エルフの奥様
アマレスの朝食といえば、パンとスープである。
パンはフランスパンのように硬いパンから、日本の食パンや菓子パンまで多種多様で、スープの方も汁物ならば何でも良い。というような文化となっている。
日によっては食パンと味噌汁が食卓に並ぶような場合もあるのだが、この日はクロワッサンによく似たパンにクリームシチューという組み合わせだった。
「そういえば、さっき山口さんのステータス……筋力とか上がってたけど、なんなの? アレ」
達也が食後にジュース──オレンジに近いが微妙に違う──を飲みながら、ゆかりに先ほどの道場での事を聞いたが、ゆかりは「企業秘密」とだけ言って詳しくは語らない。
「あれは、身体強化の魔法だな。ゆかりちゃんはスピオ◯ルトって言ってたけど」
ゆかりは語らないが、幸一がアッサリ解説する。
地味にマイナーな呪文を知っているゆかりにもビックリだ。
「ヒトの企業秘密バラさないでくださいよー」
「こっちじゃ、当たり前の魔法だからな。ゆかりちゃんは魔法に頼りすぎ」
「ぶーぶー」
抗議の声を上げるゆかりだが、幸一は取り合わない。実際、魔法に頼っている自覚があるので、ゆかりもそれ以上は何も言えなかった。……口でぶーぶー言うくらいの抵抗は示したが。
「魔法かーなんかカッコいいな。俺も使ってみたい」
「ん? 勉強してみるか?」
「へ?」
軽い気持ちで呟いた言葉……というか、うっかり声に出した願望に伯父が反応し、意表を突かれた達也が間抜けな声を出す。
「たしか、アリシャが使ってた教科書が残ってる」
「使えるの? 魔法。俺が?」
「簡単な回復魔法くらいなら、すぐにできるぞ」
何とも簡単に言う伯父。確かに、実際に魔法があって一般に認知されているのなら、教育体制が整っていても不思議はない。
どうやら、このアマレスでは「魔法が使える」というのは、「鉄棒ができる」「跳び箱を跳べる」といったくらいの感覚らしく、できない人はできないし、得意不得意もある。そして、できたからといって「魔法使い」というわけでもない。先の例でいうと、多少鉄棒が得意でも「体操選手」を名乗れないようなものだ。
食後、物置から昔の教科書を引っ張り出し、達也に「はじめてのげんだいまほう」が渡された。
「あれ?日本語なんだ?」
興味津々で見ていた女性陣の中から、香苗がそんな声を上げた。
「そりゃぁ、日本語だろ。アリシャが使ってたやつなんだし」
「言ってて違和感無いの? アリシャは半分アマレス人で、ここはアマレスで、アマレスの教科書なのよ?」
香苗の言だが、アリシャは半分どころか、3/4がアマレス人だ。本人も普段からそういった細かいツッコミはしないが。
「あ」
そして達也はアマレスの魔法の教科書が日本語で書かれている事の異質さにやっと気が付いた。
が、その答えは直ぐにアリシャが示す。
「日本人学校だったから、教科書も全部日本語だった」
単純な理由だった。
パラパラと流し読みすると、回復魔法や身体強化といった魔法ばかりだ。ちなみに、達也の教科書は他人に見せられない落書きもあったりするが、アリシャのはそんなものは無い。真面目なのだ。
「まぁ、身体強化とか回復魔法なんてのは、こんな小学校の教科書にも載ってるような基礎なんだ。それだけに頼ってると、同じことができる奴と当たったらひとたまりもねーぞ」
「うー」
地味に凹むゆかり。
幸一はこう言っているが、ゆかりは強い。幸一の部下と比べても優秀な部類だ。例えば、達也程度がゆかりと同程度に身体強化ができたところで、秒殺できる。
なら、何故こんなことを言うかというと、姪の友人だからだ。多少の怪我はともかく、油断で死なれたら可愛い姪っ子が泣く。ならば厳しくもなるというものだ。
◇
「さて、今日は観光地に行くわよ」
遠藤家の駐車場でメアリが宣言する。
言葉通り、今日は観光地で遊ぶ予定なので、皆準備を整えてこうして駐車場に集まっている。
駐車場。そう、駐車場だ。停まっているのは、馬車ではなく、ワゴン車。しかも日本車。
このアマレスに……異世界ロームンドにワゴン車があるというのは、違和感しかない。とはいえ、照明器具やTV、冷蔵庫といった家電を見ているので、そこまで驚きは無い。
ところで、アマレスには流石に発電所は無い。では、何故これらの電気製品が動くのか? 単純な話、改造してあるのだ。
魔改造という技術がある。美少女フィギュアの服を剥ぐアレではない。動力魔力化改造の事だ。本来、電気やガソリンで動くセカイの機械類を、ロームンドの技術で魔力で動くように改造するのだ。ついでに、魔法付与で素の性能の底上げなんかも行われる。……「無茶苦茶な改造」という方の魔改造に近いことが普通に行われているのだ。
……実は、日本の遠藤家にある家電も、いくつかアマレスで魔改造したものである。特にエアコンは電気代削減効果絶大なのだ。
「明らかに外観と内部の容積が合ってないんだけど!?」
乗り込んだ恵がその内部の広さに驚きの声を上げる。
何せ、ちょっとしたカラオケボックス並の広さにソファー、テーブルに冷蔵庫まで付いているのだ。
「リムジンより豪華ね……」
「え、乗ったことあるんですか?」
「TVで見ただけよ」
香苗の感想に陽子が羨ましそうにするが、彼女も実際に乗った事はない。
ちなみに、陽子は香苗に対し、学校でボロを出さないように基本的に敬語だ。香苗としては、ボロが出たところでフレンドリーな感じで良いと思っているのだが、卒業までは崩す事は無さそうだ。
「空間魔法の付与してあるから、広さは十分。温度管理も完璧! 車の側部、後部はモニターで死角なし! な最新モデルよー」
メアリの説明によると、魔改造によるハイマジカルなモノになっている上に、日本の最新ハイテクまで搭載したハイブリッドスーパーカーだ。
ちなみに、本日のメアリの役割は、保護者兼通訳兼運転手だ。
メアリは日本の運転免許とアマレスの御者免許を持っているという。アマレス国内ではその2つを持たずに自動車を運転すると違法になるのだとか。
異世界モノの小説などでは勝手に自動車を乗り回していたりするが、流石に自動車流入後50年以上も経つと暫定の法整備くらいはされる。目下、国内用の自動車免許制度案の作成中なのだとか。
「そういえば、観光地に行くとしか聞いてないけど、どんな所なの?」
「ふふ、そうねー、異世界ファンタジーぽいところ。かしら?」
達也の質問に対するメアリの答えに喜ぶ娘たち。
何せ、日本人街に入ってからこちら、異世界らしい部分はほとんどないのだ。
いや、このワゴン車なども充分トンデモアイテムなのだが、何か違う。異世界ファンタジー成分に飢えているのだ。
そんな風に喜ぶ彼女達を眺めるメアリが、イタズラする時の笑顔になっている事に気が付いたのは、娘のアリシャだけだった。
回復魔法に関しては、
「達也はこの翌年の正月早々、ロクでもない用途に連続使用できるようになる」
くらいのレベルの技術。
え? 意味が分からない? うん。18禁なんだ。すまない。
 




