*** 136 神界防衛軍、終身最高顧問閣下 ***
俺は『神界土木部』の若い衆に話しかけた。
「お前たちのマナ操作力は『鑑定』で見させてもらった。
最も多い奴で35、少ない奴で25ほどなので、まだこの塩コンテナ作成は無理だろう。
従って最初は【塩壺作成1】と【塩壺作成10】の魔法マクロで塩壺を作って欲しい。
塩壺の塩の量はコンテナの300分の1なので、塩壺を300個作っても気絶しないようになったら塩コンテナに挑戦してもらいたい。
まあ最初は塩壺を30個ほど作ったら大半が気絶するだろうが。
よってお前たちを4つの班に分ける。
1つ目の班は【塩壺作成10】と【塩壺作成1】を併用してぎりぎり気絶するまで塩壺を作ってくれ。
2つ目の班は安静にして回復に専念しろ。
3つ目の班は救護係だ。気絶した奴を担架で休息所に運べ。
4つ目の班は休息所で気絶者に『治癒』をかけてやって回復させろ。
つまり、『作成』、『回復』、『救護』、『治癒』というローテーションを組むんだ。
今日は初日だから各人1回の気絶にしようか。
まあ希望者は2回気絶してもかまわんが」
「教官殿! 質問があります!
教官殿は1日に何個塩コンテナが作れるのでありましょうか!」
おいおい、なんかみんな真剣な顔で俺のこと凝視してるぞ。
「うーん、そうだな。4万個作ったら気絶するかな。
それでもし充分な『治癒』が受けられたら、日に50万個ぐらいじゃないか?
塩壺だったら1億5000万個ほどか」
「い、いちお……」
「ま、マジか……」
「まあお前たちの最終目標は【100万都市建設】の魔法マクロが使えるようになることだろう。
そのためには最低でも塩コンテナを1000個作っても気絶しないマナ操作力が必要になる。
先は長いから焦らずにゆっくり行くぞ。
そうそう、お前たちが塩コンテナを10個作っても気絶しないようになれたら、次の段階の訓練に入るからそのつもりでいてくれ。
それでは訓練開始!」
俺はしばらく連中の塩壺作りを見守っていたんだが、さすがに体力にも熱意にも溢れた連中だわ。
実に整然と塩壺を作って、それから整然と気絶して行ってるわ。はは。
それで俺は休息所の拡充を始めたんだ。
ベッド数を増やして食料や飲み物を大量に揃えた。
もちろんドワーフ達と共同の休息所だ。
食料も飲み物もみるみる減って行くんで、悪魔っ子を2人ほどつけて飲食物の補充専用にしたけどな。
最初は天使さまや神さまに遠慮してたドワーフたちだったけど、おなじ作業で気絶してる者同士、数日も経ったらすっかり打ち解けてたよ。
「俺たちは任務だからいいが、お前たちはたいへんな仕事をしておるのう」
「いえいえ天使さま。わたしどもの家族は皆サトルさまのおかげで安全に暮らせている上に、毎日豪勢な食事を頂いておりますだ。
この程度の仕事は当然ですだよ」
「そ、それはそれは…… 素晴らしい心がけだのう……
それにしてもこのマナ操作力の枯渇による気絶とはけっこうキツイものがあるわい。
お前たちもよく耐えておるよの」
「それが天使さま」
「ガイウスだ。天使さまなどと呼ばずにガイウスと呼んでくれ」
「そ、それではガイウスさま……」
「さまも不要だ」
「そ、それじゃあ失礼してガイウスさん。
この気絶と気分の悪さもすぐに慣れるだよ。
30回も気絶すると、だんだん気持ち悪さが薄らいで来るだ。
それに日に2回も気絶すると、『ああ、今日も頑張っただなぁ』っていう充実感が得られるだぁよ。
なにしろおら、あの塩壺を6個も作っただからの。
塩壺6個あったら4人家族が半年は暮らせるだけの食べ物と交換出来るだで」
「そうか…… それは素晴らしい仕事だのう……」
そんな会話がそこかしこから聞えて来るようになったんだ。
『神界土木部』の連中のスケジュールは、2日塩作りして1日休み、また2日塩作りで1日休んで、7日目には城壁造りをしてもらうことにした。
まあ城壁建設は単なる力仕事だから、連中にはほとんど休みみたいなもんだろう。
俺は中断していた城壁建設現場に全員を連れて行った。
まずはアダムに境界線上の樹木に印をつけてもらい、それから植物の精霊が説得して土の精霊が周囲の土ごとその樹木を浮かべる。
それをアダムが倉庫に転移させて、街の街路樹や砂漠の緑化に使うことを教えてやった。
土木部の連中、あの映画に出て来る有名な植物すら保護する作業を見て感動してたぜ。
それからから、魔法マクロ【大地移動100】を見せてやった。
縦横深さ共に50メートルの大地が切り取られ、白いバゲットに入れられて宙に浮かぶとみんな大喜びしてたわ。
さらにその大地を砂漠地帯に運んで並べる作業も教える。
こうしてまずは城壁の土台を作らせて行ったんだ。
まあさすがは『神界土木部』だわ。
すぐに作業を覚えてどんどん土台が作られて行ったんだ。
植物の精霊と土の精霊たちの仕事の方が大変そうなほどだったよ。
でも土木部の作業は週に1日だからさ。
それ以外の日にも精霊たちが毎日交代で作業してくれたんで、翌週からの土台造りはさらに捗ったわ。
調子がいいと、1日に400キロも土台が出来るんだものなあ。
そうそう、川の部分については土台の設計を変更したんだよ。
この世界にも母川遡上性の鮭みたいな魚がいるってわかっちゃったからな。
だから川をまたぐ土台の部分には、幅15センチ、高さ10メートルほどのスリットを10センチおきに入れるだけにしたんだ。
以前の設計だと魚が川を遡上出来ないからな。
その代わりに、土台部分の幅を50メートルから80メートルに広げて強度を持たせたんだ。さらに川幅も広げて川も浅くする。
それから新たに土台に乗せる城壁にも工夫をした。
幅20メートル、高さ50メートルというサイズは変えないまま、内部をハニカム構造にして軽量化を図ったんだ。
そうすれば貴重なマナ建材も節約出来るし。
具体的には、まず幅20メートル、高さ50メートル、長さ50メートル、厚み1メートルの中空の箱を作る。
その中に、直径30センチ、高さ1メートル、厚さ5センチほどの、やはり中空の6角柱を立てて敷き詰める。
そして、その上に縦48メートル、横18メートル、厚さ10センチの板を敷いて、箱と6角柱と板を融着させるんだ。
これを繰り返して、中空の箱の内部を埋めて、最後に蓋をして完成だ。
これでマナ建材も65%ほど節約出来るし、その分重量も軽減出来るだろう。
まあ代わりに魔法マクロの行数も増えて、必要マナ操作力も跳ね上がったけど、土木部の連中が根性でなんとかしてくれるだろうからな。
いい訓練にもなるし。
まあ当面は土木部の連中には土台作りに精を出してもらって、城壁自体は後で一気に建てて行こうか。
2週間もすると、俺がいなくとも全ての訓練や作業が順調に回り始めた。
土木部の連中のマナ操作力もみるみる育っていっている。
俺がやることは、たまに見回りをすることと、出来上がった城壁の土台の水平をチェックすることぐらいだよ。
そうこうしているうちに、神界防衛軍ガイア駐留部隊にナノマシンとAIから成る『紛争地域監視システム』が届き始めたんだ。
そしたら驚いたことに、また神界防衛軍の最高司令官さんとその幕僚たちがガイアにやって来たんだよ。
後ろには直立不動のべリンダール中尉も控えてるわ。
「システィフィーナ次期初級神殿、サトル次期初級神殿、先日は神界防衛軍に対し莫大なご寄付を賜り、誠にありがとうございました。
また、この度の『紛争地域監視システム』のご寄付にも感謝の念が絶えません」
「いえいえ、おかげさまでガイアの平和への準備が着々と整いつつあります。
こちらこそ厚く御礼申し上げます」
「それで本日は『神界防衛軍』からのささやかな御礼と、またしても厚かましいお願いの為に参上いたしましたのでございます」
「そんな、御礼などとお気を遣わずに」
「いえ、本当にささやかな名前だけのものでございます。
どうかお二方には、『神界防衛軍終身最高顧問』という新設のご役職にご就任頂きたいのであります」
「さ、最高顧問ですか……」
「はい。
我々防衛軍にとって最も必要とされるものは、人材と訓練と装備であります。
お二方は、そのうち訓練の場と装備購入費用という2つの要素をご提供くださいました。
訓練こそが人材を育てるという観点に立てば、全てをご提供くださったと言っても過言ではありません。
このご恩を忘れないためにも、お二方には神界防衛軍終身最高顧問にご就任頂きたいのであります。
もちろんこのご役職には、なんの義務も制約もございません。
単に我々やその後任たちが、お二方のご恩を永遠に忘れないでいたいがためのものなのでございます。
どうかお引き受け下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
おいおい、神さまたちが8人も頭下げてるよ。驚いたな。
システィを見やると微笑んで頷いてるわ。
「みなさまどうかお顔をお上げくださいませ。
わたくしが療養中も、皆さまのご配下の方々は実に真摯にこのガイアの住民防衛というご任務をこなしてくださいました。
また、現在の駐留軍の方々も、べリンダール中尉殿をはじめ、みなさまたいへんに熱心に任務に当たられて下さっています。
もしもその役職に就くことで、ささやかながらもご恩返しが出来るのならば、システィフィーナ次期初級神と共に、微力ながら神界防衛軍のお役に立たせて頂きたいと思います」
はは、みんな実に嬉しそうに微笑んでくれてるわ。
「ありがとうございます。心より御礼申し上げます。
さて、お願いと申しますのはですね。
この『紛争地域監視システム』というものは、実に貴重かつ高価なものでございまして、さらにこれを実戦形式で訓練に使用出来る場など、神界認定世界ではどこを探しても存在しないのであります。
そこで、常駐の中隊規模の駐留軍に加えて、2個大隊5000名規模の旅団も3カ月交代ほどで駐留させて頂き、実戦訓練の場をご提供頂けないものかと考えておるのでございます」
「そ、それはまたすごいお話ですね……」
「ええ、以前に駐留させて頂きました師団長の詳細報告では、ここガイアでの実戦訓練3カ月は、通常訓練10年に匹敵したとありました。
その防衛対象、その仮想敵、そのいずれを取っても凄まじい臨場感と緊張感が認められ、兵士たちの顔つきすらみるみる変わっていったとのことなのであります。
特に、兵士たちが地上の『街』での休息をご許可頂いていたために、実際の被防衛対象と親密に接する機会がございました。
その上で第1防衛ラインに接近する仮想敵の観察により、そのあまりにも悪逆非道なる攻撃意図を現実に目にする機会もあったのでございます。
そのためか、即応部隊の兵士のほとんどは、最上の使命感を持って敵勢力の排除と拘束に当たったそうなのです。
多くの兵士たちが涙まで流していたそうですな」
「そうだったんですか……」
「このような経験を持つ兵士は、神界防衛軍3万の中にも他におりません。
もし出来るものでありましたら、防衛軍全ての兵士にあの得難い経験をさせてやりたいのでございます」
「畏まりました。
我々と致しましても、願っても無いことでございます。
是非よろしくお願い申し上げます」
「あ、ありがとうございます、終身最高顧問閣下……」