*** 137 大城壁、最終建設過程 ***
っていうことでさ、ガイアには神界派遣軍駐留部隊が常時5600人も駐留することになったんだわ。
ただこれ、最初は気づいていなかった副産物が2つあったんだ。
ひとつ目は、べリンダール中尉殿を始めとする駐留軍兵士たちの俺の呼び方が、『殿』から『閣下』になっちゃったことかな。
まあこれはどうでもいいことだけど。
ああそうそう、ついでに俺たちに『神界食料庁』からも終身最高顧問就任の打診も来ちまったけどな。
もうひとつは、『9時街』や『10時街』の住民たちの反応だったんだ。
ほら、天使さまや神さまって、ほとんどがヒト型じゃないか。
だから兵士さんたちが街を歩いてたりすると、みんなヒト族かと思ってぎょっとするんだよ。
でも着ている軍服やたまに背中の翼を出してる兵士さんもいるもんで、すぐに天使さまや神さまだってわかるんだ。
そうしてさすがは神界防衛軍兵士で、E階梯はむちゃくちゃ高くて優しいもんだから、1カ月もすると住民たちもすっかりヒト族の姿に慣れて来たんだ。
みんなけっこう仲良くなって、屋台街で一緒にメシ喰ったりしてるしさ。
これさ、ヒト族のE階梯が高くなったら、ヒト族も含めた真の多種族友好社会が出来るきっかけになったかもしれないなあ。
1ヶ月ほど経つと、神界土木部の奴らのマナ操作力が明らかに上がって来ていた。
当初は塩壺30個でふらふらになってたのが、今や300個も作れるようになっている。
どうやら俺のいない隙に、1日3回も4回も気絶しているようだ。
こいつらほんとに熱心だよ。
このペースなら予定の1年を待たずして、ひとりで100万都市1個ぐらいなら作れるようになるんじゃないか?
そうして或る日、城壁の土台を作っているときに、奴らの取りまとめ役でみんなから『ガルムの兄貴』って呼ばれてる奴が言い出したんだ。
「教官殿、自分のカン違いでなければ、我々のマナ操作力は予定以上に育っているものと思われますが、いかがでしょうか」
「お前ら俺に隠れて日に3回も4回も気絶してるだろ。
そりゃあ育って当然だわ」
「それでは教官殿、我々からご提案があります!」
「なんだ? ご提案って」
「教官殿は、我々が塩壺作りをしている間にも、城壁建設の準備をされていると思われます!」
「まあひとりでコツコツやってるけどな」
「それを是非我々にもお手伝いさせて頂けませんでしょうか!
親っさんから聞いたのですが、教官殿が対ヒト族戦に本格的に取り組めないのは、この城壁が未完成だからだということでした。
ご恩をお返しするためにも、我々全員を当面の間城壁建設に投入していただけませんでしょうか!」
「…………」
「幸いにも土台部分造りは樹林帯も抜け、樹木の移転も一段落しています。
ここは一気に全員で城壁を完成させてしまうことをご提案させてください!」
ああ、みんな真剣な顔で頷いてるよ……
「お前ら…… ありがとうよ……
実際マジ助かるわ、お前ぇらみたいなプロたちがいてくれるのは本気で心強いぞ」
はは、なんか俺、涙声になっちまってるわ。
ガルムがみんなを振り返った。
「ようし野郎共っ! 一気に城壁を造るぜぇっ!」
「「「「「 おおおおおおおおおーーーっ!!! 」」」」」
こうして土木のプロ100人と俺の壮絶な工事が始まったんだ。
まずは植物の精霊の半数100人と土魔法の使える精霊たち300人とで、城壁建設予定地の境界線上のすべての樹木転移が始まった。
そこからはまず、残り総延長約1万6000キロの城壁土台造りが始まったんだ。
【大地移動】の魔法マクロも、一度に50メートルではなく100メートルにして作業の効率化を図る。
さらに巨大になったバゲットを、全員が流れるように砂漠に転移させてはすぐに現場に戻って作業を続けたんだ。
驚くべきことに、100人が現場と砂漠を1往復するのに5分とかからないんだぞ。
つまり1時間に120キロという恐ろしいペースで土台が造られて行ったんだよ。
もちろん強制的に間に休みも入れさせたから、実際には時速100キロほどの速度だったけど。
そんな作業を日に10時間もしたんだ。
つまり1日につき土台が1000キロも延びて行くんだよ。
やっぱりプロの仕事ってすげぇよな。
俺はその間に、川を横切る部分の特殊土台を造っていたんだ。
特にこの大陸中部の川は北から南に流れてるから、城壁が南側に差し掛かると川を横切ることが増えるからな。
まずは川幅を広げて水深を浅くして、そこにスリットの入った幅80メートルの土台を造って行く作業だ。
ついでに上流から流れて来る流木や草でスリットが詰まらないように、上流部分の川底には大型の転移の魔道具を埋め込んで行く。
土木部の連中に置いて行かれないように、それはもう必死で作ってたわ。
こうしてイケイケで工事すること3週間。
とうとう総延長2万キロの土台が完成しちまったんだ。
みんなには2日間の完全休養を取ってもらったんだけど、俺はその間も土台の水平チェックをしていた。
例の0.5度以上傾いている部分の修復作業だったんだが、幸いにも全部で100キロ分ほどしかなかったんで、すぐに終わったけどな。
俺はアダムに頼んで、新型ハニカム構造の城壁建設マクロを用意してもらった。
【新城壁建設10】という魔法マクロなんだが、これは長さ100メートルのハニカム構造城壁をマルチタスクで一度に10個建設することが出来るものだ。
ついでに、上空で完成した城壁が土台に設置する際には、城壁の下方部分から強風を噴き出させてから着地させるようにもしてある。
土台を作ってから日にちが経っているんで、ほこりや落ち葉も溜まっているだろうし、なにより小動物なんかがいて城壁で押しつぶされたら気の毒だからな。
既に悪魔っ子たちが城壁を2000キロほど作っていたので、このマクロを1万8000回繰り返して18万枚の城壁を造れば、総延長2万キロの城壁が完成することになる。
このマクロ作業の所要時間は10秒ほどなので、1万8000回分のマクロ終了までには約2日かかるだろう。
はは、今までで最長のマクロ作業になるかな。
それからこのマクロに必要なマナ操作力も計算してもらったんだが、土木部の奴で1人500枚、俺でも2万枚造ったところで気絶するそうだ。
ハニカムにした分、負担が大きくなってるなあ。
でもまあ1人当たり2~3回気絶すればいいのか。それならなんとかなるだろう。
俺は地球の悪魔さんたちに頼んでいくらかの準備をしてもらい、また『建設ショー』の準備を始めた。
悪魔っ子たちの報道チームも準備しているし、アダムに高速移動可能な照明とカメラの魔道具も作ってもらっている。
そうして或る日の夕方、『城壁建設』が始まったんだ。
もちろんその様子は、地上界のありとあらゆる『スクリーンの魔道具』が放映していた。
「城壁建設開始!」
システィの声と共に、神界土木部の若い衆が【城壁建設100】のマクロを5回唱える。
そいつが気絶してぶっ倒れると、悪魔っ子たちが用意していた担架に乗せられて救護所に担ぎ込まれ、そこで10人の精霊たちに『治癒』をかけてもらっていた。
まあ個人差があるんで、中には数枚の城壁を残して気絶するやつもいるが、残りはアダムが完成させている。
こうして100人の若い天使が整然と気絶すると、俺も【城壁建設2万】を唱えて気絶した。
その間にも、『スクリーンの魔道具』には、城壁が次々と建設されて行く様子が映し出されていた。
100メートルの城壁1枚につき1秒、時速360キロものスピードで城壁が伸びて行く。
まるで新幹線みたいだぜ。
建設中の城壁の先頭付近の上空には、強力な照明を搭載した『浮遊の魔道具』が多数飛び、同時に『カメラの魔道具』がこれを撮影していた。
完成された城壁の上にも1キロほどの間隔を開けて照明の魔道具が設置されている。
さらに上空1万メートルにも『浮遊の魔道具』が浮かび、夜の大地に伸びて行く城壁という幻想的な光景を映し出していた。
誰も、俺でも見たことの無い光景に、『スクリーンの魔道具』の前に集まった大群衆は、最初は声も無くその光景に見入っていたそうだが、次第に大歓声が沸き起こって行ったそうだわ。
もちろんこの様子は軍域の『神界防衛軍』にも届けられていた。
連中も喰い入るように見入っていたらしい。
まあなんせ高さ50メートル、総延長2万キロの城壁を2日で造るっていう光景だからな。
だけどそのうち兵士たちも気がついたんだよ。
これ、少なくとも地上戦力の足止めには最適だよな。
紛争地域の中央にこの城壁を造るとか、武装勢力をこの城壁で囲ってしまうとか。
大規模紛争抑止のためのツールとして実に有効なんじゃ無いかって気がついたようなんだ。
後で、この城壁内で囲まれた地域はシスティの『準天使域』になるんで、敵対勢力の強制転移と拘束は自由自在だって教えてやったら興奮してたよ。
自分たちの天使力や神力にそんな使い方があるとは知らなかったらしいんだ。
仮に敵性勢力が爆薬やら大砲やらを用意して城壁を破壊しようとしても、今度はその兵器のみを破壊すればいいし。
もちろん街の住民たちも弁当用意してずっと建築の様子を見ていたようだ。
まあ興奮した子供たちはすぐに電池が切れて寝ちゃったみたいだけどさ。
翌日とその翌日はすべての仕事はお休みにしてあったから、徹夜でスクリーンを見ていた奴らも多かったらしい。
まあ自分たちの街を守る城壁だし、たぶん今後2度と見られない光景だろうから無理ないけど。
スクリーンにはときおり地図も表示され、城壁建設予定地は点線で、既に建設の終わった部分は太い白線で表示されている。
数時間後に西の城壁5000キロが完成したときは、大歓声が沸き起こったそうだ。
そうして今度は南の大城壁が造られ始めた。
南側は川を跨ぐ部分が多いから面白かったらしい。
川幅500メートルほどの大河にかかる橋状の土台の上に城壁が伸びて行くと、歓声と同時にため息も漏れていたようだ。
途中で悪魔っ子たちの手による解説も入る。
この世界には『母川回帰性』の魚がいること。
その魚が成長すると海に行き、親になるために生まれた川の生まれた場所に帰って来ることなどが説明された。
そうして、そういう魚が通れるように、川の部分の土台には無数のスリットが有ることなんかも紹介されている。
はは、『湖のゴブリン』たちから歓声が上がってるわ。
翌日の朝からは、城壁攻略撃退のパフォーマンスが用意されていた。
大勢の悪魔っ子たちや精霊たちが、魔力で石を運んで城壁の脇に積み上げて行く。
そうして徐々に石を増やして城壁を乗り越えるための斜面を作っていったんだ。
まあ高さ50メートルもある城壁だから、こんな作業をするのは大変だっていうことはみんなわかるだろう。
特に魔法を使わずに人力でこんな斜面を作るのは。
そうしてその斜面が高さ20メートルに達すると、悪魔っ子と精霊たちが現場から避難してカウントダウンが始まった。
そうしてスクリーンの隅に0が表示されると、アダムがその斜面そのものを全部倉庫に転移させちゃったんだよ。
みんなびっくりしてたぜぇ。
画面では悪魔っ子の1人がにこやかに解説を始めている。
「これはみなさんも毎日利用されている『転移の魔法』の応用です。
実は皆さんのような生きている生物を転移させるよりも、こうして石のような無生物を転移させる方が簡単なんですよ♪
それでもヒト族がこの壁を乗り越えて来たとしましょうか」
城壁の脇に悪魔っ子たちが100人ほど転移して来た。
全員黒い服を着ていて、一斉に城壁から離れて走り始める。
だが、すぐにその子たちの上にロックオンマークが表示されたんだ。
「このようにすぐに全員がロックオンされました。
こうなるともう逃げることは出来ません。
この状態であれば、彼らヒト族を待ち受けるのは、サトルさまのショックランスで気絶させられるか、アダムさんに捕虜収容所に転移させられてしまうかのどちらかしかありません」
画面の半数ほどの悪魔っ子たちがそのまま消失した。
残りの半数はその場に倒れ込み、これもすぐに消失する。
「このロックオンは、同時に1万人ほどに付けることが出来ます。
それにこれらの城壁から皆さんの街までは優に1000キロ以上離れていますからね。
ですからまあ、例え100万人規模のヒト族軍が城壁を乗り越えられたとしても、その後の数時間で全員捕獲されてしまうことでしょう。
ですからわたしたちは安心して街で暮らして行けるのです」
街の住民たちからは大歓声と拍手が沸き起こっていたよ。




