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少女との邂逅

パソコンに向かい、インスタントコーヒーを胃に流し込む。向かいには見飽きた冴えない顔。両隣にも冴えない顔。それらに挟まれた僕も冴えない顔。オセロならばもうチェックメイトだ。投了。


この辺鄙な土地には就職と同時に移り住んだ。同時に、彼女には振られた。3年も付き合っていたのにだ。ここは何処だ?僕は誰だ?SOUND ONLY誰か、応答を願う。返信はない。既読すらつかない。僕がもし女子高校生であればそのフレキシブルさから宇宙人ともLINEで交信出来ただろう。宇宙のロマンすらも肉体と心の老いの前に霞む。


そんな風に悲しみを胸に抱きながら、今日も不本意ながらコーヒーを胃に流し込む。時間は無為に流れていき僕をなおさら老いさせる。


そうしてふと思い出すのは小学生の頃の事。日直の仕事で初めて入った職員室の匂い。子供心には異臭としか捉えようのないあの匂いの正体は今だからこそわかる。大人はいつだって飲みたくもないコーヒーを飲みながら、言葉を飲み込み、嫌なことも飲み込み、眠気と戦いながら最期には胃を壊して御陀仏となるのだ。


今では僕もあの先生たちと同じ立派な大人になった。早く即身仏になれることを夢見て今日もトクトクとキーボードを叩き続ける。その心地よいビートに身を委ねているうちにゆっくりと視界は狭まってゆき、意識は極楽浄土へと旅立つのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夢は自らの経験を繋ぎ合わせて深層心理を映すという。僕は夢が嫌いだ。どんなに楽しく素晴らしい夢を見ようと目が覚めれば現実の自分が惨めになるだけだ。それなら悪夢を見て飛び起きる方が幾分もマシと言える。どちらにしたってつらいのであれば夢なんて見ないほうがいい。それでも毎日、古い面影と共に目をさます。それは呪いのようなものだ。


「いらっしゃいませ。あいかわらず貧相な顔してるね。」


靄に霞む視界の中、少女が僕に話しかける。年端もいかぬ異国の少女が僕に語りかける。ここは何処だ?


「この顔は生まれつきだよ。だいたいなんだよ、人の夢の中で…」


今度は僕が夢の中で少女に語りかける。頭の悪い病気である。なるほど、僕は居眠りをしているようだ。カフェインが切れた証拠だ。早くカフェインをキメないと…カフェイン…カフェイン…


「就業中に平気で居眠りする人に文句を言われたくないなあ。それにここはキミの夢の中であると同時にわたしの夢の中でもあるんだよ?」


何を言っているこの女。僕の夢は僕だけのものだ。だいたいこの女は何だ?誰だ?僕の深層心理が作り出した偶像なのだろうか。僕にはこんな少女趣味はないはずだ。


「まぁ、いきなりこんなこと言われたって何が何だか分からないだろうね。わたしはキミが望んだからここにいる。病んだこころに出来た空虚を埋めたいと思っている。私はキミが望んで出来た偶像。」


「悪い冗談はよしてくれ、それに僕は病気なんかじゃ…」


いや、病気なのかもしれない。医者にも治せない厄介なこころの病だ。思い出という名で語られる日々の営みは時間とともに肥大化してゆき、自らの細胞と置き換わってゆく。その脆く不安定な細胞は些細なことがキッカケとなり崩れ去る。そうして出来上がった空虚には塵と埃、そしてカフェインが積もり積もってゆく。塵芥で出来たドーナッツとでも言うべきか。


「現代社会の闇そのものだね。」


僕は典型的な現代人だ。 型にはめられることを嫌がるくせにそのレッテルに縋って生きる現代人。最近の若者というレッテルに縋って甘えているのだ。


「初対面の君に何がわかる?今までそこにあったものが、あるのが当たり前だったものがなくなる空虚さ。見知らぬ土地に一人で放り出された時の孤独さ。その痛みが少しでもわかるのか?」


あの時ああしていればなんて後悔は幾らでも出来る。それでも何も変わらないことは当然僕自身にもわかっている。何なんだよこの靄は。目が霞む。眠いからなのか?泣いているのか。言葉のダムは決壊し、とめどなく流れてゆく。


「わたしにはキミの辛さはわからない。けれど、キミがカフェインに溺れて死んでいくのは見るに堪えないから…」


そっとテーブルの上に置かれたカップ。


「それに、あなたの汚い心を例えるのにドーナッツを使うのはやめてくれないかな。不愉快だ。」

深煎りのマンデリンだった。インスタントコーヒーを流し込むことに慣れてしまい、この香りを忘れてしまっていた。

立ち込めていた霧がはれる。飛び込む風景。カウンターに並ぶサイフォン。轟々と音を立てているのは年季がかったロースター。彩るのはステンドグラスを透過した七色の光。


「君は、一体何者なんだ?」


——カフェ・モンマルトルへようこそ。店長のノエルと申します。本日よりあなたの夢の中へ、出店させていただきます。よろしくね。オーナーさん——


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「神山てめぇ…居眠りとはいい度胸だな。穀潰しの無能社員が…今日という今日は殺す。」


目覚めは最悪だ。


課長の両腕に大地のエネルギーが収束してゆく。あれをまともの喰らうのはさすがにマズイ。


「生まれてきたことを呪え。そして静かに…」


ー死ねー


放たれる高圧、高密度、高エネルギー。それを間一髪でよけると向かいの席の冴えない顔がポップコーンのように弾け飛ぶ。労災は下りるのだろうか。


「ほう、よけたか。穀潰しの無能でも1年も勤めれば少しは成長するようだな。だがその成長も全ては今日、無駄に終わるのだ。俺の手によってな。」


次々と放たれるエネルギー弾を無我夢中で避けまくる。このまま避け続けていてもくらうのは時間の問題だ。その間にも大切な仲間たちが次々と死んでゆく。避けるだけじゃダメだ!なんとか課長を倒さないと。


「ムダなんだよおおおおおお!!!!俺の高エネルギー弾は放つ度にパワーを、スピードを増してゆく。貴様は今日ここで死ぬ!安心しろ、俺が確実に極楽浄土へと送り届けてやる!」


即身仏になりたいとは言ったが粉微塵にはなりたくない。確実に地獄行きだろう。閻魔のような顔をした課長の目からレーザービームが放たれ、避けきれずにそれが脚をかすめる。肉の焼ける臭い、ごっそりと抉られ血液が噴き出す。どうしたらいい。もはやこれまでなのか?どうしたらいい?ノエル…


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