式には収穫された作物の6割が税でございましたが、そこは我々の腕次第でいくらでも増やせましょう!
かつては、我らが隠れ畑の存在を発見したおかげで、懲罰として最高7割5分の税を徴収出来たことすらございますですよ!
まあ、我々の能力であれば、農民を酷使してそれ以上の税も見込めるやもしれませぬぞ!」
(酷ぇな。通常でも6公4民かよ……)
「ふむ。他国ではそういうものなのか……
それでは試しに農村を任せてみるが、どれぐらいの広さの農村がいいか?」
「はっ! 広ければ広い程我らの手腕が生かせましょうぞ!」
「それではお前たちに1年間、10キロ四方の農地を持つ農村を任せることとする。
もちろん畑の土は最高に栄養豊富なものだし、金属製の農具も充分にある。
加えて小麦や野菜の種もたっぷりと用意してやるぞ。
明日村に連れて行ってやるので、今夜はこちらの出城の休息室でゆるりと休むがいい」
「うはははぁっ! 我らの粉骨砕身の努力を御期待下さいませっ!」
(ぐはははは! やっぱこの若造チョロかったなぁ!
これで俺たちも今まで通り税をちょろまかして大金持ちだわ!
加えて1年後にまたこの若造を騙せば、また騎士爵の座も夢ではなさそうだの!)
それから俺は、高さ50メートルの壁に囲まれた、10キロ四方の農村をひとつ造ってやったんだ。
もちろん住空間も農地も農具も種も最高のモノを用意して……
翌日。
「さあ、ここがこれから1年間、お前たちが監督管理する農村だ。
1年後の収穫次第でお前たちのその後の役職を決めるから頑張れよ」
「おおお~っ! 素晴らしく広い農村ですなあ。
おお! 水場も充実しておりますな!
あの大きな建物は納屋ですかな?」
「中を見てみたらどうだ。
必要なものは全て揃えておいたし、収穫出来るまで必要な食料もたっぷりと置いてあるぞ。
それからあの建物はお前たちの住居だ。
衣類も寝具も生活に必要な物はすべて揃えてある」
「こ、これはこれは……
過分な御配慮、痛み入りまする……
さて、それでは農民どもはどこにおりますかな?
なにせ農民どもといえば最初が肝心。
最初にガツンと脅して躾けなければ、ロクに働きませんからなぁ」
「ん? ここには農民はいないぞ」
「は? そ、それでは農業奴隷はどちらに何人ほど……」
「移民説明会で、『ガイア国には奴隷はいない』ってあれほど言ったろ?
聞いて無かったのか?」
「そ、そそそ、それでは誰が畑を耕すので……」
「だから、お前たち農村のプロに決まってるだろうに。
それじゃあ頑張ってくれ。1年後にまた会おうぜ」
「「「「 ………… 」」」」
「ああそうそう。
説明会で何度も言ったはずだが、聞いて無かったみたいだからもう一度教えてやろう。
ガイア国には税が無いんだ。
だから徴税人もいないし、採れた作物は全部自分たちのモノにしていいんだ。
だからたくさん収穫を上げれば、それだけお前たちも豊かになるからな。
それじゃ頑張れよ……」
「「「「 …………………… 」」」」
1カ月後……
「なあアダム、そういえばあの徴税人たちどうしてる?」
(はい。3日ほど必死で農民を探し回っておりましたが、本当に他に誰もいないのが分かると、ショックで5日ほど寝込んでおりました。
それから、多少は覚悟を決めたのか、畑に種を播き始めたのですが……)
「ほう、それでどうなったんだ?」
(はい。農業の手引きも置いてあったのですが、どうやら文字が読めなかったらしく、ぱらぱらとめくった後は畑に出て種を播いておりました)
「酷ぇな。徴税人のくせに字も読めないのかよ」
(それで畑も耕さず、固い土の上に単に種を播いただけでしたので、ほとんど鳥たちに食べられてしまったようです……)
「なんだよそれ……
浅い穴掘って種を埋めることすら知らんかったのか……」
(加えて、僅かに芽が生えて来た作物も、全く水をやらなかったものですから5日ほどで全て枯らしてしまったようですな……)
「なんだと……」
(以後は不貞腐れて寝て暮らしておりますね……)
「ということはだな。
あいつらは農村の畑を見てその年の収穫量を予想するとか、そういうことは全くやっていなかったわけだ。
単に税だけ取るプロだったんだな……」
(彼らの話を聞いておりましたところ、それ以外にも、
『村長に賄賂をタカるプロ』
『税金を払えない農民の子を奴隷商に売り飛ばすプロ』
さらには、
『その奴隷商からリベートを受け取るプロ』
『領主に虚偽の申告をして、税を横領するプロ』
でもあったようでございますです……)
「やっぱりそうだったか……
まあ、それがヒト族の言う『農村管理』だったんだな。
それじゃああと3カ月ほど様子を見て、それで働く様子が無かったら、『終身刑者用収容所』に放り込んでおいてくれや」
(畏まりました……)




