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魔法少女殺人事件  作者: 宮元戦車
19/39

プリティ・マキの邂逅

 朝食を食べ終わった後、萌子のアパートの近くにある駅から五駅ほど電車に揺られて、五分ほど歩いた先に大きなビルが立ち並ぶ高級住宅街があった。


 その中でも他の高級ビルとは一線を画するような純白な五階建ての建物。ビルの屋上には『二階堂美容クリニック』と書かれたシャツを着た美人が優しく微笑んでいる看板が掲げられていた。


「すごい建物だな。経営状況は悪くなさそうだ」


 伊丹が俺を抱えて、二階堂美容クリニックを見上げる。


「本当にここの所長が二階堂真木ポニ?」


「ああ、間違いないね」


 萌子は水商売をしながら六畳間のアパートで生活しているのに、同じ魔法少女の二階堂真木は大手の美容クリニック院長か。


 まさに天と地ほどの差がある。


 どこで間違えてしまったんだろうか。


 入り口ドアに張られた診察時間を見れば、土日、祝日休業の午前十時から午後十一時まで営業中と書かれていた。


 伊丹の腕時計を覗き込むと時刻は午前十時をすぎていた。


 今は営業時間内か。


「……ここは午後十一時には閉じてしまうのか」


「それがどうかしたポニ?」


「いやなんでもない。とにかく、ここからは言葉を慎んでくれ。ぬいぐるみと一人で話す少女が探偵

だと言っても誰も信じそうにない」


 それもそうだ。


 俺は言葉を出す代わりに頷いて了承の意を伝える。


「では、行くか」


 意気揚々と伊丹が二階堂美容クリニックの自動ドアをくぐって中に入る。沢山の女性といくつもの

長椅子が並ぶ待合室は白を基調としており、一つフロアを丸々使った広い作りとなっていた。


「あのね。お姉さん」


 猫を被った伊丹は受付にいる白衣の女性へと話しかける。


「あら、どうしたの。お嬢さん。もしかして、雪お嬢様のお友達?」


 雪お嬢様?


「はい、そうです。でも、今日は別に用事があってきました。予約していた渡瀬翼です」


 自分の名前じゃなくて、俺の名前を予約で使ったのかよ!


「渡瀬翼……ああ、社長から聞いているわ。ちょっと待っててね」


 受付の女性が手元にある受話器を取り、アポイントメントを取っていた伊丹のことを話す。


「……はい。わかりました」


 受付の女性が軽く頷いて、受話器を手元へと戻す。


「社長室は右手奥にあるエレベーターで五階に行き、真っ直ぐ進んでいったところにあるわ」


「ありがとうございます」


 伊丹が礼を言って、言われたまま先へ進み、エレベーターへと乗り込む。


 エレベーターは地面に赤の絨毯が敷かれており、なかなかに広く、都合のいいことに誰も乗ってお

らず監視カメラも見つからなかった。


「ふむ。思ったよりも順調だな」


「なんで俺の名前でアポイントメントを取ったポニ?」



「君はマスコット界の住人で人間界にいる魔法少女とも縁が深い。君の名前に二階堂真木が気づいて

簡単にアポイントメントを取れると思ったからさ」


「でも、俺が活躍したのは大分、前だポニ。それこそ、プリティ・マキーナが引退した後だポニ」


「しかし、アポイントメントが取れたということは君の名前を知っていたからじゃないか?」


「うーん、そうポニかなぁ。そういえば、雪お嬢様って誰ポニ?」


「雪お嬢様という人のことか。そういえば、二階堂真木には娘がいた。その子だろう」


 二階堂雪。


「それ以外にもどこかで聞いたような気がするポニ」



 静かにエレベーターが到着した音が聞こえた。


「さて、ボクの先輩である彼女は何を知っているのかな」


 少しだけ唇を緩めて、伊丹が笑みを作る。


 エレベーターの扉が開き、中から出て、変な彫像が沢山、並べられた廊下に進むと、金やダイヤな

どの宝石で装飾が施された観音開きで開くタイプの扉があった。


 随分と悪趣味な扉だ。


 伊丹もそう思っていたようで、僅かにげんなりとした表情を見せる。


「すみません。先ほど――」


「入っていいですわよ」


 伊丹の声よりも早く、扉の奥から大人びた人の声が聞こえてきた。


 その言葉に従い、伊丹と俺は中に入った瞬間、鼻腔を突き刺す異常な香水の匂いがした。


 ……ぐえ。これが人間界の香水か。まるでドブの臭いだ。


 教室ぐらいの広さをした社長室には赤い絨毯が敷き詰められており、中央にはぽつんと金色の装飾

で彩られた机とその上には二つのハート型のマグカップから湯気が立ち上っていた。


 その机の前には中年の女性が何かの資料を見ていた。


 なんだか思ったよりも部屋に物がないな。あれが二階堂真木、か?


 二階堂真木は少しだけツリ目をした目の下にある泣きぼくろと大きな胸が特徴的で、顔の作りだけ

見ると四十代くらいの美人だった。しかし、動物をかたどった宝石やどこか一流のアーティストがて

がけたような天に昇る高い髪、化粧を塗りたくって元がわからなくなった歌舞伎役者のような白い

肌、身につけたピンクのスーツは目に痛いくらい光沢が光っている。


 ……この人。趣味が悪い。今まで見たどんな悪役よりも目立つ。


 しかし、どこか違和感があるような気がした。


「おーっほっほっほ! それでなんの用ですの? ――翼」


 真木は明らかに俺に目を合わせて言った。


「……俺を知っているのかポニ。もう引退してマスコット界の情報はないと思っていたポニ」


「ええ、今もマスコット界の情報はあまり詳しくありませんわ! でも、ぬいぐるみを連れた少女が

面会を望んでいると言えば、魔法少女しかないでしょう?」


「さすがは元魔法少女といったところかな?」


 なぜか挑発的に伊丹が口を出す。


「おい、伊丹。そんな言い方はやめるポニ」

 名乗りもせず、不遜な言い方に真木が機嫌を損ねるのではないかと思い俺は焦る。


「今の魔法少女は生意気ですわね。全く、少しはうちの雪ちゃんを見習ってほしいですわね!」


「……どういうことだ? その言い方ではまるであなたの娘である二階堂雪が魔法少女だとでも言わ

んばかりではないか?」


 二階堂真木の娘が魔法少女なんて、そんな偶然ありえるはずがない。


「ははは。伊丹。何を言っているポニ。そんな偶然が――」


「……私の娘の二階堂雪は今、放映している『魔法少女ライトニング・ピュア』のライトニング・ピュアですわよ」


 ぶええええええ!?


「ちょ、ちょっと待ってくれポニ! ほ、本当ポニか!? だ、だって、ライトニング・ピュアの本名は三田村由紀だったはずポニ」


「それは芸名ですわ」


「……君も知らなかったのか?」


「お、俺はもう人間界のテレビ局とは一切、関わりがないポニ! そんな極秘情報教えてもらえるは

ずがないポニ!」


「その件で来たのではないの? おかしいですわね。てっきり、見たことがない娘でマスコット界の

ぬいぐるみを抱いていたから、魔法少女だと思ったのだけれど」


「確かにボクは新米の魔法少女だ。でも、テレビ局とは全く関係がない」


「す、すごいポニ! サインくださいポニ!」


「落ち着け。それよりも、先に聞かなければならないことがあるはずだ」


 そ、それもそうか。


「魔法少女が私に聞きたいこととはなんなのかしら?」


「あなたはプリティ・モエコを知っているか?」


「不遜な言い方だけど、許してあげますわ。私は金持ちですからね! おーっほっほっほ!」


 真木が口に手を当てて高笑いする。


 なんというか、テレビで見た子供の頃の面影が全くないな。


「いいから、あなたは知っているのか?」


「知りませんわ。私はマスコット界とは縁を切っていますもの」


「プリティ・モエコが死んだ。正確には殺された」


 その瞬間、真木の顔が険しくなる。


「本当、ですの?」


「本当だ。殺した犯人は魔法少女の可能性が高い。そして、彼女と付き合っていた宮本勇も殺され

た」


「……つまりは?」


「宮本勇と親交があり、尚且つ、元魔法少女のあなたも容疑者の一人だ」


 あまりにも正直な言葉に俺は慌てる。


「お、おい! 伊丹!」


「ボクは嘘が嫌いだからね。忌憚のない意見を言わせて貰うよ。あなたが犯人か?」


 珍しく伊丹が目つきを鋭くして問う。


「いくらなんでも失礼だろ!」


 俺は慌てて、伊丹の叱責を注意しようとするが。


「おーっほっほっほ!」



 突然、真木が笑い出す。


「何かおかしいことでも?」


「ええ、確かに私は勇と親交がありましたわ。でも、それは萌子が芸能界から去って後のことです

わ。勇も萌子とはかなり前に関係を切っていますわ」


「知っている。でも、それにしては宮本勇に対して悲しみが見られないな」


「悲しめば帰ってくるとでも?」


「道理だ。しかし――」


 伊丹が真木を見つめる。その瞳は真偽を問うような形ではなく、ただ純粋に怒りに満ちていた。


「ボクはあなたを好きになれそうにもないな」


 その言葉はとても冷たかった。


「こ、これが魔法使いプリティ・マキーナなのかポニ」


 俺は静かにショックを受けた。


 曰く、魔法使いプリティ・マキーナは公正明大にして、歴代の魔法少女の模範となった人物。


 こ、こんな人柄だったなんて。


「それで宮本勇が死亡した際のアリバイを聞かせてもらえないか?」


「ええ、いいですわ。刑事にも聞かれましたから、答えてあげます」


 真木が大きな胸を反らす。


「やはり、警察が来たのか」


「私は彼が死んだ時、ここにいて、テレビ電話で取引をしていましたわ。それは監視カメラにも映っ

ていますわ」


「魔法を使って自分の分身を作り、誤魔化したという可能性は?」


「そんな魔法はありませんわ。幻影を作ることくらいは可能らしいですが、所詮は蜃気楼のようなも

の、会話できるわけありませんわ。それにその魔法はどちらかといえば攻撃魔法ですわ。私がサポー

トなどの魔法しか使えないのはそこの翼もご存知ですわよね」


 真木が自信満々に答える。


 なんでこの人、旧知の仲みたいに俺の名前を普通に呼ぶんだろう。


 わずかな疑問が湧き上がったが、図々しい人なのだろうと納得した。


「ああ、それはないポニ。魔法使いプリティ・マキーナが覚えたのはサポート魔法のみポニ」


「ならば、新しく魔法を覚えたということは?」


「それは無理ポニ。子供の時にしか新しく魔法は覚えられないポニ。いくらなんでも、四十代を過ぎ

たら、新しい魔法なんて覚えられるはずないポニ」


 こればかりは絶対的な原則だ。魔法を覚えるのは子供の頃、大体、五歳から、十六歳くらいまでが

限界だ。だからこそ、魔法少女という番組しか作れなかった。


「それでおばさん。本当にあなたは宮本勇の死亡と橘萌子の死亡に関連性がないと思っているか

い?」


 真木の額に青筋が奔る。


「さぁ。わかりませんわ。でも、いいことを教えてあげますわ。萌子のことを恨んでいる魔法少女が

いますわ」


「……それはボクの情報にはなかった」


「かなり昔のお話ですから。本人自身も上手く誤魔化しておりますわ」


「それは誰ポニ?」


 パートナーである俺がプリティ・モエコを恨んでいた人物を知らないはずはない。


「さぁ? ただ意外と身近な人間かもしれませんわ」


「……一体、誰ポニ!」


「落ち着け。ワトソン」


 興奮する俺を伊丹が制する。


「だから、ワトソン言うなポニ!」


「それでマダム。あなたは何を知っている?」


 伊丹の慇懃無礼にも近い言葉に真木は眉をひそめる。


「……『魔法少女プリティ・モエ』コ。その後、プリティの名を冠した魔法少女は終了しましたわ。それから多くの魔法少女番組が生まれましたが、『魔法少女プリティ・モエコ』のスタッフが集結した正統後継と言われている番組を知っていまして?」


 しかし、このままつきまとわれても厄介だと思ったためか、呆気無く教えてくれる。


「知っているポニ! で、でも!」


「……確か、『魔法少女ストマックキャッチ・ピュア』だったな」


 一応は伊丹も魔法少女の歴史について調べてきていたのか。


 確かに当時、ファンの間で評価が高い『魔法使いプリティ・モエコ』のスタッフが再集結したと話

題になっていた。


「しかし、『魔法少女ストマックキャッチ・ピュア』は目立った評価も上げられず番組が終了してし

まいましたわ。一説には人助けなどのほのぼのとしたストーリーが受けずに戦闘路線に急遽変更した

せいとも、魔法少女の力量不足が原因だとも言われていますわ。ことあるごとに『魔法少女プリ

ティ・モエコ』比較されて『魔法少女ストマックキャッチ・ピュア』の主人公は前任者を恨んでいる

と聞きましたわ」


「あのピュア・ヴァルカンが萌子をポニ?」


 そんな馬鹿な。


 でも、ピュア・ヴァルカンは俺を嫌っていた。もしかして、あれは俺じゃなくて、萌子に対して抱

いていたのか? 単に俺は萌子のパートナーだったから、目をつけられただけという可能性もある。


「その内容の信憑性は?」


「おーっほっほっほ! そんなのどうでもいいでしょう! とにかく、有益な情報は手に入れたので

しょう? ならば、とっとと出て行きなさい」


 しっしっと、犬を扱うように手で追い払う仕草をする。


「そうだね。どこまで本当かわからないけどね」


「ど、どうして、そう喧嘩を売るようなこと言うポニ」


「それでは、失礼する」


「ええ、とっとと行きなさいな」


 軽く一礼して伊丹と俺は部屋から出る。そのまま、二階堂美容クリニックを出ると、既に日は高く

上っていた。



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