*** 120 『10時街』建設見学会 ***
第8王子率いる捜索軍は、洞窟ドワーフ領に至る周囲の地形と道の調査活動を行っていた。
「殿下。どうやら山脈の稜線地帯に登る道が5カ所ほど発見されました」
「そうか。それでドワーフ族の本拠地に至るにはどれほどの日数がかかりそうか」
「それが……
最も短いルートで3カ月、長いところでは6カ月ほどかと……」
「それでは20名規模の捜索隊を5つ作れ。
残りの部隊は50名ほどずつに分けて、すべて捜索隊への物資の供給を行わせろ。
特に野菜と果物に重点を置くのだ」
「はっ!」
「また、戦闘行為は厳に禁ずる。
敵に接した際には速やかに撤退して内容を報告するよう伝えよ」
「ははっ!」
「やはり相当に時間がかかりそうでございますな、殿下」
「まあ想定通りだ。
もともと捜索期間の予想は1年だったからな」
「それでは我々はギャランザ王国王都に本陣を作って情報収集を続けますか」
「うむ……」
岩山のゴブリン・キングが大森林にあと4人いるゴブリン・キングに連絡を取ってくれた。
4人のキングたちは全員『9時街』を見学に来てくれたんだが、そのうち3人は移住を前向きに考えてくれるそうだ。
どうやら『岩山のキング』と同じように東への移住を真剣に検討していたらしい。
唯一難色を示したのが、南にある大きな湖の周りを拠点にしていたキング、通称『湖のキング』だった。
この湖のゴブリン族って、驚くべきことに湖で魚を養殖していたんだよ。
秋になって鮭みたいな母川回帰性の魚が遡上して来て湖に卵を生むと、その卵を潜って取って来て、湖から引いた水を溜めた池に移すんだそうだ。
そうして稚魚が他の魚に食べられない位に大きくなると、湖に放流してたんだわ。
そうして、毎年秋に膨大な数の鮭もどきが産卵を終えて水面に浮かぶと、一族総出で船を出して掴まえて干物にしているんだと。
産卵前の魚の方が旨いんだろうけど、それは極少数だけ獲って一族の年に一度のご馳走になっているとのことなんだ。
すげえよな、乱獲しないで漁業資源を保護するなんて、地球でも20世紀後半の発想だぞ。
まあ産卵を終えた後でも、貴重なタンパク源であることに変わりはないからさ。
この干物を主要な交易品として、周囲のいろいろな部族たちと交易していたそうだ。
周囲の他種族たちも、毎年この鮭もどきの干物を楽しみにしていたそうで、だから移住をためらっているらしい。
だからもちろん俺は『転移の魔道具』を見せてやって、俺たちの街に移住しても魚の養殖は続けられると教えてやったんだ。
『岩山のキング』もそうやって岩塩採掘を続けながら移住したって聞いて、びっくりしてたよ。
おかげですぐに移住が決まったけど。
この『湖のキング』にも、周囲の他種族にも移住を勧めてくれるようにお願いしておいた。
この大森林南部は森林の東西の幅が1200キロほどしか無くって、ヒト族の国々とは比較的距離が近かったから、ヒト族に襲撃される危険度も高かったからな。
こうして『9時街』には続々と見学者たちがやってきたんだ。
彼らはまず街を囲む大城壁を見て立ち竦む。
まあ、直径8キロの範囲を囲む高さ50メートルの純白の大城壁なんて、現代地球人が見てもびっくりするだろうからな。
そうしてみんな街の景観に驚き、レストランの豊富な食料に驚嘆し、住宅の中を見てため息をつくんだ。
彼らを最も驚かせるのは今や2400人もいる精霊たちだ。
街の中のどこを見てもあの子たちが飛んでるからな。
それから次に驚くのが17種もの種族が街の中で入り乱れて暮らしている様子だ。
特に保育所や幼稚園に驚いているらしい。
まあ、各種族の幼児たちが仲良く遊んでるからなあ。
そんな光景はみんな初めて見るようだし。
幸いにも見学者たちはそのほとんどが移住を決意してくれるんだ。
でもひとつ興味深い傾向があってさ。
当初移住を断った一族や種族って、すべて例外無く族長が世襲制だったんだよ。
きっとこんな街に移住して他種族と一緒に暮したら、自分たちの権力や権益が侵されると思うんだろうな。
E階梯も例外無く低かったし。
でもそういうときは、アダムにE階梯や幸福ポイントをチェックして貰って、最も有能そうなやつに会いに行くんだ。
そうして、俺たちがサポートするからお前がみんなを引っ張って移住して来いよ、って焚き付けるんだよ。
でもってそいつが移住を発表するときには、フェンリルと精霊たちを山ほど連れて行ってそいつの周りに配置するんだ。
いやこれ効果抜群でさ。一発で無血クーデターが成功するんだわ。
それで呆然としていた族長一族も、冷静になるとこっそり移住を願い出て来るんだ。
洞窟ドワーフの支配階級共とおんなじだわ。
もちろん移住はさせてやるけど、全員収容所行きだ。
どうせ移住先ではまた、生まれを盾に威張り散らすつもりだろうからな。
こうして『9時街』の人口はどんどん増えて行ったんだ。
ただこれ、実に嬉しいことなんだけど、全員移住してくれたら、あっというまに『9時街』が満員になっちゃうだろ。
だから俺たちは『10時街』を建設することにしたんだ。
それも盛大なショーにするつもりでさ。
すでに『9時街』に移住してくれている種族はもちろん、移住を検討中の種族もみんな招待することにした。
そうして俺は、『10時街』建設予定地の北側に、予定地の外周3分の1を覆う、幅500メートル、長さ8000メートル、最も高いところで高さ120メートルのコロシアムスタンドを作ったんだ。
もちろん周囲は頑丈な柵で囲って。
へへ、低めの階段状の席にゆとりをもって50万人収容可能な超巨大スタンドだぜ。
幅500メートルのうち、最も高くなっているのは中央部だ。
そこから建設予定地の南側と、反対の北側にも低めの階段席が用意してある。
ギャラリースタンドの内にはたくさんの緩やかなスロープやトイレも設置してあるしな。
スロープはわざと短めにして折り返しを多くしている。
階段やスロープに慣れてない種族も多いから、万が一誰か転んでもドミノ倒しみたいな大事にならないようにするための配慮だ。
もちろん巨獣族や巨人族用の通路は別に作ってあるし。
『10時街』建設日には、朝から大観衆が続々と転移して来ていた。
はは、みんなお弁当広げて食べてるわ。楽しそうだなあ。
ローゼさまが『観察者になろう』の運営に連絡したんで、神界報道部のカメラも来てるわ。
これカメラ50台はあるんじゃないか?
空中を含むあらゆる場所に陣取ってるぞ。
もちろんマナ建材なんかが飛ぶ場所には近づかないように指定してあるし、ドラゴン族にも興奮して辺りを飛び回るのは厳禁だと伝えてある。
建設開始予定時刻になった。
俺は『マイクの魔道具』を持って話し始める。
俺の声は100カ所に設置した『スピーカーの魔道具』を通じて全員によく聞こえることだろう。
俺は大観衆に向かって、にこやかに話しかけたんだ。
「今日はみんな『10時街』建設見学会によく来てくれたな。
心から礼を言う。
それじゃあいよいよ今から我々の都市を造るぞ。
みんなよく見ていてくれよ。
それじゃあ魔法マクロ、【衛星都市建設】実行っ!」
途端に目の前の大地が直径8キロ、深さ50メートルに渡って切り取られ、巨大な岩塊が宙に浮いた。
さらにその岩塊が粉々に粉砕されると同時に消滅し、代わって白い砂が飛んで来て穴を埋める。
その白い砂は、一瞬液状化したかと思うとすぐに平滑化され、その上に薄い円盤状の白い砂が飛んで行き、同心円状の低い円錐台形を造り始めた。
辺りには大歓声が満ちている。
だが、雑多な種族の集合体である大観衆は、不思議なことに2種類の反応に分かれていたんだ。
満面の笑みを湛えて大きな歓声を出している観衆と、蒼ざめて絶句している観衆だな。
既に俺の魔法を見たことがあるやつと、初めて見るやつの違いだろう。
「これで都市の土台が出来たよー。
次は都市のインフラ整備が始まるぞー」
円錐台状の土台の四方に広い道が出来始めた。
同時に直方体の小さな板が無数に形成されて飛んで行き、土台の上に次々に着地している。
それからも土台に無数の溝が掘られ、蓋がされ、岩石が飛び、土が飛び、箱が飛んで土台に埋められ、ついには長さが4キロもある棒状の通路が100個近くも宙に浮いて土台に向かって飛んで行った。
さらに東西南北の大通りに沿って開いた穴に次々と木が植えられ、また無数のプランターが現れて中の美しい花々ごと道の両脇に配置されていく。
その間にも、画面手前の大通りには5階建ての大きなビルが計50個も配置されていった。
また、土台の中央部分には直径600メートル、高さ30メートルの建物が形成されて行き、いつの間にか大観衆の頭上に出現していた3面の超巨大3Dスクリーンには、その建物が映し出されている。
画面がアップになると、その建物の周囲がみるみる素晴らしい彫刻群で覆われていっているのがよくわかった。
そうしてその中央の建物の上部には、底部の直径が30メートル程もある塔が立ち上がり始めたんだ。
そのまっ白な塔の周りには、ガラス製と思われるチューブが乱舞して巻きついて行き、塔の頂上には展望台が出現した。
塔が完成すると、その基部に近い白い台がアップになって大画面に映し出される。
「さあ、住宅の建設が始まるよー♪」
その台の上にやはり白い砂が飛んで行き、上面が階段状になったユニット住宅を形作り始めた。同時に5つ程の住宅が出来つつある。
「あれは、『ユニット住宅』って言って、18軒の家がくっついたものなんだよー」
そのユニット住宅には、箱、パイプなどが飛んで行って飲み込まれた。
それが終わると、カーペット、ソファ、クローゼット、チェスト、ベッドなどが飲み込まれて行く。
ついで、トイレ、各種魔道具、アルミサッシ製の窓、ドアなどが飛んで行って張り付いて行った。
そうして最後にカーテンが装着されると、その家は宙に浮かんで飛んで行き、周囲の土台の上に次々に固定されていったんだ。
「こうして10秒で5軒のユニット住宅が出来て行くんだー。
それじゃあ少しの間、住宅が出来て行く様子を見ていてくれるかなー」
大画面はしばらくの間、次々に住宅が作られて飛んで行く様子を映していたが、そのうちにモデルルームの中の紹介に切り替わった……