遭遇
広い草原に敷かれた街道をひた走るワゴン車。
比較対象が近くに無いために達也達が自覚することは無いが、彼らが乗る車はかなりのスピードで走行している。具体的には、時速300キロ。
新幹線のぞみの営業最高速度が280〜300キロほどといえば、そのかっ飛ばしぶりが理解できるだろうか?
元々アマレスにおいてスピードが出る乗り物といえば、馬車か馬(と訳される生物)くらいのもので、当然、それらにスピードメーターなどというものは付いていない。つまり、速度制限などというものは無いので、こんな 街道で超スピードで走っても違反にならないのだ。
勿論、エンジンやサスペンション等まで魔改造された特注品と、身体強化によって視力、反射神経等を底上げしているからこそできる力業である。
そんなチートドライブの車内で達也たちが何をしているかというと──
「暇ねー」
「暇じゃねーよ。宿題しろよ」
宿題をしていた。
夏休みなので、普通に宿題はある。移動時間の有効活用だ。揺れもほぼ無いので、車内で読書や物書きをしても酔う心配は無い。……妹の沙織にやる気は無いが。
「お兄ちゃん、彼女さんたちの前だから、ってマジメぶっちゃって……」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は宿題やらなかった事なんて無いぞ」
「流石に、中学にもなったら、宿題手伝わないよ」
「うー」
兄だけではなく、基本的に沙織にダダ甘な従姉にまで見放す宣言をされる沙織。どうやら、自主的計画的に宿題をやるような娘ではないらしい。
「ほら沙織、数学の宮内の追試が嫌ならちゃんとやろう」
中一の時、涙目で追試を受けていたのを知っているゆかりも、真面目に取り組むように促すが……
「ゆかりー、一緒に追試受けよう!」
当の本人はこう言う有様である。
「友達巻き込むなよ」
達也としては、普通こういう場合、立場が逆じゃないかと、いつも思う。こう、姉とか妹の方がちゃんと勉強して、兄や弟の方が宿題を溜めて泣きを見るものじゃなかろうか? 男女差別的な偏見なのかもしれないが。
「そうだ! 根岸先生が暇じゃん! お兄ちゃんの妹として、彼女さんをもてなさないと!」
どうにかして宿題を逃れたい沙織は、隅で読書をしていた香苗に目をつけた。
教師の彼女は当然、宿題などない。学校の事務処理的なものはあるが、ソレは旅行に……というか、校外に持ち出したりはしない。
「あらー、じゃぁお願いしようかしら」
「やった」
香苗が沙織の言に乗るが、彼女が勉強関連では結構厳しい事を達也たちは知っている。
「中学数学の実習なんて、なかなか機会が無いから、忘れそうで困ってるのよねー」
「え? ちょ、ま、え!?」
教育実習の自主練といったところだろうか。
「中学もできるんですか?」
陽子が疑問を呈す。高校の英語と数学の教員免許を所持しているのは知っているが、それで中学生を教えられるのだろうか。
「中学高校は両方持ってる人、多いわよ」
就職先の選択肢は多いほど良いし、共通部分も多いので、中高両方の教員免許を持つ人は結構いる。
「ゆかりー助けてー」
せっかく接待と称して遊べると思ったのに、その接待が勉強という状況に、沙織は友人に助けを求めたが……
「先生からも、監督頼まれてる。真面目に宿題やるべし」
一刀両断にされた。
「薄情者ぉー!」
「むしろ情に厚いと思うけど」
本当に薄情なら、放っておいて後で苦労しても知らぬ存ぜぬだろう。
「えーっと、ああそうだ! ゆかりがあんなに強いなんて知らなかったなー! 伯父さん防戦一方だったし」
「露骨に話を逸らさないで」
「良いの!」
『よく無いだろ』
その場みんなのツッコミが重なったが、沙織はなおも続ける。
「なんか、いっつもゲームで徹夜してるとかで、不健康だと思ってたけどさ、あんなに動けるなんて!」
「まぁ、忍者だから」
「凄い! 忍者なんだ! 確かに、それっぽい動きだった!」
適当に受け流していたゆかりだが、沙織の台詞におや、と疑問を抱いた。 まるで何も知らな いみたいではないか。
「遠藤刑事から聞いてない?」
「お父さん? 何か関係あるの?」
沙織の本気の疑問に、ゆかりは頭を抱えた。
やっちまった。常識外の事が起こりすぎて、もう自分の正体が刑事から知らされてると思い込んでいたのだ。
だってそうだろう。こんな異世界に普通の友達を連れてくるか? 百歩譲って、一般人を連れてくるなら、お兄さんみたいに恋人だろう──今は人数の事は考えない。と。
「どうしたの? 頭抱えて」
「ちょっと、自分のバカさ加減にうんざりしてた」
勝手に前提を想定して自分から忍者だとバラしてしまった。バカ丸出しである。
「えー、ゆかりがバカだったら、私どうなるんだよー」
「なら、2人とも見ましょうね。数学で良いかしら?」
「しまった、せっかく話外らせたと思ったのに!」
「外らせてたら、後で泣きを見るのは、お前だからな」
「あうぅぅ」
なんだかんだで、大人しく宿題を見てもらう沙織。
つまりは、ゆかりが忍者だろうが、このメンバーには宿題以上の関心ごとではない。という事だったりする。
◇
「皆さまぁ、当車はぁまぁもなくぅ、目的地にぃ到着いたしぃます。降りる準備をしてお待ちぃください」
車内スピーカーからバスガイド風のメアリの声が流れたので、降りる準備をする一同。
──あれから1時間も経っていないのに沙織は疲れ切った様子だったが、降りる準備=勉強終わり。という事で、俄然元気になっていた。
そして、メアリの予告から10分ほど後、一行は馬車に乗り換えていた。
馬車とはいうが、荷馬車のようなもので、ついでに引いている動物も馬っぽい雰囲気ではあるが、大きな犬といった感じだ。そんな異世界ぽい乗り物に、先ほどのワゴン車ほど乗り心地は良くないが、みんなご満悦の様子だ。
だが、異世界ぽい乗り物とはいえ、馬車は移動手段だ。そのままワゴン車で移動しても良いはずだ。
「メアリねぇちゃん、何で馬車に乗り換えたの?」
達也はそのまま疑問を投げかけた。
「まぁ、そのままのプランも……っと、今から行く場所は、自動車よりも馬車の方がしっくりくるから。かな?」
「はぁ……」
よく分からない返答に、達也も困惑気味だ。
達也たちの他にも、何台かの馬車が並んで道を走っている。アマレス語で会話しているのが微かに聞こえてくるが、達也に意味がわからない。
まぁ、こういった移動も旅行の風情といえば風情だ。
「母さん……」
「あらー、聞こえちゃった? でも、暫く黙っててね」
アリシャが小声で非難めいた口調で語りかけたが、メアリはそれを軽く受け流している。
何の話か達也が聞こうとした時、馬車が当然止まった。
「※◯◇@*!」
「よーし。止まれぇ!」
アマレス語と日本語で停止を命じたのは、武装集団だった。といっても、迷彩服に重火器を持った集団ではない。ファンタジー物によく出てくる、簡素な皮の鎧に剣やら斧やら槍などを持った、豚顔の集団──馬車はオークの集団に遭遇したのだ。
このお話で10万文字突破です。
え? 前から超えてた? うん、予約投稿なんだ。
多分、WWWCとかで更新確認してる人には鬱陶しい感じではないでしょうか?
是非ともブクマしていただければ幸いです。(露骨な要求)
なーんて後書き書いた後に番外編投稿したんで、実際どの時点て10万字超えかわからなくなりました。(←バカ)
まぁ、投稿順でいえばこの話が10万字超えなんで、この話で超えたことにさせてください。