確認って大事だよね
「アマレスに遊びに行かないか?」
そんなメールの真意を確認したいところだったが、時間は朝礼の数分前。
達也と恵は「とりあえず昼に電話する」とだけ返信してその場は問題を棚上げにした。
そして、昼休み。
達也たち4人は部室に集まった。朝は気が付かなかったが、同じメールが陽子と香苗にもCCで届いていたらしく、4人は昼食もそこそこにアリシャに確認の電話をかける事にした。
『お、達也か? どうした? ……ああ、旅行の件か」
コール数回でアリシャが電話に出た。
ちなみに、スピーカーモードにしてあるので、恵たちにも声は聞こえている。
「それだよ。どういう事だ?」
『どういう事もなにも、そのままの意味だが。夏休みに旅行なんて、普通にやるだろ?』
夏休みに旅行に行く。確かに普通だ。
「ねぇ、アマレスって異世界なんでしょ? そんなに簡単に行き来できるの?」
朝の疑問を恵が問う。
『普通に行き来できるぞ。関係者じゃないと、そもそも行こうとしないだけで』
「え? 何か特別な儀式とか必要ないの?」
香苗が身を乗り出している。空想の世界でしかなかった異世界に行けるというのだから、無理もない。
『転移装置が必要だけど、空港に行けばある。……ああ、そうだ。パスポートが要る。あと、装置の利用料がーー』
普通に海外旅行だ。
パスポートは全員持っているし、費用も高くない。むしろ、アメリカやヨーロッパに行くよりは格段に安い。
こんなに気軽に行けて良いのか、異世界。
もっと、こう、王族の特殊な召喚魔法だとか、ン百年に1回のチャンスだとか、そういうのが定番ではないのか?
だが思い返せば、達也だって幼い頃とはいえ何度か行っているのだし、アリシャもこうしてこちらに来ている。帰省の話題が出た時にはスルーしたが、みんなで行こうかとも言っていた。
観光案内まで発売されているのだから、ある程度気軽に行き来できて当然なのだ。
ちなみに、例の本には転移方法については一切触れられていなかった。仮に一般人の目に留まっても、フィクションだと思われるだろう。
……実際、アマレス関連の別の書籍が漫画の設定資料集と同じ棚にあるのを、達也は最近見つけたのだ。
もしかしたら、アマレス関連以外にも「実は本物」な資料があるのかも知れないが、達也には見分けがつかない。恐らく、知っている人にはちゃんと分かるようになっているのだろうが。
「それで、期間は?」
陽子は既に行く気になっている。
いや、恵や香苗もスケジュールを確認している。
ーー楽しい夏休みになりそうだ
そんな風に思った達也だが、帰宅した後、その旅行が伯父に挨拶する時だと気付いて頭を抱えた。
□
「ゆかりー、夏休み暇ー?」
放課後。帰る準備をしていたゆかりに、沙織は声をかけた。
「……特に予定は入れていないけど?」
「旅行に行かない?」
「佐藤くんと行けば良いじゃない」
ゆかりに馬に蹴られる趣味はない。
「夏コミ? があるからって、断られた」
「あなたたち、ホントに付き合ってるの?」
「らぶらぶだよー」
一切の迷いなく答える沙織。
ゆかりは恋人との旅行より夏コミを取る彼氏などゴメンだ。
というか、沙織は「夏コミ」の意味すら知らないようなのに、2人の接点は何なんだと不思議に思う。
だからといって、デバガメ的に親友とその彼氏を調査したりしないが。
「2人で行くの?」
「ううん、お兄ちゃんたちと伯父さん家に行くから、保護者同伴だね」
なるほど、それなら佐藤が断ったのも納得できる。いきなり彼女の家族と一緒に旅行というのは、ハードルが高いだろう。と、ゆかりは彼の評価を元に戻した。……それでもマイナスだが。
ところで、ゆかりには今の発言に気になる部分があった。
「沙織の伯父さんて、外国に住んでるんじゃなかった?」
いつかの雑談で、そんな話が出た気がするのだ。
「うん、アマレスってところ」
アマレスと聞いてレスリングを想像したゆかりだが、もちろん関係があるはずがない。
たしか、ヨーロッパの……ポルトガルの都市だったか? そんな知識をゆかりは記憶から引き出した。
「また、遠い所だね」
「あれ? ゆかり、アマレス知ってるの?」
一般的な中学生は知らないかもしれないが、ゆかりはこれでも現役の忍者だ。知識量なら、そこらの大学生にも負けない自信がある。
「ふふふ、頭のデキが違うのだよ」
「ぶー、驚かせようと思ってたのに……」
イマドキ、ヨーロッパ旅行程度ではゆかりでなくても驚かないだろう。
「でも、お高いんでしょう?」
ヨーロッパ旅行となると、一般の女子中学生に資金捻出は無理だ。親にたかるとしても、おいそれと許可は出ないだろう。ゆかりは自力で払えるが、一応は躊躇してみせないといけないだろう。
「それが、なんと今ならタダ! 手続きとか、お金はお父さんが出してくれるって。あ、パスポートあるよね?」
「うん、持ってる」
あの刑事も太っ腹なことだ。
忍者を使うような事件を担当していると、手当もイロが付くのだろうか?
そんな事をゆかりは思った。まぁ、普通は「そんなに出してもらうなんて!」と親に反対される事もあるだろうが、ゆかりの親は問題ない。
こうして、ゆかりのアマレス行きは、微妙に噛み合わない会話で決定した。
次回25日です。




