僕の彼女は茶虎の猫です
冷たい雨の日のことだった。
僕は掃除のために親に追い出され、散策という名の暇つぶしの後、神社の裏の小道の途中で、奇形の子猫を拾った。
枯れかけた草むらの中、全身ずぶ濡れでミーミー鳴いていた。
親も兄弟猫達も見あたらず、草むらにうずくまって震えている。
この通りに僕以外の人影はなく、すでに限界の近い子猫の体力では、他の人に拾ってもらえそうな可能性も少なかった。
この子猫の命は僕が握っているのだ。
誰にも必要とされなかった僕。
この子猫だけが僕を欲している。
硝子のような青い目が僕を見上げ続けていた、他でもない、僕に助けて欲しいんだと言わんばかりに。
たっぷり二十分は見下ろしていただろうか。
子猫の声がますます小さくなっていく。
助けて! お願いします、助けてください!
か細い声に、あり得ない光景が重なる。
脳裏によぎった光景を、頭を振って追い出し、僕はそっと子猫を抱き上げ胸に抱くと、家路を急いだ。
連れ帰ると、母が驚いた顔で、あら、猫? と言うものだから、僕はこっくりと頷いた。
「弱ってるみたいです。牛乳をください」
そうお願いすると、母は目を大きく見開いて、わなわなと震えてから、何度も何度も頷いてくれた。
「飼ってもいいですか?」
「えぇ、勿論よ」
涙をにじませた母が快諾してくれたので、僕はまずは子猫を風呂場に連れて行き、温かいシャワーで洗ってあげることにした。
子猫は、当然シャワーなんて初めてだったのだろう。
恐怖のためか、激しくもがいて僕の手を抜け出ようとする。
小さくとも鋭い爪が、つぷっと指に刺さる。
血の玉が盛り上がり、子猫は困ったように僕を見上げると、ざらざらの舌で血を舐めとる。
「大丈夫だよ、痛くない。おまえは優しい子だね」
頭を撫でてやると、目を細めてナァと鳴いた。
僕は少し考えて、自分の服を脱ぐと、改めて子猫をそっと胸に抱いた。
僕を不思議そうに眺めるけど、大人しくなった子猫。
僕はその汚れた体をそっと抱きしめて、安心させるように何度も撫でながら、風呂場に足を踏み入れた。
案の定。
シャワーの音に子猫はびくついたけど、抱きしめてなで続けていると、暴れることはしなかった。
僕ごとシャワーを浴びる。
すっかり落ち着いた子猫は、全身を僕に洗われても、気持ちよさそうにしている。
奇形のしっぽがゆらゆらと揺れていた。
女の子だ。
名前を考えてもらわなくちゃ。
そんなことを考えながら、僕は子猫をタオルにくるみ、風呂場を後にした。
「牛乳、少しだけ温めておいたわ」
母が小皿に牛乳をよそう。
子猫は僕を見上げて、ナァ~と鳴いた。
僕が頭を一撫でしてから、お飲み、と言うと、また一度鳴いて、牛乳をぺろぺを舐め出す。
「可愛いわね。あら、尻尾?」
「奇形みたいです。だから捨てられたのかもしれません」
「そうなのね。でも、とっても賢いし、きれいな茶虎をしているわ。名前は決めたの?」
僕は驚いて母を見てから、次いでわき目もふらずに牛乳を舐めている子猫を見下ろした。
命名なんて、考えてもいなかった。
「どういうのがいいんでしょう?」
母はドングリ眼を柔らかく細めて僕を見つめてくる。
そういえば、と僕は思った。
母の目を見たのは、何年ぶりだっただろう、と。
「あなたが見つけてきたのよ。これから、あなたが世話をするの。だから、その責任を覚悟して、あなたが名前をあげなさい」
胸元で堅く握りしめられた両手は、力はがいりすぎて白くなっているのが見える。
母と会話するのも、数年ぶりだったのだ。
いつも、母の言葉に僕はうなずくか首を横に振るばかりだったから。
僕は急に恥ずかしくなり、視線をはずした。
「えぇと……茶虎の子猫なので……茶子、と」
口から出た言葉のセンスのなさに、自分で絶望しそうになる。
それでも、自分のことだとわかったのか、それとも飲んでいた牛乳がなくなったことの催促か、子猫改め茶子は僕たちを見上げて、先ほどよりは力強い声でナァ~、と鳴いた。
「いい名前じゃない。茶子ちゃん。ようこそ、それから……」
ありがとう、という声が母の口から漏れる。
茶子は自分の口元をピンクの舌でぺろりと舐めた後、嬉しそうにナァ、と短く鳴いた。
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茶子が我が家に来てから一週間。
父もあっさり茶子を認めてくれて、獣医に行くお金も出してくれた。
野良だったわけだから、当然、予防接種が必要になる。
初めて動物を飼ったので、わからないことばかりだ。
僕はネットを利用して、必要な措置を確認し、近くの評判の良い獣医に予約を入れる。
ただ、うちの茶子は他の猫と明らかに違う。そういう風に生まれついてしまったのだから仕方ないけど、獣医に来ている他の人に好奇の目で見られるのも可哀想なので、しっかりと猫用バスケットに入れて連れて行った。
家族以外の人と言葉を交わすのも、数年ぶりのことだった。
「今日は予防接種でしたね? 予約されていた……」
「は……はい、あの、よろ、よろしくお願いします!」
「初めて飼われたんですか? 大丈夫ですよ、心配しなくても。すぐに終わりますから」
受付のお姉さんがにこにこしながら、バスケットの中をのぞき込む。
バスケットの中では、窮屈なところに閉じこめられた茶子が激しく暴れ回っていた。
「元気ないい子ですね。でも少し興奮しすぎてるかもしれません」
お姉さんの頬が少しひきつったように見えた。
僕は慌ててバスケットの中に声をかける。
「茶子、大丈夫だよ。僕がいるから、ね?」
ついでにバスケットの口を細く開けて、中に手を入れる。
茶子は助けて! と言わんばかりに僕の手に体をこすりつけ、震える声でナァと鳴く。
僕の手にくっついているとまだ落ち着きが出るようなので、僕はかなり不自然な体勢にはなるけど、診察までそのままの姿勢をキープした。
周りの目が痛い。
「優しいお兄ちゃんね」なんて小型犬を抱っこした紫髪のおばあちゃんが言うけど、僕はつりそうになっている背筋を騙しながら、視線をはずすことしかできなかった。
病院の先生は若い体格の良い男性で、僕は体がすくむのを感じた。
先生は入り口で固まっている僕に不思議そうに首を傾げ、それからにやっと笑った。
「大丈夫ですよ。健康のチェックで問題がなければ、ちょっと注射して、すぐに終わりますから。注射が苦手でしたら、待合室でお待ちいただいても」
少し誤解されたようだけど、それが僕が動けない理由になるのであれば、否やはなかった。
手を抜くとまた茶子が激しく鳴いて暴れ回ったが、彼女のためには僕は離れるしかなかった。
「……あの……おね、お願いします……」
ちょっと見にも、僕は真っ青な顔をしていたんだろう。
先生はバスケットを受け取ると、もう一度「大丈夫です。あちらでお待ちください」と言ってくれた。
ほんの十分程度で名前を呼ばれる。
女性の看護士さんがバスケットを渡してくれて、僕はほっとした。
「特に異常はないです。でも、ちょっとびっくりしました。この子、しっぽ……」
先生はカルテを整えながら、バスケットの方に視線を向ける。
僕はこっくりと頷いて、バスケットの中で小さく丸まっている茶子を見つめた。
茶子のお尻でふらふらと揺れている尻尾。
「手術することもできますよ。まだ小さいうちの方が、慣れるのも早い」
先生も同じものを見ているのだろう。
でも、僕には頷けない。
「いえ、この尻尾も茶子の個性です。……ありのまま、飼ってあげたいです」
意図せずに、言葉が口から漏れ出す。
僕は先生が笑ったのを見て、それに気づき、慌てて手を振った。
「いえ、あの! おか、お金も、ないですし! かわ、かわ、かわいいですし!」
「そうですね。手術はどうしても本人の負担になります。そのままを受け入れてもらえるなら、それが一番です」
男前の先生に柔らかく微笑まれると、何だが凄くいたたまれなくなった。
どうしよう、この人、凄くいい人だ!
病院の評判が上がるのも、わかる気がした。
「いえ、その、おこ、お心……遣いはうれ、うれしいんです! 僕、動物、飼ったことないから!」
看護師さんが、僕の動揺っぷりにくすくす笑うけど、先生は笑わずに、頷いてくれた。
「当院のホームページに、動物の飼い方についてのコラムを載せてるんです。猫の場合もありますから、是非ご覧ください。それに……」
先生は机の紙片に何事かをさらさらと書いて僕に向けてくる。
僕は意味が分からずそれを見つめていると、先生が「どうぞ」と言ったので、それを受け取るべきなんだとわかった。
紙片には、先生のものと思われる名前と、メールアドレス、そして携帯番号が書かれていた。
「あの……これ?」
「まだ小さい猫ですからね。初めて飼うにはハードルが高いかもしれません。時間とか関係なく、困ったことがあったら連絡をください。助言くらいはできると思いますよ」
さわやかだ!
さわやかなイケメンだ!
こんな人、創作の中にしかいないと思っていた。
「あ、あり、ありがとう……ございます」
イケメンの前にさらしている自分の姿が恥ずかしくて、語尾は口中に消えていく。
茶子が、バスケットの中で再び暴れ出していた。
獣医でイケメン、性格良し、というハイスペックな架空生物に深く頭を垂れ、足早に待合室に戻る。
頬の赤みがとれない。
僕はバスケットを抱きしめるようにずっと俯いて、会計に呼ばれるのを待った。
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帰宅すると、母は玄関先で心配そうにうろうろしていた。
「ただいま」と声をかけると、パァ~っと顔が明るくなる。
「どうだった?」
「うん。健康だそうです。予防接種も受けてきました。尻尾、手術するかって聞かれたけど、断ってきました。茶子が茶子じゃなくなるみたいで、いやだったので」
「そう……」
母はまだ何か話したそうにしている。
バスケットからようやく出してもらった茶子は、僕の足下にすり寄り、抱っこをせがんでいた。
「まだ何か、ありましたか?」
茶子を抱き上げて、母に問い返す。
母は眉間にしわを寄せ、心配そうに僕を見つめていた。
「病院の人と、ちゃんとお喋りできたのね?」
問いかけに見える確認。
さっきの僕の台詞から、結果が分かっているだろうに、母は僕の口から聞きたいらしい。
母の髪に増えた白髪を見つけ、僕はそっと視線を茶子に戻す。
「はい、受付の人と、先生と。……先生は男性でしたが……凄く優しそうな人で、困ったら連絡していいって、連絡先をくれました」
「そう、……よかった」
母はそう言葉を締めくくり、エプロンの裾を持ち上げて目元をそっと拭うと、「夕ご飯の用意しなくちゃ」と取って付けたように言い出して、キッチンへと戻っていく。
その、いつの間にか小さくなっていた背中を見送って、僕はぎゅっと茶子を抱きしめた。
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僕が引きこもるようになったのは、中学二年生の春だった。
僕は背も低く、線も細く、顔立ちも母に似たため、学生服を着ていても女の子のように見えた。
声変わりも遅く、中二の春になっても甲高い声のままだったので、周囲の男子からは明らかに浮いていた。
孤立しがちな僕に目を付けたのが三年生の男子生徒で、一度そういう輩に目を付けられると、同じクラスの同系統の男子にも難癖を付けられるようになり、気がつくと絵に描いたような「いじめられっこ」ができあがっていた。
何人か、僕の窮状に気づき、助けてくれた人もいた。
僕がいじめられていると、こっそり先生を呼んでくれる人もいた。
だから、全世界が敵になったわけではない、とわかっていた。
それでも……。
夏に赴任してきた体格の良い男性の体育教師に出会った瞬間、僕の世界は最悪になってしまった。
彼は、他の生徒達に慕われるいい人だった。
実際、僕がいじめられているのを見て、真っ先にかばってもくれた。
だけど、そこから先が……。
先生は、僕が外見を理由にいじめられていることに気づき、僕を鍛えることでいじめがなくなる、と判断した。
「これは、君のためだ」
そういわれながら、走り込みやら、腹筋、背筋、四階までの上り下りを強制される。
動けなくなりうずくまると、「そんなんだからいじめられるんだ! 精神がたるんでるんだ! 隙を見せるな!」と怒鳴られる。
一ヶ月もそれが続くと、周囲の生徒達の目も変わる。
「先生にひいきされてる」
「先生が頑張ってるのに、あいつは頑張っていない」
「あいつが弱いからいじめられるんだろう? あいつ自身の問題だ」
孤立気味、だった僕はいつの間にか本当に孤立していた。
体力的にも精神的にも我慢の限界に来ていた僕は、そろそろ秋を思わせるある日、先生にこう言った。
「すみません。僕、これ以上、頑張れません。先生の期待に添えなくて……」
最後まで言い切ることはできなかった。
僕は先生の強烈な張り手を食らって体育教官室のドアごと吹っ飛び、脳しんとうを起こした。
以来、僕は学校に行っていない。
高校の進学もできず、部屋に引きこもり、家族とも会話することができなくなった。
父が用意してくれたパソコンで、ネットを徘徊するばかり。
SNSに登録しても、自分からは一切発言せず、眺めるばかり。
色々な人のお喋りを遠くから眺めながら、誰も僕がいることに気づかず、僕を必要とせず、単調に過ぎ去っていく時間を費やすばかり。
僕を必要として欲しい、言葉を受け止めて欲しい。
そう強烈に思う自分と同時に。
誰かが脳裏に思い描く虚像を押しつけられるくらいなら、ありのままの僕が生きていくことを許されないくらいなら、このままそっとしておいて欲しい、とも思う。
気がつくと僕は十八歳になっていた。
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「母さん、茶子をお願いします。それと……お小遣いをもらってもいいですか?」
「あら、どうしたの?」
茶子もすっかり生活に馴染んだ頃、僕は抱っこしていた茶子を母に渡す。
茶子は拗ねたようにニィ~と鳴き、僕の方に戻ろうとしたが、しっかり母の腕に固定される。
「髪を切りに行こうと思って……。それと、……証明写真を……」
「ばっさり切ったら寒いわよ。後悔するかも」
母はいたずらっぽく笑いながらも、財布の中からお札をいくつか僕に渡してくれる。
中二の秋以来、僕はたまに自分で切る程度で、しっかりと髪を整えたことがない。
馬の尻尾みたいに、後頭部で結わえられた髪は、ふらふらと揺れていて、たまに茶子に飛びかかられる。
「母さんは……」
茶子をしっかりと抱き抱えてくれている母は、茶子の頭をなでながら、首を傾げる。
「母さんは……僕が子どもで、後悔したこと、ないですか?」
ずっとずっと、引きこもって以来、考えていたことだった。
父も母も、こんな子どもで、どれほどがっかりしただろう、と。
茶子をなでる手が一瞬止まったものの、茶子の抗議を受けてすぐに動き出す。
母は茶子を見下ろしながら、呟くように言葉を紡ぎ出した。
「父さんも母さんも、ずっと後悔していたの……。あなたのことじゃないわ。そうじゃなくて、私たちがあなたにとって、至らない親だったのじゃないか、って。
あなたがいじめられたのは、小柄な体格で他の子よりも少し発育が遅かったからだわ。
それはあなたのせいじゃなくて、私たちのせいじゃないかってね。
それに、あなたがたくさんいじめられて、あの……男に殴られて……、あれが初めて殴ったわけじゃないってあいつ、言ってた。いつも殴ってるのに、あの時に限って、あなたがわざと大げさに反応したんだって。
私達、そんなこと何も知らなかったのよ。
あなたのこと、何も見ていなかったんだわ……」
「母さん、それは……」
違うと言い掛け、母さんのまっすぐな視線に射すくめられる。
「あなたが何もかも怖くなったのは、親でさえ、あなたを守れなかったし、信じてもらえないような環境を、私たちが作っていたから。
母さんも父さんも、ずっと後悔していた。
あなたの親になってしまったことを。
気づいてあげられなかったことを。
もっと早くに助けてあげられなかったことを。
……あなたは、何も悪くないのよ。悪かったのは、私たちだわ」
母さんのしわが増えた目尻を、涙がこぼれ落ちていく。
それを茶子は心配そうに見上げ、何度も何度も舐めとっていた。
僕は、頭を殴られたような衝撃で、動けなくなっていた。
苦しんでいたのは、僕だけじゃなかった。
後悔していたのは、僕だけじゃなかった。
そして、その後悔は、生まなければ良かった、生まれなければ良かった、というものじゃない。
茶子が、ナァナァと鳴いて、母を慰めるように体をすり寄せる。
そして、困惑したように僕を振り返る。
ガラスのような瞳には、涙のにじむ僕がいて、でも、茶子の力強い瞳は、僕を責めていて。
母さんを泣かせたのが僕だと、わかっているんだろう。
僕はそっと手を伸ばして、茶子ごと母を抱きしめた。
小柄だったはずの僕はいつの間にか、母の背を追い越し、母を腕で囲えるほどになっていた。
母の肩が震えている。
「行ってきます。夕飯、楽しみにしています」
応えられない母の代わりに、茶子がナァ、と鳴いた。
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茶子がうちに来て一年が経つ頃、僕は高卒認定試験を少しずつ受けて、単位を取得していた。
その合間に、近所のコンビニでバイトも始める。
まだ、体格の良い男性に面と向かうと足がすくむけど、このあたりは獣医の先生との付き合いで徐々に解消できていると思う。
獣医の先生の薦めで、捨て犬や捨て猫の世話のボランティアもしていたから、あのハイスペックな架空生物の獣医さんとも頻繁にあっていたからだ。
やたら親しげにされて、その度に茶子が暴れまくるから、正直、少し距離を置きたいとも思うんだけど、それも含めて社会へ出るためのリハビリだと思えば、苦にならなかった。
「ねぇ、茶子?」
「ナァ」
成猫となった茶子はしなやかな体を精一杯のばして、僕の足をよじ登る。
「ありがとうございます」
ズボンをダメにされたくないので、さっさと抱き上げて、いつも微笑んでいるような茶子の顔をのぞき込む。
茶子は僕の顔をぺろりと舐め、満足そうにナァ、と鳴いた。
「茶子と出会ったから、僕は変われたんだと思う。茶子がいなかったら、僕はまだ、部屋に閉じこもっていたかもしれない。
母さんも父さんも、よく笑うようになった。
バイト先でも、いろいろな人と少しずつ話せるようになってる。
茶子が……僕が無力じゃない、と僕だって誰かを救えるんだって教えてくれたんだよ。
茶子が来て、ようやく一年。今日は君と僕が出会った日。君と僕の再出発の日。
本当に、ありがとう」
茶子は僕の目をじっと見た後、かわいいピンクの舌をのぞかせてから、僕の唇を舐めあげる。
僕も笑いながら、茶子の髭がちくちくする口にキスを返した。
パンッ!
何かのはじけたような音がして、周囲が白一色で染め上げられる。
あまりの眩しさに瞼を閉じたところで、腕の中の茶子の体が急激に熱くなった。
「茶子! 茶子!」
腕も一緒に燃えるように熱くなる。
でも、離したくない。
茶子は、僕の人生のパートナーなんだ。
苦しそうな茶子の声が聞こえた気がした。
「茶子、しっかりしろ、茶子!」
灼熱の固まりとなった茶子の体はどろどろに溶けたように、手から抜け出ようとする。
気のせいだと思うのだが、茶子の体は縦に細長く、やたら大きく変わったような気がした。
「茶子! 茶子!」
茶子を励ますと言うより、もう、自分が茶子にすがっているような声だ。
どれくらいの時間だったんだろうか。
気がつくと、瞼ごしの暴力的な光はなくなり、僕は自分の部屋の床に座り込んでいた。
そして、腕の中には……。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
僕の悲鳴に、それが目を開ける。
つり目がちのガラスのようにきれいな瞳。
柔らかい明るい茶色の髪は、ふわふわとしたくせっ毛で、白い背中の半ばまでを覆っていた。
「うぅ~ん!」
白い腕と背中をぎゅっとのばして、あくびをかみ殺す。
そうすると、体の前にふっくらと二つ並んだ山が、ふるるん、と震えた。
生唾を飲み下すと、予想以上に、ごくり、と大きな音が耳に聞こえた。
はっと我に返り、目の前のそれを見つめる。
僕は右手をそろそろとあげて、山の一つをそっと掴んだ。
「うわぁぁぁぁ! あ、あ、温かい!」
その生ぬるいような温みが、この目の前の人物が夢でもなんでもない、現実なのだと、教えてくれたようだった。
「おはようございますにゃ、ご主人様」
美少女は鈴を転がすような声で、そんなことを言う。
「あの、あ、あの……あな、あなたは?」
美少女は、一糸纏わぬ白く艶めかしい体を僕にこすりつけてきて、僕の頬を舐めあげる。
「茶子、ですにゃ」
にんまり笑った美少女のお尻で、僕がずっと奇形だと信じてきた二股に分かれた尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。
「茶子はご主人様と一生、幸せになりますのにゃ」
「ねぇ、何か大きな声がしたけど、どうしたの?」
母が階段を上ってくる足音が聞こえる。
僕は、全裸の美少女改め茶子に押し倒されたまま、これからどうしたものか、と真剣に悩んでいた。
母の悲鳴が響くまで、後五秒。
20161123 表現を一部変更。「名前を考えなきゃ」→「名前を考えてもらわなきゃ」