*** 159 蜜蜂王国 ***
或る日オーガ・キングから連絡が来た。
「大森林南部で栗拾いをしていたところ、部下が蜂の巣の大集積地を見つけたそうなのですわ。
それで向かって来る蜂を排除しようともしたのですが、以前サトル神さまが蜂に興味を持たれていたのを思い出したそうでしての。
取敢えず撤退した上でこうしてご連絡させて頂きましたが、如何したものですかのう」
「おお! 蜂の群生地か!
よく連絡してくれた。さっそく行ってみることにしよう」
それで俺、オーガたちの案内でその場所に行ってみたんだよ。
ほう、この辺りは木と木の間も広くって、地面に花も咲いてるじゃないか……
果樹も多いしこれならひょっとして……
その巨大な蜂の巣は林の中央にある巨木の枝についていた。
周りの木々にはざっと見ただけで20個近い巣も見える。
俺はその中でも最も大きな中央の巣に近づいて行ったんだ。
もちろん働き蜂や兵隊蜂たちに攻撃されたけどさ。
でもまあ魔力でバリア張ってたんで俺にはどうということもない。
俺は蜂たちに集られたまま、巨大な巣の真下に立ったんだ。
「やあ、女王蜂さんはいるかい?」
(…… ! ……)
「もしいたら返事をしてくれないかな?」
(…… そ、そなたは妾と念話が出来るというのか ……)
「俺は全ての動植物と念話が出来るっていうスキルを持ってるんだ」
(そ、それに、妾の子たちの攻撃が全く効かぬとは……
お、お願いじゃ…… こ、この巣を壊さんでくれ……
今年生んだ卵から孵った幼虫たちがたくさんいるのだ。
い、今巣を壊されたり蜜を持って行かれたりしたら、この子たちがみんな死んでしまう。
わ、妾はどうなってもよい。
妾を殺してローヤルゼリーを採取してもかまわん。
だ、だがどうか巣や子どもたちは見逃してやってくれ!
た、頼む!)
「さすがは女王だな。
安心してくれ。巣を壊して蜜を採取するつもりは無い」
(ほ、本当か!
そ、それでは妾の体を差し出そう……
今巣の入り口を広げて外に出るので好きにしてくれ……)
「い、いやローヤルゼリーも要らないからさ。
それより俺の話を聞いてくれないか?」
(ど、どういうことだ?)
「その前に、あんたら種族は蜜食なのか?
それとも肉食なのか?」
(う、うむ。ほとんど蜜食だ。
たまに果物などの果汁も食するが……)
「そうか、それは良かった。
いや俺街を作ったんだ。それから果樹園や花畑や森林公園もな。
それでいくつかの巣のミツバチたちに俺たちの街に来て貰って、蜜を集めて貰いたいんだよ。
まだ俺の果樹園や花畑は出来て日が経ってないんで蜜蜂がほとんどいないんだ。
あんたらが蜜を採取してくれないと、植物が受粉出来ないからな」
(そういうことならば了解した。
このあたりの蜜蜂王国も大分過密化しておって、全ての蜜蜂を統括する大女王の妾としては、新たな分蜂先を探しておったところだ。
だが本当に集めた蜂蜜は要らんのか?
せっかく蜜を集めて子を育てても、全てを奪われては娘たちがあまりにも不憫じゃ)
「それで相談なんだけどさ。
花の少ない季節用に、いろんな果物を進呈しようと思ってるんだよ。
それで、その果物に見合う分だけでいいから、少し蜜も分けてもらってもいいだろうか。
もちろん分けて貰う蜜の量はそちらに任せるよ」
(うむ。蜜も果汁もそういつまでも蓄えておけるものではないからの。
充分な果汁があれば、採取した蜜を分けることも出来るだろう……)
「それからさ。
俺の街の住民たちには、絶対にあんたらの巣を攻撃しないように言っておくから、あんたらも住民たちを攻撃しないでやって欲しいんだ」
(心得た。
新たに分蜂する予定の娘とその卷族たちにはよく言い聞かせておこう。
ところでその新たな街とやらはここより遠いのかの?)
「かなり遠いんだが、俺が連れて行くから距離は問題にならないだろう。
いつごろ迎えにくればいいかな?」
(そうさの…… 明るくなるのと暗くなるのを10回ほど繰り返した頃がよかろうかの)
「わかった。それじゃあその頃また迎えに来るよ。
あ、巣箱も持って来るからな」
(あ、あの……)
「ん? なんだい?」
(娘達の暮らしぶりが心配なので、たまには連絡係の兵隊蜂を連れて来てはもらえんかのう……)
「はは、わかった」
それで、俺は日本産の養蜂箱を輸入して、10日後に持って行ったんだ。
蜜蜂たちはびっくりしてたよ。
「これで巣を作るのが随分楽になった!」って言って。
そうしてまずは世界樹森林公園に風通しのいい小屋を立てて、その中に巣箱を設置したんだ。
巣箱の前には浅い水飲み場を置いて、俺の神力水を入れて。
蜜蜂って温度の変化に弱いんで、エアコンの魔道具付きの高級小屋にしてやったよ。
更には悪魔っ子たちを2人ほど専従担当者にして、果物もたくさん置いてやったんだ。
そうそう、世界樹が張りきってたくさん実をつけてくれたんで、その実も置いてやったけどな。
そしたらさすがは世界樹でさ。
その果実を食べた蜜蜂たちが、みるみる元気にデカくなっていったんだ。
分蜂した新女王蜂も随分感激してたぞ。
それで分蜂から1カ月ほど経った或る日、兵隊蜂を何匹か連れて、お土産に世界樹の実を100個ほど持って、大女王蜂のところに行ったんだ。
大女王蜂は兵隊蜂と随分長いこと話し込んでたよ。
それから大女王の指示で、周囲の巣の蜜蜂たちにも世界樹の実をお裾分けしていたわ。
(あなたさま……
娘とその卷族たちに素晴らしい環境をご用意くださったようで、誠にありがとうございまする……
しかも、この大神威の水と奇跡の果実があれば、間違いなく新たな地では我が蜜蜂の大王国が出来ることでございましょう……)
あー、なんか大女王様、涙声になってるわ……
俺の周囲の兵隊蜂もみんな地に伏せて頭下げとるし……
「いや礼には及ばんよ。
あんたたちのおかげで果樹も受粉出来るからな。
蜜蜂の大王国と大果樹園が両方出来れば、お互い嬉しいじゃないか」
(もったいないお言葉…… そ、それでもしやあなたさまは……)
「名乗るのが遅れたが、俺はシスティフィーナ神の使徒でサトルっていう者なんだ」
(やはりそうであらせられましたか……
あいにくと我らは固体名を持っておりませぬので、名乗ることも出来ませぬが……
それに妾はもはや寿命を迎える身。
来年の夏には最年長の娘に大女王の座を譲って消える運命でありまする。
ですが、このご恩は必ずや代々言い伝えていくこととさせて頂きましょう……)
「あ、そのことなんだけどさ。
この世界樹の実と俺の神力水って、どうやら寿命を延ばす効果があるようなんだ。
だから大女王もその一族も、たぶんもっと長く生きられるようになるんじゃないかな」
(な、なんと!
ううううっ…… そ、そのようなご恩まで賜れるとは……)
あー、大女王様、本気で泣き出しちゃった……
「そ、それでさ。
その代わりって言ってはなんなんだけど、まだまだ畑や果樹園もたくさんあるんで、もっとみんなに分蜂して来て貰えないかな」
(あ、ありがたき幸せ……)
こうして俺の作った畑や果樹園には、友好的な蜜蜂一族が大量に移住してくれることになったんだ。
これでますます食糧増産の目途が立ったよなあ。
へへ、俺が近くに行くと、みんな俺の上空でなんか不思議なカタチに飛んでダンス踊ってくれるんだぜ。
なんだか『大恩を感謝するダンス』っていうんだってさ。
それに、もし俺が頼めば10万匹の蜜蜂が兵隊として命をかけて戦ってくれるって言うんだわ。
春になれば50万匹は超えるって言うしさ。
もちろんそんな軍勢使う気は無いけど……
こいつらが全員本気で戦ったら、フェンリーたちとも互角なんじゃないか?
旧エルフ村跡地に作っていた『ニセ世界樹』が完成したんで、俺は土の大精霊と視察に出かけた。
おお! 遠目から見たら、世界樹そっくりじゃないか!
近寄ったらどうかな……
うーん、全然見分けがつかんわ。
これほんとにニセ物か?
それで俺、飛んで行って根元部分とかに触ってみたんだけどさ。
驚いたことに木の感触そのものなんだよ。
いったいどうやってこんなもん作ったんだ?
それで『棟梁』に聞いてみたんだけどさ。
倒木の樹皮や地球から輸入した樹皮なんかを張り付けて、『練成』も使って作ったらしいんだ。
もっとも、本物っぽいのは地上から30メートルぐらいで、そこから上はマナ建材で作ってるらしいんだけど。
おお、結構な量の葉も茂ってるわ……
あ! あそこ赤い実もたくさん生ってる!
うーん、素晴らしい……
それでもう俺、土の精霊たちとひとりひとり握手しながらベタ褒めしたんだ。
いや、実際に素晴らしかったし。
そしたらさ、精霊たちがみんな泣き出しちゃったんだよ。
お、俺に褒められたのが、そんなに嬉しかったんか……
そうか……
精霊たちにとっての最高のご褒美は、俺が褒めてやることだったんだな……
この子たち、やっぱり『褒めて伸ばす子』だったんだなぁ……
「なあアダム。
ノーブ王国軍はあとどれぐらいでこの地にやってくるんだ?」
(あと3カ月ほどでございましょう)
「そうか……」
俺は森の跡地を囲む、直径50キロ、高さ10メートルの城壁を作り、簡素な門も作った。
入り口には、「無断立ち入りを禁じる。ガイア国代表代行サトル神」って書いた看板もつけといたわ。
3カ月後が楽しみだな……