孤独なウサギ
「!」
今、気づいた。俺、今、月にいるんだ。ここは地球じゃない。酸素が無いはずだ。呼吸ができないはず。でも、俺今•••
「呼吸が、できてる?」
酸素ボンベもしてない。ましてや宇宙服すら着ていない。それにここは宇宙船でもないんだよな?なのに、なんで?
クロルは俺の様子を見て少しだけ驚いたあと、「ああ。」と納得したように説明を始めた。
「僕たちは酸素が無い状態が普通だから空気はいらない。けど、君たちは必要なんだろ?"空気"というか"酸素"が。」
クロルは視線を窓の外へと移す。
「外もね、家の周りだけならなんとか大丈夫だよ。君が呼吸出来るように膜を張っておいた。その中なら酸素があるからちゃんと息が出来るよ。」
「あとね。」とクロルは続ける。
「宇宙船。君の乗ってきた宇宙船の周りにも張っておいたよ。」
「宇宙船にも?」
「うん。だから修理するなりなんなり自由にしてもらって大丈夫だよ。あと、面倒かもだけどどこか行きたい場所があるときは僕に言ってね。一緒に行動したほうが何かと安全だろう?」
そう言うとクロルはこちらに向き直って
「君がここに来た理由とか、名前とか話したくなったら話してくれればいいし、地球に帰りたくなったらもちろん帰ってもいい。元々僕が連れてきたわけじゃないしね。」
と。そして、
「好きなだけ、ここにいてくれていいよ。」
と。その言葉を言ったクロルの顔は今まで見たことがないくらい俺が出会った中で1番のまぶしい笑顔を浮かべていた。
実際問題、なぜ俺はここにいるのか。なぜ月にいるのか。わからない。
「確か、宇宙船の整備中だったはず。」
俺は宇宙センターの中の宇宙船開発部で働く技術者だった。
『いたよ。あいつだよ。あいつ。』
『あいつって、良介?』
『そうそう。仕事出来るってウワサだけど全然笑わねーの。無表情にも程があるよな。』
『仕事出来るからって人のこと見下してんじゃねーの?』
そんな技術者たちの会話を聞いている1人の人影が。
『へー。それじゃあさ、いっその事彼、飛ばしちゃおうか?宇宙まで。』
あの時の俺は毎日、宇宙船に触っていられることが心から嬉しくて他のやつらの事なんて目にも入ってなかった。ただ宇宙船に触っていたい。誰よも長く宇宙船に関わっていたい。そう思って毎日過ごしていた。
そんなある日、俺は試作中だったF-04機の機体チェックをしていた。
『良介。それが終わったら05機の点検もよろしく頼むよ。』
『ああ。わかった。』
俺は04機の点検を終え、先程頼まれた05機の機体チェックに入った。05機はつい最近完成したばかりのテスト機体で、工場から運ばれてきたばかりだった。
『ネジの緩みはない。こっちも大丈夫だな。あとは、管制室との通信チェックをして、内蔵データの確認をして•••。』
操縦性に座り通信を取る。画面には「通信中」の文字。
ガタン。
『?なんの音だ?』
何か物音がした。音がした方へ向かおうと席を立とうとすると、
ブーッ!ブーッ!
突然、船内に警告音が鳴り響いた。
『なんだ⁉︎どうしたんだ?』
モニター画面を見る。するとそこには
「発射準備中」
の文字が。
『はぁ⁉︎おい!管制室、聞こえるか⁉︎まだ人が乗ってるぞ!』
返事はない。もしかして通信自体まだ繋がってないのか?
『管制室!管制室!』
なんども呼びかけるが返事はなかった。
「それで、気がついたらここに•••?一体、誰が?」
気がついたら月にいた。誰かに飛ばされた?一体誰がこんなことを?
「はい。コッチ向いて〜。」
パッと顔を上げる。すると目の前にはウサギの顔が。
「リラックスだよ?」
クロルはニィっと大袈裟に笑顔を作ると、
「難しく考えると疲れちゃうよ?リラックスリラックス。」
まだ出会ったばかりなのにクロルは俺に対して優しく接してくれる。
こいつのところでなら暮らしていくことができるかもしれない。俺はそう思った。