出発直前
夏休みに旅行に行こう。と友人にヨーロッパ旅行に誘われた。
保護者同伴で、友人……沙織の兄の恋人も来るという。
この話は真っ当な話だった。
いや、普通中学生が夏休みに海外旅行に誘うか? とか疑問はあるが、無い話ではない。
佐藤は怖気付いたようだが、家族旅行に恋人同伴というのも、悪くない選択だろう。
なので、ゆかりはこの旅行を全く普通の旅行と捉えていた。
当日は現地集合だというので、ゆかりは空港に直行した。
少し早めに着いたと思ったら、既に沙織を含めた3人が集まっていた。
ゆかりが姿を見せた時、沙織の兄らしき人物が驚いた表情を、アリシャ(以前沙織に写真を見せてもらった)が楽しそうな表情をそれぞれ見せた。
何か顔についているのだろうか?
失礼ではあるが、2人への挨拶前に沙織にそれとなく訪ねたら、
「ふたりとも、ステータスが見えるの」
と、耳打ちされた。
意味がわからない。
ステータスといえば、RPGのステータスが真っ先に思い浮かぶが、そんなモノが見えるはずがない。
となると、ファッションステータスとか、そういう事だろうか?
そう思いつつ、ゆかりは自分の格好を見る。
動きやすいパンツスタイルにシャツとパーカー。
目立たない格好にかけては自信がある。少なくとも、ダメ出しされるようなものではないはずだ。
「はじめまして。……だよね? 沙織の兄の達也です」
困惑している間に、達也からゆかりに声をかけてきた。
実際は、1年同じ中学だったのでどこかで会っているだろうが、初めてと言っていいだろう。
「はじめまして。山口 ゆかりです。旅行の間、よろしくお願いします。……お兄さん」
一瞬、達也の呼び方を迷ったゆかり。「遠藤さん」では、この場に遠藤は既に3人居るし、「達也さん」は……何か嫌だ。女性のアリシャならゆかりも抵抗ないのだが。
ラノベのヒロインなら、平気で呼ぶのだろうな。などとゆかりの思考は明後日に飛んだ。
「俺はアリシャ。沙織の従姉だ」
「よろしくお願いします。アリシャさん」
まさかのオレっ娘に一瞬面食らったゆかりだが、おくびにも出さずに対応するのは、流石だ。
沙織からは何も聞いていなかったが、こちらも素面なので驚かそうと思っていたとかではなく、特に言う必要を感じていなかったのだろう。
「あと3人だな」
達也がポツリと言う。
ゆかりは全部で7人と聞いているので、この場に居る4人を除けば、確かに3人だ。残りは遠藤家の両親と達也の恋人だろう。
何故両親が別に来るのか? とか、恋人を迎えに行かない男はどーよ? とか思うところはあるが、人様の事情に首を突っ込むわけにはいかない。
「お、来たな」
アリシャがそう言いながら手を上げる。
ゆかりはその視線の先を追った。……確かに、3人の人物がこちらに歩いて来ているが、全員女性だ。一人は小学生くらいに見える。
距離があるとはいえ、流石に見誤らないだろう。他にそれらしき人はいないかと見回すが、いない。一体何が来たというのか?
ゆかりがそんな風に困惑している間にも、先ほどの女性3人組はこちらに近付いて来ていた。
距離が近付いたことでゆかりは気付いた。小学生かと思った女の子は年上だった。同じ中学に通っていた進藤 陽子だ。その容姿とパワーでちょっとした有名人だったので、ゆかりも顔を覚えていた。
ふと、彼女が達也の彼女ではと気が付いた。他の2人は見送りの家族だろうか?
だが、年長の女性は母親にしては若すぎるし、もう1人も姉妹には見えない。似ていない。どういう組み合わせなのか、全く分からなかった。
「ごめん、待った?」
3人のうち1人が声をあげたが、陽子ではなく、眼鏡とお下げの女性だった。ゆかりは心の中で委員長と命名する。こちらが達也の彼女だったようだ。
「なんだ、3人で来たのか?」
「ちょうどそこで一緒になったのよ」
達也の疑問に年長の女性が答える。
この言い方では、この3人が残りのメンバーのように聞こえる。
「3人とも、はじめてだよね? コレが妹の沙織」
「コレって何よ! ……っと、沙織です。グゲイがお世話になっています」
ーーグゲイって何だ。愚兄か?
ゆかりは声に出さずに突っ込んだ。沙織はたまに抜けている。
「こちらが沙織の友人の山口 ゆかりさん」
「どうも」
挨拶はするものの、ゆかりには3人の正体が未だにわからない。……まぁ、これから紹介されるのだろうが。
「で、こちらが高橋 恵。俺の彼女」
「よろしく」
彼女だと紹介されたのは、仮称委員長だった。
では、他の2人は……?
「彼女は知ってるかな? 有名だし。進藤 陽子。俺の彼女」
「もう、恥ずかしい紹介しないでよ!」
……今、変な紹介があった気がする。と、ゆかりは違和感を感じた。
「最後に、根岸 香苗。学校のクラブの顧問」
ーーああ、保護者とは彼女の事だったのか。
「俺の彼女」
「ちょっと待って!?」
流石にゆかりはツッコミを入れた。
3人を彼女と紹介するとは、何だ。
別々の場面なら、まぁ分かる。ただの浮気男だ。
だが、当の本人の目の前で。というのはオカシイ。
「……ああ、教師と生徒の関係だから、できれば内緒にして欲しい」
「ソコも確かにツッコミ所だけど、ソコじゃなくて!」
「ちなみに、俺も達也の彼女だ」
「さらに増えた!?」
アリシャまでが彼女だと言いはじめた。
忍者として訓練の一環で精神鍛錬も欠かさないゆかりだが、こんな状況では流石に取り乱している。
「山口さん」
達也が取り乱すゆかりに声をかけた。
「……何か?」
「合意の上での話なので、こういうものだと受け入れて下さい」
浮気ではなく、合意だと達也が熱弁する。
一夫多妻を認める国もあるし、日本でも結婚はともかく、恋人になるのを制限する法律はない。
そんな事を達也は語った。
自信満々。ソレが当たり前のことのように。
コレは詐欺師の手法じゃないか? と思ったが、達也に何人恋人が居ようと、浮気しようと、別にゆかりには関係ない。友人の沙織に迷惑がかからなければ、口出しすることでもないだろう。
ゆかりはそう判断した。
「……沙織は彼女たちのこと、知ってた?」
「会ったのははじめてだけど、最近お爺ちゃんに教えてもらってた」
なぜにお爺ちゃん? と、ゆかりは疑問に思ったが、突っ込まなかった。
◇
……言い切った!
達也は心の中でガッツポーズをとった。
沙織が友達を連れてくることになったと聞いた時から、彼女たちをどう紹介するか悩んだ達也がとった選択は、「とにかく押し切る」だった。
そういうものだ。問題ない事だ。
そう自信をもって言われれば、人はとりあえず納得してしまうものだ。
少なくともその場は納める事ができる。
そして、これから向かうのは一夫多妻が認められた国であるアマレスだ。
うっすら覚えているアマレスの光景では、街中で1人の男が複数の女性を侍らせている事も多かった。
……都合のいい記憶が捏造されている気がするが、達也は気にしない。
とにかく、そういう光景を旅行の間に見続ければ、達也たちの関係も認めてもらえるだろうと考えた。
……達也は失念していた。
これから行く国は、一夫多妻なんてどーでも良いくらい、日本と……いや、セカイと大きく違う、異世界ロームンドに在るという事を。
次回5日です。




