【エイプリルフール番外編】
今回は番外編です。
日曜の夜。
お風呂にも入り、後は寝るだけ。という時間。
髪を乾かしながら愛用のタブレット端末でネット小説を読み漁る。
「あ、久々に更新されてる」
愛読している小説の更新通知を見つけ、早速読む。
内容は良くあるゲームっぽい異世界転生モノ。
書籍化したせいで、更新が遅くなってしまっているのが残念だ。
いや、作者本人にとっては書籍化こそが目標でモチベーションなのだろうから、文句は言えない。それに、タダなのだから。
他にも何作か読み漁るうちにそろそろ眠くなってきた。
そのまま意識を手放すのが、いつものパターン。
だが、今日は何となくベットサイドの鏡に向かって唱えてみた。
「なろノクなろノク・ムーンナイト!」
彼女はこれでも高校生だ。
誰かにバレたら軽く死ねるような事をしている自覚はある。
眠気に支配された頭で、発作的に過去の病がぶり返したのだ。
まぁ、誰だって一度はやってみるだろう。
誰だって分かってやるのだ。
何も起こらない。
魔法は使えないし、空だって飛べない。
謎の小動物は来ないし、鏡に向かって呪文を唱えても変身なんてできない。
そして、実際何も起こらない。
『ステータス・オープン』
「ステータス・オープン」なんて念じても、ステータスなんて出るわけがない。
(なーんて、ね……え?)
「ステータス・オープン」なんて念じても、ステータスなんて出るわけがない。
……はずだった。
しかし、彼女の目にはっきり見えた。
名前:遠藤 幸也(処女)
種族:人間
年齢:16
家族:父・母・兄
体力:75
筋力:62
B:78(A)
W:59
H:82
(以下略)
そんなステータスが鏡に映っているのを。
何が何だか分からない。
彼女……遠藤 幸也は特別な人間ではない。
特別な才能なんて、これっぽちもない。
こんな、ステータスなんて、見れるわけがない。
それなのに、鏡の向こうの自分の頭上に、何故かステータスが表示されている。
(ああ、夢か。いつのまに寝たんだろ?)
ゆきえは、あっさり夢だと判断した。
このまま夢の中で遊ぶことも考えたが、なにしろ眠い。
夢の中で眠い眠いと思っている夢を見ると、翌朝の目覚めは最悪だ。
ちょっと珍しい夢だが、どうせ自分の知っている情報しか見れないに決まっている。
ならば、この眠気に身を任せる方が得策だと判断し、そのまま眠りに落ちた。
(Aとか、処女とか、ほっといてよ……)
◇
「おはよー」
翌朝、パジャマのままリビングに顔を出すと、朝食を食べている制服姿の兄と、台所に母の姿が見えた。
父は出張中で居ない。
「お兄ちゃん、もう制服なの?」
いつもなら、同じ様にパジャマのまま朝食を食べるはずの兄に声をかける。
「今日日直だから、早いんだよ」
「ふーん」
日直で朝が早いのは時々ある事だが、何だか今日は嬉しそうだ。
前回までは愚痴りながら朝食を食べていたのに。
一体、何があったのか?
(もしかして、彼女と一緒とか!?)
少々、ブラコンの気があるゆきえはその想像に身を震わせる。
「幸也、どうかしたか?」
「あ、いや、えと……なんでもない」
「へんなヤツ」
聞くのは怖い。だが、いきなりデート現場を目撃とかしたら平静でいられる自信もない。
ゆきえは思い切って聞いてみる事にした。
「あー、お兄ちゃん?」
「なんだ?」
「ひょっとして、彼女とかできた?」
「ぶは!」
盛大に咽た。
ちょっとイケメン高校生としてはどうなのよ? というくらいに。
まぁ、その態度は肯定ということなのだろう。
(ああ、ついに恐れていた事態に……)
思えば、この兄に今まで浮いた話が無かった事が異常だったのだ。ブラコンを差し引いてもこの兄──沙音はカッコいい。しかも文武両道の完璧超人。一体、どこの誰がそんな彼の彼女に納まったのか……
兄の交友関係は粗方把握しているが、どうにも候補が思い浮かばない。問いただそうとするも、逃げるように──実際、逃げたのだろう──家を出た兄を見送りながら、今夜にでもじっくり話を聞こうと母と話しつつゆきえは朝食を食べた。
◇
ゆきえは徒歩通学だ。
毎日同じ時間に同じ道を通るので、すれ違う人や、追い抜く人、逆に抜いていく人は顔だけは知っている。
だが、今日のゆきえはそれらの人々の様子をみてはいない。
兄の彼女が何者か、ということに気をとられている。
考えても詮無い事ではあるが、それでも気になるのは妹として当然であろう。
「おい、ゆきえ!」
「ぅわひゅぅ!」
いきなり肩を叩かれ、ゆきえは驚きの声をあげる。
「っ、なんて声だすんだよ。どうしたんだ? ぼーっとして」
「え? あ、いっちゃん、おはよう……ってアレ? 何で教室?」
通学路の途中だと思ってたら、何故か教室に居た。何がなんだかわからない。
とりあえず、まだ人は疎らで先ほどの奇声を気にしている者はいないようだが……
「おいおい、寝ながら登校したのか? 器用だなぁ」
どうやら、兄のことを考えすぎて完全に周りが見えていなかったようだ。──それでも、ちゃんと登校できたのは習慣故か。間違って中学に行かなくて本当に良かった。とゆきえは胸を撫で下ろした。
さて、落ち着けば周りが見えてくる。
ゆきえに声をかけてきたのは、海藤 一。ゆきえの兄には劣るが(主観)、学年でも一二を争うイケメン。──ただし、女子。
髪もショートで男子制服着用だが、立派な女子である。あだ名はいっちゃん。男装趣味だが、同性愛者ではなく、異性愛者。現に青龍院 麗という恋人も居る。あの青龍院の御曹司……といえばキザったらしいのを想像するが、彼自身は至ってフツメン。むしろはじめと並べば、どちらが御曹司かというくらいだ。そんな2人が仲睦まじくしてたりするので、まぁ、なかなかに目の保養になったりするのだ。
「そうか、その可能性もあるのか」
思わず呟くゆきえ。
つまりは、兄の恋人は「彼女」ではなく、「彼氏」だという可能性だ。
確かに、兄がそういう趣味なら、今まで女の気配が無かった事も納得だ。
まぁ、世間的にはまだまだ理解はしてもらえないだろうが、妹の自分は受け入れようではないか。なんなら、お相手と偽装結婚しても良い。子種だけ兄のモノをもらえれば充分……
「おーい、帰ってこーい」
「っは!?」
またトリップしていたゆきえだが、はじめの声に引き戻される。
そこからは当たり障りのない会話をしているうちに、朝礼の時間になった。
◇
「遠藤、進路の紙持ってきたか?」
放課後、ゆきえにそう声をかけてきたのは、委員長の高橋 恵。メガネで七三で委員長という、典型的なテンプレキャラだ。これで詰襟でも着ていれば完璧なのだが、あいにくこの学校はブレザーだ。
だが、今はそんなことは関係ない。
「ゴメン、忘れてた!」
昨日の夜までは覚えていたのだ。だが、朝の衝撃で一切合切が吹っ飛んでいた。──ちなみに、紙を忘れただけではなく、記入すらしてない。
「どーせ、そんな事だろうと思ったよ。ほら、コレに書け。今」
そう言って、恵は無記入の進路調査票を出してきた。
準備が良いので、ゆきえが忘れる事を予想していたのだろう。
嫌な方向の気遣いに文句を言いたいゆきえだが、忘れた自分が悪い。大人しく受け取り、名前の記入からはじめる。
この調査票には、「進学」や「就職」の場合は分野まで書く事になっている。この学校、進路サポートが充実しているので、適当に書いたら割と本気で後悔する事になる。まぁ、それでも忘れるゆきえのような者はいるし、恵も注意してくれているのだが。
「高橋くんは、どう書いたの?」
未だこれといって進路を定めていないゆきえは、とりあえず目の前のクラスメイトに聞いてみた。
「医大だな。帝医大、九六医大、新鉢医大」
「うっわ、大学名まで……」
ノープランな自分と違い、やはり委員長なんてやる人間はちゃんとしているものなのだと、ゆきえは痛感した。
「俺の場合、家が産婦人科だからな。昔から決めてた」
「産婦人科って、えっちぃよね」
「はっ倒すぞ」
「ゴメンなさい」
軽く揶揄ったつもりが、逆鱗に触れたらしい。確かに、女としてお世話になるので、不適切な発言だった。
そこからは真面目に考えようとはしているが、進学にしろ、就職にしろ、コレといったビジョンが浮かばない。
というか、そんなにすぐに浮かぶようなら、今日まで書かないなんて事もないのだが。
「遠藤って、意外にマジメなんだな」
「意外に、って何よ? それに、なんでマジメだと?」
不真面目だからこそ、こうして委員長を待たせている状況なのだ。
「他の奴はテキトーに書いて帰ったからな。ちゃんと考えてるんだろ?」
その言葉に気がつけば、他にも居た未提出組も居なくなり、教室にはゆきえと恵の2人だけになっていた。
「みんなはプランあったんでしょ」
「どうだろうな……ま、今思いつく限りで書けば良いんじゃないか? できるかどうかは置いといて、さ」
できるかどうかは置いといて。
なら、あるにはある。
ゆきえは早速、第1志望に「結婚」第2志望に「進学・法律関係」と記載した。
結婚は兄とする。又は兄の彼氏とする。
法律方面は、兄妹で結婚できるように法改正だ。
うん、そうだ。今は無理でも、法律を変えてしまえば、堂々と兄と結婚できる。
ゆきえに間違った方向への燃料が投下された瞬間だった。
残る第3志望をどうするか、ゆきえが悩み出した時、恵が問うてきた。
「結婚。って、相手いるのか?」
……まぁ、集める立場なら、人の進路希望も見放題なのは想像できるが、だからといって本人が書いてるモノを覗き見るのはどうだろうか? やはり、ただのスケベなのではないだろうかと、ゆきえは恵の評価を下げる。
「教えない」
どーせ、この男も恋人いない歴=年齢。な童貞に決まっているのだ。
『ステータス・オープン』
なんとなく、昨夜のように念じてみる。
再発した病は未だ健在なようだ。……が、昨夜のアレは所詮は夢。目の前のメガネの頭上にステータスなど見えない。
「……え?」
そんな声を上げたのは、恵だった。
何故か目を擦ったり、頭を振ったりしている。
「……何よ、急に?」
ゆきえの問いに、恵はしばし「あー」「いや……」とか言った後、どこからか鏡を出してゆきえに見せた。
何故男なのに鏡を持ち歩いてる?
そんな疑問が吹き飛ぶモノが、鏡に映っていた。
名前:遠藤 幸也(処女)
種族:人間
年齢:16
家族:父・母・兄
体力:75
筋力:62
B:78(A)
W:59
H:82
(以下略)
ゆきえの頭上にステータスが表示されていた。
つまりは、自分のステータスがオープンにされていた。
「な……ななな……!?」
驚愕と、恥ずかしさと、色んなモノが混ざってゆきえの頭の中は大混乱に陥った。
「え、遠藤、おぉ、落ち着いて」
「コレ、コレこれがおちつい、落ち着いていれられれ……」
確かに、こんな状況で落ち着けるのはラノベの主人公くらいのものだろう。
誰だって混乱する。ステータスが見られるなんて状況、混乱しない筈がない。見た方も。
「あー、遠藤って、Aだったんだな」
そう、余計なことを言うくらいには。
その一言を聞いたゆきえは頭を抱えて蹲った。
ステータスが見えるようになったら、クラスメイトにパッドがバレた。
……最初は男女逆にしたお手軽リメイクの筈だったんですよ。
なんか、能力も逆にしたら面白いんじゃね? とか思いついて……どうしてこうなった?




