カルチャーショック
この物語はフィクションです。実在の地名、人物とは一切、これっぽっちも、全く、全然関係ありません。
建物の雰囲気も変わり、道行く人々も人間か、エルフ、ドワーフくらいになってくる。
達也や沙織にとっては懐かしく、アリシャにとっては見慣れた地域。
日本人街に到着したのだ。
「何か、いきなり日本ぽくなった」
「ねぇ、アレって……」
「異世界でコンビニ見るとか……」
「さっき牛丼屋もありましたよ」
初見組には割と不評な様だが。
確かにその区画の写真を誰かに見せれば、昭和中期から後期の日本の住宅街だと思われるだろう。日本の風景とほとんど変わらない。
とはいえ電柱がなかったり、敷地や建物が一般住宅にしては少し広いことに違和感を覚えるかもしれない。とはいえ、せっかく異世界に来たのに日本と大差ない景色というのは、観光的にはよろしくないだろう。
そんな街並みの中でも、さらに広い屋敷に達也たちは案内された。
その屋敷こそが、目的地の遠藤家だ。
「子供のころの記憶だからかと思っていたけど、やっぱりこの家大きいなぁ」
「お爺ちゃんは竜退治の英雄のひとりだもの。それに、幸一さんが警備主任になってからお給料も良いし」
達也の呟きにメアリが答える。
竜退治の日本人1世がそれなりに優遇されているのはなんとなくわかるが、達也は続いた言葉が気になった。
「幸一伯父さん、警備主任なんてやってたの!?」
「あら? それも知らなかった? というか、覚えてないのかしら? 就任したのは10年前なのだけど……」
「こらこら、いつまで庭先で話してるんだい」
不意に、声をかけられてそちらを見ると、玄関の扉を開けて老婆が顔を出していた。
「お婆ちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは。また大きくなったねぇ」
姿を見せたのは、達也の祖母だ。
アマレス人だが、日本語も達者なので達也たちとは基本的に日本語で会話している。
祖父母は年に1、2回は日本とアマレスを行き来している。前回に会ったのは半年ほど前だ。
それなりに久しぶりではあるが、「大きくなった」と言われるほどに変わったのかと達也は疑問に思った。
(もしかしてボケたか……)
「失礼なこと考えてるんじゃないよ!」
「え!? お婆ちゃん、読心術とか使えるの!?」
驚いて祖母のステータスを見る達也だが、それらしいスキルはみつからない。
「スキルなんか無くたって、顔に出てたよ! ボケたとか考えてたデショ」
「思ったけど! だったら、何でイマサラな事言ったんだよ?」
「マーレイだよ。……あー、※◆マ/@%¥*ニホン#@?」
後半はアマレス語でメアリに聞く祖母。
「門塀……だったかしら?」
「あー、そうそう、門塀」
そんなやりとりを聞いて門を見る達也。
そこには、子供のころよりも幾分低い塀があるだけだ。
「……壁がどうかしたの?」
「あ、コレもしかして!」
意味が分からなかった達也だが、妹の沙織は何かに気がついたようだった。
達也が沙織の視線を辿ると、そこには誰が描いたのか、落書きがあった。
いや、誰が描いたのかは明白。達也たちだ。いつだったか、この壁を絵で飾ろうとした事があった。その時はめいいっぱい背伸びして描いたつもりだったが、上の方に手が届かず断念したのだ。
しかし、今では手が届くどころか、壁の高さを超える身長になっている。
祖母はそれを指して「大きくなった」と言ったのだ。
「この壁、こんなに低かったんだな」
「アンタたちが大きくなったんだよ。最後にこっちに来た時なんてほれ、そこのお嬢ちゃんくらいの時だったじゃない……か」
最後、尻すぼみになったのは、陽子のステータスを見たからだろう。具体的には、年齢を。
異世界でもやっぱり小学生に間違われる陽子であった。
◇
地味に精神ダメージを負った陽子をなだめ、一行は遠藤家に入った。
外観や内装こそ日本建築だが、調度品などは日本に無いものも多数ある。ちょっとした花瓶のデザイン、絵画などはアマレスのもので、いくつか剣や盾も飾られている。
「こんな剣なんてあったっけ?」
達也が祖母に聞く。子供の頃に見た記憶が無かったからだ。
「流石に、小さな子がいる時は危ないからね。しまってたんだよ」
安全管理は、割としっかりしている方なのだ。
祖母はリビングに一行を通すと、祖父を呼びに奥に引っ込んだ。
リビングである。居間ではない。
「ま、爺さんが出てくるでお茶でも飲んでてくれ」
そんなことを言いながら、アリシャがお茶を用意する。
遠藤家のお茶は1年を通して麦茶だ。それを冷蔵庫から取り出すのを見て、香苗たちは苦笑いを浮かべる。
異世界で冷蔵庫。
いや、こんな日本風の家で、コンビニまであるような国なのだ。冷蔵庫くらいはあるだろう。
というか、このリビングにも大きな液晶テレビが鎮座している。
頭では理解しようとしているのだが、感情が拒絶する。色々とカルチャーショックだった。
そんな中ふと、香苗は壁に掛けられた写真に目をやった。
そこには、老人2人が写っている。片方に見覚えは無いが、もう片方はすごくよく知っている、眼鏡のあのお方だ。リビングに飾っているからには、見知らぬ方の老人は達也の祖父であろう。
しかし、香苗は何か引っかかりを覚えた。
写真の下の方に貼られたラベルが違和感の元だ。
幸いというか、当たり前にというか、日本語で書かれたラベルには「平成元年2月11日」と日付が書かれている。特に何があるというわけではない。ただ違和感があるだけだ。
言葉にできない違和感を誰かに問うわけにもいかず、香苗が疑問を棚上げしたと同時に、達也の祖父がリビングに入ってきた。
この物語はフィクションです。実在の地名、人物とは一切、これっぽっちも、全く、全然関係ありません。




