*** 129 『21京人の涙』 ***
俺は再度ニューウールの大地に降り立った。
これも後で聞いたんだけど、このときの俺の体って、身長は10センチも縮んでて、体重は85キロあったのが50キロを割り込んでたんだと。
後でこのときの映像を見たんだけどさ。
これ、前世で俺が危篤状態になったときの顔にそっくりだったんだわ。
でも……
目だけはちょっとギラギラしてて、なんというかこの、『意思と希望』が感じられる目だったんだよ。
そりゃそうだよな。
今の俺にはシスティたちだって、悪魔たちだって、精霊たちだって、フェンリルたちだっているんだもの。
しかもゴブリン族を始めとして仲間たちが続々と増えて行ってるところなんだもの。
『生きる意思と希望』に満ちた目をしてるのは当然だよ。
へへ、俺もけっこういい目するようになったじゃねぇか。
後にこのときの俺の顔の写真が銀河中に出回ったんだけどな。
キャプションはひとこと、『英雄の目』だったよ。
まったくこっ恥ずかしいぜ。
そうして俺は掠れた声で、【都市建設40】を唱えたんだ。
でも、今度の気絶は長かったらしい。
5人もの上級神さまが最高のキュアをかけて下さったんだけど、それでも俺は目を覚まさなかったんだ……
銀河中が号泣と怒号と絶叫に満ちていたらしいな。
『英雄を殺すなーっ!』
『これ以上たったひとりの漢に、負担をかけるなーっ!』とか言って……
特に、気絶して横たわっていた俺の腕が、体の上から横にパタリと落ちたときにはヤバかったらしい。
ほら、まるでドラマとかでよくあるご臨終シーンみたいだからさ。
その瞬間、銀河全域で数10兆人の気絶者が出たそうだわ。
実際は、意識が戻りかけてた俺が大きく息を吸ったんで、ハラの上の手が脇に落ちただけだったんだけどな。はは。
そうして、これも銀河全域でみんなが泣きながら議論し始めたらしいんだ。
「お、おい。俺たちの星でもウールの住民を受け入れられないか……」
「どこにそんな場所があるんだよ!」
「ほ、ほら、シーズンオフのリゾートホテルとか……」
「カネはどうすんだよ!」
「あ、ああ…… みんなで『寄付』するとか……」
「そ、そうか。その手があったか…… でもずっとっていう訳には……」
「だってそんなもんせいぜい半年だろ。半年あれば、サトルがゆっくり時間をかけて残りの都市を作ってくれるんじゃあ……」
「よし! 俺、行政府に知り合いがいるから連絡してみる!」
さすがに神界が『認定』済みのE階梯の高い住民のいる世界ばっかしなんだもんで、あっという間に義捐金やシーズンオフのリゾートホテルへのウール住民受け入れの表明が集まって来たらしい。
それを報道でも取り上げたもんだから、もう後は怒涛のように申し入れが殺到して、神界の「惑星ウール危機対策本部」はタイヘンだったらしいな。
こうして、俺が造った320の都市に入りきらなかったウールの連中も、僅か1日ほどで受け入れ先が決まったそうなんだ。
なんか全部で1000万を超える星の数億のホテルが手を上げたそうで、避難住民の誘致合戦にまで発展したんだと。
しかも、義捐金とかとんでもない金額が集まっちゃったんだ。
だってあの番組見てた連中が、ひとりが1クレジット寄付するだけで、21京クレジットも集まっちゃうんだもんな。
そんなもん全部使ったら、ウールの全住民が数億年に渡ってホテルに滞在出来んぞ。
ってか、それホテル全部買えちゃうじゃないか!
しかも、その一部には、「これはガイアの試練克服のために使ってくれ」っていう寄付もあったもんで、俺たちの口座に100兆クレジットものカネが振り込まれてたんだわ。
最初に神界に提示された建設代金の1000倍な。
びっくらこいたよ。
こうして俺には新たな「二つ名」がついちゃったんだ。
それは、
『21京人を絶叫させた漢』とか、『30兆人を気絶させた漢』、
もしくは、
『21京人の涙』とかっていうものだったんだ。
これ最初に聞いたとき、俺恥ずかしくって恥ずかしくって、しばらく布団被って悶えてたよ。
そうそう。
神界の医師が俺に出した処方は、「3カ月間の絶対安静」だったんだ。
ふふ、それ一般人が聞いたらびっくりするかもしれないけどさ。
俺、前世で20回以上経験してるんだけど。
それも、トイレにすら行っちゃいけないレベルの『絶対』安静を。
寝てるときって『小』は出にくいから、尿道カテーテルつきの絶対安静だぞ。
そうして、その3カ月間は、神界防衛軍も駐留し続けてくれることになったんだ。
へへ、それなら安心して寝てられそうだわ。連中、圧倒的に強いからな。
それにもちろん兵士たちもあの映像を見ていたせいで、士気は超絶最高だったらしい。
「英雄の世界を守れぇっ!」とか言って……
しかもベルミナのスープとエルダさまが振舞う地球食がすっかり気に入ったみたいで、兵士たちは一生ここに駐留していたいとか言ってるそうだ。
それから「ニューウール」の都市建設については、2日に1回アダムが出張して続けてくれることになったんだ。
「絶対に1日に都市3つ以上は造るな」って命じたんで、アダムの負担も相当に軽いらしい。
出張日には、朝出かけて昼前にはもう帰って来てるようだから、本当に大丈夫なんだろう。
さすがの俺も、最初のころはずっと寝てたよ。
そうだな、1日24時間のうち22時間ぐらい。
まあ、ときどき目が覚めて流動食とか食べてたんだけど、夕方に目が覚めるとシスティやローゼさまやエルダさまたちが、俺を風呂に入れてくれるんだ。
体は『クリーン』で綺麗になるけど、俺が風呂好きなの知ってるから。
そのときは悪魔族の子たちも10人ぐらい来て手伝ってくれるんだよ。
でも……
どうしていつも、手伝いに来るのは女の子たちばっかしなんだろうか……
それに全員まっぱだし。
なにも着てない美女美少女13人に運ばれて風呂に入れられて、そのあとゆるゆると体を洗ってもらうとか、それどんな天国だよ!
でも最初のころは、俺のオオカミさんはピクリとも反応出来なかったんだ。
ま、まあそのうち反応するだろ……
するよね?
お願いだから反応してくださいっ!
1カ月目ぐらいにようやくオオカミさんが目覚めたときは、みんな大歓声だったわ。
もー嬉しいやら恥ずかしいやらで俺は大困惑。
しかもみんなでよってたかってきゃーきゃー言いながらオオカミさんを洗うもんだから、しまいにゃ赤く腫れちゃったんだぞ!
そうして……
いつ目を覚ましても俺の傍らにはシスティとフェミーナがいたんだ。
「なあ…… システィ、フェミーナ。
今度俺が寝たらさ。外で散歩でもして来いよ。
俺が起きたらイブが連絡してくれるだろうから……」
「はい……」
システィとフェミーナは『9時街』を歩いてた。
そこにはゴブリンの子供たちや、最近移住してきた兎人族や猫人族の子供たちが笑顔で走り回っている光景があった。
兎人族や猫族の子供たちは最初フェミーナを見て立ち竦んでいたが、もうすっかりフェンリルに慣れたゴブリン族の子供たちが、「フェンリルしゃまだぁー♪」とか歓声を上げながらフェミーナにまとわりついている。
それを見て、他種族の子供たちも恐る恐るフェミーナに触っていた。
「ねえフェミーナさん。本当にありがとう」
「なんのことでございましょうかシスティフィーナさま……」
「だってぜんぶあなたたちのおかげなんですもの。
この世界でこんなにも平和な光景が見られるなんて……」
「いいえ、こんな素晴らしい街を造ったサトルさんのおかげです……」
「でも、あなたたちがいなかったら、いくら街が出来ても誰も来てくれなかったわ。
今まで長いことこの大平原の平和を守って来たあなたたちのおかげなの。
それにあなた、あんなに歩き回って多くの種族に移住を勧めてくださったんだもの。
だからね、わたしあなたにお礼がしたいのよ。
あなた、何か欲しいものはない?」
「…………」
「どうしたの? そんな悲しそうな顔をして……」
フェミーナはぽろぽろと涙を零し始めた。
本当に悲しそうに泣いている。
「ど、どうしたの? ど、どこか痛いの?」
「わたし…… 欲しくて欲しくてたまらないものがあるんです……
でも…… それは絶対に手に入らないものなんです……」
「それはなんなのかしら。もしよかったらわたしに話してくれないかしら」
「わたし…… わ、わたしわたし!
さ、サトルさんの子が欲しい…… サトルさんの子を生みたい……
で、でもわたしフェンリルだから……
ああ…… なんでわたしヒト族に生まれなかったのか……」
もうフェミーナの目からはとめどなく涙が流れ落ちていた。
彼女は、涙とはこんなにも冷たいものだったのかと思いながら泣き続けた。
「あら、生めるわよ」
「えっ……」
「あなた、ヒト族とほぼ同じワーフェンリルに『変化』して、それでサトルに子種をもらってサトルの子を生めばいいわ。
そうね、妊娠中はワーフェンリルの姿でいなきゃなんないけど、子を生んだらあなたの意思でフェンリルにも戻れるし、またワーフェンリルの姿にも戻れるように設定しましょうか」
「そ、そんなことが出来るんですか……」
「うふふ。わたしこれでも『創造天使』なのよ。
わたしがこの世界のすべての知的生命体を創ったんだもの。
それぐらいなら簡単よ」
それからフェミーナは切れ切れにお礼を言いながら大泣きし続けた。
だがもちろん、その涙は先ほどまでとは違った実に暖かい涙だったのだ……
「でも今はまだサトルをあんまり驚かせたくないし、サトルにあなたのワーフェンリル姿を見せるのは、もう少しサトルが回復してからにしましょうか……」
「はい…… 本当にありがとうございます……」
「いいのよこれぐらい。あなたはそれだけの働きをしてくれたんだもの。
あ、それからね。サトルもわたしも、子を生むのはこの世界を救ってからにしようって決めてるの。
だからあなたもそれまで待ってくれるかしら?
フェンリルの寿命は長いから、それぐらいはだいじょうぶよね?」
「は、はい。もちろんです……」