*** 105 ビクトワール大王国への挑発と大戦果 ***
数時間後、ビクトワール大王国王城前広場の告知板前に、兵から知らせを聞いた宰相が飛んできた。
すぐに顔面蒼白になって、兵士たちに住民を追い払らわせ、新聞を剥がすようにも命じたものの、紙は不思議な糊で告知板に張られていて剥がせなかったのである。
このため、新聞に貴重なインクを塗ってまで隠そうとしたが、王都内に20か所も張られていたために、王宮内のインクが無くなってしまったそうだ。
しかも……
翌朝再び告知板に『新聞』が張られていたのである。
今度はやはり高価な紙や布を張って隠し、夜中に不寝番も立てたのだが、当の宰相閣下の目の前で、虚空から突然新聞が現れて告知板に張り付いたのであった。
(ま、まさか…… ヒトならぬ身の仕業なのではあるまいな……)
そうして1週間ほど経つと、宰相の苦悩はさらに深まった。
近隣の属国群から、同様に各国王都の告知板に張られた新聞の内容に関し、真偽を問う問い合わせが殺到して来たからである。
(こ、これだけの国に同じ日に『新聞』を配って回るとは、やはり……
もし近い将来このビクトワール大王国が滅ぶことがあるとしたら、その最初の一歩はこの『新聞』がもたらしたのかもしれんのう……)
そうして遂に、属国の大使から陛下の耳にこの『新聞』の件が届いてしまったのである。
激怒した陛下はすぐに大規模なドワーフ討伐隊を組織された。
国内の伯爵以上の貴族8人にそれぞれ1万ずつ、周辺の属国10カ国にもそれぞれ1万の兵を出させ、都合18万の大連合軍を組織して洞窟ドワーフ領に向かわせたのである。
これは大陸東部最大の国家であるビクトワール大王国の、最大動員兵力の20%にも相当する大遠征軍であった。
だが……
先頭の伯爵軍がギャランザ王国との国境を越えて2日後の夕方……
「な、なんだこの白い平らな道は……」
「お、前方に城壁が見えるぞ」
「随分大きな城壁だなあ……」
「伯爵閣下にご報告申し上げます!
進路前方に巨大な城壁が見えて参りました!」
「行軍停止。至急その城壁周辺を調査せよ」
「ははっ! 行軍停止ーっ!」
「ご報告申し上げます!
城壁内にはやはり巨大な美しい砦がございました!
また、砦の周囲には兵2万を収容可能な小屋が立ち並んでおり、また城門前には【歓迎、ビクトワール軍御一行様専用野営所】と看板が出ておりました!」
「ふむ。ギャランザ王国の兵はいたのか?」
「いいえ、誰一人おりませぬ」
「そうか、ギャランザ王が気を利かして我が軍の為に建設したものかもしれんな……」
「伯爵閣下。罠の可能性もございますぞ」
「はは、ここまで大規模な罠を作るやつもおるまいて。
これだけの城壁を作るには金貨1000枚は必要となろう。
それに、例え城壁内に我らを閉じ込めたとして後はどうするというのだ?」
「は、ははっ!」
「よし! わしが直々に内部を検分する!
護衛兵100名を用意せよ」
「ははぁっ!」
「ふむ、素晴らしい砦、いやここまでくればもはや『別邸』いや『離宮』か……
久しぶりに熟睡出来そうだわい。
今夜はこの野営所で全隊野営せよ。
城門周辺には警戒の兵を100名ほど置いて、夜間の警備に当たらせろ。
それから翌朝、進路前方に調査隊を出し、他にもこのような野営所があるかどうか確認させよ」
「ははっ!」
そして10日後、10ヶ所の【歓迎、ビクトワール軍御一行様専用野営所】と看板が出ていた野営所では、宿泊していた計10万の大軍が装備もろとも忽然と消え失せたのである。
門外で警戒に当たっていた当番兵が血相を変えて本国に報告に戻ろうとしたが、これも街道の途中で消失した。
そうしてさらに10日後、後続の8つの軍、総計兵力8万も消失し、ビクトワール連合軍18万はその全兵力が行方不明となったのであった……
「なあアダム、なんでみんなここまでアフォ~なのかね?」
(やはり指揮官である貴族が贅沢に慣れていて、馬車や天幕での野営が嫌いなのでございましょうねえ……)
「そう言えば前世で読んだバックパッキングの本に書いてあったな。
ヒトは地面が5度以上傾いているところではまともに寝られんそうだ。
それから体に風が当たる戸外でも、下が固い地面でも尚更寝られんそうだしな。
だからビバーク(不時露営)はものすごく体力を奪うそうなんだよ。
その本の著者は、『なるべく荷を少なくするのはバックパッカーの基本ではあるが、寝るときのマットだけは省略してはならない』、『例え1時間かけても露営地を平らに整備する価値はある』って書いてたわ。
まあこの世界の軍だから露営には慣れてるんだろうけど、お貴族サマにはキツかったんだろうな……」
(はい。ほとんどの『ヒト○イホイ』での宿泊は、指揮官の貴族が宿泊の命令を出しておりました)
「それにしてもあっけなかったなぁ……
まあでもいい経験になったよ。
これからの対ヒト族戦争の主軸は、この『挑発と捕獲』になるかな……」
1週間後、ビクトワール大王国よりギャランザ王国に向けて、数十騎の早馬が駆け抜けて行った。
もちろん連合軍18万からの伝令が途絶えたため、調査に派遣されていたものである。
だが…… やはりその騎馬隊も途中で消息を絶ったのであった……
当初ビクトワール大王国内では、大連合軍消息不明との驚愕の報に接し、厳重な緘口令が敷かれた。
だが日を追うに従って、周辺国や国内貴族たちからの問い合わせが相次ぎ、また連合軍大敗北の噂も広がって行ったのである……
或る日、ビクトワール大王国の王宮に、第8王子が呼び出された。
質素だが実用性に富んだ鎧を纏った美貌の王子は、訝しみつつも謁見の間に向かった。
玉座には、憔悴しきった顔の国王が座っている。
「第8王子イシスよ。そなたに王命を下す」
「ははっ!」
(陛下ともあろうお方が随分と弱気になっておられるようだな。
普段の覇気がまるで感じられん。
まあ20万を超える軍勢を失った直後であれば当然か……)
「これよりギャランザ王国方面に向かい、先に行方不明となったビクトワール大王国軍5万と、その後行方不明になっておる連合軍18万の消息を調査せよ。
そちの軍勢に加えて王の直属騎士団より兵1万を預ける。
妾腹の王子として肩身が狭かったろうが、この任務に成功すれば王位継承権も与えよう。
その他にも望みの褒美を取らす。
全軍を取り返すのは不可能かもしらんが、せめて行方の調査だけでも成功させて欲しい」
「ははっ! 身命を賭して!」
「頼んだぞ……」
「畏れながら、希望を申し上げてもよろしいでしょうか」
「うむ、申してみよ」
「こたびの王命は将兵の行方調査とのこと。
さすれば調査本隊は我が配下の精鋭500名のみで結構でございます」
(騎士団の阿呆貴族共は邪魔なだけだからな)
「そうか……」
「その代わりとしまして、野営に長けた伝令兵100名、輜重部隊100名と、兵500が1年過ごせるだけの兵糧と金貨をお与えくださいませ」
「1年分とな……
王命を受けての軍事行動であれば、如何なる街や村からの食糧徴発も可能であろうし、また国外であれば略奪も許可するが」
(相変わらず王も阿呆よな……)
「街や村での徴発を行えば、我々の存在が敵方に筒抜けになるやもしれませぬ。
また、略奪を行えば現地民たちを敵に回し、肝心な情報が得られなくなります。
故に事前準備は重要かと愚考致します」
「そうか…… よきに図らえ……」
「それでは準備に1カ月ほど頂き、本隊は準備完了後に進発致しまする」
「準備に1月もかかるのか……」
「はい。先遣隊を派遣し、ギャランザ王国王都までの間に10ヶ所の食料備蓄基地を設置致します。
その後も、ドワーフ領までの間にいくつかの小規模な基地を作成しながら調査行軍を進めるためには、どうしてもそのぐらいの準備期間が必要となりますれば……」
「なるほどの…… それではそちにすべて任せよう。
なんとか連合軍の消息だけでも掴んで欲しい……」
「畏まりました……」
第8王子軍本営に帰った王子は、さっそく麾下の将軍たちを集めた。
「王命が下った。
我々第8王子軍は、これより第3王子軍5万と連合軍18万の捜索活動に入る。
危うく王国騎士団1万を押しつけられそうになったが上手く回避出来たわ」
ヒゲ面の巨漢が微笑んだ。
「それはそれはようございました。
貴族やその子弟など押しつけられても、何の役にも立ちませぬからな」
「はは、ビスト将軍よ。お前の言う通りだ。
そしてそなたには最も重要な任務を授ける」
「ははっ! 坊っちゃま、い、いやイシス殿下!」
「もう一度でも俺を坊ちゃまと呼んだら、キサマだけ酒の配給を減らすぞ」
周囲の男たちがくすくすと笑った。
「ビスト将軍。
お前は配下の兵と共に、主力軍500が1年間行動出来る物資の調達に当たれ。
そうして、ここ王都からギャランザ王国王都までの間の森の中に、10ヶ所の物資集積所を作るのだ。
合わせて詳細な地図を作成して、集積所が1つ出来るごとに伝令兵を寄こすようにしろ。
伝令兵は3名ずつ異なる道を歩かせてな」
「それはつまり普段の演習通りの行動ということですな」
「そうだ。もちろん野営用の装備もフル装備だ。
緑と茶に塗った天幕に、充分な厚さのマットと防寒着も用意しろ。
王宮から金貨5000枚をせしめて来たからな。
必要とあらば古くなった装備を更新してもかまわん」
「はは、さすがは殿下ですな」
「それでは残りの将軍は、捜索活動に当たる精鋭500名を選出せよ。
武力よりも隠密行動に長けた兵を選ぶように。
1カ月後には、10の隊商に扮した精鋭軍が順番に王都を進発して行くように手配せよ」
「「「 ははっ! 」」」