似顔絵描いたら思い出した
彼をいつ好きになったのか、何が切っ掛けだったのか、覚えていない。
出会いは小学生になりたての頃だったか。
その頃の私は他の子より発育が良く、大きな子だった。
……中学や高校からの友人は信じないが。
というか、その頃からの友人も「そうだっけ?」と否定的だが。
大きかったのだ。私は。
周りより頭ひとつ高い私は目立った。
小学校低学年の男の子にとっては、恰好のターゲットだったのだろう。
よくちょっかいを出された。
だが、私はやり返さなかった。
……やり返すことを許されていなかった。
親からキツく言い聞かされていた。
当たり前だ。
ただの人間の子供を叩いたり、蹴ったりしたらどうなるか。
良くて一生残る傷を負わせてしまう。
ああ、少し誇張が過ぎたか。
当時私も子供だったのだから、そこまでの力は無かっただろう。
せいぜい、全治数ヶ月というところだ。……十分大事か。
その日も、公園で男の子たちに囲まれ苛められていた。
人間の子供に殴られようと蹴られようと、痛くも痒くもなかったが、良い気分ではなかった。
「やめなさい!」
そんな声が公園に響いた。
女の子の声だった。
3人組の子供だった。
声は金髪の女の子が発したようだった。
その後ろに、同じ年くらいの男の子と、少し年下の女の子。
こちらは黒髪だった。少し似ているので、兄妹だろう。
いじめっ子たちは、あっさりターゲットをその3人に切り替えた。
1人が金髪少女に掴みかかろうとしたのを、男の子が庇い、殴られた。
それを見た金髪少女は、たぶんキレた。
子供たちを次々に吹っ飛ばした。
まるで風の魔法でも使ったみたいに。
今思えばバカバカしい話だが、当時の私にはそう見えた。
たぶん、あれは合気道か何かの技なのだ。
子供の目には、それが魔法のように映ったのだろう。
武術の技をシロウトに使ったからだろう。直ぐに現れた親らしき美女に、女の子はこっぴどく怒られていた。
黒髪の兄妹は一生懸命弁護しているようだった。
この時の男の子が、彼だ。
正直に言うと、この時の私は彼に興味が無かった。
むしろ、金髪の女の子に憧れた。カッコイイと。
苛められてた自分を助けに現れた、正義のヒロインに見えた。
また会いたいと思って、学校や公園で彼女を探したが、会う事は無かった。
その頃から私は少し変わった。
いじめっ子の攻撃を受け止めるようになった。
やり返す事は禁止されていたが、防御までは禁止されていない。
そんな理屈だった。
パンチやキックを的確に受け止めるような相手は面白くなくなったのか、本能的に実力の差を感じ取ったのか、いじめは無くなっていった。
……単に周りが成長して私の長身が目立たなくなったからなのかも知れないが。
小3か小4の時、彼と初めて同じクラスになった。
最初は気が付かなかった。
図工の時間に似顔絵を描くペアになり、じっくり顔を見ていて思い出したのだ。
公園の事を話題に出したが、彼は覚えていない様だった。
が、金髪少女の情報は得ることができた。
彼の同い年の従姉らしい。アイシャだかアリーシャだかいう名前を聞いたが、今はもう覚えていない。
住んでいる国の名前も覚えていない。聞いたことのない国だったと思う。
彼と仲良くなれば、彼女に会える可能性が高い。
そうは思ったが、男の子と仲良くすることは気恥ずかしくて、遠くから彼を見ているだけだった。
最初は、彼女への繋ぎの為に彼を観察していた。
それが、いつの間にか彼自身を恋愛対象として見ていた。
いつすり替わったのか、全く覚えていない。
今ではあれほど焦がれた彼女の名前すら、まともに覚えていない。
小学校、中学校と、何度か同じクラスになった。
高校だって、彼が受験するからこの高校を選んだ。
……残念ながら今年は別のクラスになったが。
さて、彼を追いかけて入ったこの高校には……正確にはこの高校の女子の間には、変な噂がある。
「パンツに好きな人の名前を書いてその人に見られたら両想いになれる」
……コレを考えた奴は確実にバカだ。
いや、この手のおまじないはバカバカしいものばかりだが、コレは一線を越えている。
だいたい、名前を書く系は誰にも見られなかったら、というのが定番の筈だ。
何だ。見られたら。って。
多分、アレだ。アホな男子が言い出したのだ。女子のパンツを見たいが為に。
怖ろしい事に、コレは「効果有」として全校女子に認識されている。
ほぼ全ての女子が、誰かしら男の名前をパンツに書いているのだ。
特に好きな相手が居ない場合も「鈴木 敬一郎」……イケメン生徒会長の名前を書いているくらいだ。
こういう状況だと、同調圧力のようなもので書かざるをえない。
無難に「鈴木 敬一郎」と書いても良いのだが、もし彼に見られたら何と思われるだろうか?
スカートを穿いている限り、その可能性はゼロではない。
いや、積極的に見せる気なんか無いが。
とはいえ、明日は体育がある。
当然、着替える。女子には見られる。
そろそろ何か言われそうなのだ。こういうのは、先手を打った方が良い。
私は覚悟を決めてペンをとる。
刺繍にしているツワモノもいるが、私にそんなスキルは無い。
パンツに名前なんて、自分の名前すら最近は書かない。
それなのに、彼の……男の子の名前を書くなんて、正気の沙汰じゃない。
遠藤 達也
そう書かれたパンツを明日、穿く。
考えただけで、顔から火が出そうになった。