*** 106 洞窟ドワーフ族旧支配層の『仕分け』 ***
『9時街』に地球からの輸入品が届き始めた。
大型掃除機1万台と電動式耕運機とコンバイン各1000台だ。
これにより、大森林の腐葉土と大砂漠地帯の砂の採取が急速に進み始めた。
9時街南の大農場の作物の植え付けもだ。
ゴブリンもオークもオーガも実に働き者だよな。
これで収容所にも農業用プランターを配置してやれるようになった。
まずは洞窟ドワーフ旧支配層用収容所、次はギャランザ王国軍、ビクトワール王国軍用の収容所にプランターを行き渡らせ、同時に鍬や水桶などの農機具も多数製作して配置している。
収容所の準備も整ったことだし、そろそろ本格的に収容者の仕分けをしていくか……
俺はまずドワールス臨時族長とドワスター・ドワーフの族長と大族長に会って要望を伝えた。
ドワールスは畏まって、大族長は微笑んで快諾してくれたよ。
それから俺は、洞窟ドワーフの旧支配層たちをまとめて入れてある仕分け用収容所に転移したんだ。
元族長と同じ『恐怖症』を持つ50人は既に1人用収容所に入れてあるから、砦に配置していた残りの連中を仕分けしよう。
まずは全員に『命の加護』を与える。
一度に全員に与えられるものの、さすがに2000人相手だと体内マナの消費が激しいな。
一気に半分近く持って行かれちまったよ。
俺は『マナ・ポーション(上級)』を飲み干すと、全員を前に演説を始めた。
「さて諸君、諸君らはこれからその罪と砦での生活態度に応じて仕分けされ、収容所に送られる。
収容所は1人用と25人用と100人用の3種類ある。
まあだいたい罪の重さと砦での生活態度で分けるが、罪が重い程小さくて人数の少ない収容所に入ることになると思ってくれればいい」
みんな不安そうに周りを見回してるわ。
「あの、質問よろしいでしょうか……」
「おおいいぞ」
「今砦での生活態度と仰られましたが、どうしてそのようなことがわかるのでしょうか。
砦には我々以外誰もいなかったはずですが……」
「そうだな、俺が来たときだけ働いてたやつもいたからな」
はは、また何人かがビクついてるわ。
「だけどお前たち忘れてないか?
俺はシスティフィーナさまの使徒だぞ。
お前たちの全員を1日中監視するぐらいはなんでもないんだがな」
本当は監視してたのはアダムだけどさ。
「それでは最初に、何故お前たちが収容所に入れられるかの理由を説明しよう。
まず最大の目的は、お前たちがヒト族に殺されないようにするためだ。
第3砦にいた連中は見ただろう。あいつらは計5万5000もの大軍で攻め込んで来たんだぞ。
俺がいなければ、今頃お前たちの半数が死に、また半数は奴隷にされていたことだろうな」
「あ、あの。そのヒト族軍はどうなったんでしょうか……」
「俺が全員捕えてここと同じような収容所に入れてある」
まばらな歓声が起きた。
「そ、それでは我らも洞窟に戻れるのですな」
「いやダメだ。
またヒト族が同じように攻め込んで来たらどうするんだ?
また俺に助けてもらうのか? それともお前が戦うのか?」
「そ、それは……」
「お前たちは罪を犯したんだ。
お前たちは自分の特権階級としての地位を守るために、あのクズ族長を祭り上げたことによって、一族全体を危険に晒した。
いいか、お前たちが洞窟ドワーフ全員を殺すか奴隷にするところだったんだぞ。
この罪は重い」
「で、ですが悪いのは族長で……」
「族長とその一族たちは全員1人用収容所に送致済みだ。
基本的には終身刑、つまり死ぬまで1人で過ごして反省してもらう。
お前たちも収容所で反省しろ。
さて、それでは収容所の種類を説明する。
1人用の収容所には2種類ある。
1つ目は同族や他種族を殺したことのある者が入れられる。
もちろん殺しを命じた者もだ。こいつらも終身刑になる。
皆自分の頭の上を見てみろ。
今自分の頭上に赤い矢印が見えるやつ。お前たちが殺人犯だ」
50人ほどの頭上に矢印が現れた。
一斉にどよめきが上がる。
「あ、あれは族長に命じられたから!」
「何故断らなかった?」
「そ、そんなことしたら……」
「断ったら自分が特権階級では無くなってしまうと思ったからだろ。
つまり、お前は我が身大切さのために人殺しをしたんだよ。
なんでも族長のせいにするな」
「うううっ……」
「ということは、お前はこれからも誰かに命じられたら殺人を犯す可能性が高いんだ。
そんな危険人物を野放しにしておくわけにはいかない。収容所で罪を償え」
「くっ、ち、ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~っ!」
殴りかかって来たそいつには、即座に『ショックランスLv2』が照射された。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
あーあ、なんかコゲてるわ。
「安心しろ。死んではいない。
それでは殺人犯諸君、隅に寄ってそこで座っていろ。
それでは次の1人用収容所入所者を表示する。
これらの者は、砦での作業を命じたのに、食事も作らずまた城壁造りにも参加しなかった者だ。
骨の髄まで特権階級意識が染みついていて、矯正の見込みが少なく、他の者に悪影響を与える可能性が高い者になる。
それでは頭上に赤い矢印が見えた者。前に出て来い」
「な、なぜだ…… なぜわしが……」
「お前、砦でもエラソーに命令ばかりしていて何もしなかったろ」
「わ、わしは族長の従弟でドワーリンの性を持つ者だぞ!
そんな下賤の者がするような仕事が出来るか!」
「違うな。
忘れたのか? ドワーフ族は全員天使システィフィーナが創られたものなんだ。
だからドワーリンだろうがそれ以外のものだろうが全く違いは無いんだよ。
それにお前はもう族長の従弟ではなく、元族長で現殺人犯の従弟なんだがな」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ! こ、この無頼者めっ!」
「お前ぜんぜん反省してないよな。
お前たちみたいなやつが洞窟ドワーフを全滅に追いやるところだったんだろう。
それじゃあ残りの一生を使って何故自分たちが悪かったのかを反省しろ。
それでは今頭上に矢印が見える者は、あちら側の隅に行って座ってろ」
その場に立ったまま俺を睨みつけている元族長の従弟とやらには、ショックランスLv2を浴びせた。
全身の体毛が全て燃えてぷすぷす煙が出ている。
「おい、こいつも連れて行け。
さて、それでは残りの諸君のうち、5歳以下の乳幼児を持つ家族は前に出ろ。
お前たちは4人用の収容所に入ってもらう。
そこで子育てをしながら今までの自分たちの生き方を反省せよ」
なんかちょっとほっとした顔の家族が出て来てるわ。
「それから6歳以上15歳未満の子供たち。
君たちは年齢別にいくつかの収容所に入ることになる。
そこには生活指導と教師役の者を派遣するので、よく言うことを聞いて勉強するように。
残りの全員は100人用の収容所に入ってもらうことになる。
さて、それでは収容所内での生活について少し説明しよう。
まず、収容所には家も畑も作物の種もある。
皆で作物を育てて早く自給自足出来るようにしてくれ。
作物が実るまでの間には、毎日食べ物も配給されるから安心しろ。
それから収容所内には『スクリーンの魔道具』と言って、俺たちの街や他の収容所内の実際の様子を映し出す魔道具がある。
たまにはこれを見て、他の連中の暮らしぶりを参考にするように。
また、週に1度、1人ずつ『カウンセリング』と言って悪魔族の子たちとスクリーン越しに会話をしてもらう。
なにか困ったことや相談したいことがあったら、この子たちに言ってくれ。
最後に皆に言っておく。
砦でと同様、俺は常に皆の生活態度や言動を見ている。
もし充分に反省して、自分や仲間たちの食料確保や生活の為に真面目に働くようであれば、収容所から出して俺たちの街で暮らせるようになる。
だが覚えておけ。
俺たちの街で絶対的に禁止されていることが3つある。
1つ目に『生まれのせいで支配または差別すること』だ。
いいか、俺の街には支配階級は必要無い。王も貴族もいない。
族長はいるが、それも世話役であって命令者ではないんだ。
2つ目に禁止されていることは『命令すること』だ。
もちろん、暴力や食糧などを奪うことなどの脅しをもって、自分の言った通りのことを強要することも許されない。
3つ目は『暴力をふるうこと』だ。
これには暴力の存在を暗示して他人を脅すことも含まれる。
もちろん他人の自由を奪おうとする行為もだ。
以上のことを完全に理解したと看做されたとき、諸君は収容所を出て俺たちの街に住むことが出来るようになるだろう」
13歳位の女の子が出を上げた。
聡明そうな顔をしている。E階梯は2.0か……
「どうぞ」
「今使徒さまは、『他人の自由を奪ってはならない』と仰いました。
なのになぜわたしたちは自由を奪われて収容所に入れられるんでしょうか?」
「いい質問だ。
それには2つの理由がある。
まずひとつ目は、君の家族たちが長年罪を犯して来たからだ。
そのせいで君もその罪を生んだ思想に染まっている可能性が高い。
君本人には罪は無いが、一旦収容所に入れて念のためにその暮らしぶりを見てみたいんだ」
俺はその娘の砦での生活ぶりを頭の中でアダムに聞いてみた。
「君は砦での生活で、皆の仕事を手伝わずに命令ばかりしていただろう。
そんな子を俺たちの街には入れたくないんだよ」
「だ、だってそれはお父さまが、ドワーリン様を祖先に持つ者がそのような下賤な仕事をしてはいけないって仰ったから……」
「いいかい、俺たちの街にいる種族たちは、誰も族長を世襲で決めていないんだ。
最も種族全体に貢献して来た者を族長にしてるんだよ。
ゴブリン族やオーク族やオーガ族なんか一番働いてるのは族長だし、次期族長も族長の子じゃあないしな。
ああそうそう、ドワスター街のドワーフもそうだったな」
「つ、次の族長は今の族長の子じゃないんですか?」
「もちろんだ。どの族長の子も孫も、他のみんなと一緒に働いているぞ」
「…………」
「それから、俺が君たちの自由を奪ったもうひとつの理由。
それは俺の街のみんなを君たちから守るためだ」
「わたしたちからみんなを守る……」
「そうだ。君の両親や親戚たちは、みんなを支配して命令して、自分は何もしないでいるのが大好きだからな。
だから今君たちを俺たちの街に入れたら、君の両親や親戚たちはきっと他の種族も支配して命令しようとするだろう。
それを防ぐために収容所に隔離するんだ」
「そ、そうだったんですか……」
「それからよく考えてごらん。
俺たちの街も収容所も大きな城壁で囲まれてるんだ。
もちろんヒト族から守るために。
しかも4人用収容所は前の洞窟の広間の3分の1近い広さがある。
そうして君たちは安全が保障された上に、食べ物も水も畑も与えられるんだよ。
これのどこが『自由を奪って』いるんだ?」
「で、でも……」
「つまりだ、俺が君たちから奪った自由とは、『他人に命令して何もしないでいる自由』だけなんだ。
命を助けてやって、食料も供給してやる見返りがたったそれだけなんて、俺に感謝するべきなんじゃないのか?
俺に感謝出来ないこと自体が君たちの思考の歪みを明らかにしているんだよ。
それに、そうすることで、俺はその他人をお前たちに『命令されて自由を奪われること』から守っているだけなんだぞ。
『他人に命令して何もしないでいる自由』は自由じゃない。
それはあの凶悪なヒト族の発想だ。
言わせてもらえれば、そんな最低な発想を持っている種族はこの中央大平原にはひとつもいないんだよ。最もヒト族に似ているのが君たち洞窟ドワーフ族のドワーフたちだな。
だいたい族長が同族を何十人も殺してたぐらいだから」
「わ、わたしたち、そんなに酷い一族だったんですね……」
「その通りだ。俺に言わせればこの大平原で最低の種族だ。
故に、大平原の種族をヒト族から守ろうとしたのと同様に、俺は各種族をお前たちから守ろうとしているだけだ」
「うっ、ううううううううううう……」
「だが幸いにもまだ君は若い。
早く本当の『自由』と真っ当な生き方を知って、俺たちの街に来て欲しいと思っている。
それにはこれからの悪魔族の子たちのカウンセリングがきっと役に立つだろう」
「は、はい…… わたし、努力します……」




