賢いゴリラ
「それで、情報の中身はポニ?」
「どうも彼は死ぬ直前、誰かに会っていたらしい」
「誰に会っていたポニ?」
「それがわからない」
「わからないポニ?」
「ウホウホウッホ(申し訳ありません。知人に会っていたという情報までしか掴めませんでした)」
「いや、宮本勇が直前に誰かに会っていたという情報があるだけでもかなりの有力情報だ。ボク達は民間人だからね。そう、簡単には情報は手に入らないだろう」
「ウホウホ(一応、宮本勇の親しいと思われる知人のリストを出しておきました。順に探っていけば、いつかは辿りつくのではないかと)」
ゴリラが机の上に置いてあった書類を伊丹に手渡す。
「それは何ポニ?」
「宮本勇の親しい知人の名前と住所のリストだそうだ。……ふむ」
伊丹はリストを手に持って目を通す。厳しい視線でリストの文字を目で追う。その姿は既に一端の
探偵だ。
「俺にも見せてくれポニ」
俺も伊丹の体をよじ登り、脇からリストを覗き見る。
「どこを上っているんだ。全く」
大抵は知らない名前が続くが、何人か知っている名前があった。
「元魔法少女が何人かいるポニ。でも、ほとんどの魔法少女が攻撃魔法を使えるポニ。この人物たち
を全て調べるポニ?」
「まさか。この中で橘萌子も会ったことがある人物を優先的に調べよう」
共通する点――、ということならば、一人の名前が目を引いた――。
「二階堂、真木……」
まさか。
「美容クリニックの所長か。確か政財界とも深い繋がりがあるやり手だと聞いたことがある。……そ
れはまさか、魔法少女関係か?」
「そうポニ。マスコット界では彼女の名前は有名ポニ」
彼女は特別だった。魔法少女の中でも最も有名にして、特別な存在。
「詳しく聞いてもいいか?」
「彼女は人間界とマスコット界を繋いだ初めての少女ポニ」
「それはまさか」
「二階堂真木は元魔法少女ポニ」
「ボクと同じ魔法少女。いや、待て。確か、彼女は四十代だったはず。彼女が魔法少女だとすれば、
かなり昔ではないか?」
「その通りポニ。三十年前の初代魔法少女ポニ。正確には『魔法使いプリティ・マキーナ』というポ
ニ。人間界に魔法を普及させるために始まった番組の主役だったポニ」
それから、番組終了後に少女は普通の生活に戻ったと聞いた。
「まさか、クリニックを経営してるなんて思わなかったポニ」
「それで橘萌子と二階堂真木にどんな接点があるんだい?」
「『プリティ』の名を冠する魔法少女として、プリティ・モエコは魔法の種を与えられてすぐに二階
堂真木からサポート魔法の特訓を短期間だけ受けていたらしいポニ」
二階堂真木は既に引退して魔法とは無縁の生活を送っていた。萌子に魔法を教えたのは当時、サ
ポート魔法のスペシャリストがいなかったらしく、短期間だけという条件で教えていたらしい。
「らしい? 会ったことはないのかい?」
「会ったことなんかないポニ。そのときには既に彼女はマスコット界とはほぼ無縁の生活だったらし
いポニ」
「……元魔法少女で橘萌子や宮本勇と親交があるか。確かにこの住所ならば、宮本勇や橘萌子の殺害
現場に近いな」
伊丹が考え込む。
「彼女は犯人じゃないポニ」
「なぜ、そう断言できる?」
「萌子は……強力な攻撃魔法で殺された。だけど、魔法使いプリティ・マキーナはサポート系の変身
魔法や回復魔法しか使えないポニ」
当時、魔法少女は人の悩みや日常の困ったことを解決するのみの低予算な番組だった。
それ故に、魔法少女も攻撃よりもサポートなどの魔法に特化した方向だったのだ。
「……変身魔法とはどんな物にでも変身できるのか?」
「できるポニ。でも、変身魔法は扱いが難しいから、プリティ・マキーナとそれとプリティ・モエ
コ……リストには載ってないけど、あと数人くらいしか使い手はいないポニ。一応、萌子も変身魔法
は使えてはいたけど、四時間くらいしかもたないポニ」
「ボクの先輩、魔法使いプリティ・マキーナか。一度、会ってみる必要があるな」
「犯人だと疑っているポニか?」
「……灰色だな。元魔法少女が殺された。その元恋人関係にあって殺された男が別の元魔法少女と
会っていた。偶然というには奇妙な一致だ」
「……だけどポニ」
魔法使いプリティ・マキーナはマスコット界の憧れだった。人間界との架け橋を繋いだ最初の魔法
少女。その功績はマスコット界の教科書にも載っているくらいだ。
だからこそ、こんな事件を引き起こしたなんて考えられない。
俺は否定しようと言葉を繋げるが、材料が見つからないため、その言葉は喉の奥で詰まる。
「――すまない」
やがて、伊丹が眉を伏せて、謝る。
「なんで謝るポニ?」
「ボクはどうも他人の気持ちを察することに疎い。まだ魔法使いプリティ・マキーナがこの事件に関
与しているとは断言できない。誰かが魔法使いプリティ・マキーナを犯人に仕立て上げようとした別
の可能性も示唆される。だから」
伊丹はそんなことまで考えてくれているか。だったら、俺ももう少ししっかりしないとな。
「……大丈夫ポニ。プリティ・マキーナに会いに行くポニ」
「そうか」
呟く伊丹の声は申し訳なさそうに感じた。
「ゴリ子さん」
「ウホウホ(かしこまりました)」
ゴリラが一礼すると、どこかに去っていく。
「どこに行ったポニ?」
「二階堂クリニックの所長にアポイントメントを取ろうと思ってね」
「賢いゴリラポニ」
人間の言葉を理解するだけで相当賢いが。
「じゃあ、そろそろ朝食にしようか」
「バナナとかはやめてほしいポニ」
「なぜそこでバナナが出てくるのかわからないけど、ちゃんとした和食さ」