*** 116 世界樹の断罪 ***
俺はその場に魔力障壁を広げ、あぐらをかいて大樹を見上げた。
相変わらず大樹は呻き声とも泣き声とも言える声を出していた。
はは、無視された巫女たちが地団太踏んで口惜しがってるぞ。
俺はついでに神輿をひっくり返して『木守の巫女』とやらを地面に放り出した。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
「ば、莫迦者っ!
『木守の巫女』さまを放り出すとは、なんという粗相をするのだ!」
「そ、それが…… 神輿がひとりでに動いたのです」
「ええい! 言い訳をするなっ!」
こいつ……
部下を倒されて俺に莫迦にされて、巫女たちに八つ当たり始めとるわ。
「おい無能隊長。五月蠅いから少し黙ってろって言ったろ。
俺に敵わないからって女に八つ当たりしてどうすんだ」
「な、ななな、なんだと!」
俺は魔力で隊長にエアビンタを喰らわせた。
隊長がゴロゴロ転がりながらすっ飛んで行く。
「なあ、樹よ。なにをそんなに嘆いているんだ?」
大樹の嘆きが止まった。
ああ、森の嘆きも止まったようだ。
「なにをそんなに嘆いているのか聞いているんだが……
なんだったら相談に乗るぞ」
途端に俺の頭に低い大きな声が流れ込んで来た。
(お、おおおおおおお……
お前、い、いやそなたはわしの声が聞こえるのか……)
「3キロ離れていても聞えたぞ。
あんなに大きくて悲しそうな声だったからなぁ。
それで気になってこんなところまで来てみたんだ」
(あ、ああ…… 500年ぶりだ……
わしの声が届く者と会話が出来るのは500年ぶりですじゃ……)
「あれ?
ここにいる『木守の巫女』とかいう奴って、お前の声が聞こえるんじゃないのか?」
(それは大嘘ですじゃ。
500年前までは、確かに時折わしの声が聞こえる者がおりましたが、この者たちが代々『木守の巫女』とか称するようになってからは、わしの声が聞こえる者は一人もおりませぬ)
「そうか…… あ、ちょっと待っててくれるか」
無視されて激怒したババアが、鬼の形相で俺の魔力障壁を棒で叩いている。
俺はババアを魔力で吹っ飛ばした。
あ! しまった!
巫女服がめくれて見たくないもんまで見えちまったぜ!
げげげげげ……
俺は敢えてそのままババアを固めると、周囲を見渡した。
『木守の巫女』とやらはヒステリー起こしかけてるし、防衛隊の隊長とかいう奴も、起き上がって青筋立てて寝転んだ隊員を蹴りつけてる。
俺は周囲の全員を、俺を向いて跪かせる形で魔力で拘束した。
(なあ、アダム。
俺とこの世界樹の会話を全員に聞かせてやることって出来るかな?)
(はい、可能です。
『ソロモンの指環』のスキルは、単に動植物と念話出来るだけでなく、パーティー機能もついておりますから。
念話の範囲はサトルさまが念じられただけで拡大されます)
(さんきゅ)
再度俺は周囲を見渡した。
いつのまにかエルフ村の住民たちも大挙してやって来ている。
だが、柵の内側には誰も入って来ていないようだ。
俺は、その場の全てのエルフと、半径20キロ以内の森の木々にパーティー会話機能を拡大した。
「お待たせした。
これで今、俺とあんたの会話はこの場にいる全てのエルフと、周囲の森の木にも聞えるようになっている。
だからよかったら最初からすべて話してみてくれないか?」
(す、凄まじいお力をお持ちのようだ……
も、もしやあなたさまは……)
『木守の巫女』が硬直した。
どうやら本当に世界樹と会話が出来ているのに驚いたようだ。
「いやまあ俺のことは後でゆっくり話そうか。
ところでさっき言ってたことをみんなの前で繰り返してくれるかな。
もう500年もあんたと話が出来た者はいないって」
(は、はい。わしの声が届く者と話が出来るのは500年ぶりです……)
「ここにいる『木守の巫女』とかいう奴って、お前の声が聞こえるんじゃなかったのか?」
(それは大嘘なのです。
500年前までは、確かに時折わしの声が聞こえる者がおりましたが、この者たちが代々『木守の巫女』とか称するようになってからは、わしの声が聞こえる者は一人もおらんのです)
「それじゃあ、なんでこの巫女たちはお前の声が聞こえるなんて嘘をついてたかわかるか?」
(わしが見たところ、この巫女と称する奴らは、わしの声が聞こえるという嘘をつくことでこの森のエルフを統べておりました。
働きもせず、周囲に命令ばかりしながら生きていたようでございます)
「ということは、こいつらみんな一族血縁者なのか」
(はい、どうやら一族の女は巫女に、男は村長や防衛隊長に就いておるようです。
『世界樹さまのお言葉を賜った』といってさまざまな命令を下しては、自分たちは何もせずに贅沢に暮らしておりました)
(えっ、『木守の巫女』さまって世界樹さまの御声が聞こえるんじゃなかったのか?)
(おい、これ本当かよ……)
(世界樹さまご本人が、声が聞こえる者は誰もいないって仰ってるぞ)
(木守の巫女さまが世界樹さまの声を聞いたって、嘘だったのか……)
(俺たち今まで騙されてたんか……)
「はは、エルフたちよ。
お前たちもようやく騙されていたことに気づいたようだな。
ああそうか、だからこんなデカい神域とか作って、『木守の巫女』を一般エルフたちと接触させないようにしてたのか……
嘘がバレないようにするために」
あー、なんか『木守の巫女』が必死になって言い訳始めたぞ。
でも巫女たちの思念はみんなには届かないようにしてあるからな。
俺たちの会話だけ聞こえる一方通行だ。
(じ、じゃあなんで今俺たちには世界樹さまの御声が聞こえてるんだ?)
(世界樹さまの御声だけじゃない…… みんなの声も聞こえるぞ!)
(あの男の声まで聞こえる……)
(世界樹さまが仰ってたぞ。どうやらこれはあのヒト族の力らしい)
(そうだエルフたちよ。これは『念話』と言って、俺の能力だ。
俺と世界樹の会話に、お前たちも参加させてやっている)
守備隊長が喚き始めた。
「み、皆騙されるなっ! こ、これはまやかしだっ!
世界樹さまの御声が『木守の巫女』さま以外に聞えるはずが無いっ!」
まあ念話は聞えるだけで発言は許してないけど、デカイ声出せばみんなに届くからなあ。
「だからそれが大嘘だって言ってるんだろうが……
お前、マジで五月蠅いからしばらく黙ってろ」
俺はLv2のショックランスを照射すると同時に、もう一度やや強くしたビンタを喰らわせた。
はは、ランスがまるで天から落ちた断罪の雷みたいに見えるな。
奴はすぐに吹っ飛び、白目を剥いて気絶している。
(なんだよ…… 守備隊長、やっぱりこんなに弱っちかったのか……)
(世界樹さまの加護を受けた無敵の守備隊とか言ってたけど、300人もいた守備隊がたったひとりに倒されちゃってるよ)
(『木守の巫女』さまの親族だからって守備隊長とか名乗ってエラそーにしてたけど、やっぱり弱かったんだなぁ)
(そうだよな、隊長が鍛錬とかしてるの見たこと無かったもんな)
「それで世界樹よ。なんであんなに悲しんでいたんだ?」
(は、はい。
わたくしは、このエルフという残虐な生き物に全てを奪われてしまったのです。
生きる力も仲間たちの命も子孫たちの命すらも……)
『木守の巫女』の体がびくんと震える。
他のエルフたちも衝撃に硬直している。
「この『木守の巫女』とか言ってる奴に抗議しなかったのか?」
(致しましたとも、それこそこの500年、どれだけ必死になって彼らに声をかけたことか……
ですが誰ひとりとして私の声を聞くどころか、里の皆に『世界樹さまはお喜びである』とかぬかしておりましたわい)
「それじゃあ世界樹よ。
お前があれほどまでに嘆いていた理由、エルフたちの仕打ちを教えてくれるか?」
(はい…… この残虐なエルフ族は、わたしを害し、我が子孫たちを殺し、しかもこの森の木々までをも殺しつくそうとしておるのです。
今まで8000年生きて来たわたしも、あと数十年ほどでこ奴らに殺されてしまうでしょう。
しかもわたしを慕っていてくれたこの森の木々も、もう長くありません。
あと50年もすれば、ここは一切草木の無い不毛の大地になることでしょう)
((((( !!!!! )))))
「それはまたヒデえ話だな……」
(はい…… それでもなにも出来ない我が身を嘆いておりました……
それで、全ての葉を落として養分の吸収も絶ち、せめてわたしが枯死することで、エルフたちに反省を促して森の皆を救おうとしていたのでございます)
((((( ………… )))))
あー、『木守の巫女』さまが顔面蒼白になって震え出したわ。
「それで葉が全部落ちて無かったのか……」
(はい……)