*** 167 驚愕の城内 ***
それで公爵閣下ご一行サマは、馬を馬番に預けてどこからともなく現れた案内係に率いられて歩き始めたんだけどさ。
ここでも案内係を捕まえようとして20人ぐらいが消失してたわ。
まったく、学習効果の無い連中だなぁ。
その後は多少大人しくなって歩き始めたんだけどな。
でも、門から城までは、幅50メートルもある道が延々2キロも続いてるもんだから、相当にびびってたわ。
5列縦隊ぐらいで歩いてるんだけど、なんだかみんな固まって肩寄せ合って動いてるし。
それでもおっかなびっくり歩いてると、城が近くに見えてくるだろ。
そうすると、その城が見たことも無い程巨大な城だって分かり始めるわけだ。
はは、みんな上向いて、歩くのも遅くなって来てるわ。
ようやく城の門前に達した彼らの前で、これまた巨大な城門が音も無く開いて行く。
門の内側は50メートル四方ほどのロビーになっていた。
そのつき当たりのバカでかい扉が開くと、今度は100メートル四方ほどのロビー、次の扉の先は、300メートル四方、天上高30メートルの巨大ロビーになっている。
そのロビーの壁は全て豪奢な壁画か彫刻に覆われていた。
天井近くのガラス窓からは柔らかな光が差し込んで来ている。
さらに天井からは直径30メートルもある巨大シャンデリアが下がっていて、強烈に明るい部屋になっていたんだ。
サンダス王国の連中、この城が示す余りの富と技術に顔面蒼白になってたよ。
「それでは城代がお会いさせていただきますが、謁見は代表の方を含む5名でお願い致します。
兵士の方々には軽食をご用意いたしますので、こちらのロビーでお寛ぎくださいませ」
「な、なんだと!
公爵閣下にたったの4名の護衛しか付けさせない気か!」
「こちらの城代には護衛はひとりしかおりませぬが……」
「ええい! 話にならぬ! 全員で押し通るぞ!」
「ここは外交の場ですよ。
戦場ではないのですから兵士は必要ありませんけど」
「喧しいわ!
わが栄光あるサンダス王国軍に対しなんという言い草か!」
「あー、予め警告させていただきますが、もしも抜刀された場合には、『傷害未遂』もしくは『器物損壊未遂』でタイホさせていただきますよ」
「黙れ下郎!」
近衛副隊長を含む30人ほどが抜刀したが、剣が鞘から抜かれると同時に全員が消えて行った。
「だから警告しましたのに……
あなた方は外交交渉の基礎も知らない野蛮人だったのですねえ。
それでどうされますか?
このまま全員消えますか?
それとも大人しくここで待ちますか?」
「き、消えた者はどこに行ったのだ!」
「えーっと、逮捕された後、我がガイア国の法にのっとり懲役が課されます。
でもご安心ください。
最も重い刑罰でも終身刑で、死刑はございませんので。
国家代表でありますシスティフィーナ神の御意向であります」
「な、ななな、なんだと!」
「ということでみなさま。
全員処罰されて消えますか?
それとも御代表を含む5名で我々の城代とお会いされて、外交交渉を為されますか?
どちらでもお好きなように……」
「ええい! 者ども! この無礼者を片づけろ!」
「やれやれ。
それでは、せっかくおいで頂いたので、ただ消すだけではなく少しはお相手させて頂くと致しましょうか……」
残された近衛兵の中でも上位と見られる者が大剣を抜き、雄叫びとともにアダムブラザーズの案内係に打ちかかって行った。
「あー、いちいち喚いて己を鼓舞しないと喧嘩も出来ないのですか……」
案内係は顔面に振り下ろされた刃を片手で受け止めた。
同時に反対側の手で近衛兵の腕を掴んで握り潰す。
「う、うわぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!」
「ふう、本当に騒々しい方ですねえ。
さて、他のみなさんはどうされますか?」
案内係はそう言いながら、近衛兵から奪った大剣の刃を持って無造作に折り畳み始めた。
3回ほど畳んだ後は、両手で握りしめて刃を球状にしてしまう。
「やっぱり銅剣は使い物になりませんねぇ。
近衛兵ともあればせめて鉄の剣を持った方がいいですよ」
「み、皆の者! い、一斉にかかれいっ!」
「やはり暴力でしか解決方法を思い浮かべられませんか……」
その場の近衛兵100人ほどが抜剣して案内係に襲いかかった。
だが……
「「「「「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!」」」」」
「「「「「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!」」」」」
「「「「「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!」」」」」
剣を抜いた全ての兵の両腕が、何故かその場でへし折られている。
辺りには剣を放り出してのたうち回る男たちの叫び声が充満していた。
「それでは全員『傷害未遂罪』で留置場に行って頂きましょうか。
念のため申し添えておきますが、神威裁判では今回の罪状だけでなく、過去の傷害や殺人も考慮されて量刑が決まります。
そのため、たぶん半数以上の方が終身刑となりますので、予めお含みおき下さいませ。
それで、残された方々はどうされますか?
このまま外交の場に赴かれますか?
それともすごすごとお帰りになられますか?」
公爵閣下と呼ばれた男が、蒼白な顔つきのまま傍らの文官らしき男に何事か呟いた。
「こ、公爵閣下は、その方らの代表へ謁見をお許しになられる!
は、早くこの場に連れて来い!」
案内係は深くため息をついた。
「いえ、城代はこのような貧相なロビーでは謁見を行いません。
謁見室にご案内いたしますのでこちらにどうぞ……」
ロビー奥のぶ厚い扉が音も無く開いた。
案内係が扉の横に立つ。
(かようなまでに豪奢な部屋を貧相なロビーと申すか……)
深くため息をついた公爵閣下は立ち上がり、同行する護衛兵2名と文官2名を指名した。
そうして、案内係に促されるままに扉の前に行き、そこで立ち尽くした。
そう…… その扉の先にあった空間は……
幅は優に30メートルはあるだろう。
大理石のような艶やかな床の上は、中央部の10メートルほどが精緻な模様の絨毯で覆われている。
その色合いは手前が濃く、奥に行くにつれてさまざまな濃淡や色にグラデーションされていた。
見た目にも繋ぎ目らしきものはまったく無い。
そして…… 両側の壁は高さ10メートル程までが、すべて鏡に覆われていたのである。
それも繋ぎ目の全くない1枚板の鏡に。
廊下の高さは15メートル程あり、鏡の上はこれも繋ぎ目の無い透明なガラス板で覆われていて、外の光が差し込んで来ている。
広さ30メートルほどの廊下であったが、左右の合わせ鏡の効果で、その廊下はまるで無限の広がりを見せるかのような様相を呈していた。
地球の中世ヨーロッパの貴族社会では、『合わせ鏡は真夜中に悪魔が通る』と言われて忌避されていたが、ここガイアでは鏡そのものが希少なこともあって、それほどの忌避感は無いようだ。
公爵閣下はその廊下に恐る恐る足を踏み出した。
だが、ブーツの踵が埋まるほどの絨毯だけでなく、巨大な合わせ鏡の間を歩くという未知の体験に、30メートルも歩かぬうちに立ち竦んでしまう。
「公爵閣下。
もしお差支え無ければお乗り物を用意させていただきますが?」
案内係に促された公爵は、噴き出る汗を拭おうともせずにこくこく頷いた。
にっこりと微笑んだ案内係が微かに指を鳴らすと、そこに6人乗りのエアカ―が現れる。
ボディ全体が真っ黒に塗られ、顔が映る程に磨き上げられたエアカ―であった。
ところどころに金と銀の縁取りまである。
やっとのことでオープンボディのエアカ―に乗り込んだ公爵一行はまたもや息を呑む。
その馬車はその場に浮かび、馬もいないのに静かに動き始めたのだ。
(全く揺れんのか…… それに完全に無音のまま動くのか……)
柔らかく豪華な背もたれに背を預けた公爵閣下は、そこでようやく天井の装飾に気がついた。
(天井が全て絵画で埋めつくされておる……
ああ、あそこに描かれているのは伝説のドラゴンか……
おお、あれはフェンリルだな。あ、これはベヒーモスか……
その他にも獣人族や亜人族の絵が続いておるようだが。
それにしても、なぜヒト族が描かれていないのであろうかの……)
フレスコ画で埋めつくされた天井には、さらに30メートルおきに直径10メートルはあろうかというクリスタルシャンデリアが輝いていた。
そうして、この恐ろしく豪勢な廊下、いやもはや長大な部屋とで言うべき部分は800メートルも続いたのである。
エアカ―はそこを10分ほどもかけて静かに進んで行く。
(それにしても……
なんという富であろうことか。
彼らはこの城を『出城』と呼んでいたが、この出城を作る富だけでいくつ国が買えることであろうかの……
我がサンダス王国のみならず、宗主国のイザリア王国の全ての富を合わせても、ここの富には遠く及びまいて……
この城を手に入れられれば、わが国も大陸有数の富裕国となろうにの……)
長大な廊下が残り50メートルほどになったところで、正面の巨大な扉が音も無く開いた。
いやこの規模になれば、もはや扉と言うよりは城門と呼ぶべきものだろう。
公爵閣下はその扉が全て金属製であり、厚さも1メートル近いことに気がついてまたため息をついた。
(この扉の費えだけで、我が国の王城がいくつ建つだろうの……)
その扉を抜けた場所は円形の部屋だった。
それも直径は100メートル近い。
(こ、これは…… いわゆる馬車寄せなのか……
城の中に馬車寄せを作るとは……)
正面にあったこれも巨大な扉の前でエアカ―を降りると、次の間があった。
そうした次の間を3つ程抜けるとそこは待合室のような場所が現れる。
謁見を待つ人々のための部屋なのだろうが、大量の椅子やソファが置いてあるが、今は広壮な部屋に誰もいない。
最後の扉はさらに巨大だった。
高さ20メートル、幅も30メートルはあろうかと言う総金属製の扉である。
その表面には優しく微笑むシスティフィーナ神の姿が浮き彫りにされていた。
その扉が案内係の合図とともに、またもや音も無く開かれると……
もはや何を見ても驚くまいと決意していた公爵閣下はまたしても硬直してしまう。
どうやらここが謁見の間なのだろう。
だが、この広さ大きさはどういうことだ。
部屋の縦横は500メートル四方はあろうか。
天上高も100メートルは下るまい。
そうした巨大な部屋には柱の1本も無く、しかも左右の壁は全てカラフルなステンドグラスで覆われていたのだ。
そう。あの大聖国の中央大神殿の主神の間ですら、裸足で逃げ出すほどの荘厳な空間であった。
凝り症の土の精霊たちは、とことんやり過ぎるのである。
軽くよろめきながらも歩を進める公爵閣下一行の眼前に、遥か彼方の部屋奥に巨大な応接セットが見えて来た。
その正面には白いトーガを着た男が座り、その後ろには案内係と似た男がタキシード姿で立っている。
その後ろには30段ほどの広大な階を昇った先に、金銀宝石に輝く見たことも無い程巨大な玉座まで見えるではないか……
公爵一行が、震える足に叱咤してトーガの男まであと100メートルほどのところに近づくと、トーガの男が微笑みながら立ち上がった。
(若い…… どう見ても若い……
この者がこの城の主だというのか……)




