翌朝
意識が覚醒してゆく、夢と現の狭間。
要するに目覚める直前のうとうとした時間。達也は寝具に違和感を覚える。妙に肌触りが良い。
薄眼を開けてみると、いつも使っているのとは違う枕が目に入る。
「知らない枕だ」
アニメなんかで、目が覚めて最初に天井を見ているが、達也はそんなに寝相が良くない。目覚めて最初に見るのは、枕か頭まで被ったシーツだ。
さて、寝具が違うのは当然だ。旅行中なのだから。──つまりは、長期休暇中だ。しばらくはうとうとできるだろう。
達也は再び目を瞑り、隣にあった抱き枕に抱きつく。
すべすべムニムニ。
とても手触りが良い。素材は何だろうか? 最近よく触っている気もする。という疑問が達也の頭によぎる。が、一瞬でそんな事は棚上げする。この気持ち良さの前には、そんな疑問は些細な事だ。
「あー、しっくりくるー……ん? 動いた?」
抱き枕がもぞりと動いた。モーターでも入っているのかと、確認の為にまた目を開けると、目の前にアリシャの顔があった。
「オハヨウゴザイマス」
「おはよう」
抱き枕だと思って撫で回していたのは、アリシャだった。ついでに、何故か全裸。
「昨日は大変だったぞ。全然離してくれなくてな」
「うーわー」
そうだ。昨晩、伯父の幸一に酒を飲まされた。
そこから先の記憶がない。そして、この状況……彼女の実家で……親も居るのに……
「あ、達也起きたんだ」
頭を抱えていると、恵が部屋に入ってきた。こちらはちゃんと服を着ている。
「ま、まさか、恵とも!?」
「へ? なに言って……アリシャ、いつの間に脱いだの?」
「ついさっき」
「まったく……ほら達也、お茶持ってきたから」
「あ、ああ……」
どうやら、そういう事は無かったらしい。
酔って眠った達也を2人で寝室まで運んだが、そのまま達也が離さなかったらしい。
微妙にヤバイ気がするが、ギリギリ大丈夫なのではないだろうか?
「恵ちゃん、酔い覚ましも念のため──」
そこにメアリもやってきた。
さて、部屋の中の状況をもう一度見てみよう。
ベットの上に達也とアリシャ。
アリシャは全裸。
「オハヨウゴザイマス」
「あらあらー、お盛んねー。孫ができるのもすぐかしら? アリシャ、頑張って!」
「任せて!」
「ちょ、ま、い、違う! 今は違うから!」
「ふーん、今は?」
「……あ」
墓穴を掘りまくる達也であった。
◇
「そんなことより、もうすぐ朝ごはんだから幸一さんたち呼んできて」
と、メアリに言われた達也は、遠藤家の道場に来ていた。
無駄に広い土地があるので、鍛錬用の道場まであるのだ。この家は。
色々突っ込みどころはある。
そんなこと呼ばわりで良いのかとか、親戚とはいえ客だぞとか……
何より、目の前で繰り広げられている光景だ。
伯父の幸一が道場で模擬戦をしていて、ソレを妹の沙織が見学──というか、観戦している。ここまでは、良い。
問題は、その伯父の相手が妹の友人の山口さんだという事だ。何故伯父と妹の友人がチャンバラやっているのか、意味がわからない。
昨日空港でステータスを見たので、彼女が只者ではないとは思っていた。各種ステータス値が総じて高く、忍術や回復魔法や身体強化もできる、ハイスペックJC。
そんな彼女が音もなく跳び回り、幸一に攻撃しているのだ。速くてなかなか目が追いつかないが、どうやらナイフ二刀流──しかも本物ぽい──で怒涛の勢いで。
ソレを幸一は竹刀で事もなげに受け切っている。
一見防戦一方に見えるが、幸一は片手しか動かしていない。どちらもバケモノだ。
だが、ゆかりのステータスは、昨日見た限りでは150前後。とてもこんな動きができるとは思えない。そう思いつつ、再度彼女のステータスを見る達也。
名前:山口 ゆかり(処女)
種族:人間
年齢:13
家族:父・母
体力:152
筋力:640
(以下略)
「……増えてる!?」
「おう、朝飯か?」
思わず声に出した達也に幸一が気付いた。
ちなみに、思いっきりよそ見している癖にしっかり攻撃は防いでいる。
「ああ、うん」
「じゃ、そろそろ上がるか。頭はやめた方が良いよなぁ……背中も。女の子は腹もダメだよねぇ……ゆかりちゃん、左利きだよね?」
どうやら、幸一はゆかりに一撃入れて終わりにするようだ。
「……両利き」
「そう? 攻撃が左の方に偏ってるよ。てことで、右腕に一撃入れたら、朝飯にしよう」
「宣言されて受けるほど弱く……」
──パァン!
「……え?」
響く音にゆかりが気が付き、声を漏らす。
見ると、彼女の右腕に竹刀が当たって居る。会話で油断もしていただろうが、実際に痛みが広がるまで何が起きたのかわからないようだった。
離れて見ていた達也にも何が起こったのかわからない。超スピードだとか、ワープだとかそういった類のモノだとは思うが。──流石に、時間を止めるような事まではできないだろう。それらしきスキルも無いし。
「はい、おわりー。シャワー浴びてからリビングねー」
当の幸一は軽く言ってさっさと道場から出て行った。
「何やってたの?」
達也は、ひとまず手近に居た沙織に状況を聞いてみた。
「稽古だって」
「稽古って、真剣使うモノなんだっけ?」
達也が疑問の声を上げると、ゆかりが2人の下に……というか、沙織の下にやってきた。
「途中から本気で殺すつもりでやってたけど、全然歯が立たなかった。沙織の伯父さんてナニモノ?」
「えー、普通の伯父さんだよー? すっごく強いけど」
「いや待て。聞き捨てならない言葉が聞こえたぞおい」
物騒な事を口にするJCと、それを軽く受け流す妹に、たまらず達也もツッコミを入れる。
「そんなことより、早くシャワー浴びないと、朝ごはん冷めちゃうよ」
「そだね」
「え? なに? 俺がおかしいの? ねぇ?」
シャワー室に向かう2人を追うわけにもいかず、達也は疑問とともに、広い道場に置き去りになったのだった。




