*** 157 神の湯 ***
俺は大きくため息をつくと、幼児たちを見渡した。
「いいか。もう一度言うからよく聞け。
俺がお前たちをこの館に集めたのは、『幼児ハーレム』を作るためではないのだ。
ましてやお前たちに子を生ませるためでもない」
「で、でも使徒さま、うちの父ちゃんがにゃんとしてでも使徒さまの子を授かれって……」
「うちの族長も、次は何としてでも女の子を送り込むから、それまでは繋ぎとして頑張れって……」
俺はまたため息をついた。
「それは違う。
いいか、この世界はヒト族がデカい面している。それは何故か?」
ナーシャがためらいがちに手を上げた。
「ヒト族が優れているからですか?」
「断じて違う!
ヒト族の罪業は最低最悪だ。
なにしろヤツらは喰うため以外にも殺しをする。
自分や一族を守るためでもなく、単に自分の権勢欲を満たすためだ。
しかも親子兄弟まで殺す。
そう言う点で世界最低の種族だ」
多くの幼児たちが首をかしげている。
「難しい言葉が多くてまだお前らにはわからんかもしれんが、そのうち学校で教えてもらえるはずだ。
そして、いろいろな意味で最低なヒト族だが、唯一優れている点がある。
それはヤツらの寿命の長さだ。
殺されなければ平均で50年近く生きられる」
幼児たちがザワついた。
「お前らの種族は寿命の短いものが多い。
大昔の猫族は10年ほどの寿命しか無かったはずだ。
比較的長命な馬族でも昔は20年だ。
まあ、ドラゴン族やフェンリル族は長命だが、その分子供が出来にくい」
ドラゴニュート姿のケリエール(3歳♀)が発言した。
「わたちは一族の中でも100年ぶりの子らしいでしゅ」
「そう。長命な種族ほど子が出来にくい。
これは自然の摂理かもしらん。
1000年以上生きるドラゴン族が毎年子を生めば、この世界はあっという間にドラゴンだらけになって喰い物が足りなくなるからな」
「なるほどでしゅ。
子が少ないことが種族と世界を守ってるんでしゅね……」
「そういうことだ。
だがヒト族は比較的寿命が長く子供も多く生まれる。
その結果としてお前たちの種族に比べて遥かに数が多くなるのだ。
数の多さは力だ。
ヤツらはその数の力をもってこの世界の最大勢力になった。
そうして他種族を殺し、同族すらも殺して世界の支配者になろうとしている」
幼児たちが少しビクついている。
「だから俺はお前たちの寿命を延ばしたいんだ。
俺の近くにいて俺の魔力を浴び続ければ人化が進むかもしれん。
そうすれば、お前たち一族の数も増えて長い時間をかけてレベルアップが出来るし、寿命も延びるだろう。
お前たちはそのテストケースとして選ばれたんだ。
お前たちの人化が進んで長生するようになれば、将来は一族の数も増えてより強くなれるんだぞ」
「で、でもサトルさま。
もちあちしらがサトルさまの子を生めば、その子はもっと人化が進んで長生き出来るんじゃないのかにゃ?」
「わたくしの人化が進んで長生しても30年の寿命がせいぜい35年になるだけかもしれませんわ。
でもサトルさまの子を生めば、その子は50年の寿命を授かるかもしれません。
わたくしたちの代では無理かも知れませんが、私たちの子やその子供たちの世代になれば、長寿で高いレベルを持った種族になれるかもしれませんわ」
俺は微かにため息をついた。
「それも考えたこともある。
だがその手段はまだ採らずにおこう。
それよりも、最初の実験は成功しつつあるように思う。
どうだお前たち、この邸に来るようになってから、人化が進んでいる実感はあるか?」
「喋るのが楽になって来たにゃ!」
「わたくしは指が長くなってきて物を掴むのが楽になって来ました」
「ぼ、ぼくね!
なんだか脚が長くなって来て二足で歩くのが楽になってきた!」
「おててが長くなってきたにょ」
「手を使って物が食べられるようになって来た……」
俺は微笑みながら幼児たちを見渡した。
幼児たちも少し得意げに俺を見返す。
「そうか……
きっとお前たちの寿命も延びているかもしらんな。
それではこのまま実験を続けて行こう。
だが……
ひとつだけ言っておく。
俺と寝るときはパンツを穿け! それも大事な習慣だ!
それから俺にケツを向けて寝るな!
それさえ守れれば俺と一緒にベッドで寝ることを許す」
幼児たちはやや不満げな顔をしつつも頷いた。
まあ、基本的には素直でいい子たちだ。
これで俺の爽やかな目覚めが確保出来たことだろう。
あ、悪魔っ子たちに言って、もっと大きなベッドを用意させようか。
それともいっそのこと畳の部屋でも作るか……
各種族をさらに健康な状態にして、寿命も延ばしてやるために、俺はもうひとつの施策を始めることにした。
「なあアダム。
この大平原の周囲の山沿いに、どこか温泉が湧き出そうな場所ってあるかな。
出来れば硫黄分が少なくて、弱アルカリ性の温泉がいいんだが」
(東部山脈の南側、旧エルフ村より500キロほどのところに候補地がございますね。
ただ、1000メートル程掘削する必要がありそうですが)
「まあ、温泉掘るなら1000メートルぐらいはふつーだな。
それじゃあさっそくそこに行ってみるか」
(はい)
その場所はほとんど草木も生えていない岩稜地帯だった。
なんとなく表面の岩も少し暖かい感じがする。
俺は周囲を少し平らにしてから、その場に直径1メートルほどの穴を垂直に掘って行ったんだ。
まあ、これ位の作業だったらどうってことないぞ。
それで10分ほどかけて1000メートル掘ると、勢いよく温泉が噴き出して来たんだよ。
さっすがアダムの探知能力だわ。
でもこの温泉…… 湯量は充分だけどちょっと熱いな。
温度は…… うわ、90度もあるのか。
「なあアダム、この温泉の成分はどうかな?」
(ごく弱めのアルカリ性でございますね。
ミネラル分は豊富ですが、硫黄分は全くございません。
純粋に地下水が地熱で暖められたもので、火山性ではないからでございましょう)
「よし、それじゃあ湯を冷ますプールを作るか」
俺はその場を整地して、広い階段状にした。
そうしてその階段ひとつにつき、100メートル四方程のプールを作って行ったんだ。
噴き出している高温の湯は、まず最初のプールに溜める。
そのプールから溢れたお湯は、水路を通って次のプールに流れ込んで行くようにした。
こうして湯ざまし用のプールを10個ほど作ったんだ。
全てのプールには大型の『転移の魔道具』も取り付けてある。
これで寒い冬場は上の方のプールからお湯を引き、暑いときには下のプールからお湯を引けばいいだろう。
「なあアダム、冷ました温泉をそのまま川に流したら、魚に害ってあるかな?」
(大丈夫でございましょう。
このお湯は地熱で暖められているだけで、成分そのものは地下水と変わりがありませんので)
「なるほど。確か日本の温泉地でもそういう場所はあったな。
だったら大丈夫か……」
俺は中央街の南側に、広大な『温泉リゾート』を作り始めたんだ。
まずはマナ建材で階段状になった丘を作る。
その丘のてっぺんには、10メートル四方ほどの小さな湯船を作った。
その湯船から溢れたお湯は、その下の段にある中型の湯船に流れ込むようになっている。
中型と言っても、20メートル×100メートルもあるけど。
ここは主に子供用にするつもりだったから、少し浅めに作った。
そうしてそのお湯が溢れると、その下の段には広大な大浴槽があるんだ。
ここは1000メートル×500メートルもある。
体の小さな種族から大きな種族まで楽しめるように、浅いところも深いところも作ったぞ。
それから桟橋みたいにところどころに歩ける部分も作ってやった。
浴槽の中央まで行くのに、湯の中を何百メートルも歩くのはたいへんだろうからな。
湯船の中にはたくさんのベンチみたいな座る場所も作ってやったよ。
浴槽の半分ぐらいは湯は少しぬるめにして、長く温泉に入っていられるようにしようか。
大浴槽の周囲には、たくさんのベンチも並べてやった。
店を作るスペースも用意する。
アイスクリーム屋とかジュース屋だな。
あ、洗熊人族のボディケアルームも誘致しようか……
浴槽に或る程度お湯が溜まったところで、俺は小浴槽に入って翼を広げてみた。
ついでに少し力んで神威も放出してみる。
おー、湯が金色に輝き始めたか……
でもこのままだとみんなにはちょっと濃過ぎるかもしれんな。
世界樹も10万倍の希釈液で充分だって言ってたし……
俺はそれぞれの浴槽に、大きな蛇口の魔道具を配置した。
後で土の精霊たちに言って、周りに彫刻でもつけてもらおうか。
ライオンの口から湯が出てるとか、女神の持つ壺から出てるとか……
蛇口の魔道具からは、源泉や水が出るようにしてある。
これで俺の『神威のお湯』を薄めて貰うことにしよう。
そうして俺は、風呂好きの『岩山のキング』を呼び出したんだ。
「こ、これは……
な、なんという広大な浴場でありましょうか……」
「な、けっこうよさげだろ。
中央神殿でシスティの降臨を見た後、ここでゆっくり湯に浸かって貰おうと思ってな」
「そ、それにしても、なぜこの小さな浴槽の湯が金色に光っているのでありましょうか……
しかもそこから溢れた湯が流れ込んでいる下の浴槽の湯も、淡い金色に輝いておりますぞ……」
「それな、どうやら俺の『神威』の粒子らしいんだ。
ほら、俺が翼を広げると金色の光が出るだろ。
だから湯船の中でも出してみたら、こうして湯が光るようになっちゃったんだわ」
「お、おおおおおおおおおおお……
ま、まさしく『神の湯』……」
「ま、まあそんなに大したもんじゃないけどさ。
あの世界樹にこの水やったら寿命が延びそうだって言うんだよ。
だからみんなもこの湯に入ったら寿命が延びるかもしらんぞ」
「お、おおおおおおおおおおお……」
「それでさ、キングに来て貰ったのは、この『温泉リゾート』の運営を引き受けて貰いたかったからなんだ。
店を作ったり、テレビで宣伝したりすることなんかだな。
後は更衣室を作ったりなんかの仕事もあるか。
まあ後で土の精霊の『棟梁』も紹介するし、細かい仕事は部下に任せればいいだろうから、キングは全体の統括ということで、引き受けてくれないか?」
「光栄の極みにございます……」
いやこの『温泉リゾート』も大当たりだったよ。
開業初日からもうたいへんな人出だ。
特に混雑するのは『夜』だったんだ。
だって、湯船全体が淡く金色に輝いているんだもの。
各所に配置した『照明の魔道具』もほとんど要らない位だったしなあ。
最初は畏れ多いって、湯船に入れなかったやつもいたぐらいだもんな。
さらに、湯船から上がって水かけて流したりする前は、湯に入ったやつの体まで淡く光ってるんだぜ。
特に毛足の長い種族なんかはよく光ってたな。
犬人族とか狐人族とか。
ゴブリン族やドワーフ族の連中は、ちょっと羨ましそうにしてたわ。
でももう、子供たちなんか大喜びよ。
キラキラ光りながらその辺りを歩き回ってるんだ。
それこそまるで天使みたいだったぜ。
それで俺、キングに頼み込まれて、週に3回はこの温泉に浸かることになっちゃったんだわ。
しかもだ。
子供用に用意した中型浴槽は、立ち入り禁止になっちゃってたんだよ。
なんでかっていうと、そこの湯を薄めて冷やしてビンに詰めて、みんなで飲んでるんだわ。
「ありがたやありがたや」とか言いながら。
もう俺、出汁昆布になった気分だったぞぉ……